Episode_07.17 河原の戦闘Ⅱ


 河原に布陣する敵の集団に対して下流側に回り込んだアルヴァン率いるウェスタ侯爵の正騎士達は、途中で敵の斥候と思しき傭兵を始末すると配置に着く。河原と森の境界にある繁みに身を潜めた一行の数は八人、それにユニコーンのルカンが合流する。ルカンも作戦はノヴァを通じて理解しており、繁みに身を隠すように低い体勢をとっている。


「ヨシンも、アルヴァン様も、大人数で斬り合う時は一人の敵に構っていては駄目だ。軽く斬り付けて相手の戦意を挫くだけで充分。深追いすると墓穴を掘る……いいですね?」


 突入を前にしてデイルの言葉である。それに、神妙な面持ちで若い二人が頷いて返す。デイルとしては、本来このような荒事にアルヴァンを巻き込むのは本意でない。しかし、放って置けば単身でも乗り込んでいくだろう一角獣の守護者ノヴァと、その彼女に気が有りそうなあるじの性格はよく弁えている。言っても無駄な事は最初から言わないつもりだ。


 やがて上流側に爆音が響き渡る。ユーリーの攻撃術が突入の合図だった下流の一行は


「よし! 掛かるぞ!」


 というデイルの短い号令で繁みを飛び出すと、上流の爆発に気を取られている集団に一気に肉迫するのだ。気勢を上げることはしない。注意を逸らせたままの敵に一撃を加えられればそれだけ有利になるからだ。


 デイルを先頭にほぼ横一列で河原を走り抜ける騎士達は、ようやくその存在に気付いた集団に接敵する。夫々が片手剣ロングソードとカイトシールドを装備した正騎士五人は教科書通りに重装備を生かして敵に肉迫すると、先ず盾で相手を打ち倒して剣の攻撃を叩き込む。彼等は半円陣の頂点の辺りで敵と斬り合っている。


一方、デイルと並んでほぼ同時に下流の集団に斬り込んだヨシンは、最初の一太刀を殺到する自分達に驚いた風に振り返る槍を持った男に叩きつける。騎士として、背後から斬りかかるのは「卑怯」などと言う者がいるが、そんなのは実戦を経験していない「甘ちゃん」の言う事だとヨシンは思っている。


(戦場では敵に背を向けた方が悪い!)


 振り向く敵の捻じった首筋を「折れ丸」で切り裂き。慌てて自分に剣を振ってくる別の敵を少し横に移動して躱して、その右手を浅く斬り付ける。そんなヨシンの右隣で剣を振るうデイルは既に三人目の敵の右手を切り飛ばしているのだから、この二人の攻撃は凄まじい。


 そして次の敵に向き合おうとするヨシンの視線は、ひしめく敵の集団の隙間から奥の方に固まっている見知った甲冑・・・・・・見知った顔・・・・・を見つけてしまう。


「な! デイルさん! ボンクラ王子が!」

「なんだと! ――なんで?」


 ヨシンの驚愕の声に反応したデイルとの会話であるが、その間にも敵を三人ばかり斬り倒しているから驚きである。二人は小刻みに立ち位置を変えながら確実に敵の数を減らしていく。


 アルヴァンとノヴァ、それにルカンを加えた二人と一頭は、ヨシンの右側 ――河原の切れ目が崖に繋がる岩場―― から敵へ斬り込んでいる。先ずユニコーン・ルカンがその巨体を感じさせない疾風のような突撃で敵の前列を蹴散らす。その勢いを恐れて下がった敵だが、その中の一人、短槍を構えた戦士が勇敢にルカンに挑みかかっている。だが、幾ら槍の穂先がルカンに届いても、その刃がユニコーンの身体に食い込むことは無かった。


 一方、アルヴァンとしては将来自分の妻にしようと想う女性に良い所を見せたかったが、出る幕が無いほど「守護者」の力を持つノヴァの攻撃は素晴らしいものだった。『相棒ルカン』がこじ開けた敵前列に入り込むと、ヒーターシールドを巧みに操り敵の攻撃を受け止め、やや短めの片手剣ショートソードを稲妻のように振るい致命的な攻撃を与えている。アルヴァンはその隣に立ち、ノヴァが盾で受け切れなかった敵の処理に当たる。アルヴァンの持つ片手剣ロングソードは刀身のしなやかさを発揮するとノヴァに注意を向けている敵を側面から確実に仕留めて行くのだった。


(……これは、夫婦喧嘩は絶対ダメだな。勝てる気がしない)


 といった場違いで気の早い考えが一瞬脳裏をよぎるが、そんな想いは、次の瞬間突然ヨシンが発した声にかき消されてしまった。


「ボンクラ王子」


 と自分が良く使う言葉を発した左隣のヨシンを見て、アルヴァンはその視線を追う――


(馬鹿な! なんでこんなところに!)


