Episode_07.07 樹上都市ドリステッド


 その夜の宴では、それ以上誰もあるじであるアルヴァンとスミの街の代表者の娘でかつ一角獣ユニコーンの守護者たるノヴァを冷かす者も、からかう者もいなかった。ウェスタ侯爵家の正騎士達には主たるアルヴァンを|からかえる(・・・・・)ほど豪胆な者は居なかったし、親友のユーリーとヨシンは普段「何事もそつ無くこなす」アルヴァンが傍目に見て「上がっている」様子に冷かすことが出来なかった。


 一方、スミの街の人々はノヴァが一角獣ユニコーンと盟約を結んだ守護者であることを良く知っているため、その恋路の多難さを思うと気軽に話題に触れることが出来ないのだった。出来る事と言えばノヴァの父親ヘルムが


「御一行のドリステッドまでの道中は、ノヴァにご案内させます」


 と言う事くらいだった。父親ヘルムとしては自分を含む周囲の大反対を押し切って「守護者」になる道を選んだ娘であるが、人並み・・・の幸せを掴んでほしいという親心がある。如何に自分達ドルイドが大切にしているユニコーンを守護する役目だからと言っても、その守護者という役割と親が思う人並の幸せ・・を秤に掛ければ「幸せ」の方へ針が振れる。端的に言えば


(一角獣に嫁にやるくらいなら、他国だろうが貴族だろうが、人の嫁にやった方が良い)


 という思いになるのである。


 そういう経緯で、翌朝にスミの街を出発した一行を先導するのはユニコーンに跨ったノヴァであった。他の馬と比較すると馬体が少し大きいといえるが、それほど大きな違いとはいえない。だが、長い銀色の鬣と大きな一本角と言う堂々とした姿と神々しい雰囲気に、一行の他の馬達はユニコーン・ルカンの周囲には近づかない。唯一近付いたのはデイルの乗る若い雄馬と、アルヴァンの乗る肝の据わった栗毛の雌馬ルアくらいだった。


 馬車に乗らずに馬に跨るアルヴァンの意図はやはり「ノヴァと少しでも話をしたい」というもので、周囲もその事を察してアルヴァンを前へ前へと押し出すようにするから、隊列を組んだ一行の先頭は自然にノヴァとアルヴァンになる。しかし、アルヴァンの馬が近付こうとするとその分だけユニコーン・ルカンが距離を取るので決して二人は隣あって進む訳では無かった。


(……もう、なんなのよ、さっきから)


 不自然にアルヴァンの馬から距離を取ろうとする「相棒」に苛立つノヴァ、その頭の中には


(……)


 というルカンの感情が流れ込んでいる。ノヴァの思考は届いているのだが敢えて無視しているような態度だ。


「はぁ……」


 お互いに心の中が分かると言うのは、厄介なものだと思う。相棒がこんな態度を取るのは明らかに「自分のせい」だから尚更だとノヴァは考える。


 元来一角獣ユニコーンの守護者というのは特別な存在である。今現在、森の国ドルドには十人の守護者が居るが当然皆「男を知らない」女性である。最も高齢な者は恐らくエルフの代表者である「女王」レオノールだろう。そのレオノールを筆頭に彼女を含む四人がエルフの女性であり、残り六人がノヴァを含む人間の女性である。人間の女性の守護者は今年六十歳になる者が一番高齢で、ノヴァは最年少の十八歳だ。


 ノヴァは十三歳の時にユニコーン・ルカンから守護者となることを認められたのだが周囲の反対は大きかった。特に母親のサーラからは


「絶対に後悔するから止めなさい。せめて貴女が三十歳になっても、未だ資格・・を持ち続けられるなら、その時に守護者に成りなさい」


 と言われていた。その時はどう言う意味か良く分からなかったが、今はその母の言葉の意味が良く分かるのだった。


(お母さん……もっとハッキリ言ってくれないと私分からなかったわよ……)


 そう今更ながらに恨み節に思うのだが、その母はもうこの世には居ない。実は周囲に反対されたノヴァがそれを押し切って守護者になったのは、ユニコーンの持つ「癒し」の力で母の病気を治すためでもあった。しかし、強力な「癒し」と「解呪」の力を持つユニコーンの角をもってしても母の病は治らなかった。


(あの時は……本当に無知だったわ……)


 そもそもユニコーンの角に病を治す力は無い・・・・・・・・。これは強力な「癒し」の効果を勘違いした人間の妄想であり噂である。また、病を「自然のもの」と受け入れるドルイドの信条はユニコーンの角を病気治癒の目的に使用することを許さなかった。その事も間違った妄想や噂に拍車をかけることになったのだろう。とにかく、怪我に起因する病は直すことが出来るかもしれないが、その人の宿命がもたらす「寿命」とそれに係わる「死病」についてはユニコーンの角は効果が無いのである。


 しかし、その時の落胆はノヴァの心の中に堅く仕舞い込まれている。おそらく知っているのはルカンだけだろう。「相棒」との関係の始まりはそんな落胆から始まっていたが、五年も経てばそれも過去のことである。今では息の合った二人(一人と一頭)は、カナリッジやスウェイステッドの密猟者から「ドルド河の白い悪魔」と恐れられているほどなのだ。


(とにかく、ルカンが何と言おうと私はアルヴァン様の事が……)


 「一目惚れ」なのだろう。昨晩遅くまでベッドの中で考えていた事の結論はそう言う事だった。貴族の子息だと聞いたが、ノヴァにはそもそも貴族というものが良く分からない。皆が平等な立場で暮らすドルイドの習慣では、物事のまとめ役はいても、生れつき人の上に立つという「身分」という物がよく理解できないのだ。そんな理解できない「身分」の相手、しかも昨日初めて会ったばかり。交わした言葉も数えるほどの相手の何処が好きなのかと問われても説明できないなのだ。


