Episode_07.06 スミの村


 アルヴァンを馬車に乗せた一行は森の国ドルドの街スミを目指している。結局密猟者集団の内、斬りかかって来た者達は全員討ち取られており、逃れたのは忽然と姿を消した魔術師二人だけであった。また、捕えられた若い一角獣ユニコーンとその罠になっていた少女はノヴァの相棒ルカンにより傷を癒されて一行に付き従っている。


 罠として囮になっていた少女はアルヴァンが以前語っていたように、中原地方から売られて来た奴隷であった。気が動転していたのか喋る内容は要領を得ないものだったが、聞き取った範囲では


「カナリッジの街で密猟者達の集団に買われて、檻の馬車に閉じ込められた。昨日の夜に檻の馬車の外から剣や槍で突かれて傷だらけにされたところに、ユニコーンが助けに来てくれた」


 との事だった。まだ十四か十五そこらの少女に対する非道な仕打ちに一同は怒りを覚えたものだった。


 また、一時剣呑な空気の流れたヨシンと騎士については、騎士の方がユーリーに自分の暴言を詫びたことで事無きを得ていた。そんな一行を先導するのは一角獣に跨った守護者ノヴァであった。少し切れ長の目に碧い瞳と意志の強そうな口元、綺麗な短めの銀髪で革鎧を着込むその姿は少し昔のハンザ隊長に通じる「凛とした美しさ」を漂わせている。


 ユーリーやヨシンから見ると自分達よりも「少し年上かな?」と見える彼女だが、喋り出すと年相応の娘っぽい雰囲気になる。そんな彼女は、先程から後ろに続くアルヴァンの乗った馬車をチラチラと気にしている。そちらの方へ行こうとするのだが、彼女を背に乗せるユニコーンが嫌がるように前へ前へと進む様子が見て取れた。


 予想していなかった密猟集団との遭遇戦闘は有ったものの、それ以外は順調な道中を経て一行はやがて、夕方頃にスミの街に辿り着いていた。途中で一行が「使節団」だと知らされたノヴァは、一行をそのまま街の中央部にある大き目な建物に案内する。このスミの街の代表者であるドルイドのバルト一族の家に隣接した街の集会場だということだ。ちなみに囮になっていた少女とユニコーンは街に到着した後に駆け付けて来た女性達の手に委ねられ別の場所に連れて行かれた。


「あの子はどうなるのですか?」


 というユーリーの問いにノヴァは


「傷はルカンが癒したし、罠として使われた以上乱暴はされていないはずだけど、心の傷が心配ね……ちゃんと我々で面倒を見るわ。回復した後はここに残るも良し、外へ出るも良しってところよ」


 と言うのだった。その言葉はユーリーだけでなく一行が聞いており、騎士達は皆一様に安堵を覚えるのだった。ユーリーとヨシンも、どこか生まれ育った「樫の木村」に似た雰囲気のあるスミの街(樫の木村とは比べるべくも無いほど大きいが)ならば、少女が心の傷をゆっくりと癒すことも可能だろうと想像する。


 そんな遣り取りがあったのだが、一方でデイルは腑に落ちない印象を受けていた。それは同行する渉外官のチュアレも同じようだった。


「なんだか、『使節団』のことを知らなかったみたいですね……」


 と小声で話し掛けるチュアレに、


「ああ、私も同意見です」


 と返すデイルである。しかも、街に到着しても先行して到着しているはずのルーカルト王子一行の気配が無いのだ。


(もしや、何処かで追い抜いたか? それとも何か問題が有ったのか?)


 と言うのが二人の共通の見解であった。


「この街の代表者に会えば分かることですね」


 そう言う結論に達したころ、一行は木造の大きな建物に到着した。太く立派な木の柱を持つ大きな木造の建物は頑丈な造りのようで、その外観は集会場と言うよりもちょっとした砦といった雰囲気である。その建物の前にユニコーンを残したノヴァが徒歩となっている一行を案内し建物に入っていく。


