Episode_08.09 老友の手打ち
「山の王国直営店」から戻ったユーリーは早速ヨシンを相手に片刃の剣の練習を始めるが「修練の間」にある武器には「蒼牙」と似た形状の片刃を模した木剣は無く、全て反りの強いサーベルの形状をした物ばかりだった。
「あの剣だったら、殆どロングソードと変わらないから
と言うのはヨシンの的確な指摘だった。結局ユーリーはその指摘に従うと今までの歩兵用の
結果的に分かったことは
「ショートソードの型の内で使えないのは『裏刃』の根元を使う組み打ちからの極限られた戦法だけ」
と言うものでユーリーはホッと胸を撫で下ろすのであった。そんな二人の訓練風景は既に「修練の間」では当たり前の光景になっているのだった。
そしてその日の夜に、見習い騎士である二人にも集合の号令が掛かった。
「なんだろう?」
「さぁ?」
と心当たりが全く無い二人は集合場所となった食堂へ向かう。その時点で既に食堂には「演習」へ同行しなかった騎士達五十名が詰めていた。その先の上座にはアルヴァンとガルス中将、それにユーリーとヨシンは久々に目にしたウェスタ侯爵ガーランドの姿があった。
集まった正騎士達の中には、ユーリーやヨシンよりもずっと久し振りに侯爵の姿を目にした者も居るようである。普段ウェスタの城にいる大殿のお出ましに理由を憶測する騎士達のザワザワとした雰囲気が食堂を埋めているのだ。
「皆、静粛に!」
しかし、ガルス中将の静粛を求める声に皆はピタリと私語を止めて前方に注目する。
「皆、久しいな。元気そうで何よりだが……ちと困った事になった」
そう切り出す侯爵ガーランドは普段よりも少し覇気の無い声である。
「ノーバラプールを巡る情勢が急変した。五日前にバリウス伯爵様の居城が落とされ、四日前にはトルンの砦が落ちた。そして……三日前にブラハリーめが捕虜となった」
最後の一言の衝撃が大きく、一瞬間を開けた後に先ほどと比べ物に成らないくらいのどよめきが食堂を満たす。
「静かにせんか! 静粛!」
「騒ぎ立てるな、見っともないっ!!」
ガルス中将が静粛を呼びかけるのに被せてアルヴァンが一喝する。未だ少し高い声音の青年の声は食堂のどよめきを切り裂き、正騎士達を静かにさせる力が籠っていた。
「皆が動揺するのは分かるが、それではブラハリーを捕虜とした敵の思う壺。騎士らしく堂々と、そして粛々と出撃の沙汰に従う準備を行うように」
(ブラハリー様が捕虜に、じゃぁデイルさんはどうしたんだ?)
(わからないよ……どうしよう?)
極小さな声で言い合うユーリーとヨシンであるが、話が大き過ぎて何をどうすれば良いのかさっぱり分からない。そんな二人を後目に今晩の会合は終わってしまった。
「各自急な呼び出しに備えて臨戦態勢を取るように。あくまでも穏便に準備するのだ」
その言葉を受けて上座の侯爵ガーランド達が退席すると騎士達も準備を行うために自宅を目指す。人が行き交うようになった食堂で、退出間際のアルヴァンは親友二人を探すような視線を送り、それをユーリーとヨシンが受け止める。アルヴァンは二人の顔にホッとしたような、とても疲れたような表情を送ると祖父に従い食堂を出て行ったのだ。
「トルン砦を奪還しようとして、逆に捕虜になった……」
「じゃぁ、ブラハリー様はトルン砦かな?」
「どうだろう? 砦の水門からノーバラプールまではほんの二十キロ程度だし、水路で繋がっている。ノーバラプールのお城に移されているかもしれないね」
「そうか……でもノーバラプールも大変だな」
食堂から
(ノーバラプール……リリアは大丈夫なのだろうか?)
