Episode_07.16 河原の戦闘Ⅰ



 河原にたむろする大人数の集団を森の中から観察するアルヴァン達ウェスタ侯爵領の正騎士とスミの街の狩人達。相手の人数が多いことはノヴァを通じたルカンの情報で分かっているので攻め方を打ち合わせている。


「それにしても数が多いな……その上援軍なのか? 重武装の連中も加わったみたいだ」


 彼等が潜む森の端からは、河原の様子が見えるが一人一人の顔形までは判別できない。森から流れ出た薄い朝靄あさもやが全体的に河原を覆い始めているのだ。


「でも、早くしないとユニコーンが……」


 そう呟くノヴァの頭の中にはごく近くの繁みに潜むルカンからの


(イツ攻撃スル? 早クシナイト!)


 と急かすような思考が流れ込んでいるのだ。そしてその思いはスミの街の狩人達も同じようである。一同がノヴァの声に頷く。その様子にユーリーが口を開く。


「不意打ちで連中の中に『火爆矢ファイヤボルト』を撃ち込む。相手にも魔術師が居るかもしれないけど、不意打ちならば『対魔力障壁マジックシールド』も『縺れ力場エンタングルメント』も発動する暇はないと思う……だから最初に大きな一撃を加えたい」

「そうだな……スミの人々は弓が主力だ。我々が徒歩で突っ込むと射線がつぶれてしまう、上流と下流の二手に分かれて攻撃するのはどうだろうか? 最初の一撃に呼応して俺達が下流から相手に接近する」


 ユーリーの意見にデイルが答える、その横でアルヴァンとヨシンも頷いている。


「よし、そうしよう。上流側は弓を主体に攻撃、我々は下流側に回り込み敵に肉迫する。攻撃開始の合図は……」

「それは、僕の術が発動したのを合図にすれば良いと思う。先に上流から遠距離攻撃を仕掛ければ、敵の注意を下流側から逸らすことが出来る。突入しやすくなると思う」

「よし、デイル、それでいいか?」

「はい、アルヴァン様」


 ユーリーにアルヴァン、そしてデイルで作戦の大部分が決められる。いつの間にかそう言う場に口を出している親友ユーリーの姿を眺めながら、


(流石ユーリーだ……)

とヨシンはひたすら感心するのであった。


 作戦内容はスミの人々にも伝えられる。特にユーリーからは


「最初に矢を放った後は恐らく同じ射線では矢が効かなくなると思いますから、上流側に移動して射線をずらしつつ攻撃してください」


 という「縺れ力場」の魔術を念頭に置いた指示があった。それに皆を代表してノヴァの父親ヘルムが頷く。


「強化術は今回『加護』で良いかな? こっちの方が魔術に対して抵抗力が上がるんだ」

「それはユーリーに任せる」


 ユーリーの意見にデイルが応じる、他の面々も頷いているようだ。対してノヴァは


「あ、私は要らないわよ。守護者の私はルカンから強い力を貰っているし、付与魔術って言うのかしら? そういうのには『解呪』の力が勝っちゃうみたいよ」


 との事だった。その言葉を感心した風に聞いていたアルヴァンは一同を見渡すと言う。


「俺達はユーリーの強化術を受けてから森伝いに下流側へ配置を取る。次にユーリーとヘルムさん達は遠距離攻撃の準備。攻撃のタイミングはそっちで合せてくれ。こっちはユーリーの術を合図に突っ込む。最後に、マーヴと従卒兵の皆はスミの街の人達と共に行動してくれ」


 突然名前を呼ばれたミスラ神の僧侶マーヴはビクっとして寝惚けた顔を上げるのだった。因みに彼は、最後まで寝ていたところを雇い主のアルヴァンに叩き起こされて渋々同行していた。


(後払いなんて条件受けなければよかった……)


 と後悔しきりなマーヴである。まさか名門貴族の一行が行く先々で荒事あらごとに直面するとは思っていなかった当時の自分を恨めしい気持ちで思い出しているのだろう。


 やがて作戦を整えた一行は攻撃準備に取り掛かる。ユーリーの強化術「加護」は全般的な身体能力向上と感覚強化、物理・魔力に対する抵抗力の強化が効果に含まれている。樫の木村で初めて覚えたこの術は習熟が進み強化される度合いも格段に上がっている。これはユーリー努力も勿論だが、新な魔術の師であるサハン・ユードース男爵のお蔭とも言えるだろう。


 ヨシンやアルヴァン、それにデイルにとっては馴染みのある強化術だが他の騎士はその効果に「おぉ」と声を上げる者も居る。今なら十人相手にしても勝てそうだと思ったのかもしれない。そんな様子を後目にユーリーはヨシンとデイルに追加で「威力増強エンパワー」とアルヴァンに「防御増強エンディフェンス」を施す。