「ノヴァ! 戻ったのか……ん? その人達は?」


 建物内に入って直ぐに、心配気な声がノヴァに掛かる。そこは入って直ぐの大部屋で正に「集会場」のような所だった。


「父さん、ただ今帰りました」

「また密猟者が出たと聞いたが……大丈夫だったのか?」

「はい、危うく取り逃がし掛けましたが、こちらのウェスタ侯爵の騎士達の手助けを得てなんとか阻止できました」

「なんと、ウェスタ侯爵と言えばリムルベート王国の大貴族だが……」


 そう言うと、ノヴァから父親と呼ばれた中年男性は一行に注意を移す。アルヴァンは大事を取って馬車で休んでいる為、代理として渉外官のチュアレがその視線に答えて話し出す。


「我々はリムルベート王国から参りました『西方同盟連絡使節団』であります。首座のルーカルト王子は既にドリステッドへ出発したのでしょうか?」

「これはこれは、遠路遥々のお越しご苦労様です。私はこのスミの街の代表ヘムル・バルトと申します。娘がお世話になったようで、ありがとうございます……しかし、ルーカルト王子や『使節団』の方々は未だご到着になっておりませんが……」

「なんですと……」

「その代わりに此方が」


 そう言うヘルムは懐から書簡を取り出すと一行へ手渡す……


 ヘルムが差し出した書簡は、簡単に蝋印で封をされただけの小さな羊皮紙一枚きりの物だった。「使節団一同へ」と宛先の書かれた書簡の封をデイルが解くと中身を読む。短く書かれたその内容は


 ――使節団本体は、カナリッジにてオーバリオン王国セバス王子の歓待を受け、そのまま街道を南下してオーバリオンを目指すことになった。ウェスタ侯爵家の御一同はそのまま予定通り森の国ドルドの代表者に謁見を賜り、その後は速やかに帰国されたし――


 代筆した渉外担当官の一人の署名と、ルーカルト王子の署名の入った書簡にはそう書かれていたのだった。


「……これは何とも……」


 その内容に絶句するデイルとチュアレであった。一行の雰囲気を気にしたヘルムが声を掛ける。


「とにかく、皆様はお疲れでしょうから今晩はこの集会場の一階をご使用ください。直ぐに夕食の支度をさせますが、何分急な事なのでしばらくお待ちください」


 と言うのだった。普段ならば「ご迷惑になりますので外で野営します」と一応遠慮の姿勢を見せるのだが、それすら咄嗟に出てこないほど一行は書簡の内容に呆気にとられていたのだった。


****************************************


「ハッ! なんとも……笑ってしまうな」


 そう言うアルヴァンの表情は言葉通りの冷笑である。馬車で目を覚ましたアルヴァンは事の次第の報告を受けると、一行が寄宿する建物に合流していた。そこで書簡に目を通したアルヴァンの感想である。


「一応我らも『使節団』ではありますが、これは余りにドルド国に対して失礼ではありませんか?」

「ドルド国のレオノール様はエルフ族、あまり人間の儀礼には頓着しない方ですのでご機嫌を損ねることは無いでしょうが……」


 デイルの心配する言葉に、チュアレが応じるが「心配無用」とまでは言いきれない様子である。


「もう良いではないか。いっそ『あのボンクラ』が居ないほうが先方に無礼にならずに済むというものだ」


 そんな二人にアルヴァンは吹っ切れたような表情で言う。チュアレはまだ不安そうだが、他のウェスタ侯爵家の者達はアルヴァンが「いい」と言えばそれまでのことであった。騎士達は「いっそ気が楽でいい」と言い合うものまで出てくるのである。そうして一行の雰囲気が解れたところに、食事の支度が出来たと呼び出しが掛かった。


 一行は食堂に通されると長いテーブルの席に着く。広い食堂には同じような長テーブルが二つ置かれていて、一行が案内されたのは左側である。迎えるのはスミの街の代表であるヘルムを初めとした質素な恰好をした男達が十名弱と、革鎧を脱いで平服の上に簡単な羊毛のチェニックを羽織ったノヴァを含む女性が同じく十名ほど、思い思いに左右の長テーブルにバラけて座っている。そして、そんなテーブルの間を行き来する数人の給仕係りも見かけられる。


 一行の手元に料理を盛った皿や果実酒かエール酒の様な飲み物が行き渡ると、給仕していた者達も皆テーブルの末席に着いた。ウェスタ侯爵家の面々はそこで「おや?」という顔をするが、ヘルムが口を開く。