 ただただその容姿、雰囲気、声を好ましく感じる。ノヴァにはそれだけなのだが、それで充分と感じるのだ。そんな事をつらつらと考えていると、


「あのぉ、ノヴァさん……」


 と斜め後ろから、そのアルヴァンの声が掛かる。相変わらずルカンはアルヴァンを横に来させようとはしないが、斜め後ろならば、多分視界に入らないから我慢しているようだ。


「は、はい!」

「その、ドリステッドとはどういう所ですか?」

…………

……


 アルヴァンの心内もノヴァと大して変わりは無い。一度目覚めた時に見たと思った銀髪の女神は、再び会うまで夢の中の出来事だと思っていたくらいだった。だから昨晩の宴では、その夢の登場人物が自分の正面に座っていたことに驚き狼狽えて、柄にも無く緊張してしまった。それでも何とか少しの会話が出来たのは、周囲が冷かしたり、からかったりしなかったお蔭だと思っている。


 少し前、つい一昨日に馬車の中でユーリーに語ったことはアルヴァンの本音だった。まだそう言う女性に巡り会えていないが、巡り会ったとしてもきっと「ままならぬ恋」になるだけだと最初から諦めていた青年は、今何処かへ姿を消していた。


 今のアルヴァンには「もっとノヴァの事を知りたい」「もっと近づきたい」という一途な思いしかないのである。だから当り障りの無い会話を試みて、少しでも話をしようとするのだった。


 そんな二人に対して温かい不干渉を貫く騎士達と、不愉快そうな一角獣の一行は二日の時間を費やして、森の国ドルドの中心地ドリステッドに到着していた。


****************************************


 ドリステッドという街は幻想的な雰囲気に包まれている。街自体が十数本の巨大な「古代樹」の枝の上に造られている事がその大きな理由だが、他にも眼前に迫るような天山山脈の西側の尾根、眼下に広がる澄んだ水を湛えるポトミア湖、そして湖の中央の小島にそびえる一際大きな古代樹の森など、特徴を上げればきりがない。それらの独特な景観が西の森へ沈む夕日に照らされた光景は、最早もはやこの世のものでは無いような危うい美しさを持っている。


 そしてウェスタ侯爵領の騎士達の目を一際惹くのが夕暮れ時の街を行き交う人間離れした美しい容貌の持ち主 ――エルフ達―― である。山の王国がドワーフ然とした無骨な岩の王国だったとしたら、この街はエルフ然とした幻想の街といえる。


 ノヴァに案内された一行は地表に従卒兵と荷馬車を残して、樹上の街並みへ続く大きな木の階段を登り、その街へ一歩足を踏み入れた時から独特の景観に魅せられていた。


「ちょっと、どれくらい高いんだろう?」

「十メートルくらいありそうだな!」


 樹上都市の足元は大きな木の板を渡した通路である。大人が五人程並んで余裕で歩けるその通路越しに、太い枝の切れ目から見える地上との距離に驚くユーリーとヨシンの会話が聞こえる。二人の好奇心は、地面との高さから次は都市の建造物に移ったようで


「おい! あの家! 枝から生えているみたいだ。どうなってるんだ?」

「本当だ……きっと太い枝が基礎代りなんだろうね」


 などと言い合っている。若い見習い騎士の二人がはしゃぎ気味なのは仕方ないが、他の騎士達も口には出さないものの、キョロキョロと見慣れない街並みに視線を忙しく動かしていた。


「凄い所だね」

「そうね、でも……私は地面の上が良いかな」


 アルヴァンの言葉に、素直な感想のノヴァである。相棒ルカンを地上に残してきた二人は自然と近付いて歩いている。夕日はあっという間に西の森の木々に隠れ、辺りは急速に夜の空気になっていた。


「ちょっと……私高い所苦手かな」


 というノヴァ手を自然な風に取って歩いている辺りは、ようやく普段の調子を取り戻したアルヴァンに見える。但し、その心臓は外から音が聞こえるんじゃないかと持ち主が心配するほど大きく鳴っている。別に高い所が特に苦手な訳ではない、グッと握り返してくるノヴァの掌の感覚に自然に高鳴るアルヴァンの心臓なのである。


 夜の帳が降りた後も、古代樹の枝葉自体が薄く燐光を放つため足元に苦労することなく街を進んだ一行はやがて一本の大きな「古代樹」の幹に張り付くように建てられた大きな建物の前に到着した。弓を持った革鎧姿のエルフが二人、入口の前に立っていて近付く一行を警戒するように見ている。その内一人がノヴァに気付くと声を掛けてきた。


「ドルイドの守護者センチネルノヴァ、こんばんは。そちらの方々は?」

「リムルベート王国の方々です」


 エルフの弓兵とノヴァの会話を受けて、渉外官チュアレが前に進み出る。


「我々は『西方同盟連絡使節団』の者です。『女王』レオノール様にお会いすることは出来ますか?」

「ああ『使節団』の方々ですか……今年は人数が少ないのですね」

「ええ、まぁ……」


 鋭い指摘に言葉を濁すチュアレであるが、エルフの弓兵は特にそれを咎めると言う訳でなく単なる感想を述べただけだった。だから「すこしお待ちください」と言うと建物の中に消えて行ったのだった。


 一旦中へ消えたエルフの弓兵は直ぐに戻ってくると、


「レオノールはお会いになると申しております。こちらへどうぞ……」


 と言って一行を建物の中へいざなうのだ。


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