Episode_07.09 予言の女王
レオノールの秘められた独白は夜空への問い掛けのようだ。そして、ふと閉じられてから瞑目を続ける彼女の瞳は、
「そうね……」
という、誰にも聞こえない呟きと共に開かれる。そして、何処か遠くを見る視線をユーリーに向ける。
「さてユーリー、貴方はもう『銀嶺傭兵団』のお話を聞いているわね?」
「え? は、はい……でも……」
いきなり、ヨシン以外は知らないはずの事を言うレオノールにユーリーは動転したように答える。しかし、彼を見詰めるレオノールの瞳は、これまでの様子が一変したように真剣だった。
「まず貴方のお蔭でフリタとルーカ、それにメオン君がまだ元気で居ることを
「あ、え、レオナール様は皆を知っているのですか?」
「勿論よ、途中で抜けたけど……私は『銀嶺傭兵団』の創設メンバーよ」
「……じゃぁ、マーティスという人の事も知っているんですか? エクサルという名前は? エルアナという名前に心当たりは有りませんか!?」
ユーリーの声には思い詰めた雰囲気があった。何かしらの縁を感じる人々の名を呼ぶユーリーには、普段と違う異様な熱があった。それを感じた他の面々は押し黙ってユーリーとレオノールのやり取りを聞く。
「そうね……私が教えなくても、貴方はいずれ知るわ。他人に教えられるより、自分で知る事の方が価値のある事よ……」
ユーリーの問いに答えるレオノールの言葉は、決して彼が求めていた答えでは無かった。だが、全てを見通したようなレオナールの碧い瞳にユーリーは次の言葉を待つ。
「ユーリー……貴方はまるで『明けを照らす双子星』ね……貴方は星が何故光るかメオンから聞いたことがあるかしら?」
「いえ……」
突然の哲学的な問いにユーリーは戸惑う。そして無意識にチラとアルヴァンやヨシンを見るのだが二人とも首を傾げている。その様子を見て取るレオノールは微笑みながら続きを言う。
「星海に漂う星たちと夜空を彩る月はね、太陽の光を得て輝くのよ……ユーリー、貴方の周りには沢山の太陽があるようね。でも星は自らを照らす光が無くても自らの進む道を決められるわ。輝きの有無にかかわらず星はそこに在るものよ……ハシバミ色の月と共に行きなさい……」
その言葉にユーリーはハッとした風になると、自然と言葉が漏れた。
「ハシバミ色の月……再び会えますか?」
「フフフ、だって『もう二度と離れない』んでしょ、大丈夫よ……何度離れても、必ず
謎めいた内容だが決して嘘でからかっている訳では無い。碧い瞳は真剣に自分を見つめている。だからユーリーは自分の気持ちを心の中に押し留める。それでも目の前のエルフには充分伝わるはずだと思ったのだ。そして、一言。
「……月は、それで幸せなのですか?」
「
…………
……
全員で十一人の晩餐にワインの樽は多過ぎた、上機嫌でそれを飲むレオナールを後目に一行はやがて眠りに落ちて行く。不思議なのは十月末の冷たい風がそんな彼等の元に届かない事だった。古代樹の守りは酔い疲れた一行を優しく眠りの淵へ誘うのだった。
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翌朝「使節団」はドリステッドの街を後にした。出発前の一行にレオナールからの贈り物として「古代樹」の枝木と樹皮をひと抱え、それに「古代樹の実」を乾燥させた物が贈られた。古代樹の実が入った袋には丁寧にも
――礼はオーチェンカスク産のワイン一樽で結構――
と書かれていて、渉外官チュアレはそのあからさまな要求に驚いたもののアルヴァンは出発間際に
――荷馬車一杯にして御送りします――
と書いてエルフの弓兵に渡したのであった。また、ユーリーに対しては「古代樹」で作られた
「代りに、今お持ちのルーカという者が造った弓を置いて行って欲しいとレオノールが申しております……何故と言われましても……私には分かりません」
とエルフの弓兵が困ったように答えるのであった。
「ユーリー、これは良いものよ。私の長弓も『古代樹』だけど、引く力が一定していて放った時の振れも少ないから良く当たる弓よ」
と言うノヴァの勧めもあって、結局は有り難く頂戴することにした。そして、そんなやりとりを経て一同はスミの街への帰路に就いたのだった。
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その男の身なりはみすぼらしいものであった。何処かの領地の兵士が身に着けるような深緑色の革鎧は所々擦り切れて、首の周りには汗シミができている。その下のシャツやズボンには継接ぎが当てられているが、それも擦り切れてしまっている。髪と髭は伸び放題となっているが、近くの河で頻繁に水でも浴びるのだろうか、垢と脂に塗れている感じは無く、意外とサッパリしていた。
