Episode_07.12 愚者の発想、賢者の思惑


 翌日の昼過ぎに「使節団」を含む一行はカナリッジの街に到着した。ルーカルト王子は幾分機嫌を直したようで、セバス王子の居館へ案内されるとしばらく滞在することとなった。また、セバス王子の命に従いライアとロイアの二人はカナリッジの街でユニコーンの密猟に興味を持つものを募る。


 今回の密猟は失敗することが前提の為、人数も質も重要では無い。適当な人選により二十人程の密猟者グループに声を掛けると前金で金貨百枚、成功報酬で金貨四百枚を提示した。その条件はユニコーン密猟としても破格の好条件であったため、密猟者グループは嫌も応も無くこれに応じると、早速罠となる「乙女」の調達や檻付きの荷馬車の手配に取り掛かったのであった。


 そして「使節団」がカナリッジに戻った翌日昼には全ての準備は完了していた。密猟とその品の横流しで富を得ているカナリッジという街はパッと見は田舎街だが、その裏では「何でも揃う」非合法活動の温床である。「若い処女の奴隷」という手に入れるのが難しい商材も需要があるこの地域では入手に困ることは無かった。そんな街は今、


「リムルベートの王子がユニコーンの角を求めている」


 という噂で持ちきりになっていた。当然ライアとロイアが流した噂である。


 そのライアとロイアの二人は、少し離れた港町スウェイステッドにも連絡を出す。これは、一度目の作戦が失敗した後の本命の作戦に当たらせるために中原地方から呼び寄せてスウェイステッドに滞在させている傭兵五十人の集団をカナリッジに呼び寄せる為である。彼等は数日後にはカナリッジに到着し本命の・・・作戦の準備に取り掛かるだろう。


 一通りの段取りを終えた密猟集団にライアとロイアも加わった一行は予定通りにその日の夕方にカナリッジを出発すると人知れずドルド河を越えてユニコーンの森へ入ったのだった。


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 最初の密猟の試みは予想外の出来事 ――ウェスタ侯爵領の騎士達による妨害―― とライアの手違い ――アルヴァンに致命的な魔術を撃ち込んでしまう―― という二つの出来事があったものの、何とか予定通りに失敗・・・・・・・していた。守護者の攻撃で矢傷を負ったライアだが、既に傷は強力な「治癒(ーリング」の魔術によって癒えている。


 あの時、ウェスタ侯爵の騎士達はもう既にドルドの領内に入っていると思っていた二人だったので、突然現れた騎士達に驚きロイアは「透明化インビジブル」の術で戦場となった河原に潜んでいた。しかし、矢傷を負ったライアは生来の攻撃的な性格が災いしアルヴァンと知らずに「削命エクスポンジ」という強力な術を放っていたのだった。


 二人とも戦いの途中で乱入して来たのがウェスタ侯爵の騎士で有る事は分かったが、アルヴァンに魔術を撃ち込んだのは全くの偶然だった。彼等としては公子アルヴァンが配下の騎士達と共に剣を抜いて戦うとは思っていなかったのだ。術を受けた青年に対して「アルヴァン」と名を呼ぶ声で初めて気付いた二人は少し動揺して、その場から少し離れた場所へ相移転で逃れたのだった。


 計画を台無しにしてウェスタ侯爵の公子アルヴァンを殺害してしまったと思った二人だったが、そのアルヴァンがユニコーンにより癒されたことを確認してホッと胸を撫で下ろしていた。黒の導師ドレンドの計画を失敗させたら、どんな酷い目に遭うか分かったものではないのだ。


 ホッとした二人の魔術師はカナリッジの街へ戻ると計画を次の段階へ進める。


 二人の魔術師が報告した内容 ――密猟はウェスタの騎士により失敗した―― にルーカルト王子は烈火の如く怒り狂った。


「私の努力をこうも簡単に邪魔するとはっ! ええい鬱陶しいウェスタ侯爵家め! 鬱陶しいアルヴァンめ!」


 当初ブラハリーに向いていた怨嗟の念は今やアルヴァンに向けられている。その怒りを目の当たりにしてセバス王子も同様に怒りを露わにライアとロイアを責めるのである。


「お前達二人が付いていながら、なんという不始末だ! この上どうするつもりか?」

「ははぁ、向かってくる守護者は手強く、またウェスタ侯爵の騎士も手練れ揃い……もっと人数を集める必要があります」

「カナリッジの街に中原地方から流れてきた大規模な密猟集団が滞在していると噂があります。その者達にやらせましょう」

「よいか、次は失敗を許さぬぞ」

「ははぁ」


 そんなセバス王子と配下の二人の魔術師のやり取りを見てルーカルト王子は、


「俺の配下の騎士も参加させよう。手数が必要なのだろう……よし! 俺が指揮を執ろう」


 と言う。対してセバス王子は


「流石ルーカルト王子、勇敢なご判断です」


 と意味不明な言葉を発するのであった。これでも、この愚かな王子二人の間では意味が通じる会話なのだろう。そう思うライアとロイアであった。


 それから四日後の昼過ぎ、カナリッジの街を五十人程の集団が北に向けて出発していった。集団は思い思いの武装をしているが、大きな麻袋を積んだ檻付きの馬車を中心にドルド河へ向けて静かに進んでいくのだった。それを見送る街の人々は口々に


