Episode_08.10 突破口


 一度「奪還を試みる」と決まった以上は最大限に成功の可能性を模索する必要がある。たとえどんな作戦であろうと、犠牲は出るのだ。犠牲者に対して顔向けできないような策は立てられない。


 だから、王宮の奥の部屋にはトルン砦の図面が広げられ様々な検討が加えられている。元々はトルン水門としてドワーフの石工職人達によって建造された水門は、中心部分が二百年前の建造物である。その後、南から攻めてくる敵に対して王都リムルベートを防衛するための好立地を見出され、約百年前に水門を取り囲むように砦の外壁が建造された。その図面を覗き込みながら思案する人々のうち侯爵ガーランドが宰相に尋ねる。


「身代金の期限は五日後だったな?」

「は、はい……よく御存じで」


 宰相のやや青褪めた表情の返事にフンと鼻を鳴らして答える侯爵ガーランドである。


「ならば四日か……攻城櫓は間に合わないな……投石塔カタパルト弩砲バリスタで城壁が破れるかのう?」

「投射攻撃は、王子達が何処に居るか分からない以上城壁に撃ち込むしか無いが……余り効果は無いかと、それよりも」


 ローデウス王の案に対して別案を言い掛ける侯爵ガーランドは一度言葉を区切ると、再び喋り出す。


「運搬船を使いませぬか」

「ほう……どう使う?」

「インヴァル河の上流側、我々が対峙しているのは砦の裏手。河に跨る要塞は河の水を堰き止めることは出来ません、取水門となっている北川の格子門に衝角を取り付けた運搬船を突入させて穴を開ければ」

「なるほど、北の格子門は細い通用口の門を兼ねているか……ここを破れば侵入口は確保できるな」

「スハブルグ伯爵へ協力を命じてください。しばらくインヴァル河を堰き止め、流に勢いを付ける必要があります。そのためにはスハブルグ伯爵の協力が必要」

「わかった、おい宰相。そのようにスハブルグへ伝えよ」


 もともと、防御を弱く作ってある砦の裏を攻める作戦だが、侯爵ガーランドの胸中には少し不安が残る。単純に砦を落とすだけならばこれで充分だが、人質を奪還するとなるともう一つ作戦に多面性が欲しいと感じるのだ。その時隣に居たアルヴァンが声を上げる。


「トルン砦には外に繋がる抜け道がある、そう聞いた覚えがありますが」


 という公子アルヴァンの発言に、侯爵ガーランドもハッとする。


「そうじゃ、船の突入と合わせて内部に潜入すれば人質となった王子やブラハリーの救出が確実性を増すな!」


 そんな侯爵と孫の公子の発言を少し羨ましそうに見るローデウス王は、


「……お主らは、なんでも知っておるな……しかしその通りだ。だが、トルン砦は今まで一度も攻められた事が無いため抜け道も使われたという記録が無い。水門を作る際にドワーフが掘った横穴が偶然天然の洞窟に通じたという経緯は伝わっておるが、本当に外へ繋がっているか分からない」

「抜け道の出口とされているのは、インヴァル山脈の中腹だったと思うが……念のため別働隊を入れてみようか」

…………

……


 その後、真夜中過ぎるまで作戦会議は続けられ手間の掛かる準備から順番に始められることとなった。身代金支払い期限直前の五日後の早朝、実質四日後には攻撃を開始する予定が決められ、第一騎士団や官僚の面々が慌ただしく夜のリムルベートを駆けまわることになるだろう。


****************************************


 見知らぬ街を人々が逃げ惑っている。所々の建物から火の手が上がり黒い煙が重く逃げ惑う人々の頭上に覆いかぶさる。悲鳴や怒号を上げる人々は、乱暴な様子で露店を荒らしたり家に上がりこんで金品を物色する荒くれた男達の集団から逃れようとしているのだ。


 そんな中、視点が一人の少女に定まる。銀色の翼を模した髪留めを着けた美しい少女は逃げ惑う人々の波に揉まれつつも、やはり必死に逃げようとしている。


(リリア? 早くこっちへ!)


 ユーリーは何故か自分にはぶつかって来ない群衆の中をすり抜けて進むと、リリアに手を伸ばそうとするが、まるで金縛りに遭ったかのように腕が動かない。


(なんで? 動けよ!)


 そうもがくユーリーの目の前で、荒くれた傭兵達の手がリリアに伸びる。その手は彼女の髪を掴み、腕を掴み地面に引き倒す。そして何人もの男達が引き倒されたリリアの上に圧し掛かると、その服を破り取ろうとする。


(くそ! やめろ! やめろよ!)


 声にならない叫びを上げるユーリーの目と、悲しそうに助けを求めるハシバミ色の目が合った――


「やめろっ!」


 ゾッとするほどおぞましい、自分が一番恐れている映像を見せられたユーリーは大声で叫ぶ自分の声で目が覚めた。眠ったはずなのに鉛のように体が重く感じるし、喉も渇く。そんな状態で、ベッドの上で起き上がったユーリーは周囲を見渡しこの部屋が当直兵の宿舎であることを確認すると溜息を吐くのである。


 隣のベッドにはいつも変わらず親友ヨシンが幸せそうな寝顔を見せている。その様子に少し憎たらしさを感じたユーリーは自分の枕で叩いてやろうか、と考えるが行動を起こす気力も無いのだった。


(もう……眠れそうにないな)


 とてもじゃないが、今の夢の続きを見たいと思わないユーリーはのそり・・・とベッドから起き出すと大きく伸びをする。鉛のように感じた身体の重さは自然に溶けて行き、いつも通りの感覚を取り戻すと頭の中の不安を考えないようにして椅子に座る。


 夜明け前の宿舎のベッドは半分ほど埋まっており、他の兵士達は当直の当番で外に出ているのだろう。未だ夜明けまで一時間は有りそうだとユーリーは考えると、他の兵士達と共用のテーブルの上には無造作に置かれた読みかけの魔術書を手に取る。


 魔術書は「粗忽者の為の実践魔術論」と書かれた薄めの本であるが実は「圧縮」の魔術が掛けられた魔術具である。本の著者は「メオン・ストラス」つまりユーリーの養父メオン老師。


 ユーリーが騎士を目指すと言い樫の木村を出た頃から書き始められたこの本は、前半が比較的難しい魔術論を系統に分けて「極力簡潔に」書かれている。少なくとも著者であるメオン老師は努めてそうなるように・・・・・・・書いたのだろうが、今のユーリーであっても、所々理解が難しい場所がある。


 一方、本の後半はガラリと印象が変わり「どんな場合にどんな術を使うべきか」「この術はこんな使い方がある」という物が術の解説と共に書かれている。ユーリーのお気に入りは後半の部分だった。


 流石、西方辺境地域随一と言われた魔術の達人メオンの著書である。豊富な経験を元に書かれた解説は魔術の解説として非常に「ためになる」だけではなく、戦い方や危険の回避方法に至るまで多くの示唆に富んでいる。


 前回帰郷した時に手渡された魔術書、ユーリーは題名の「粗忽者」という部分が気になったが、取り敢えず巻頭から読み始めて直ぐに挫折したのだった。サハン男爵の教えを受けて以前よりも余程魔術に対する理解が深まったと思っていたユーリーはその自信を呆気なく打ち砕かれていた。そしてしばらく本を開かなかったのだが、最近になって「後半部分は面白い」という事に気付いたのだった。


 しかし、その記述も今のユーリーには頭に入って来ない。視線が字面を滑るように移動するだけである。考えることは一つ


(リリアは大丈夫だろうか……)


 と言う事だけだった。


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