Episode_07.11 大失態


 定型の挨拶を読み上げる渉外担当官の言葉を遮りローラン王は口を開く。前例の無い事に謁見の間に控えるオーバリオン王国の家臣達はざわめいた。


「御一同、遠路遥々のお出ましご苦労である。時に山の王国ドガルダゴ王のご機嫌は如何だったかな、ルーカルト王子?」


 突然名指しで問い掛けられ、口ごもるルーカルト王子である。言葉が出ない主を助けるために、口上を読み上げた担当官が口を開くが


「私はルーカルト王子に聞いているのだ。山の王国ポンペイオ王子の成人の儀はつつがなく終わったのだろうか?」


 と、発言を許さなかった。再三の問い掛けにルーカルトは口を開く。少し震え気味の声が謁見の間に響いた。


「あ、は、はい。ドガルダゴ王の機嫌はすこぶる良く……そのポンペイオ王子の成人の儀もま、間も無く執り行われると……」

「そうか、ドガルダゴ王は中々の好人物だ。また一緒にエールを飲みたいものだ……それでは、森の国ドルドのレノーラ王・・・・・はご機嫌いかがであったかな?」


 その質問でルーカルトは返事に窮してしまう。会ってない者の事は話せないので、「会っていません」言えばそれまでなのだが、浅薄な思考は咄嗟に嘘を付く事を選択してしまった。


レノーラ王・・・・・に於かれましても、ご機嫌よろしく過ごされて……」


 後ろで渉外担当官が「王子!」と切迫した声で言うが、それよりも数倍大きな声がローラン王から発せられる。


「レノーラ王とは何処の国の王か!? ルーカルト殿は何処を旅して参ったのか? 森の国ドルドに王はおらず、居るのは見目麗しいエルフの代表レオノール様だけなのだが?」


 ローデウス王とは仲が良いとは言え、その次代のガーディス王子に対して外交的に優位に立つための口実を模索するローラン王、その至極単純な罠に見事に嵌まり込んだルーカルト王子であった。渉外担当官達の表情は失神寸前といった所である。また、後ろに控える第一騎士団の面々も目を白黒させている。それでも、


「恐れながらローラン王、そのような謀りたばかり言で我らの主を愚弄するとは、どのようなおつもりですか!?」


 と言うのは第一騎士団の隊長の一人、腐っても騎士である。


「ふむ、謀りでは無く言い損じ・・・・だったのだが、そなたらの主の言葉も言い損じかな? もう一度聞くが、森の国ドルドへは参られたのかな? 行ってもいない国の会ってもいない王の機嫌の良し悪しをこの場で語ることの方が余程に私を愚弄していると思うのだが?」


 冷やかな目の奥でどのような感情が動いているのか分からないが、ローラン王の表情は険しい。


「あ、そ、その……我々は途中で二手に別れまして、ドルドへはウェスタ侯爵家の公子アルヴァンが向かっております……」


 外交の場で嘘を付く事は殆ど常識である。嘘は有るべき物なのだが、それが明るみに出てしまうと話が違ってくる。明確に嘘の発言をしたと認めたことはルーカルト王子の二度目の大失態である。余程「ローラン王が言い間違いをされたので、面白く感じ調子に乗りました」と嘘では無くわざとの発言だと押し通せば良いのだが、アルヴァンならいざ知らず、ルーカルトにそんな芸当が出来るわけが無かった。


 ローラン王は右手を上げる、そして横に控えた宰相に小声で「記録を止めよ」と命じる。本来止める事は禁じられている記録だが、ローラン王に掛かれば訳も無い話である。そしてルーカルト王子に対して憐みすら籠った口調で語り出す。


「いまの一連の発言は記録に残るのだが……お父上のローデウス王から書状が届いており、ルーカルト王子の御様子を、しっかりと「使節団」としてやっているか? を伝えて欲しいと頼まれているのだよ」


 周囲が慌てる風になり、目の前のローラン王は大声を出した状況だったがルーカルトには今一つ状況が呑み込めなかった。精々「嘘がバレて叱られた」くらいの認識だったのだが、父ローデウスの名が出てきて一気に顔が蒼褪めた。


「ローラン王……我が父には何と返事を?」

「ルーカルト王子は、吐かなくても良い嘘を吐き、それが明るみにでるとあっさりお認めになった、と書くしかないだろうな……これを書かなくても、先ほどのやり取りの記録はいずれローデウス王の眼にも触れるだろう。王子はこのことを大いに反省するがよい」

