Episode_07.10 賢者の筋書き、愚者の振る舞い


 時間は少し溯る。


 ウェスタ侯爵家の騎士達による「使節団」が山の王国でマンティコアとの戦闘とその後の陰鬱とした処理を終えたころ、ルーカルト王子を首座とする「使節団」本体はカナリッジの街に到着していた。途中の休憩は一切無しの強行軍は例によってルーカルト王子の我儘によるものだった。随行する従卒兵が幾ら疲れようとも、馬車の中で安穏と過ごす王子には関係なく。


「早く人間の街に行くのだ!」


 という命令は変更されることが無かった。そうして、カナリッジに街に到着したルーカルト王子の一行は、何故か待ち構えていたオーバリオン王国のセバス第二王子の歓待を受けた。その夜の宴席では、強かに酒を飲んだルーカルト王子とセバス王子がすっかり意気投合してしまい、


「ドルドなどよりも、先にオーバリオンへ行こう! あんな森の中の田舎国はウェスタの田舎者がお似合いだ」


 ということになってしまった。慌てたのは四人の渉外担当官だが、王子の言う事は変わらない。あまり言い募ると酒を掛けられたり殴る蹴るの暴行を受けたり、酷い目に遭う事が分かっている彼等は結局その変更を受け入れるしかなかった。


 一方のセバス王子に付き従う従者たちも状況は同じようで、宴席では両者が顔を見合わせ共に悲しそうな表情で力なく笑い合ったという。セバス王子の取り巻きにはそんな真面目な官吏の他にも、最近王子に近付いた二人の魔術師がいる。宴席など表には出てこないが、常に王子に付き従って助言などを与えているというのである。


 ルーカルトとセバスといった愚昧さが似通った二人の王子が仲良くオーバリオンを目指す道中で、その二人の魔術師は自分達の馬車内でヒソヒソと会話をしていた。その場にはいつの間にかもう一人の黒いローブを身に着けた魔術師も同席していた。どうやら移動中の・・・・馬車内に相移転してきたようだ。


「まさか、あれほど単純な阿呆だとは……熟考の末張り巡らせた策の大半が無駄になってしまったわ」


 相移転してきた魔術師は囁くような声で言う。それに対して普段からセバス王子に同行している二人の魔術師が口々に言う。


「賢者の策を破るのは、予測不能の愚者と言います……」

「そうです、ドレンド様。手間が省けたと思いましょう」


 そう言う二人を見るドレンドはフードの中のアルビノ特有のカサ付いた肌に皮肉な笑みを浮かべると軽く頷く。


「元々はどうやってあの二人、アルヴァンとルーカルトの一行を分けるか? という点が難しかっただけです。あちらから勝手にそうなってくれるのならば好都合」

「ルーカルトは恐らく翌日の中には再びカナリッジに戻りましょう……『ユニコーンの角』を手に入れる為に」


 彼等の計画はカナリッジで「使節団」の一行を分離させた後、ルーカルトにユニコーンの角が病を治すという「嘘」を吹き込み、それを求めるようにさせる。そして密猟を企てるように焚付けた後で、それを防ぐユニコーンの守護者らドルド側と対立させ小規模な極地戦闘を起こす。そして戦闘中の混乱に乗じてルーカルトを暗殺するというものだった。


 アルヴァン側がその戦闘に参加するかどうかは関係なく、その時ドルド国内に滞在しているアルヴァンがルーカルト王子の犯罪行為に怒り誅殺してしまった事にする。セバス王子辺りに証言させれば充分と思われた。ルーカルト王子の人格と、ウェスタ侯爵家を目の仇にし続けて来た態度、更にアルヴァン公子の性格から「有り得る」話しと受け取られるだろう。


 その後はリムルベートと森の国ドルドは関係悪化する。一方で時を置いてリムルベート内で「暗殺の真犯人はオーバリオン王国」という噂を流せばリムルベートとオーバリオンも関係悪化するだろう。またリムルベート王国内部でも第二王子暗殺の咎を受けるウェスタ侯爵は勢力を弱め、ウーブル侯爵とロージアン侯爵の権力争いを焚付けやすくなる。ウーブルの第二公子リックリン辺りを火種として争いを起こすことは容易い。これで、一気に西方辺境地域の大国リムルベートの屋台骨は揺らぐことになる。


 そして、カナリッジの街を統治するセバス王子がドルドに攻め込めば「西方同盟」は一気に崩壊するのである。その混乱に乗じて「四都市連合」を扇動し、ノーバラプール問題を契機にリムルベートを攻めさせれば相当大きな混乱が西方辺境地域に起こることになる。


 それが、黒の導師ドレンドの描く筋書きであった。勿論幾つもの予備案も準備されているのだが、その手法は「死霊の導師アンナ」をして「回りくどい」と言わせるものである。大いに黒の導師ドレンドの好みが影響している作戦なのである。


 同行している二人の魔術師 ――ライアとロイア―― もそう言う風に感じているが、ドレンドと一緒にいる時は絶対にそのことを思い浮かべないようにしている。なぜならば、彼等二人よりも遥かに高位の第七階梯魔術師であるドレンドは「扇動の小杖」という魔術具の力を使い「他人の頭の中」を覗き見ることが出来るからだった。そして覗き見られた者は精神が崩壊し廃人となる。それ故、このドレンドに従うグループは皆彼の意見に賛成するしかないのだった。


