Episode_07.18 河原の戦闘 Ⅲ
一方、エイリーの指示でユニコーン・ルカンへ挑み掛かったルートッドだが、殆ど攻撃が通用しないという、その理不尽な強さに驚愕していた。ユニコーンからの攻撃は角で突いたり、後ろ足で蹴り付けてきたりと、ルートッドにとってはそれ程脅威ではないのだが、とにかく
(攻撃が効かないなら、どうしようもないじゃないか!)
という思いである。
ドルド側の騎士達や一人だけ目立つ存在の美しい女戦士も、このユニコーンの特性は熟知しているのか、ルートッドの槍を何度も受けるユニコーンを特に心配する様子も無く、着実に目の前の敵を減らしている。
(くそ……これは降参だ……)
そんな考えが脳裏をよぎる。一度そうなると頭の中は逃げる事しか考えられないルートッドだが、そこへ追い討ちを掛けるように、
「エイリーさんがやられたぞ!」
という声が聞こえてくる。これには流石に動揺したルートッドは一気に心を決めると、目の前のユニコーンから距離を取る。逃げるつもりなのだ。しかし、そうはさせじと「折れ丸」を構えたヨシンが肉迫する。
「クソ! 俺は!」
逃げるつもりなんだ! と言い掛けるが、
慌てて距離を取るルートッドに対してヨシンは「折れ丸」の切っ先をルートッドに向ける。
「なめるなっ小僧!」
攻撃の効かないユニコーンならばいざ知らず、こんな若造に舐められて堪るか、とルートッドは構えた短槍を鋭く突き出す。そして電光のような二段突きを放つ。対するヨシンは最初の一撃 ――上段突き―― を剣先で逸らせたもののそれに続く二撃目は躱すことが出来ずに左腕を浅く穂先で斬り付けられる。しかし――
「うらぁぁ!」
自分を傷つけた穂先が、ルートッドの元に引き戻されるよりも速く、その懐に飛び込んだヨシンは、何とか逃れようとする敵へ必殺の一撃を浴びせる。ルートッドは自分の首を狙った鋭い突きを咄嗟に右手で払おうとする。
ヨシンの折れ丸はほぼ切断する形でルートッドの右腕に突き刺さり、その骨を打ち砕いていた。頑丈な刀身によって腕の殆どを切断されたルートッドだが、痛みよりも逃げる事が優先する。左手に持っていた槍をヨシンめがけて投げ付けると、そのまま河の対岸目指して走り出すのだが……ルートッドが背を向けたその瞬間に、鋭い片手剣の一撃が首の後ろに突き立っていた。
ガックリと膝から崩れ落ちるルートッドは、視界が暗転する直前に自分を後ろから刺した相手 ――銀髪の女神のような乙女―― を逆さまになった視界に捉えると、何故か苦痛では無く歓びを浮かべた表情でそのまま絶命したのだった。
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半円陣の上流側は、今やその形を全く留めていない。折り悪く敵の矢を防ぐはずの力場魔術が自分達の反撃をも封じてしまったため、前列を形成していた盾持ちの傭兵達は、上流側に陣取るスミの狩人達に向けて突進を始めた。戻って防御線を維持しろという指示が後ろから飛ぶが、河の流れが立てる音に阻まれて指示は届いていないようだった。
十人程の傭兵達は盾を前面に構えて矢を防ぎながら、ひと塊になって狩人達へ肉迫する。対するスミの狩人達の前には、いかにも「様になっていない」風に槍を構える輜重兵十人がいるが……そのまま敵を突入させるはずのないユーリーが、その光景を見ていた。
「対魔力障壁」も「縺れ力場」も存在しない空間、足元の悪い河原をもたもたと進む傭兵の一団は、ユーリーにとっての良い的だった。
得意の「
(よし……これで上流側は片付いた……あとは魔術師だな!)