「また密猟者だな……」

「今回はえらく数が多いな……」

「まったく……」


 と眉をひそめてヒソヒソと言い合うのである。そんな雰囲気に見送られる傭兵団の首領はエイリーという三十代中盤の男で、副官はルートッドというこれも三十代そこそこの年齢の男である。二人は元々冒険者で一緒に組んで遺跡荒らしや傭兵の真似事をしていたのだが、その内仲間が増えだしたので傭兵集団を名乗るようになっていた。


 普段は中原地方のベートやオーチェンカスク周辺で活躍する彼等だが、最近大きな契約を結び島国であるカルアニス島に滞在していた。そのカルアニス島で今回の仕事を「特別契約」として追加報酬付きで引き受けたのだった。


「エイリーさん、早く終わらせてカルアニスに帰りましょうよ。ここは寒いし女も良くない」


 そう言って声を掛けてくるのは優男風のルートッドである。一見強そうには見えないが短槍を使わせると、なかなか彼に太刀打ちできる敵は居ない。その上無類の女好きである。

酒は要らんが女は毎晩欠かせないという性格なのだから、カルアニスからスウェイステッドの船旅中は文句タラタラであった。それがスウェイステッドに到着した後は「女の質が悪い! 赤毛だが、シミだらけの豚みたいな女しかいない」といって嘆くのだった。そんな副官の言葉に苦笑いしながらもエイリーは答える。


「お前は未だ良いだろ、一応相手の女・・・・がいるんだからな。俺なんてカルアニスを出てから坊さんみたいな生活だぞ」

「ああぁ、すみません……」


 首領エイリーの言葉に副官ルートッドは少し申し訳なさそうに応じる。なんといってもエイリーの好みは特殊なもので、その欲求を満足に満たせる相手は中原地方の大都市か、四都市連合の中心都市カルアニスくらいにしか見つけられないものであるからだ。


(自分を女と思っている男が好きとは……エイリーさんも難儀な性癖だ)


 と内心で首領の性癖に同情するルートッドであるが、そんな彼にエイリーは続けて言う


「ルートッド、今回の報酬額を覚えているか? 追加で金貨千枚だぞ……お前にも五十枚は入ることになるんだ文句は言うなよ……ほら、そうやって金貨の額で直ぐに女を想像するだろ。ったくお前の悪い癖だぞ」

「ちっ、なんで分かるんですか。いまカルアニスで一番上等な連中を幾晩買えるか考えてたとこですよ」


 そんな下世話な話をしながらの行軍である。エイリー達傭兵の計画は、今夜中に河を渡り反対側の森へ潜入する。そこでユニコーンの罠を仕掛ける。正直な話ユニコーンを捕えることは「どうでも良い」のだが、向こう側ドルドには躍起になって追撃して欲しいのでそうするのだ。彼等に与えられた仕事は「ドルドの勢力と小規模な戦闘をする」ということである。


(小規模な戦闘をするだけか……まぁ深い詮索は無用だな……)


 そう思うエイリーである。どんな思惑があるのか? 領土的な争いなのか、怨恨の筋なのか、はたまた初陣の手柄の補助なのか分からない。とにかく依頼主は小一時間程、ドルド河の河原で戦闘を起こすことを望んでいる。そして、その戦闘にこの国の王子では無いリムルベート王国の王子が参加するとも聞いている。その王子は少ない手勢で明日の朝に合流することになっている。


 一方副官のルートッドは、街から付いて来る魔術師二人を鬱陶しいと思いながら横目で見ている。大切な依頼主の代理人らしいが、


(大方、お目付け役なんだろうな)


 と思う。魔術師と言えば、前に一度、カルアニスで見かけた金髪の巻き毛をした魔術師は良い女だったと思うが、生憎魔術師を口説くような好みは無いのである。


(ほんと、早くカルアニスかベートに帰りたいぜ)


 ルートッドの内心は、そんなぼやき・・・で埋められていた。


****************************************


 その翌朝早く、日の出前に、ルーカルト王子が護衛の騎士十騎を伴って「狩り」と称してカナリッジの街を出発した。随行する騎士は第一騎士団の隊長三人と七人の騎士である。隊長三人は暗澹たる気持ちで「密猟者」に案内されるルーカルト王子に付き従う。


 ルーカルト王子から告げられた作戦は直ぐに承服できるものでは無かった。幾ら国王の病気平癒のためとは言え、密猟者に手を貸すなどとは第一騎士団のする仕事とは思えなかった。三人の隊長は最初反対したが、物凄い剣幕で脅されて・・・・しまい結局は従う他なかった。彼等の家はルーカルト王子との友好な関係に頼って存続しているので従う以外に選択肢はかったのだ。


 そして夫々の隊の騎士達には詳細を告げずに、近しい家柄の者達だけを連れ出してきたのだ。訝しがる彼等には


「ルーカルト王子が暇だと言うので、狩りをすることになった」


 とだけ告げているのだが、その内何をするのか分かるだろう。分かった上で口外できない人員を選んだという訳だった。


(……俺、騎士なんて辞めようかな……)


 三人の隊長は夫々口には出さないが同じような事を考えているのだった。


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