 そんな準備が進む中、アルヴァンは小声でノヴァに話しかける。


「なぁノヴァ、ヘルムさん達と弓矢の攻撃に専念して欲しいんだが」

「アルヴァン、心配してくれるのは嬉しいけどこれは本来『私の役割』なのよ」

「でもそれじゃ君が危な……」

「駄目よ、私は未だ貴方の『お姫様』になった訳じゃないのよ……守護者の役割は残っているの!」


 けじめを付けたいと望むノヴァの言葉にアルヴァンは自分の言葉を飲み込む。そんな彼にユーリーの言葉がかかる。


「準備完了!」


****************************************


 ユーリーは朝霧に霞んだ前方の敵に目を凝らす。距離約三百メートル先の密猟者達は河を背に上流側にひと塊、ユニコーンを捕えた荷馬車を挟んで下流側にひと塊と二つに分かれている。ユーリーの居る上流側の遠距離攻撃班が攻撃を加えた後に、そろそろ配置に着いたであろうアルヴァン率いる騎士達が下流から接近戦を試みる。敵を上下から挟み撃ちにするのが作戦の骨子である。


 そんな風に考えを纏めていると、不意に密猟者の集団の動きが慌ただしくなる。二つに分かれていた塊は一つに纏まり、荷馬車を中心とした半円陣を組もうとしているようだ。


(悟られたか?)


 と思うユーリーだが、ならば事を起こすのは早い方が良いと考える。そんなユーリーの目配せに頷くヘルム達は一斉に弓を引き絞ると放つタイミングを待つ。


 ユーリーも素早く「火爆矢ファイヤボルト」の魔術陣を起想、展開する。前回よりも幾分滑らかに展開された念想上の魔術陣は、発動段階を迎えると急激に魔力マナの光の線を絡み合わせて一瞬後には大きな炎の矢としてユーリーの眼前に具現化させた。


 それを確認したユーリーはそのまま右手を振ると着弾地となる敵集団の上流側を指し示した。それに呼応して目の前にあった大きな炎の矢は火線を曳きながら真っ直ぐに敵陣へ飛んでいくと、その後を追い掛けるように、スミの狩人達の矢も次々と放たれて行く。


 一拍の間を開けて、先にユーリーの「火爆矢」が敵陣の前列辺りに飛び込むと大きな爆音を立てて辺りを薙ぎ払う。パッと見ても十人近くの敵が吹き飛ばされて半円陣の上流側は大きく崩れている。そこへ狩人達の矢も襲い掛かるが、こちらは敵陣の手前上空で急激に勢いを無くすと、殆どの矢が敵の前方に落下する。


「くそ、縺れ力場エンタングルメントか!」


 ユーリーの悪態の通り、「縺れ力場」の力場術が敵陣の手前上空に展開されていていたのだった。それでも不可視の力場魔術の効果範囲を左右からすり抜けた数本の矢は敵の集団に到達している。


「ヘルムさん、矢を弱める力場を避けて射線を取ってください」

「わ、わかった! 皆少し移動だ、上流から回り込むぞ!」


 ヘルムの声に合せて移動を始めるスミの街の狩人達と槍を持った輜重兵達を横目に確認すると、ユーリーは河原へ走り出しながら次の攻撃魔術を起想する。「火爆矢」と比べると格段に簡単に発動できる「火炎矢フレイムアロー」は勿論、以前メオン老師から贈られた特殊な「制御の魔石」による補助を受けての事だが「走りながら発動する」という芸当を可能にしている。


 そして発動した術により生み出された五本の炎の矢は一斉に前方の敵陣目掛けて低い弾道で飛び掛かるが――


ボシュッ


 と小さな音を立てるとユーリーと敵陣の中間地点で消滅してしまう。


(……さっきは無かった場所に「対魔力障壁」か!)


 というユーリーの洞察通り「火炎矢」の術は後から発動した「対魔力障壁マジックシールド」に阻まれてしまった。


 一方、最初の「火爆矢」が着弾し混乱を極めた半円陣の上流側では、弓矢を持つ傭兵達が反撃に移る。標的は河原へ飛び出してきた一人の騎士風の青年である。合図も何も無く、個人個人が勝手に矢を撃ち出す。だがそれらの矢は放って直ぐに頭上の「縺れ力場」の影響を受け勢いをそぎ落とされると大分手前に落下するのだった。


「なんだ!?」

「矢が飛ばないぞ?」


 混乱から立ち直りつつあった傭兵達は、味方側の魔術師が張った力場魔術の効果を良く認識していないために別の混乱に陥ってしまう。そこへ河沿いに射線を移動したスミの狩人達が今度こそ邪魔されない正確な射撃を放ってくる。距離にして未だ二百メートル近くあるのだが、彼等の正確な射撃はほぼ確実に傭兵達に矢傷を負わせていくのだった。


 その混乱状況を見つつ、ユーリーは攻撃手段を弓矢に切り替えると「火炎矢」を放った軌道と同じ軌道で弓を構える。レオノールから贈られた古代樹の弓は少し硬めのしっかりとした手応えと共に矢を撃ち出す。


 ヒュン! と勢いよく飛ぶ矢は、ユーリーが内心感嘆するほど綺麗な低い弾道を描くと上流側の集団の端にいた敵を射止める。思った通り、「縺れ力場エンタングルメント」は敵の頭上に展開しており、低空の領域には「対魔力障壁」しか展開されていなかった。半円陣の敵からは「神官! 早く傷を!」とか「おい魔術師! 何とかしろ!」とか言った怒声が聞こえてくる。それを聞き流しながら、


(ヨシン達は大丈夫だろうか?)


 と、ユーリーは下流へ視線を移すのだった。

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