Episode_08.07 緊急事態は極秘裏に
流石に蒼ざめた顔色をしたアルヴァンは、夜中にもかかわらず王城の中心部、宮殿内の
明らかに顔色の悪いローデウス王は、アルヴァンの記憶に有るよりも「ずっと痩せて」力無い老人然とした外見ながら、その声は力強い。
「状況を報せよ」
その声に近衛騎士の一人が応じて一礼の後に報告を始める。
「前線の混乱により情報の伝達が大いに遅れました。四日前にノーバラプールのバリウス伯爵居城が落城。攻め手の数は二千、傭兵のようだったとノーバラプールの間者より情報が入っております」
「バリウスはどうしたのじゃ?」
「は、現在は居城に拘束されているものと思いますが……安否の確認は出来ておりません」
「うむ……そうか」
黙り込むローデウス王であるが、その言葉に別の近衛騎士が言葉を続ける。
「更に三日前の未明、トルン水門の砦が急襲され守備隊は一部を除き全滅。敵は空中より砦内部に侵入し南側の門を占拠、そこから五百以上の傭兵を砦内に引き込んだという証言があります」
その報告に、それほど大きくない室内はざわつく。「空中」から侵入とは……それも砦の南側の正門を占拠できる程度の人数をそうやって潜入させるとは、西方辺境地域の戦では前例が無い大胆な作戦である。
「敵には魔術師が大勢加わっているのかもしれんな……」
宮中魔術師のゴルメスが言う。サハン男爵の拝金的な体制が改められた後にこの地位に就いたゴルメスという魔術師は優秀な人物である。正式なリムルベート魔術アカデミーの序列でも第六階梯であり、実力は(在野のメオン等を除けば)当代一と折り紙付きである。
「又は……少数の魔術師が『魔石』を用いて事を成したのかもしれません」
これはアルヴァンの言葉である。この部屋の中で一番年少のアルヴァンであるが、以前ユーリーから聞いた『魔石』が魔力を助ける話を思い出しての発言である。実際二年前のオーク戦争では、魔石の力を利用して実力以上の術を掛け続けたユーリーの実体験を本人から直接聞かされているアルヴァンなのだ。
「確かに……優秀な魔術師に多額の費用を投じ充分な魔石を与えれば、或るいは
ゴルメスが感心したように言う。その言葉にアルヴァンは硬い表情のままで首を振って答えると、報告途中の騎士を見る。その視線に促されたように騎士は喋り出すがとても言い難そうな雰囲気である。
「それで、二日前にトルン砦の陥落の報せを受けた演習部隊が奪還を決意。トルン砦を急襲したのですが……その戦闘中に第二騎士団長ブラハリー様とそれに……
既に事前の情報は伝わっていたが、改めて室内は動揺を帯びた空気となる。
「ご、護衛の騎士達はどうしたのか!?」
とは宰相の言葉である。それに答える騎士は、
「二名の近衛騎士が討死、生き残った一人が陣へ戻り危急を報せたため王子と三名の近衛騎士、それにブラハリー様と護衛の騎士一名が誘拐されたと分かった次第です」
それで報告は全てと言う近衛騎士は同僚の騎士と共にその場で跪く。処断の沙汰を待つ格好だ。だが、ローデウス王は胃の辺りを擦りながら机の上の地図に目を落としつつ言葉を発する。
「お前達の罪を問う暇なぞ無い……宰相よ、ノーバラプールから身代金の交渉はあったか?」
「いえ、なにもございません」
「そうか……」
「申し訳ありません!」
そんなローデウス王と家臣達の遣り取りを聞きながらアルヴァンは考える。
(おじい様は恐らく明日の夜にも王都にご到着だろう。
そう思うアルヴァンは既にアント商会のジャスカー会長へ
「……アルヴァンは当面ブラハリーの後を継いで第二騎士団長の任に就くのだ。ガーランドがそろそろ王都に到着するであろう、到着後はガーランドを後見として任に当たるよう。くれぐれも軽率な行動をとらないように……」
「ははぁ……」
第一騎士団長に健在の副団長を充て、第二騎士団長には安否不明のブラハリーに代って子息のアルヴァンを充てるローデウス王の采配であった。特にアルヴァン ――というよりもガーランド・ウェスタ侯爵―― が独断で動くのを封じるための措置である。ガーディス王子が一緒に捕えられている以上、対応全ての意思決定権を王家側で掌握しておきたいローデウス王なのである。