「密猟者の集団は集まっているのか?」

「はい、少数の組を最初に据えて。ルーカルトを焚付けた後に大人数の者達が集合する手筈になっております」


 ドレンドの問いにライアが答える。その返事に満足したように頷くと、


「ならば、帰るとしようか……ノーバラプールももう一押しだからな」


 そう言うと、右手で虚空に何かを描き次の瞬間には「フッ」と姿が消えていた。その様子を見守ったライアとロイアの二人は無言かつ無表情でお互いの顔を見合わせるのだった。


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 ルーカルト王子とセバス王子の馬車を含む一団はカナリッジを出発すると街道を南へ下る。途中で西へ向かう分岐点があり、そこから西へ進むとソマン第一王子が納めるスウェイステッドという大きな港街があるのだが、一行はそのまま南へ向かう。


 オーバリオン王国は人口が約二十万人程度で、百二十年程前に建国された新しい国である。元々少数の遊牧民が暮らす土地だった所へ中原地方から海路で侵入した人々が作った国である。建国当初はリムルベートと国境線確定のための紛争を起こしたが、強力な騎馬戦力を持つ遊牧民の力を借りた現在の王家がそれを跳ね返し国境線を確定させた。そして、西方同盟の基礎となる不可侵同盟を結んだのである。


 その国内統治は全てが王家に集中するもので、地方に爵家のような領地を持つ身分は存在しない。王家の騎士団は全てが俸給で雇用されている状態なのだ。国内の比較的大きな都市は王族が統治する仕組みになっているが、税収はすべて王家に入った後に再分配される仕組みとなっている。


 そんなオーバリオン王国には本来の意味で言う地方小領主としての騎士は存在しないが、代りに馬上射撃を得意とする強力な軽装騎兵軍団が存在している。また牧畜が盛んでオーバリオン産の軍馬は他よりも二割高で取引されるという。正に馬の国とも言える。


 アルヴァンならばそのあたりの情報を事前に仕入れるのだろうが、ルーカルト王子はと言うと昨晩の深酒が祟り馬車内でぐったりと伸びている状態であった。夕方前にはオーバリオン城に到着すると言うが、それまでには回復していることだろう。


 そんな王子の馬車を護衛する第一騎士団の隊長以下、騎士の面々は今回の旅で一気に五歳は老け込んだような疲れた表情で恨めし気に馬車を睨むのであった。一方セバス王子の馬車内も同じようなもので、急に出発を命じられたセバス配下の騎兵団も第一騎士団の面々と同じように不満気な表情で馬車を睨んでいる。


 ふと主の違う二人の隊長の視線が合う。お互いに気まずいような、苦笑いを浮かべると何となく心の中が通じ合った気持ちになるのだった。


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 オーバリオン城は平原の中の小高い丘の上に建造されている。高い城壁に囲まれた宮城を持ち、その周囲は宮城の城壁を取り囲むように広がる二重の空堀が防御構造として造られている。そして堀の外に広がる街並みは、リムルベートと比較すると小規模で、木造の物が多いのが特徴と言える。


 この王都オーバリオンに住む人々の人口は周辺の農村地帯を含めると十万人弱ということで、国の人口の約半分がこの都市とその近郊で生活していることになる。国土の面積に比較すると、人口が少ない故に広大な土地を使い牧畜が出来るのだろう。街道を行き交う人々も商人が半分、残りが牛や馬を連れた遊牧民といった様相である。そんな何処か牧歌的な雰囲気が漂う都市がこのオーバリオンなのである。


 夕方前の西日が差す時間帯に、そのオーバリオンの宮城へ続く城門に「使節団」の一行が到着する。規定により、城門前で馬車から降ろされるルーカルト王子は流石に前日の二日酔いから立ち直っているが、城門から徒歩に成ったことに不満気な様子だ。その様子をセバス王子は笑いながら宥めると、一行を先導する形で城門を潜る。


 荘厳というよりも、堅実という雰囲気が滲み出る宮城の中を進み「使節団」はローラン王との謁見に臨む。王の前へ通された一同は跪くと礼の姿勢を取る。流石に山の王国のドガルダコ王に対した時と違い、ルーカルトも同じく礼の姿勢である。謁見の間はそれなりに広く、左右には軽装ながら金属鎧を身に着けた衛兵隊と近衛兵団の兵士達が整列している。


 玉座に座るオーバリオン王国の王ローラン・エル・オーバは今年で五十一歳。為政者としては脂の乗り切った円熟期を迎えつつある王は、金髪の偉丈夫であり勇敢な草原の戦士としても知られる。若い頃には、リムルベート王国との領土紛争を再燃させ幾つかの小競り合いをローデウス王と繰り広げたこともあったが、その後和解に至っている。


 ローデウス王が病に倒れるまでは、頻繁に交流しておりお互いを「歳の離れた兄弟」と称しあう仲であった。リムルベート王国に比べると小国のオーバリオン王国の王が老獪なローデウスに対してそのように振る舞い信頼を得ていたのだから「相当のやり手」で有る事は言うまでもない。


 そのローラン王は、少し困惑した様子で謁見の間に現れた一行を眺めているのだった。整えられた金髪と同じ色の眉が少しひそめられ、高く通った鼻筋には怪訝そうな皺が寄っている。困惑の原因は予想以上に早い到着と、聞いていた人数よりも少ない一行の頭数である。しかし、その様子に気付かない一行は渉外担当官の一人が代表して口上を読み上げ始める。


「我々はリムルベート王国の『西方同盟連絡使節団』であります。お目通り頂き有難うございます。我らの王ローデウスは貴国との変わらぬ友好を維持促進させていく考えに変わりはございません……」


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