Episode_07.15 仕組まれた戦い


 森の中を移動する密猟者を少し離れたところから追跡するルカンは、彼等の行動に「腑に落ちない」ものを感じる。通常の密猟者ならば、ユニコーンの捕獲に成功した段階で一目散に河を渡ろうとするのが普通なのだ。しかし、ルカンの目に映る集団は周囲を警戒しているものの、その移動はゆっくりとしたものであった。


(何カヲ待ッテイルノカ?)


 この状況で何を待つと言うのか? 見当が付かないが、ふと思いついた疑問は彼等の状態を言い当てているように思う。時刻は既に早朝となっている。見上げると木々の枝葉の隙間から覗く空は鉛色の雲に覆われていて、ポツポツと雨も降り出している。十月後半のドルドの森の気温は今年一番の冷え込みのようで、繁みに潜むルカンの鼻息は白く空気を漂い溶けるように消えて行くのだった。


(助ケテクレ)


 とは、網に雁字搦がんじがらめにされて捕えられたユニコーンの思考である。身動きが取れないながらも、傷ついた少女を守るように体と横たえている。


(モウ少シ待テ)


 そのユニコーンの気持ちが痛い程分かるルカンだが、今はジッと待つしかない。しかし、彼の思考は焦ったような思いをノヴァに伝えてしまうのだった。


(ルカン!? 大丈夫なの?)

(アア大丈夫ダ)

(こっちは、スミの街の狩人達とアルヴァンの仲間達と一緒に今、街を出発したところよ!)

(……トニカク早ク来テクレ)


 やはり、アルヴァンと言う青年の名をノヴァから聞くのは抵抗がある。あの青年がノヴァに寄せる真っ直ぐな熱い想いも、それに応えたいと想っているノヴァの心も両方分かるルカンの心情は複雑だ。しかし自分の複雑な心境をノヴァに伝えても彼女を悲しい思いにさせるだけだと分かるルカンはその気持ちをグッと押し殺すと、前方に広がる密猟者の一団に注視するのだった。


****************************************


 スミの街では、武装を整えたウェスタ侯爵領の騎士達がアルヴァンの指示通り十分以内に準備を整えると集会場の外に飛び出した。外には従卒兵である輜重兵科の者達が準備した各自の馬が主を待ち構えていた。そして騎士達は各自の馬に飛び乗ると、主アルヴァンの号令を待つ。


 既に馬上のアルヴァンはノヴァに問いかける。


「ノヴァ! 何処へ向かえばいい?」

「ドルド河の下流へ! 私が先導するから、後を付いて来て頂戴」


 そこへノヴァの父親ヘルムの声が掛かる。


「こっちは、馬やお前の足には勝てない、だから後を行くことになるが余り急いで先行するなよ! 弓の援護を忘れるなよ、ノヴァ」

「分かったわ父さん、無理しないでね」


 そんな会話を交わす親子、ヘルムの後ろにはニ十人程のスミの街の人々が集まっている。彼等は皆長弓を装備して、矢筒を肩に掛けた弓を能く使うドルイドの狩人達なのだ。


「よし、皆の者。出陣だ!」


 アルヴァンの号令で騎馬の一行は静かに進みだし、スミの街を後にする。その後ろには荷馬車を街に置き自ら槍を手に取った輜重兵科の従卒兵とスミの街の狩人たちが続いて行く。一行は白み始めたユニコーンの森を一路西へドルド河の河原沿いに進むが、直ぐに先導するノヴァとそれに付いて行く騎馬、そして徒歩の狩人達に差が出来てしまう。


(……しかたないな……)


 アルヴァンは少し言い訳めいた事を内心呟くと、前を走るノヴァに追いつきその手を掴むと一気に馬の上へ引き上げるのだった。


「え? なんで、私は走れるのに」

「駄目だ、速すぎる。俺に任せろ、後ろの弓を持った皆と調子を合わせないと意味が無い」


 何度か集団戦闘や「いくさ」と言える戦いを経験したアルヴァンは勝手の違う森の中でも自信を持ってそう言う。行きがかり上、その胸に抱かれる格好になったノヴァは何も言えずに小さく頷くだけだった。


 そして、スミの街を出発した一団は歩調を調整すると常足なみあしを維持した騎士達を先頭にしてドルド河を下流へ進むのだった。アルヴァンの胸に抱かれるような恰好だったノヴァは姿勢を直し鞍に跨っている。アルヴァンが後ろに詰めて作った隙間はゆったりと座れる程は無かったが逆に騎上の二人を密着させることになった。


 前にノヴァを座らせたアルヴァンは、狭い鞍の上でどうしても密着する腰に、ゴワついた厚手の革越しだが、柔らかい彼女の腰から尻に掛けての感触を感じ取り眩暈に似た感覚を覚える。そんな青年に追い討ちを掛けるようにノヴァの短く切られた銀髪は冷たい風になびくと、その度に蠱惑的な香りを送ってくる。


(あーイカンイカン、俺は何を……これから戦いだと言うのに!)


 一方ノヴァも、跨った鞍の前橋に押し付けられる恰好で、腰から背中に掛けてアルヴァンに密着している。馬の歩みに合わせた振動で何となくムズ痒い感覚を覚え何度か身じろぎするが、ふと腰の後ろ辺りに慣れない感触を覚えると人知れず顔を赤らめてしまう。だが不思議と悪い気はしないのである。切迫したルカンの思考に、自然と急いでしまうのは自分の悪い癖だと思いつつも「ならば降りてゆっくりと進めば良いじゃない」と言う心の声を敢えて無視する。


(後三十分は掛かるけど、援軍を連れて行くわ)

(……ソウシテクレ……)


 素っ気ないルカンの返事も想定内のノヴァであった。


****************************************


 傭兵団を率いるエイリーは夜明けを迎えた空を気にしている。そろそろドルドの勢力が此方へ向かってくるはずだ、そう目星を付けると傭兵達を森と河原の境目に立ち止まらせる。薄い朝靄が周囲に漂っている。


「どうしたんだ? もう河は目の前じゃないか?」


 と言うのはエイリー達傭兵団が雇い入れた密猟者十人のリーダーだ。ゆっくりと進む傭兵団の様子にイライラしていた彼は密猟成功の一歩手前で立ち止まることに辛抱できないようにエイリーに詰め寄る。


「そうだな……ここまで来ればもう一息だ」

「だったら、早く行こうぜ」

「いや、そうだな……先に片付けておくか」

「片付ける?」


 怪訝そうな密猟者のリーダーの言葉を無視してエイリーは左手を上げる。その合図に呼応してルートッドを始めとした傭兵達は夫々の武器を近くに居た密猟者に突き立てる。


「うわっ!」

「ぎゃぁ!」


 と言った驚愕と悲鳴が朝の森に木霊する。口から血を泡のように吹き出した密猟者のリーダーは自分の肩から胸にかけてをザックリと割り切ったエイリーの大剣と冷酷なその表情を見比べると、何か言い掛けて大量に血を吐き出し絶命する。周りに居た十人の密猟者も夫々があっという間に傭兵達に殺されていた。


「これでヨシと……分け前が増えたな」


 何事も無かったように明るく言うエイリー、彼に近付くルートッドも上手く密猟者達に「タダ働き・・・・」をさせる事ができて機嫌が良さそうだ。


「ふう……エイリーさん、死体コレどうします?」

「放っておこう。森の肥やしさ」


 大剣の血糊を拭い鞘に納めながらエイリーは事も無げにいう。それにしても、大きな刀身を持つ大剣を一瞬で抜き、斬り付けた動作はルートッドをしても「目で追えない」程の素早さであった。


(まったく、エイリーさんの剣は怖いねー)


 と言うのがルートッドがエイリーに従う一番の理由であった。そんなルートッドも短槍で二人の密猟者をあっと言う間に倒している実力者だ。その彼が恐れるというだけで、傭兵団の首領エイリーの実力が窺えると言うものである。


「河原にはまだ『王子』は見えないな……」

「そうですね、警戒しているのかも知れませんし」

「こちらの姿を晒せば合流できるか」


 エイリーの言葉で傭兵の一団は森を抜けて河原へ進み出る。遮る物の無い河原に出ると、存外に雨が強く降っていることに気付いた一団であった。河原は、直ぐ下流にある大きな滝の所で切立った崖に変わると、そこで途切れている。そして、崖の下からは瀑布が発するゴォーという水音が響き、一帯の河原を包んでいるのだった。


「結構降っていたんですね、それに靄も掛かっている……」

「良いじゃないか、雨はともかく霞んでいるほうが矢に狙われなくて済む」

「そうですね、森から一方的に矢で射られるのは鬱陶しいですからね」

「まぁこっちの魔術師さんが矢からは護ってくれるだろうけど」


 そんな会話の終わり際に、エイリーは魔術師の一人 ――ロイア―― に顎でしゃくって見せる。その様子にムッとした表情になるライアだが、ロイアはそれを遮ると、


「ああ、合図してくれれば矢は無力化するさ」


 と答える。実際は「縺れ力場エンタングルメント」の効果範囲は広くても差し渡し十数メートルの空間であるから、傭兵達を全て矢から護ることは出来ない。しかし二人の魔術師にとっては傭兵達の命など「どうでも良い」のである。適当に調子を合わせておくだけの返事であった。


 そんな会話が途切れたときに、河の反対側 ――エイリーら傭兵団よりも更に下流の滝の付近―― から十一騎の騎士が徒歩の密猟者に扮した傭兵に先導されて現れた。ルーカルト王子の一団である。魔術師ライアがその一団に手を振ると、河の反対側で下馬したルーカルト王子達は徒歩で駆け寄ってくる。


「こちらです!」

「わかっている!!」


 呼びかける魔術師ライアの声に、乱暴な返事を返すルーカルトは周囲の騎士が制止するのを振り切ると、滝に近い浅いドルド河の瀬をザブザブと水音を立てながら渡り始める。渡るにしても非常に危険な場所である。転倒して少し流されればそのまま滝壺へ真っ逆さまと言う場所なのだが、捕えられた白い魔獣に注意を奪われた王子は何の躊躇いも感じていない。その様子に仕方なく同行していた第一騎士団の十名もその後を続くのだった。


 瀬を渡る途中で何度か転倒しそうになったルーカルトは、その度に直ぐ後ろを進む騎士隊長に支えられて何とかドルド河を渡りきっていた。


「ご苦労である……これが一角獣ユニコーンか……」

「はい、先ほど森で捉えました」

「この魔獣の角が父上の病を払うのだな……そうすれば私も……」

「そう言う事でございます。ここにおります者共も微力ながらお手伝いいたします」

「そうか、頼んだぞ」


 膝上まで水浸しにしたルーカルトであるが、魔術師ライアの言葉に鷹揚おうような返事を返す。


「これから、この荷馬車を渡河させる準備を始めますのでしばらくお待ちください」

「うむ、急げよ」


 そんな遣り取りを見る傭兵団の首領エイリーは隣のルートッドと小声で、


「なんか、話が違いませんか?」

「密猟の手助けが本当の意味だったのか?」

「……ならば何故『戦闘を起こす』ことが条件になるんでしょう?」


 と囁き合うのだった。密猟だけならば「密猟」と言えば済む話である。依頼主の思惑に困惑する二人だが


(面倒なそうな仕事だぜ……)


 と顔を見合わせるエイリーとルートッドである。その時――


「ドルドの連中が来たようです」


 と傭兵の一人がエイリーの耳元へ告げる。森に潜ませている斥候からの合図である。見晴しの良い河原に無策のまま姿を晒すようなエイリーでは無い。用心深い彼は森の何か所かに斥候を潜ませていたのだ。


「お話し中悪いが、ユニコーンを追ってドルドの連中が来たみたいだぜ!」


 すこし乱暴目にルートッドがライアとロイアの二人の魔術師に声を掛ける。首領のエイリーは腰の大剣の柄に手を掛けた状態で手下の傭兵達へ指示を飛ばしている。


「荷馬車を中心に半円形陣を取れ、最前列は盾持ちだ。矢の攻撃に注意しろ!」


 その様子に状況を飲み込めないルーカルト王子が声を発する。


「どうしたのだ!?」

「どうやら、ユニコーンの密猟を防ごうとドルド側の追手が迫っているようです」

「ならば、この馬車を早く動かさんか!」


 ルーカルト王子の疑問に答えるライアだが、王子は荷馬車とユニコーンの移動を命じる。それに対して鬱陶しそうにエイリーが大声で応える。


「正面から攻撃を受けた状態で渡河をすることは出来ないだろ! 先ずは敵勢力を撃退して安全を確保した後に渡河を行う……兵法の常識だろ!」


 かなり無礼な言い方だが、言っている内容は正解である。そのエイリーのドスの効いた声にルーカルト王子は二の句を飲み込むと配下の騎士達に向かって


「いいか、何があっても俺を護れよ!」


 と威厳も何もない、情けない命令を言い放つのであった。それを聞いた第一騎士団の隊長三名以下、騎士達は王子を取り囲むように円陣を組む。迎撃態勢を取る傭兵達の一団に押しやられるように、彼等の位置は崖の近くになってしまうのだが騎士達や王子はその事には注意を払っていないようだった。


 その時、半円陣の上流側に位置する傭兵達の元に槍程の大きさの炎の矢が飛来する。河の流れと並行するように走る森の切れ目から、朝靄を切り裂き、火線を曳いて飛び込んで来た炎の矢は傭兵達の足元に突き刺さると轟音と共に爆発する。


 ドォン! という音と共に密集していた傭兵達数人が吹き飛ぶ。そして追い討ちのように矢の雨が降り注いだ。


「おい魔術師! 何やってんだよマジックシールドはどうした?」

「お前らの斥候がちゃんと伝えないからだろ、弓矢の攻撃はちゃんと防げる!」


 ルートッドの剣幕にロイアが言い返す。そのロイアの言う通りに、傭兵達の頭上に降り注ぐかと思われた矢は手前で急に勢いを無くすとそのまま落下してしまう。だが「火爆矢」による一撃は傭兵達の混乱を誘うには充分だった。


 そこへ騎士と思しき重装備の剣士達が、森から飛び出してくる。疾風の如き勢いで駆け寄って来た騎士達は、傭兵達の作る半円陣の下流側に襲い掛かると、直ぐに武器を打ち合わせる音や悲鳴、怒号が河原に響き出すのであった。


 ドルド河の河原を舞台とした、仕組まれた戦いはこうして火蓋を切って落とした。


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