「御一同には馴染みが無いかも知れませんが、森の国ドルドには召使も下働きの者も、ましてや奴隷もおりません。みな自然の前には対等な存在・・・・・というドルイドの考えを実践しているのです。流石に異国からのお客人にも同じようにして頂くつもりは有りませんが、外でお待ちの方々にも同じように料理を振る舞わせて頂きます」


 との事だった。変わった習慣だと思うユーリーであるが直ぐに


(これだったら、あの王子は居なくて正解だな)


 と思うのである。恐らく使節団の皆がそう思っていることだろう。そんな中でアルヴァンが代表として返礼する。


「これは願っても無いご配慮を頂き有難うございます。我らウェスタ家は家訓としては身分の上下にこだわらぬように戒めておりますが、なかなか難しいものと苦心しております。この度の機会に是非ドルドの自由な気風を学びたいと存じます」


 十七歳の青年にしては立派な返答であるが、こういった返し方を直ぐに出来るのがアルヴァンという青年なのである。しかし、普段はそう言う事を平然と言う彼なのだが、今は何故か少し頬を赤くしている。


(どうしたんだろう? 緊張しているのかな……それとも未だ本調子じゃないのか?)


 普段と少し違う親友の雰囲気にユーリーは気が付く。隣のヨシンも肘でつつくようにして同じような意見を言ってくるのだ。そんな二人の心配を他所にヘルムは立ち上がると杯を持ち上げて言う。


「今晩は我らドルドの特産であるリンゴ酒シードルを準備しました。エールよりも爽やかでワインよりも軽やかな自慢の酒を堪能いただきたく、また準備した料理はユニコーンの森で狩られたばかりの……」


 そこまで言うとヘルムの隣に座るノヴァが肘でヘルムを小突いた。どうもヘルムは話が長くなる癖があるようだ。一瞬チラとノヴァを見たヘルムは咳払いと共に乾杯のあいさつを締める。


「それでは御一同の旅が幸多きものであることを祈願し、乾杯!」


 その言葉に食堂に居る三十名弱が一斉に乾杯と言い杯を空ける。そんな中、アルヴァンはテーブルの丁度正面に座るノヴァの姿に視線が吸い寄せられる。アルヴァンの視線に気付いた彼女は悪戯っぽい笑顔を返すと、乾杯! と言うようにアルヴァンに向けて杯を上げて見せるのだった。その仕草にアルヴァンは咄嗟に目を逸らすが、一層顔を赤らめてしまうのだ。


「アルヴァン様、もしかして未だ具合が悪いのですか?」

「いや、そ、そんなことは無いよ」


 最初から賑やかな会食は、参加したスミの街の人々が賑やかしく喋っているせいなのだが、そんな喧騒に負けない大声で問いかけるヨシンの声に、アルヴァンはそう返事をする。


「なんと、これノヴァ。ちゃんと癒したのでは無いのか?」

「オカシイな? ……ルカンの角には強力な『解呪』の力が有るから余程の事でもない限り癒せないとは思えないのだけど……アルヴァン様、ご気分が悪いのですか?」


 ヨシンの大声に気付いたヘルムとノヴァ親子の会話である。少し心配そうなノヴァが小首を傾げるようにアルヴァンに問いかける。


「あ、いや、だ、大丈夫です。こ、このリンゴ酒に酔ったのかも……?」

「えー、このリンゴ酒って全然お酒っぽく無いから僕でも大丈夫な位なのに」


 柄にもなく「アタフタ」とするアルヴァンが言った咄嗟の言い訳に、横からユーリーが声を掛ける。普段酒を口にしないユーリーは酔っ払いの醜態が嫌いという理由の他に、酒精の鼻を突く感じが苦手という理由もあるのだが、このリンゴ酒シードルはなかなか美味いと思っているのだ。


 普段のアルヴァンならば、珍しく酒の類を飲んでいるユーリーを茶化すのが普段通りなのだが、今はそんな余裕が無いらしい。顔を益々赤くしている。


「……もしかして、アルヴァン様は娘のノヴァを気に入りましたか?」


 ハハハッと笑いながら言うヘルムの言葉は、笑い飛ばされることが前提の冗談なのだが、その言葉に「あからさま」に固まってしまうアルヴァンである。そして、何故かその正面に座るノヴァまでも色白の肌を耳まで赤く染めているのだった。


 その二人の様子は「朴念仁の代表者デイル」でも察することが出来るほどの反応だったという……


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