Episode_07.19 覚醒


 空中に舞いあがった双子の魔術師達は、スミの街の狩人らの弓矢による攻撃を防ぐ「縺れ力場エンタングルメント」と、どこに潜んでいるか・・・・・・・・・分からない・・・・・魔術師を警戒して「対魔力障壁マジックシールド」を発動する。こうしてしまえば、余程の事が無い限り、浮遊状態は無敵に近い。


 そして下流側、滝へと落ち込む断崖絶壁の端に陣取るルーカルト王子一行を視界に捉える。計画はここまで来れば簡単なのだ。ルーカルト王子を魔術で葬り、相移転で脱出すれば終わりである。


(今後はこんな荒っぽい現場はもっと下の階梯にやらせるべきだな)


 と愚痴にも似た思いでロイアは考えるが、不意に足元から突き上げるような衝撃を感じる。


ボンッ! ボンッ! ボンッ!


 そして遅れるように空気の爆ぜる音が聞こえてくるのである。その異変に思わず眼下を見渡す二人は、自分達へ向けて「火炎矢フレイムアロー」を立て続けに飛ばしてくる騎士風の青年を視界に捉える。勿論ユーリーである。


「なんだ……てっきり森の中に居るのかと思えば、あんな騎士のような恰好をした若造が魔術師だとはな……」

「ロイア、鬱陶しいから先に消してもいいか?」


 ライアの言葉に頷くロイアである。我が意を得たり、と喜色を滲ませるライアは少し複雑な動作で魔術陣を起想すると負の付与術「削命エクスポンジ」を発動する。ライアが使用できる最強の対人攻撃の方法の一つである。高位魔術に属する致命的な付与術は速やかに発動する。一方、眼下の騎士風の魔術師は発動する瞬間に彼が張った「対魔力障壁」内へ逃げ込む。


(甘いよ、若造!)


 しかし、ライアの術は空間に魔力を発散する攻撃術ではない。若干魔力を減衰される抵抗を感じるが、術は速やかに発動してユーリーに襲い掛かる。そして眼下で小賢しく攻撃術を仕掛けてきた騎士風の魔術師はその場で崩れ落ちていた。


「よし……それじゃあ本命に掛かろう」

「だが、お前の術はユニコーンに解呪されてしまうかもしれない」

「大丈夫だ、今回は攻撃術を使うさ」

「まぁライアに任せるよ」


 そんな短いやり取りを経て、ライアはとっておきの攻撃術の起想に掛かるのだった。


****************************************


 デイルは、敵の首領と思しき大剣使いを倒した後は、完全に逃げ腰となった傭兵達を追い立てる。それでも何人か刃向ってきたが、デイルとヨシン、それにアルヴァンとノヴァの敵では無かった。すると、一人二人と逃げ腰になり、動ける者は堰を切ったようにドルド側を対岸へ逃れようとする。


「おい! お前達! 逃げるんじゃない!」


 そんな傭兵達の背中に喚き声を上げているのは……リムルベート王国第二王子のルーカルトである。既に自分の周りには連れてきた第一騎士団の隊長三人と騎士七人しか居ない。そして今更、自分達が崖っぷちに陣取っていることに気付くのだった。


「ルーカルト王子! 貴方は一体何を考えてこのような!」


 そう言って一歩詰め寄るアルヴァン。王子の護衛を嫌々やっている第一騎士団の面々は、それでも王子を守ろうと一歩踏み出すと武器を構える。それに呼応するようにデイルとヨシン、それにノヴァも武器を構え直す。


「なっ! ぶぶ、無礼であろう、アルヴァン! 武器を持ったまま私に詰め寄るとは王家に対する反逆だぞ!」


 そう言ったところで、明らかに気圧されている王子の言葉にアルヴァンも、デイル達も動じない。そこへノヴァが歩み出るとアルヴァンに並ぶ。


「あなたが王子かどうかは関係ない。ここはドルドの地、そして貴方はユニコーンの密猟を企てた罪人よ」

「なんだと小娘! ドルドのような小国が我がリムルベートに逆らえると思うなよ!」

「それは、罪状次第では無いですか、王子……素直に過ちを認め謝罪し、許しを乞うしか道はないぞ」


 ノヴァの言葉に気色ばむルーカルトだが、続くアルヴァンの言葉に冷や水を浴びせられたようになる。そして


「……とれ……討ち取れ! 討ち取ってしまえ! ウェスタの者共を全員討ち取れぇ!」


 と叫び声のような命令を発する。だが第一騎士団の面々は動かない。


「なんだ貴様達! 俺の命令が聞けないのか!?」

「ルーカルト王子、リムルベート王国の法には他国の法を犯しても良いとも、自国の家臣を王の許可なく罰して良いとも書かれておりません……ご命令には従えません!」


 そう言うのは騎士隊長の一人だが、他の二人の隊長もそれに同意するように頷いている。そして、三人の隊長はその場で剣と盾を投げ捨てアルヴァン側へ歩み出て、ひざまずく。降伏を示す態度だ。やや遅れて他の騎士達も隊長達に倣うように武器を捨てていた。


「き、貴様ら……家がどうなっても知らぬ――」


 その様子に激昂したルーカルト王子が、騎士隊長達へ殺し文句を言い掛ける。その瞬間、ノヴァの意識に、後ろで控えていたユニコーン・ルカンの意識が流れ込む。


「強い警告」と「上空に対する注意」そしてそれに対抗しようとする「強い意志」が言葉に成らずに直接ノヴァの頭の中に流れ込む――


「アルヴァン! 上!」


 ノヴァには、そう叫ぶのが精一杯だった。


 いつの間にか頭上に浮遊していた魔術師二人、その片方がルーカルト王子目掛けて掌を突き出す。その動作に呼応して白色の輝く「光矢ライトアロー」がルーカルト王子目掛けて飛びかかる。


 その瞬間アルヴァンは咄嗟に王子を突き飛ばし


 ユニコーン・ルカンは持てる限りの力を振り絞って強力な解呪の障壁を展開する


 ノヴァの目にはそれら一連の動きが「とても緩慢な映像の断片」として映った。


 「相棒ルカン」の展開した障壁は光の盾のように崖っぷちの自分達を覆うが、頭上の魔術師が放った極属性光の攻撃術は、威力を弱めつつもルカンの障壁を突き破り、ルーカルト王子を突き飛ばしたアルヴァンの左肩に炸裂すると――


バンッ!