男は中年から老年という雰囲気だろうか? とても疲れた表情で息を荒くしながら岩場を歩いている。南ドルド河の下流一帯は大きな滝とその滝壺を経て長さ三キロ程の渓谷になっている。石灰質の大地が長年の急流に抉られた地形は独特で、洞窟のようになっている場所が多い。男はそんな渓谷の断崖に張り付くように口を開けた洞穴に辿り着くと荷物を下ろす。
それほど奥行の無い洞窟は、男が荷物を岩の上に置く音を短く反響させる。入口から入って直ぐの所に焚火と簡単な鍋類、その奥には毛布等が積まれてその隣には大きな木箱が置かれている。それらの荷物はこの男が一度に運び込んだにしては多過ぎるため、かなり長い期間に何度か街と往復して徐々に作り上げた生活感が窺える。
岩の上に置かれた荷物の籠には、様々な種類の薬草が入っており男はそれを種類毎に選別する作業に入る。一通りの選別を終えたら次は木の枝で作った干し台に掛けられた毛布をどかしてそこに薬草の束を掛けて乾燥させる。
そんな作業を黙々とする男の表情にはいつの間にか皮肉な笑みが浮かんでいる。どうしてこんな猟師とも冒険者ともつかない密猟生活を送っているのか、その経緯でも思い出しているのだろう。
(はぁ、最近じゃ薬草の本が書けるほど毎日毎日薬草摘みだな……あのまま城下に残っていればきっともう直ぐ恩給暮らしだったか……いやそんな事を考えるのは止めよう)
男は一旦作業の手を止めると、脳裏に浮かび上がった後悔を打ち消すように頭を振る。そして咄嗟に痛み出した左胸を押える仕草でしばらく硬直するのだった……
男が長年勤めていたウェスタ侯爵の城下から夜逃げ同然で逃げ出したのはもう二年近く前だろうか。貯め込んでいたなけなしの小銭と突然手に入れた金貨十枚を纏めて城を飛び出した彼は、逃げるように山の王国伝いでオーバリオン王国のスウェイステッドへ向かった。
(商売なんて、俺には無理だったんだよな……)
胸の痛みに脂汗をかきつつ、男はそう自嘲気味に考える。
男の計画は、金貨十枚を元手にオーバリオンかスウェイステッドで品物を仕入れて、カナリッジ近郊の集落で行商をするという物だった。最初からの計画では無く、旅の途中で何人かの行商を見かけて思い付いたことだった。結局スウェイステッドで商人ギルドから行商鑑札を手に入れて他の行商人のやり方を真似て物を仕入れた。荷車や行商鑑札に掛かった経費は金貨四枚とかなり大きな額に驚いたものだった。残りの金貨を使い仕入れた品を予定通り集落を周り売って行くのだが、生来自尊心の高い彼は上手く商売をすることが出来なかった。
結果、仕入れた値段とそれほど変わらない「安値」で捨て売りのような商売をすることになるのだが、これが上手く行った。大儲けとは程遠いが、三度目の行商で初期投資分を回収し、四度五度と続ける内に利益が出るようになってくる。
(あの頃は楽しかったな……)
努力の成果は全て自分の物になる、そんな生活は給金を貰い決められた仕事をする兵士時代には味わえない物だった。だから彼は調子に乗っていたのだろう。元々安売りで始めた商売は他の行商人のやり方の邪魔になってしまう。何処の誰が頼んだのか分からないが、男は六度目の行商で盗賊に襲われ、全財産である荷車・鑑札・商品の全てを奪われてしまった。
そこからは、食うや食わずの生活をカナリッジの街で送る事になった。乞食同然になった彼が、隣国ドルドへ侵入し豊富な森林資源を密猟する行為に手を染めるのにそれほど時間は掛からなかった。それから一年半、カナリッジの街とこの洞穴を往復すること既に八回である。一度の収穫で金貨五枚前後が得られる仕事で男の財布には金貨三十枚が貯まっている。そんな男は、今回の密猟を終えたら引退して今度こそオーバリオンで静かに暮らそうと考えているのだ。
(それに、最近はよく胸が痛くなるし……貯め込んだ金を使う前に死んじまうかもな……)
胸の痛みは背中を突き抜けて右肩辺りまで達しているが、その内治まるだろうと考えると作業の続きに取り掛かる。薬草を干し台に掛ける作業を終えると、ふと思い出した様に直ぐ近くのドルド河へ水を汲みに洞穴の外へ出る。
歩きにくい岩場を距離にして約六メートルほど進んだ所に水を汲むのに丁度良い場所があるのだ。男は胸の痛みを気にしながらその場所へたどり着くと、何度か深呼吸をした後に縄を付けた木の桶を水面に垂らす。
(昔、水と一緒に魚が入ったことが有ったな……あれはビックリしたもんだ)
そう思いながら充分なところで縄を引き、木桶を引っ張り上げるのだが……
「ちぇっ、やっぱり入ってないか」
ここ数年ですっかり板に付いた独り言と共に、男は木桶を手に持ち、ねぐらの洞穴へ戻るのだった。今干している薬草が乾く数日後にはねぐらを引き払う予定の男であった。
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