Episode_08.08 片刃剣「蒼牙」


 アルヴァンがジャスカーらと面談をした日の昼前、まだこの事件は限られた者のみが知る状態であった。アルヴァンの親友ではあるが、一介の見習い騎士に過ぎないユーリーとヨシンには知る術が無い状態だったのである。それだから、今ユーリーとヨシンは連れ立ってリムルベートの街を歩いている。


 ユーリーの武器を新調するために武器屋へ向かっているのだ。哨戒騎士団の兵士になった時に支給された片手剣ショートソードを使い続けていたユーリーだったが、最近はヨシンやデイル、更には周りの正騎士達にまで、


「そろそろ、武器をちゃんと・・・・しろ!」


 と煩く言われるようになり、ようやく踏ん切りをつけたのだった。


「全然使えるのに……勿体無い……」


 踏ん切りと付けた、と言っても不満たらたらのユーリーは「武器屋に行く」と言うだけで機嫌の良いヨシンにブツブツと文句を言っている。そんなユーリーに対してヨシンは


「なぁ、どんな剣にするんだ? やっぱり俺みたいに長剣バスタードソードにしないか?」


 と全くユーリーの文句を聞いていない風で応じてくる。はぁ、と一つ短い溜息を吐いてユーリーはやたらと眼をキラキラさせているヨシンに言う。


「この間、その『折れ丸』借りて振ってみたけど、ちょっと重いかな。ハンザ隊長とかアーヴの持ってる軽めの片手剣ロングソードが良いかなーと思うけど」


 体格の差がいよいよ顕著となったユーリーとヨシンである。持久力比べならば負けるつもりの無いユーリーだが、膂力の差から「折れ丸」のような長物は使いにくい。それに、


「そうだな、ユーリーの盾は良い物みたいだし、ドガルダゴ王とポンペイオ王子からの贈り物だからな……盾を本当に生かすなら片手剣だよな」


 というユーリーの思いを代弁するヨシンであった。実際ユーリーの装備している手甲ガントレットとその左手側の仕掛け盾・・・・は全てミスリル製である。アルヴァンに言わせると、


「希少なミスリルは普通武器とか、装飾品に使われるんだ。防具にミスリルが使われても盾や胸甲の表面に薄く貼る程度っていうのが常識なのだけど、ユーリーの手甲と盾は全部ミスリルで表面に燻し加工の銀板を張り付けてある……常識外れだよ、その防具」


 との事である。白銀に輝くミスリルは様々な特性を持った金属である。そして、その特性の一つに美しさも挙げられる。もしも身に着けることが出来るならば、その白銀に輝く美しさを「誇示」するのが常識なのだ。しかし、ユーリーの防具は表面の大部分に鈍く緑掛かった黒に硫化された銀板を張り付けてある。


「アーヴは常識外れって言うけど、僕は気に入ってるよ。目立たないし」


 というユーリーの評価はちょっと「ズレて」いるが、ピカピカと光る装備を好んで身に着ける他の爵家の騎士団のほうがちょっと理解できないユーリーなのである。それに、


(ヨシンに言っても仕方ないけど、魔術陣の展開が早くなった気がするんだよなーミスリルだからだと思うけど)


 という効果も実感しているのであった。


 そんなやり取りをしつつ数軒の武器屋を巡る二人だが、なかなか「しっくり」来るものを見つけられなかった。ユーリーの予算は金貨十五枚 ――当直兵の宿舎に住み付き、給金の殆どを溜め込んでいるからこその金額である―― だが、アルヴァンからは特別に


「気に入ったのが高かったら『つけ払い』で買って来てもいいよ。将来の給金から少しずつ差し引くけど」


 という言葉も貰っているのである。しかし、いざ探してみるとユーリーには、どの店の品も「イマイチ」に感じるのだ。普及品は安いが耐久性が心配だし一点物は「軽い」と思えば刀身が華奢過ぎるし「丈夫そう」と思うものは、やけに先端が重かったりする。案外ウェスタ侯爵領が兵に支給している片手剣ショートソードは良品なのかもしれない、と思い始めるユーリーであった。


 そんな二人は今「山の王国直営店」の前に立っている。ここの商品が良い物ばかりなのは知っているが「強烈に高い」のも分かっている二人は入ることを躊躇う。


「ど、どうする……ユーリー?」

「うっ……」


 言葉に詰まりつつも右手を伸ばすユーリー、その手が店のドアノブに触れるかどうかという所で、


ガチャッ


 店のドアが勢い良く開くと


「中から丸見えなんだよ。入るのか入らないのか、ハッキリしてくれ! 入口を塞がれたら商売の邪魔だ」


 という不機嫌そうな野太い声が掛かった。ユーリーはドアに手を伸ばした姿勢のまま下を向くと、そこには例の髭面ドワーフ店員が腰に手を当ててこちらを睨んでいるのだった。


「あっ、こんにちは――」


 今日は客として来ました、と言い掛けたところで奥から別の声が掛かる。


「ダーモ! なんだその口の利き方は! お客さんが逃げてしまうじゃないか」


 今日は別のドワーフも居るようだった。奥から聞こえるその声にダーモと呼ばれた髭面の店員は舌打ちすると、ユーリーとヨシンを店内へ招き入れる。


「いらっしゃいませ、我が国の直営店へようこそ」


 店内でそう言って出迎えてくれたのは、店員のドワーフと比べると上品な服を身に着け、赤茶の髭を三つ編みに結いつけた紳士風のドワーフだった。思いも掛けず丁寧な対応を受けたユーリーとヨシンは、反射的にお辞儀をしてしまう。