 アルヴァンは自分の目を疑う。先程敵に加わった重装備の援軍と思っていた連中はルーカルト王子と第一騎士団の面々だったのだ。しかも敵陣の深くに在りつつもこちらを剣で指して何か号令を飛ばしている。アルヴァンはその様子に悪態を飲み込むと


「ルーカルト王子! この仕儀は一体何事ですか!?」


 と大声で呼びかけるのだった。


****************************************


 エイリー率いる傭兵団は、最初の魔術による攻撃で混乱状態になるとそれを立て直せずにいた。元来、密集防御の陣形は遠距離攻撃 ――特に魔術による範囲攻撃―― に対して脆弱である。上流側の傭兵達に


「散開して防御線を維持しろ!」


 と伝えるが、混乱の中で上手く指示が伝わっていない。エイリーの視界の端では、矢を撃ち返す者達が、こちら側の魔術師が展開した力場魔術に矢を阻まれ混乱に拍車を掛けている。そこへ射線を移動した敵から矢が射掛けられると、今度は反撃する術を持たない傭兵達が勝手に狩人達の集団へ突撃を掛け始めた。


「クソ!」


 そう悪態を吐くエイリーは不意に下流側の森から突入してくる騎士の一団に気付く、一団には一際大きいユニコーンも交じっていた。


「こっちが本隊か? ルートッド、適当に戦って退却するぞ!」

「わかったエイリーさん!」


 そう言い合う二人、ルートッドはエイリーの指示通りに前線に向かう。そこへ後ろから


「こ、こら! 勝手に退却してはイカン! ちゃんとユニコーンを持ち帰らなければ!」


 とルーカルト王子が叫んでいるが、エイリーもルートッドも知ったことではない。


「そんなにユニコーンが大事なら前に出て戦えよ!」


 エイリーはそう言い放つと自分は最も深く斬り込んでいる大剣を持った騎士 ――デイル―― の方へ踏み出すのだった。おそらく、一番の手練れであるこの騎士を倒せば敵の士気を挫く事が出来る、と判断したのだろう。


****************************************


 大勢の傭兵の集団に斬り込んでいったデイルとヨシンの周りには敵の人垣が出来ていた。二人合わせて既に十人近くの敵を屠っている。その凄まじい腕前に、対峙する残りの傭兵達は斬りかかる意欲を無くしていたのだ。だから、デイルとヨシンが牽制するように一歩踏み込むと、取り囲む傭兵達はそのまま後ろに下がる。そんな風に距離を取る人垣が別の傭兵を押し出す格好となって、デイルとヨシンの左右に位置する正騎士達や、アルヴァンとノヴァの戦いを有利にするのだった。


 そして、丁度アルヴァンが敵の傭兵達の人垣の間からルーカルト王子を見つけて呼びかけたとき、デイルとヨシンを取り囲む敵の人垣が不意に割れると一人の男が進み出てきた。


「……相当やるな、俺はエイリー。相手をしてやる」


 その男はデイルに向かって、殺気の籠った声でそう言うと大剣を中段に構える。それに応じるようにデイルも義父から贈られた業物の大剣を構える。デイルは独特の両足を開くどっしりとした構えを自然にとっている。


「騎士なのだろう……名乗らんのか?」


 皮肉っぽい笑みを浮かべて挑発するように言うエイリーだが、生憎デイルは「生粋」の正騎士では無い。だから


「興味は無い」


 とだけ、素っ気なく言う。その言葉にエイリーの笑みは皮肉を捨てて喜色だけを残す。その表情は対峙する相手をゾッとさせる「人を殺す愉しみ」を知る者の笑みであった。


「ヨシン、手出しするな。こいつは危険――」


 デイルはそう言い掛けるが、言い切る前に、目の前の敵の殺気が頂点まで膨れ上がるのを感じ取る。


(来る!)


 そうデイルが直感したと同時に、エイリーは不安定な河原の地面を蹴ると、大剣を一気にデイルの首元へ突き込んでくる。


ブワッ


 デイルは左頬にエイリーと名乗った敵の剣先から生じる風を感じる。迷いの無い鋭さを秘めた、恐ろしい刺突に身体が竦むような感覚を覚えるデイルだが、


(負けるかっ!)


 という思いと共に、突き入れられたエイリーの大剣が手元に戻される間隙かんげきに、その手首を狙う。


ブゥン!


 エイリーの一撃を凌駕するほどに強く風を捲くデイルの一撃だが、エイリーは半歩下がってそれを躱す。そして、今度は上段からの斬り下ろしを仕掛ける。


ガキィッ、ガキィッ


 朝靄の中、ハッキリ目に見えるほどの火花を上げて、二振りの大剣は幾度も刃を打ち合わせる。その全てが、鎧の上から骨を砕き、防御が無い所に当たれば即座に戦闘力を奪う渾身の一撃である。まるで、いつ穴が開くか分からない薄氷の上を渡るような緊迫感が満ちる。


 期せずして、その二人の戦いを見守る格好となった周囲の傭兵達やヨシンは息を呑んで、その斬撃を追う。ほんの五回分ほどの呼吸の間に繰り返された斬撃は見る者に呼吸を忘れさせるが、それは当の本人達にしても同じだった。


 やがて、上段から袈裟懸けに斬り下ろすエイリーの斬撃をデイルが大剣を振り上げて受け止めたところで、両者は一転してピタリと止まる。そして、そのまま二人はギリギリと剣を噛合せたまま、鍔迫り合いの力比べに入っていく。そこへ――


「ウリャー!」


 と気合いと共に人垣を割って傭兵の内の一人がデイルに向かって斬りかかってくる。首領であるエイリーを援護するつもりだったのだろう。しかし、この攻撃を仕掛けてきた傭兵はヨシンにより剣を叩き落され、喉笛を割り切られる格好となった。


 一方、そんな横槍が入ったことなど気にも留めない二人の剣士は、長い鍔迫り合いに終止符を打つ。一際力を籠めたエイリーが、渾身の力でデイルを押し退けようとする。しかし、その動作の一瞬前に生じたりきみを感じ取ったデイルは、咄嗟の判断で押し出す力を斜め後ろにいなす・・・


 足場の悪い河原で咄嗟の踏ん張りが利かずに、エイリーは上体を前のめりにして姿勢を崩した。


「くそ!」


 時間にすればほんの一瞬の出来事だ。しかし、それだけで充分なデイルは、エイリーの泳いだ上体目掛けて自分の大剣を叩き付ける。エイリーは必死の形相でその一撃を受け止めるが、崩れた姿勢は踏ん張りが利かず、そのまま数歩後退してしまう。そうして出来た間合いが、デイルの疾風怒濤といえる連続攻撃を呼び込むことになった。


 退くエイリーに対して一瞬で間合いを詰め切ったデイルは、業物の大剣を縦横に振る。上段からエイリーの頭と首筋を狙う斬撃を二回繰り出したデイルは、二度とも剣で防がれるが、構わず三度目を打つ。首筋を狙った鋭い連続の斬撃にエイリーの大剣は吸寄せられるように、それを防ごうと動き、次の瞬間、何も無い虚空を斬っていた。



(しまっ――)


 渾身の一撃を不利な相手に叩き付ける状態にあっても、手を抜かないデイルの連続攻撃は全てこの見事なフェイントへの布石であった。エイリーの大剣は本人の意思とは別に、勢いを駆って何も無い空中を通過する空振りとなる。そして、


「ッ!」


 デイルの大剣は、まるで重さを感じさせないかのように空中で軌道を変えると、全く無防備となってしまったエイリーの脳天へ叩き付けられる。その雷光のような一撃をエイリーは目で追う事しかできなかった。


 大剣の一撃を脳天に受けたエイリーは、血と脳漿を飛び散らせながら一度大きく痙攣して、河原に崩れ落ちたのだった。


「エイリーさん!」

「エイリーさんがやられたぞ!」


 首領エイリーの死に、傭兵達は恐慌状態に陥っていった。


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