「王様、そろそろお休みにならないとお体に障ります……」
「うむ……明日再び集まってくれ。皆平静を保ち、くれぐれも無用な口外を慎むように」
ローデウス王に休息を促す宰相の一言で深夜の会談は解散となった。より詳細な情報に関しては引き続き、前線となったトルン砦前に陣取る第一騎士団からの連絡を待つしかない。そんな状況にアルヴァンは意外なほど冷静な自分を見つけるのである。
(そうだな……俺が取り乱したても、皆を不安にさせるだけだ。精々ドッシリ構えて見せるさ)
不安を無視して、そう心に念じ決める。そして、深夜の王城を護衛の騎士等と共に邸宅に戻るアルヴァンであった。
****************************************
翌朝、ウェスタ侯爵家邸宅の当主ブラハリーの執務室ではアルヴァンとガルス中将の会話があった。
「それでは、昨晩の会合では何も?」
「そう、具体的な対策は何も決まっていない。情報が無いからな、手の打ちようが無い」
ガルスの言葉にアルヴァンもお手上げと言う風に語る。流石に昨晩は王城から帰った後も中々寝付けず、今更になって少し眠気を感じるアルヴァンである。一方ガルスは昨晩の内にウェスタ侯爵家邸宅と王都に残っている家中の戦力を把握していた。
「アルヴァン様、直ぐに召集を掛けられる王都に居る味方は騎士が五十名、従卒兵が三百になります」
「召集を掛けたのか?」
「いえ、未だです。騒がしく動いて良いか判断出来かねましたので」
「ならば、今晩騎士のみを邸宅へ。理由は何でも良いがくれぐれも穏便に集めるのだ」
「承知しました」
そんな会話を交わす二人の元に来客を告げる兵がやって来る。しばらくして兵に案内されてやって来たのは、アント商会の密偵頭ギルを伴ったジャスカー会長本人だった。そして、話し合いは人数を四人に増やして続くのである。
相変わらず恰幅の良いジャスカーは、平時ならばアルヴァンを見かけると「おお若君! しばらく見ない内に男前になられましたな!」とお世辞の一つも言うのだが、今は真剣な顔付きである。
「アルヴァン様……取り乱していらっしゃると思いましたが、要らぬ心配でしたな。流石はウェスタ家の若殿様でいらっしゃる」
「取り乱して事が済むなら幾らでも『ボンクラ王子』のように振る舞うがな……それで何か分かったか?」
「はい。かなり長い時間を掛けてノーバラプールとその近郊に
ジャスカーとアルヴァンの会話である。なにか情報を掴んだようなジャスカーだから、
「潜伏させている者達からの連絡は『鳩』により二日前から届いておりました。ブラハリー様、ガーディス王子、それにバリウス伯爵の安否は概ね掴むことができましたが、一方で現在ノーバラプールの街中は危険なものとなっているようです」
ギルの報告にアルヴァンは頷く。その様子を確認してギルは更に続ける。
「現在ブラハリー様、ガーディス王子、それにお供の騎士達はトルン砦に囚われの身のまま留め置かれているようです」
「ん? てっきりノーバラプールの城に移されたと思ったのだが?」
超が付くほどの重要人物を捕虜にしたのだ、前線になっている砦よりも安全な街中の城に移すのが道理と考えていたアルヴァンの疑問にガルス中将も頷く。
「未確認情報ですが、『捕虜』の取り扱いについてノーバラプール側の内部で齟齬があるようです。『捕虜』の解放と引き換えに独立の承認とリムルベート側の軍の撤退を要求したい『市民政府』側と、砦を占拠した傭兵団で揉めているという噂が今朝入って来ました」
「ふむ……大方、傭兵団側は身代金を取ろうとしているのだろう。若しくは『市民政府』に対して、捕虜となられた殿と王子を売り付けようとしているか……」