「ザッペーノ様、お客様の対応は私がしますので」

「いや、お前には一度接客業の基本を教えねばならん、見ているのだ」


 そんな丸聞こえのやり取りを目の前でされて困ってしまうユーリーだが、意を決して用件を伝える。


「あの、騎乗でも徒歩でも使い易い片手剣を探しているんですけど……」

「そうですか、そうですか、それならばロングソードになりますが、失礼ですがご予算は?」

「えーっと」

「……」


 ザッペーノと呼ばれた上品なドワーフは接客業の基本を教えるとダーモに言っていたのだが、物凄く単刀直入に予算を聞いて来たのだった。対するユーリーは正直に「金貨十五枚」と答えるのを躊躇い濁した返事をする。それを聞いたザッペーノは考える風を装いながら客であるユーリーの「程度」を見極めるような視線を送ると、隣に立つダーモに小さい声で話し掛ける。


「いいか、ダーモ。お客様の身なりで大体の事は察しなければならない。冷やかしなのか、本当の客なのかだ」

「はい、ザッペーノ様」

「……」


 客が帰った後にするような会話を目の前で繰り広げるドワーフ二人である。ユーリーと、ついでに隣のヨシンも、苦笑いを堪えるような微妙な表情でザッペーノが「査定」を済ますのを待つのだが、そのザッペーノはユーリーの手甲ガントレットに目を留めると驚いた表情になる。因みにユーリーが手甲も鎧も身に着けているのは、剣を選ぶ時に選び間違えが無いようにするためだった。


「あの、お客様。失礼ですが、その手甲はどちらで手に入れたのですか?」


 少し疑うような視線で問い掛けるザッペーノに、何となく言いたい事が分かるユーリーは正直に答えることにする。


「これは、昨年ドガルダゴ王とポンペイオ王子から頂いた物です。なんでもドガルダゴ王の試作品で長年お蔵入りになっていた物だとか……」

「なんと! 兄上・・から!? やっぱりそうだ、随分昔にそのような手甲の図面を描いていたが……」

「えっ王様から!? あんたら何者だ?」


 驚く二人のドワーフに説明するのは少し骨の折れる作業だったが、ユーリーの努力の結果、何とか経緯を分かってくれた様子のザッペーノとダーモだった。因みにドガルダゴ王を兄上と呼ぶザッペーノはリムルベートに在留する山の王国の「大使」ということだ。月に一度か二度、直営店の様子を視察に来るそうで、今日がその日だったと言う訳だ。


 そのザッペーノとダーモはユーリーから左手の仕掛け盾付きの手甲を受け取ると、盾を展開させて感心した様子である。


「これは……精巧に作ってある。流石兄上だ……しかし総ミスリル造りは『やり過ぎ』だな。これでは工房がお蔵入りを決めるのも無理は無い」

「この中央部分アンブー巻き板バネと歯車を納めているのか。しかし何故いぶし銀板を張り付けているんだ? 折角のミスリルなのに」

「ダーモ、これは兄上の性格だ。あの人はこういう・・・・他と違う物を造りたがる性格なのだ。だから色々と作っても中々日の目を見ない」


 そう言うとザッペーノは、ハッハッハッと笑うのである。そして、


「ユーリー様、兄上ドガルダゴ王甥っ子ポンペイオ王子の『恩人』ならば早く言って下されば失礼の無い、それなり・・・・の対応をしたのですが……」


 との事だった。失礼な態度だった自覚はあるようだ。


 そんなザッペーノが言うには、ユーリーの持っている手甲はドガルダゴ王の有名な失敗作・・・・・・らしく、リムルベートのみでなく、他の国にある直営店で働くドワーフでも大抵知っているとのことだった。そして話を当初の目的に戻すと、


「片手持ちのロングソードですか……」


 と言いながら今度はユーリーが長年愛用しているショートソードを手にとっている。刀身の具合からユーリーの扱い方を見ているのだろう。


「ユーリー様は『突き』と『斬り』で特に苦手は無いのですね?」

「え? まぁショートソードなので『突く』ことが多いですけど、特に苦手とかは無いです」

「それでしたら……」


 そう言うとザッペーノは一旦店のカウンターの裏に姿を消し、直ぐに一振りの剣を持って戻って来た。


「これなんか、どうでしょうか? 片手持ちの直剣ソード曲刀サーベルの中間のような刃の形状ですが、剣先がしっかりしているので突く事も可能と思います」


 そう言ってユーリーに渡されたのは、艶を失った黒革の鞘に収まった少し古ぼけた剣であった。ザッペーノの言う通り鞘に収まった状態では殆ど直剣のような形状をしている。柄の部分は、鍔から伸びた二本の金属棒が蔦のような優美な曲線を描き柄頭までを結ぶ特徴的な「護拳」の形状になっている。


 若干装飾性も感じさせる作りだが、残念な事に長期間手入れをされていないのか、所々がくすんで・・・・いる。


(これ、売り物じゃ無いんじゃないか? もしかしてこれも失敗作なのか……)


 と疑ってしまうユーリーである。気に入っていた仕掛け盾付きの手甲ガントレットが「有名な失敗作」と聞いて少なからずショックを受けていたユーリーは、それでも一応鞘から刀身を抜いてみる。


 鞘の入れ口を補強する真鍮製の金具と剣の峰が擦れて独特の「シャン」という音を発しつつ引き抜かれた刀身の形状は、やはり僅かな反りを持つ、殆ど片刃の直刀という形状だ。そして、先端の切っ先から刀身の三分の一までには「裏刃」が付いていた。


 二本の金属棒で構成された蔦の意匠を持つ護拳は手甲ガントレットを身に着けても握りに余裕がある長さである。そして刀身を下に向けて柄を握ると、とても「具合が良い」ことにユーリーは驚く。切っ先の方が少し重く感じるのは馬上から剣を振る動作と、下に向けて突く動作を意識しているユーリーには嬉しい重心配分だ。それに、重すぎるという風でも無い。


(全長が丁度百センチ弱、刀身の長さは八十センチに幅は根本が四センチちょっとか……片刃だからかな? 頑丈な印象の割りに軽いな。それにしても……)


 鏡のように輝く刀身というよりも、全体として曇ったように青味掛かった刀身は普通の鋼製で無いと素人のユーリーにも分かるものだ。


「これ、鋼では無いのですか?」

「私の専門は建築だから良く分からないのです。こちらリムルベートの大使宅に随分昔からあったようで資産目録には『蒼牙』と書かれていますが、二百年以上前の記述だから丁度トルン水門が出来た頃の物になりますね。しかし、山の王国の工房にはこれに合致する品を製造した記録が無ので……持て余して直営店で売ろうかとも考えたのですが」


 ザッペーノはそこで一旦言葉を区切ると三つ編みに髭を扱きながら


「素性が分からない以上、値段の付けようが無いのですね……このまま資産目録の肥やしにするのも勿体無いし、ユーリー様が使ってくれれば丁度良いのです」


 という事だった。使うこと自体は問題無いと思うユーリーだが二百年以上昔の剣ということで念のため「魔力検知ディテクトマナ」を使用する。術の効果を得たユーリーの視力は魔力を視覚的に捉える。そして、手の中に納まった「蒼牙」を見ると刀身全体にもやのように纏わりつく淡い魔力の燐光を感じるのだが、それが材質由来なのか魔術具のように付与された者なのか判別出来ないユーリーであった。


(もしかして……魔術具の剣かな……うーん?)


 と考えるユーリー、魔術具の剣ならばとてもユーリーが買える値段では無いはずだ。そう思うユーリーは恐る恐ると言う風にザッペーノに訊いてみる。


「ところでザッペーノさん。僕はあんまりお金持ってないんですが、この剣蒼牙は幾らですか?」


 というユーリーの言葉に、ザッペーノは手を振りながら答える。


「元々売るつもりも無く、このまま店か大使邸の倉庫に入れっぱなしになる物ですから、持って行って頂いて結構ですよ」


 その言葉に、黙ってやり取りを聞いていた店員ダーモが慌てたように割って入る。


「ザッペーノ様『タダ』は不味いでしょ! 金貨十枚でも二十枚でも値段を付けないと!」

「分かっていないなダーモ、最初はお愛想で縁作り。その内ちゃんとした・・・・・・業物を買いに来てくれる。間違いない。それが商売というものだ……」


 やはり、客に聞かせる内容では無い話を堂々と客の前でするドワーフ二人に、新しい剣を手に入れたユーリーは何故か複雑な気持ちになるのだった。


(僕……騙されていないよね……)


 結局、タダで新しい剣を手に入れたユーリーは流石に申し訳無く感じると、鞘の新調と護拳周りの研磨を依頼することにして


「ありがとうございます、しめて金貨七枚です」


 と言うダーモの提示する金額に驚きつつ店を後にした。作業に一日掛かるため引き取りは明日の午後という事であった。今はしきりに


「鞘と磨きだけで金貨七枚はどうしてもオカシイ!」


 と、納得行かない風なヨシンと共に邸宅へ戻る道の途中である。ユーリーもちょっと価格に不満を感じるが自分よりもヨシンがブツブツと言うので毒気を抜かれてしまっていた。今はそんな事よりも早く「修練の間」へ行き、練習用の片刃剣を振ってみたいユーリーであった。


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