 と小さな音を立ててアルヴァンを崖下へ突き飛ばす。「アッ」という表情のままアルヴァンは崖下の滝壺へと姿を消していた。


「アルヴァン!」


 自分の叫ぶ声が聞こえる。次の瞬間、辺りが急に光に包まれるが、ノヴァは何も考えずにアルヴァンを追って崖下へと身を投げていた。眼下には大きな滝壺が広がっている。


****************************************


 ユーリーは自分に掛けられた魔術が先日アルヴァンを襲った術と同じだと直感していた。急激に生命力を削る術の効果に立って居ることが出来ず、その場で蹲るが身体を支えきれずに倒れ込む。


(付与術は……「対魔力障壁」でも威力が減衰され難いんだった……)


 今更そんな事を考えるが、もう遅いだろう。目を瞑ってしまえば際限なく暗闇に落ちて行きそうな感覚に恐れを感じ、視線をキッと上へ向ける。睨むのは自分に魔術を放ち、今下流に向きを転じている魔術師二人だった。その視界が段々と碧味掛かって行く。心臓の鼓動が徐々に遅くなっていくのを感じるユーリーは、


(くそ……ここまでか……)


 と思う。死ぬ間際には昔の思い出が目の前をよぎると聞いたが実際は何もない。短い自分の人生だが、樫の木村で過ごした少年時代も、恐らく自分の唯一の血縁者「リシア」の姿も、恋焦がれて止まない「リリア」のハシバミ色の瞳も顔も、なにも浮かばない視界には空中に浮遊した二人の魔術師の内の一人が攻撃術を発する姿が映るだけである。


ドクン……


 心臓が最後の鼓動を打ち出して止まった。その瞬間胸のペンダントがチリチリとを発する。


(あれ……死んだはずなのに、なんで音が聞こえるんだろう?)


 そんな、我ながら「妙な」疑問が頭に浮かんだ瞬間――


「アルヴァン!」


 とノヴァの叫ぶ声が聞こえた。死んだはずなのに動く視線を声の方へ向けると、まさに親友アルヴァンが崖下へ弾き飛ばされ姿を消し、それを追い掛けノヴァが崖の縁に駆け寄っていく姿が見える。


!!!!!っ


 頭の中で音に成らない何かが弾ける。そして、


――なんてことをしてくれた!――


 はっきりと憎悪を含んだ言葉が頭の中に響く。止まったはずの心臓が再び脈打ち始めると、さっきまでユーリーが倒れていた場所には光に包まれた青年が立っていた。


 その青年はユーリーの姿形のままだが、燃えるような碧い瞳をして、白い光で出来た「翼」を背中に生やして、河原に立つ。そして、碧い瞳で頭上の魔術師を睨むと、無造作に左手を一閃させた。


――光の翼――


 そうとしか表現のしようがない光の塊が青年の背中から伸びると、辺り一帯を昼よりも明るく照らしながら左手の動きに呼応して更に大きく伸びる。そして音も無く上空の魔術師を打ち据えた。


「うわ!」

「なんだ!」


 突然の衝撃に「浮遊」の制御を失う二人は墜落寸前で何とか姿勢を立て直すが、その目の前に ――空中にいるのにも係わらず―― 倒したと思っていた青年が肉迫する。


 ライアは、その異様な光景に反射的に強力な「魔力衝マナインパクト」を放つが、空中を駆けて迫る青年は「光の翼」を自分の前に展開すると濃密な魔力の塊を掻き消してしまう。そして――


ザンッ


 青年が怒りの形相で振るった片手剣ショートソードは魔術師の一人 ――ライア―― の首をあっさりと斬り落とす。首を失ったライアの身体は真っ逆さまに河原に墜落すると肉が潰れる独特な音を立てる。


 一方ロイアは、正体不明の青年がライアに肉迫する隙に最大の攻撃術である「|光矢(ライトアロー)」を発動する。極属性光の攻撃術は、現存する攻撃術の中で単体に対して最も破壊的な効果を有する。現に双子の弟ライアが放った「光矢」は強力なユニコーンの解呪の障壁を貫通して見せたほどだ。だが、その光の矢は青年のもう片方の光の翼によって簡単に打ち砕かれてしまった。


(なんだ、なんだ、なんなんだ!)


 訳の分からない相手に遭遇した恐怖がロイアの心を支配すると、彼の本能は「相移転」でこの場から逃げることを選択させる。しかし――


 まるで空中を飛ぶ鳥のように、しかし鳥のそれと比較にならない速さで飛翔した青年は術の起想に取り掛かるロイアの腕を片手剣ショートソードの一閃で斬り落とし、返す一振りでその首を切り落とす。


 アッと言う間に魔術師二人を屠った青年は、茫然とその光景を見守る集団の前、丁度ヨシンの近くに静かに着地すると、そのまま崩れ落ちた。


 そこには、光を失ったユーリーが横たわっていたのだった。


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