「それは……なんとかなりませんでしょうか?」


 ローラン王は頭が痛くなるのを感じる。自分の失態を隠すために何とかならいかと他国の王に泣きつくとは、前代未聞を通り越して表現のしようが無い珍事である。試みにロージアン侯爵の領土を半分くれと言えば「わかりました」と応じそうな勢いである。


(こやつが次のリムルベート王に成れば面白いか……いや、返って危ないな。愚か過ぎる隣国の王は自国の安全を脅かし兼ねん。リムルベートはしっかりとした壁であって貰わねば)


 そう考えて、この謁見を終わりにすることに決めた。今回の件の埋め合わせはもっとささやかな「何か」をガーディス王子にでも要求するつもりである。


「『使節団』の皆様方は一度カナリッジに戻り、別れたウェスタ侯爵の公子アルヴァンの一行と合流されるが良かろう。それでは、ローデウス王にはくれぐれもよろしくお伝えください」


 と言って早々に玉座の奥へ退出して行ってしまった。謁見はこうして終了し、食事などの手当も無いまま使節団は城門の外に追いやられてしまった。


****************************************


 来た道を戻るルーカルト王子は、周囲の予想通りの大荒れだった。城門を逃げるように潜り抜けると馬車に乗り込み、その室内で大声をだしてローラン王の悪口を言い始めたのだった。まだ周りには王城を警備するオーバリオンの兵が沢山いる状態で、その様子だったのだ。本来ならば城下の何処かで夕食を取ってから移動しようと考えていた騎士達はその王子の様子に


(一刻も早く街の外へ)


 と馬車を急がせた。その事がまた別の癪に障ったのか街道にでて簡単な食事の準備に取り掛かる従卒兵を斬りかからんばかりの剣幕で追い立てて、怒りをぶちまけていた。その怒り様は随行するセバス王子の一団をも近寄らせない異様な興奮を見せていたのだ。そして散々に暴れ尽くすと今度は馬車の中に引きこもってしまった。


 仕方なく一行はそのまま馬車をすすめカナリッジの街へ向かうのだった。


 そんな道中、一人で自分専用の馬車に籠るルーカルトは何を考えているのか? 誰にも分からなかったが、皆「暴れるよりは良い」と思う風で誰一人として心配するものは居なかった。


 一方、セバス王子の馬車には先ほどの二人の魔術師が呼び込まれている。相談が有るとして彼等を呼び出したセバス王子が口を開く


「今回の父上のお言葉は、いささか行き過ぎな気がする。ルーカルト王子のお怒りもごもっともだ。その心中をお察しするに、何かローデウス王の機嫌を取り持つ策はないものか?」


 それを聞く二人の魔術師は内心ほくそ笑む。ルーカルト王子をどうやって「角」を求めるように仕向けるか、これからセバス王子に動いて貰おうと思っていた矢先の申し出である。準備していた筋書きを元にロイアが話出す。


「ローデウス王は長らくご病気と聞きました。これから戻るカナリッジの北に広がる森はユニコーンの森。ユニコーンの角には病を癒す効果があるため大変に珍重されているのは王子もご存じの通り」

「そうか! ルーカルト王子が角をその父上ローデウス王に献上し、見事病が癒えれば多少の不興など補って余りある手柄だな! そうか、ロイアは頭が良いなぁ」


 勿体無いお言葉、とロイアが頭を下げる。そこへライアが言う


「しかしセバス様、ユニコーンの角は滅多に手に入らぬ代物。また金貨を積めば買えるという類の物ではございませんぞ……」

「分かっている。カナリッジに大勢いる密猟者にやらせれば良いのではないか? どうせ半分以上食い詰めの連中だろ」

「如何にも」

「しかし、いくらなんでも密猟した角をそのまま王子に渡すのは……」

「それならば、ドルド河を渡ってからユニコーンを離し、それをルーカルト王子に討ち取って貰えば良いではないですか。ユニコーンと言っても大切にしているのは森の国の内部での話、オーバリオン側に出没すればただの魔獣です。討ち取って戦利品としてこれを持ち帰って頂けば誰も文句は言いますまい」

「なるほど……ライアも頭がいいな。感心したぞ」


 二人の口車に乗せられたセバスは一旦馬車を止めると、ルーカルトの馬車へ移る。きっと中では、セバス王子が自分で考えた案のようにルーカルトへ説明しているだろう。そうなることを確信している二人の魔術師は自分達の馬車に戻ると策略の次の段階を話し合うのであった。


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