ヨシンはユーリーの様子に親友が何を考えているか察する。迂闊な言葉を言ったものだと自分を責めるが仕方ない。頭の良いユーリーだから嫌でも自力で気付くはずなのだ。だから、
「リリアちゃん、あの子凄く強いから大丈夫だよ。きっとノヴァさんくらい強いから……絶対大丈夫だ」
願わくは、自分の慰めが親友の耳に届いていることを願うヨシンである。
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アルヴァンと侯爵ガーランド、それに今日はガルス中将も加えたウェスタ侯爵の面々は正騎士達への通達を終えた後、再度邸宅を訪問したジャスカーとギルを交えて最新の情報を確認する。
最新情報では、トルン砦からリムルベート側の前線に対して案の定、身代金の要求が有ったという。その情報は、しかしノーバラプールに埋めている密偵のものでは無く王宮側から漏れてきた物だった。
どう言う事だ? とみな首を捻るが一人侯爵ガーランドだけは意味を読み取ったようだ。
(ローデウスめ……儂が独断で動くのを恐れておるな……)
お互いに良く知った幼馴染のような王と侯爵である。ガーランドはローデウス王の、ローデウスは侯爵ガーランドの性格を良く知り合っている。そして
(肚の探り合いは止めにした方が話はまとまるな)
そう結論付ける侯爵ガーランドは馬車に乗り込むとアルヴァンとガルスを引き連れて夜中の王宮へ向かうのであった。
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王宮の謁見の間、その奥にある部屋に入った侯爵ガーランドは昔の記憶を思い出す。まだ若かったガーランドはこの部屋でよくローデウス王と策を練ったものだった。
(西は国境お騒がせ常習犯のオーバリオンの
そんな記憶を懐かしむ暇は無いことは充分承知しているガーランドだが、歳のせいか直ぐに感傷的になってしまうのだった。しかし、目の前には病を押してお出ましとなったローデウス王がいる。そのローデウス王は何か言いたげで言えないと言った風な視線をガーランドに送ってくる。
「まずは陛下、ウェスタ侯爵領は変わらぬ忠誠を王家に捧げることを改めて誓います」
「いつも困った時ばかり、お前の顔を見るな……一体いつになれば楽隠居とやらに成れるのか」
ガーランドの言葉にローデウスは自嘲気味に返す。その言葉を皮切りに二回目の会議が始まるのである。
「情報を」
王の言葉に応えて第一騎士団の臨時団長が発言を始める。
「ノーバラプール市民政府には目立った動きは有りません。しかし、街中では略奪が横行しているようで……治安維持も儘成らない様子です」
「トルン砦の状況は?」
「第一騎士団と第二騎士団、両者合わせた軍勢とトルン砦は睨み合いの状態で戦線に動きは有りません」
「前線への補給物資は――」
臨時の団長と宰相のやり取りで報告は進んでいくが、トルン砦の状況は「嘘」である。それを見抜いている侯爵ガーランドは、補給物資の運搬状況に関する報告を遮り発言する。
「補給物資よりも、金貨を準備するべきなのでは? 一万五千枚の金貨は中々直ぐには準備できまい!」
突然の侯爵ガーランドの発言に、あからさまにたじろぐのはローデウス王では無く宰相であった。
「な、なにを申されますかウェスタ侯爵様……身代金など……」
「もう良い宰相、だから儂は最初から言ったのだ『そんな小手先の嘘はガーランドには通用せん』と……済まぬな
取り繕う宰相を押し留めて、ローデウス王が言う。言葉だけだが家臣である侯爵に詫びて見せるのだ。宰相は青い顔をして黙り込むしかなかった。そして侯爵ガーランドは、
「我が息子は随分と安く見積もられましたな」
と笑って返して見せるのである。その遣り取りを聞くアルヴァンはひたすら
(おじい様は凄い人だ……これくらい肚の太い男に成りたい……)
と思うのである。一方孫がどう考えているかまではこの状況で気が回らないガーランドであるが、話の主導は握ったと確信すると次の言葉を繋げる。
「ローデウス王、私は身代金に反対です」
「……そう言うと思ったが、一応理由を教えてくれ」
「先ず何にも置いて、ガーディス様の御名に傷が付きます。近い将来、王位を継承した後に『虜囚王』とか『一万五千枚の男』などと民に言われますぞ。今東のコルサス王国では王弟派が優勢に内戦を制しつつあります。あ奴らは領土的野心が有ります。その上「四都市連合」が着実にリムル海交易で勢力を伸ばしております。今リムルベートに必要なのは完全無欠の強く若い王です……それは、ガーディス王子を置いて他には無い!」