そう思うユーリーは自ら「対魔力障壁」を敵陣の中に向けて発動すると、古代樹の弓を肩に掛け直して剣を抜く。そして、崩壊した半円陣の上流側へ飛び込んでいくのだ。狙いは敵陣のどこかに潜んでいる魔術師である。
敵陣へ突進するユーリーに対して散発的に矢が飛んでくるが「加護」の強化術により感覚を強化したユーリーはその散発的な矢を躱すと、自分の攻撃魔術が作り出した河原の浅い窪みを飛び越えて、着地と同時に仕掛け式のミスリル盾を展開する。いつも通りにシャンッと小気味良い音を立てるとユーリーの左手にはミスリル製の円形盾が姿を現す。そして――
キン、キンッ
と接射される矢を二発とも盾で弾くと、ユーリーは射掛けて来た傭兵に肉迫し
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
一気に肉迫して来たユーリーに対して近接武器である剣を抜き掛けて、出来なかった二人の射手は夫々左手首と右腕の筋を切り払われると悲鳴と共に蹲る。更にユーリーは、逃げ場所を求めて右往左往する、薄黄色いローブをまとった聖職者の後頭部を剣の腹で強かに打ち据えるのだった。その一撃に声も上げずに崩れ落ちる聖職者を一瞥したところで――
(っ!)
ユーリーの立つ場所から少し離れた河縁に停まっている馬車の影から、雷光が走る。「火炎矢」や「魔力矢」と異なり空間を飛ぶ速度が極めて早い「
「うわっ!」
と直撃を受けたユーリーは一瞬怯んだ。そして、痺れる感覚を堪えて左手の盾を構えるユーリーの目の前には、先日の河原の戦いで見掛けた魔術師 ――ライア―― がこれも驚いた表情でユーリーを見ていたのだった。
ライアは戦況を見極めるために、ロイアと共に「
その間に戦況は傭兵側が著しく不利な状況へ傾いていた。「火爆矢」による最初の一撃が手酷かったが、その後統率を取り戻せなかった上流側の傭兵達は散々に弓矢の攻撃で崩され、残った傭兵達が突進を始めるという暴挙に出たためほぼ全滅状態だった。
一方下流側は、ドルド側の主力と思われる騎士達に急襲されると二十人以上居た傭兵達も、たちまち陣形を崩されていた。特に防御陣に突入して来たユニコーン ――恐らく先日の密猟の際に姿を現した「守護者持ち」のユニコーン―― に前列を散々に崩されたため、その後に続く騎士達に付け入る隙を与えていた。そして、極めつけが傭兵団の首長エイリーと副官ルートッドが立て続けに討ち取られたという状況だった。
(もはや傭兵達が戦況をひっくり返すことは不可能だろう……)
(そろそろ行動開始にするか?)
(ああ……そうしよう)
そう呟き合うのは「透明化」という付与術の制約によるためだ。この術は非常に有益なように見えて実は制約が大きい。その制約とは「術の発動中に大きな動作や大声」を発するとあっと言う間に術が解除されてしまうというものだ。だから静かに潜伏する分には良いが、姿を消したまま移動したり攻撃を仕掛けたりと言うことは出来ない。
状況を見極め、制約の多い術を解除して「行動」を起こそうとする二人の魔術師は双子である。ロイアは防御や力場術を得意とし、ライアは攻撃術を得意としている。二人揃って魔術の才能を認められ「魔術結社エグメル」に若い頃にスカウトされたのだ。その後エグメル内部で教育を受けた二人の魔術師は、
そんな二人が術を解除したところに飛び込んで来たのがユーリーだった、というわけである。そのユーリーに対して咄嗟に「雷撃矢」を放ったライアは思いも掛けず自分のいる場が「対魔力障壁」の中に有ることを自らの術の威力で知り、問い掛けるような視線をロイアに送る。
「いや、俺じゃないが……そんな
ライアに比べると幾分冷静な性格のロイアの言葉に「それもそうだ」と同意するライアは二人揃って「
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