Episode_08.11 二人の任務


 その日の午前に再び騎士達に対して召集が掛かった。再び食堂に集合した正騎士達と見習いのユーリー、ヨシンは「捕虜奪還作戦」の骨子を聞かされることになった。


(運搬船を改造して水門を突破か……大胆だな)


 スハブルグ伯爵の領内でテバ河から分岐するインヴァル河、その流れに乗せて、運搬船を改造した突撃艇を進ませて体当たりで水門を破壊する。そして破壊された水門から砦内部に侵入するという作戦であった。


 トルン砦は構造上、城門を二つ備えている。南向きの門はインヴァル河の水量を調節する水門の隣に設置された堅牢な正門。西向きの門はノーバラプールの運河への水量と物流を調節する水門の隣に設置された通用門である。これら二つの門は防御が非常に堅く、攻めるのは厄介な代物である。


 一方、北側には砦内部の水路に流れ込むインヴァル河に設置された格子状の水門が有るだけなのだ。ちょうど河を跨ぐ格好で建設されている砦のため、流れ込む河のための経路が必要となる。その経路が北側の格子状水門なのだ。


 その格子状の水門は川底まで達しているという事だが、流れ込むインヴァル河沿いに城壁を貫く通路と、格子状の水門と一体となった通用門があるのだ。作戦ではこの部分を攻めることになる。


 スハブルグ伯爵領に向いたインヴァル河の北側、上流側が砦の「裏手」にあたり、そのような防御上の欠点を晒すのだが、本来南の仮想敵国インバフィルからの軍勢に備える砦である。砦が機能するのは、ノーバラプールやスハブルグが健在であるという前提に立って設計されている。逆に、砦を敵に落とされた場合でも奪い返し易くなっていると言う事もできる。


(砦を作る時は、奪われて敵の拠点とされた時の奪還まで考えるのか……それでも、今日から三日後に作戦開始……準備は大丈夫なのだろうか?)


 と思うユーリーである。


 攻城兵器の準備にどれだけ時間が掛かるか分からないが、三日というのは厳しいと考える。万一攻城櫓など、城壁を乗り越える兵器が無ければ細い通路をこじ開けたとしても


(沢山の被害がでるだろうな……)


 と思うユーリーであった。作戦として何か足りない気持ちがするのだ。もう一手、何か欲しいと思うが、生憎ユーリーは作戦を立案する立場に無い。そんなヤキモキする気持ちをユーリーが押し殺している時、皆の前ではガルス中将が陣立てを説明していく。


「五十騎の正騎士の内三十とその従卒兵は私と共に前線へ応援だ。輜重兵と残りの従卒兵はアルヴァン様に従いスハブルグへ向かう。目的は突撃艇の改造とその他の準備となる」

「儂もスハブルグへ向かう。王の命令といっても、スハブルグ伯爵は素直に言う事を聞かぬかもしれぬ。アルヴァンだけでは手に余る場合は儂が口出しするわ」

「……ということだから、侯爵様とアルヴァン様の護衛に残り十騎の騎士も同行せよ。最後の十騎と見習いの二人は邸宅で待機だ」


 途中で口を挟んだ侯爵の発言を受けて少し変更となった陣立てだが、ユーリーとヨシンは居残りとなってしまった。


「出陣は今晩、日暮れの頃には邸宅へ集合するように……解散」


 ガルス中将の解散を命じる声を受けて正騎士達が急いで自宅に戻る、従卒兵達の準備を整えるためだろう。一方ユーリーとヨシンは自然と足がアルヴァンの方へ向く。そうやって近づいてくる二人に気付いたアルヴァンが声を掛けて来るのだ。


「おいおい、二人ともそんな顔するなよ。居残りと言ったのは建前だけだ。ちゃんとして欲しいこと・・・・・・・があるんだ」

「え?」


 出番が無いのか? と詰め寄ろうとしたヨシンは出鼻を挫かれて間抜けな声を上げる。しかしユーリーはその彼の後ろから


「潜入するの? 河から? それとも空から?」


 と問い掛ける。その言葉を聞いたアルヴァンが得意げな表情で祖父である侯爵ガーランドの顔を見る。まるで「ほら、僕の言った通りでしょ?」と言わんばかりの表情だ。一方の侯爵ガーランドは流石に驚いた表情だが、若い見習い騎士二人を見ると表情を改めて厳しい口調で命じる。


「お主ら二人には、他の者達と共に砦に潜入してもらう。目的は人質の奪還。侵入経路は地面の下からじゃ……」


****************************************


 会合が終わり、自分達の任務の概略を聞いたユーリーとヨシンは「山の王国直営店」を目指している。因みに王立アカデミーの方は現在春季休講である。五月から新しい学年が始まるという事なので授業は無いのだが、


(とても呑気に授業を聴く気になんかなれないだろうな)


 というのがユーリーの気持ちである。そして店に着いた二人は、今日は堂々と扉を開けると中へ入る。


「いらっしゃいませ。ああユーリー様、出来ていますよ」


 と二人を出迎えたのは店員のダーモではなく大使のザッペーノだった。


(ザッペーノさんて、暇なんだろうか?)


 ふとそんな失礼な発想をしてしまうユーリーは少し気が立っているのかもしれない。だが、目当て・・・のザッペーノに会えたのは幸運なことだった。そんなユーリーの内心を知らないザッペーノは得意な表情でカウンターの上に置かれた「蒼牙」を指さす。


「へー、綺麗になってるな。よかったなユーリー」


 とはヨシンの言葉である。確かに古びて光沢の剥がれた鞘は新しい「艶消し」の黒い革の鞘に新調されていて、護拳に当たる金属の装飾も磨きが入れられて光沢を放っている。


「これがタダって、ユーリーはツイているよな」

「……」


 ちゃんと仕上げてみると、古めかしいが見栄えの良い剣となった「蒼牙」に


(タダは勿体無かった……かな?)


 という雰囲気のザッペーノでなのだが、何でもないヨシンの言葉に出鼻を挫かれて、次の言葉が継げなくなってしまう。


 一方、ユーリーは、本来なら感激と共に新しい武器と対面するところだが、今は別のことに心を囚われて感動するほどの余裕がない。素っ気ないほど簡単に剣の具合を確かめるのだ。その様子にザッペーノが喋り出す。


「刀身を一度拵えこしらから取り外し再度組み直しました。握りの部分は皮がボロボロだったので新しく鹿革を巻いてあります。護拳もしっかり磨いたので、どうです? 良い輝きでしょう……ってユーリーさん? 聞いてますか?」

「あ、ああ、すみませんザッペーノさん。ちょっと別の事を考えていたもので。」


 気乗りしていないユーリーの注意を惹くために修正した点を説明するのだが、やはりユーリーは別の事を考えているようだ。


「そうですか、お忙しいのですね……まぁ、取り敢えず抜いてみてください」


 そのザッペーノの言葉に、少し自分の態度が失礼だったと気付いたユーリーはいわれるままに剣を鞘から引き抜く。鞘の入れ口を補強する真鍮の輪は刀身の峰と少し擦れると微かな金属音を発して刀身を吐き出す。現れた刀身は昨日見たままの青っぽい色合いだが、くすんだ様子が取り除かれて、金属らしい光沢を取り戻していた。


「昨日金貨七枚も頂きましたので、刀身も研磨してみたのですが……その刀身はやはり少し特殊ですね。普通の砥石では時間がかかってしまい、仕上げまでできませんでした」


 と申し訳なさそうに言うザッペーノ、そこへカウンターの裏から姿を現したドワーフ店員ダーモが重ねて言う。


「ちゃんと仕上げまでしたぞ! その剣は多分滅多なことじゃ刃こぼれしないと思う。でも刃こぼれしたら修正は大変だぞ……金剛石アダマンタイトの砥石が必要になる。普通の砥石じゃ、砥石の方が削れて勿体無いの草臥くたびれ儲けだった」


 との事だった。ダーモの投げ付けるような物言いに驚いたようなザッペーノが取り繕うように言う


「ダーモ! 変なこと言ったらお客様が不安がるだろう……ユーリー様、その刀身はそれで材質そのものの輝きだと思います。元々が鋼やミスリルのよりも光沢の乏しい金属なのでしょう」


「そうですか、色々有難う御座います……ところでザッペーノさん、ちょっとお伺いしたいことが……」



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