「ルーカルトも居るのじゃが……駄目だろうな?」
「如何にも」
歯に衣着せぬ侯爵ガーランドの発言は「王家不敬罪」に該当する内容でもズバズバと言う。対するローデウス王は苦虫を噛み潰したような顔であるが、反論は無い。反論の代りに自分の意見を言う。
「ルーカルトではダメなことは分かっておる。しかし、名に傷が付こうが命あってこその名、ガーディスなら汚名を返上することは容易かろう……儂はあ奴の命が惜しい」
「ローディ……」
ローデウス王の血を吐くような言葉に室内は沈黙する。その王の言葉を誰も否定出来るはずが無かった。
「ならば身代金は払う段取りをいたしましょう。私も金貨五千に当家の騎士が一人ですから合わせて五千五百準備いたします。しかし、払う前に一度奪還を試みて頂きたい」
「奪還か……大丈夫だろうか?」
「分かりませぬが、身代金を払う以上その身が帰って来なければ砦の中を皆殺しにする気迫を見せるのです。その上で上手く奪還出来ればガーディス王子は『帰還王』として栄光を手にするでしょう、それにノーバラプールの問題も勢いを駆れば
「民が一番、他は二番か……お主らしい。我らの生活は民無くしては成り立たない。そうであったな?」
「いかにも、国は民のための
ローデウス王と侯爵ガーランドの長い会話が終わる。この場に居た者は「国は民のための物、王家や貴族の物では無い」その言葉を噛締めるだろうが、それは平時になってからである。今は具体的な奪還作戦を煮詰めるのが先決、そんな空気が部屋を支配するのだった。
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ノーバラプール市民政府の議長であるロバスは四十五歳とまだ若いが、商工ギルドを牛耳る才覚の持ち主であった。そのロバスは今憤っていた。
「ブルガルトは単独で身代金交渉を始めたのか!?」
「はい、どうもそのようです」
ロバスの剣幕に応えるのはロッテンという職人ギルドの会頭である。年齢はロッテンの方が上だが、何かにつけてロバスの下になることが多い彼は議会の調整役となっている。そんな彼らが話しているブルガルトとは、いまトルン砦を占拠しガーディス王子とウェスタ侯爵当主ブラハリーを手中に収めた傭兵団の首領である。潜行、潜入、奇襲に特化したブルガルトの傭兵団はロバスを筆頭とした「市民政府」が雇用した三千人の傭兵の中の一集団だ。
「砦を落とすという契約は履行した、捕虜は戦利品であるので独自の裁量で処分する」
とブルガルトが言い出したことが、この対立の発端だった。契約には「任務中の戦利品の処分権は市民政府にある」と明記されているが、砦を占拠した「後」の捕虜のため、傭兵団の言い分も無理筋では無い。
「おのれ傭兵風情が!」
そう歯噛みするロバス率いる「市民政府」としては「ガーディス王子」や「ブラハリー」は一級品の捕虜である。既に手中に収めているバリウス伯爵と合わせて、その命を引き換えにすれば容易に「ノーバラプール市民議会」の独立を承認させることが可能と感じるのだ。
搾取される側から搾取する側へ、少しでも多くの利益を得られる立場へ、そんな物欲の飽くなき探求がロバスに従う「市民政府」の原動力である。合計で三千人の傭兵を雇い入れる経済的負担は大きかったが、ノーバラプールの完全独立を認めさせればそんな出費など「大した事では無い」と思わせる程の利益が転がり込んでくるのだ。
(少なくとも、黒衣の導師はそう言った。それが全てだ。俺はもっと金を稼ぐんだ、そして美しい女、美味い酒、名声、全てを手に入れる!)
彼の情動は「黒衣の導師」ドレンドにより歪められているが、そうなる前から既に、欲望の強い人物だった彼はそれ程大きな思考の「矯正」を受けていない。とても自然な思考と感情の発露を保ったまま「洗脳」を当然のように受け入れていたのである。
「捕虜を奪うのだ! ……そうだ盗賊ギルドの連中に捕虜の奪還をさせろ、金額は構うな! 冒険者でもなんでも雇わせるんだ。どうせ用が済んだら盗賊共々全て処刑するのだからな!」
それがさも名案のように高らかに言うと満足したように笑みを浮かべるロバスであった。
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