未確認の噂を語るギルであるが、信憑性が高いと感じてこの場で喋るのである。そして、その言葉にガルスが状況を推測して見せるのだった。ギルも「そんなところでしょう」と応じている。
「そうか、当面お命に危険がある状況ではなさそうだな。父上もさることながら、万一ガーディス王子にもしもの事があれば……国が傾くからな。引き続き情報を集めるように頼む」
そのアルヴァンの言葉にジャスカーとギルは頷くのだ。そこへガルス中将が言葉を発する。
「ところで、ノーバラプールの市中というのはどのような状況なのだ?」
「はい、かなりの混乱状態のようです。三千以上の傭兵を迎え入れた街は治安が一気に悪化し、略奪や犯罪行為が横行しているとの事です」
「愚かなことをしたな……」
ギルの説明に、投げ捨てるような感想を漏らすアルヴァンである。昨今ノーバラプールを牛耳る「市民政府」は人心の離反に伴い、運営が難しくなっているという情報は聞いていたのだが、
「独立状態という既成事実では飽き足らず、しっかりとした言質を欲したのだろうが、自ら庇護すべき民に危害を加えるとはな……」
「『市民政府』側も、元々治安維持を担当させていた別の傭兵団を使い取締を厳しくしているようですが……所詮傭兵同士、殆ど効果は無いようです」
アルヴァンとしては、ノーバラプールの人々を混乱状態から救い出したい気持ちもあるが、先ずは何を置いても父ブラハリー、そしてガーディス王子の問題を解決しなければならない気持ちである。心の底には「民の苦難を救うのが先では無いか?」という思いは残るが、その目的を達するためにも、捕虜となった父と王子の救出は必要なのだろう。
(一足飛びには出来ないんだ……)
と、ざわつく心を宥めると、ジャスカーに問いかける。
「今晩にはおじい様も到着するだろう、その時にもう一度邸宅へ来て欲しいが、良いか?」
その言葉に頷くジャスカーとギルは一旦ウェスタ侯爵家の邸宅を後にするのだった。
****************************************
リムルベートのウェスタ侯爵家邸宅でノーバラプールの人々の苦難が語られていた頃、リリアはその「苦難」の真っ只中にあった。
「ポルタ姉さん! 早く!」
小声でそう言うリリアは背中に未だ幼い子を背負い、左右の手も子供達の手を握ったままだ。その後ろから残りの子供達を連れたポルタが駆け寄ってくる。一行は今ノーバラプールの「南街」の入り組んだ路地に身を潜めている。時刻は午前、昼前である。
リリアの滞在していた「旅鳥の宿り木園」は「南街」でも比較的治安の安定していた場所にあったが、遂に街中を我が物顔で暴れまわる傭兵達に目を付けられてしまい避難を余儀なくされた。
まだ夜明け前という時間だったが、就寝中のリリアは大勢の人間がバタバタと周囲を駆けまわっている気配で目を覚ましていた。薄く匂ってくる「焦げ臭い」煙の臭いに、火事を直感するが、それよりも風に乗って聞こえてくる街の人々の悲鳴や怒号に注意を奪われる。
状況を確認するために一度外へ出たリリアは、傭兵達が家々に押し入り略奪や乱暴行為を働きつつ海側 ――つまり孤児院の方―― へ迫って来ることを知ると直ちに孤児院へ引き返した。
そして、まだ眠っていたポルタと子供達を叩き起こすと避難を始めたのだった。しかし、避難と言っても行く宛ての無いリリア達であった。北街の「市民政府」議会となっている商工ギルドの建物に避難しようとするのだが、
「だめだわ……運河を渡る橋まで辿り着けそうも無い」
とは地の精霊と風の精霊の囁きから情報を読み取ったリリアの言葉だった。リリアがそのような精霊術を使うことを承知しているポルタは意を決したように
「仕方ないわ、
と言う。ポルタとしては、自分の父と夫を手に掛けた
リリアも、そんなポルタの心情は良く分かる。その上での結論だから反論することは無い。ただひたすら精霊たちの囁きに意識を傾け、安全な進路を選ぶことに集中するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます