Episode_07.05 ドルドの女神様


 河を挟んで南側の河原で決着が付き掛けた頃、北側の河原でユニコーンとその「守護者」と対峙していた別の集団の抵抗も終わりかけている。


 味方の魔術師から武器の威力を強化する付与術を受けた四人の密猟者は、「電撃矢」の痛手で怯むユニコーンに再び襲い掛かった。電撃による後遺症なのか、動きが鈍ったユニコーンは何とかその攻撃から逃れようとするが、二度三度と繰り出される斬撃を体に受けることになる。白い毛並に赤い血が滲むように広がる。


 密猟者は先ほどまでと打って変わり攻撃が有効に作用することを知ると勇躍して更に襲い掛かろうとするのだが……


ヒュン!


 そこへ風切音と共に強い矢が襲い掛かると、首に矢を突き立てられた一人がドウッと倒れ込む。首を貫いた矢は鏃を反対側に飛び出させるほどの威力である。遮蔽物の無い河原で遠距離から射掛けられる矢の攻撃を目の当たりにして、一瞬前まで勢いの良かった密猟者達は一変して怯えた表情で森の様子を伺う。そんな彼等の視界に現れたのは、若い女性だった。


 金属の様な青味掛かった光沢のある革鎧に少し張り出した大振りの肩当てを身に着けた短い銀髪の女性は、長弓ロングボウを地面にそっと置くと、腰の後ろに矢筒と共に引っ掛けていたヒーターシールドを取り出して、腰の片手剣ショートソードを抜き放つ。その顔は凛とした表情ながら、終始露骨に嫌悪感を籠めた視線を残る三人の密猟者へ送っている。そして、その直後に密猟者達に向かって駆け出したのだった。


 一方の密猟者達三人は姿の見えなかったユニコーンの守護者が意外にも若い女性だった事と、有利なはずの遠距離攻撃を放棄し接近戦を挑む様子に安堵を覚える。そして無謀な突進をしてくる相手を迎え撃とうとするのだった。どちらが無謀かは、直ぐに分かることとなる。


 ユニコーンの守護者は、足元が悪い河原を走るとは思えない速度で三人の密猟者に接近すると、無造作に武器を叩きつけてくる最初の一人の一撃を真正面から盾で受け止める。魔術により威力 ――特に衝撃力―― を増強した密猟者の武器による攻撃だが、守護者は全く動じることなくそれを受け止めると、逆に弾き返してしまう。


「うわっ」


 弾き飛ばされた密猟者はそのまま河原の石に頭を打ち付けると動かなくなる。


「このアマ!」


 その様子に激高した残り二人が一斉に斬りかかるが、最初の一人の刃を巧みに躱した彼女は次の一人の斬撃を再び盾で受け止め、今度はその盾を軸に素早く左に回転しつつその密猟者のうなじに短い片手剣を叩き込む。


「ぐぁ!」


 首の後ろを切断寸前まで深く斬り付けられた密猟者はそのまま二歩進むと糸が切れたように倒れ込む。残った一人は流石に


まとも・・・な相手じゃない!)


 と目の前の守護者を認識したがもう遅すぎたようだ。雷撃の痛手から立ち直ったユニコーンがその背後から圧し掛かると、巨体に物を言わせてあっと言う間に最後の密猟者を圧殺してしまった。


 自分達のいる側の河原にはもう動いている者がいないことを確認するユニコーンの守護者は、歳の頃なら十八、九の娘に見える。短い銀髪と碧い瞳が特徴的な風貌は一見するとエルフのようにも見える。しかし、凛とした表情を見せる顔と均整のとれた全身のシルエットは健康的な生気を発散しており、エルフの女性とは根本的に異なる豊かな曲線を持っている。その立ち姿は、彼女のすぐ横に寄り添う神々しい一角獣ユニコーンの存在感に負けないもので、この「一人と一頭」の組み合わせはそのまま絵画の構図のようであったが、


「ふう……こっち側は片付いたわね」


 意外にも喋りだすと年齢相応の言葉遣いの守護者の言葉に、ユニコーンが頷き返す。そして一人と一頭は河の反対側に目をやる。そこには、期せずして応援となってくれた騎士の集団が逃げようとする密猟者の道を塞ぎ、その殆どを討ち取りつつある光景が広がっていた。


(ナカナカヤルナ……)


 という「相棒」の思考が流れ込んでくるが、彼女も同意見である。中央で正面から密猟者を迎え撃つ騎士達の中でも特に腕の立ちそうな者が二人。そして奥で道を塞ぐ一見頼りなさそうな青年二人も中々の使い手のようだった。


(そろそろ終わるかな?)

 そう思い、河の中に取り残された荷馬車から囚われたユニコーンと罠として使われた少女を助けることを考え始めたとき。これまで存在感を消して・・・いた魔術師が不意に空中へ浮遊する。更に先ほど射殺したと思ったもう一人の魔術師も同様に下流から空中を移動してくる。


(倒せてなかったか!)


 驚きと後悔が入り混じった感情と共に、ユニコーンの守護者は河原の入口に置きっぱなしにした長弓の元へ走り寄る。それでも視界は対岸の騎士達 ――特に退路を塞ぐ二人の青年の立ち回り―― に置かれたままだ。四対二の戦いを繰り広げる青年二人は数で勝っていた相手を制圧しつつあるが、その一方で空中に浮き上がった魔術師二人に気付いていない。


(間に合って!)


 矢のように河原を走る彼女の願いは寸前の所で叶わなかった。


 空中を浮遊する魔術師の内、下流から戻って来た矢傷を負った方が何かの術を発動する。黒い光として若者の内の一人の胸に吸い込まれた術は負の付与術「削命エクスポンジ」。「治癒ヒーリング」と真逆の効果を発揮するこの術は対象の生命力を凄まじい勢いで削り取って行く。


「あっ!」


 思わず口をついた守護者の短い叫びに呼応するように、術を受けた青年の隣に立つ騎士が「アルヴァン!」と叫びつつも、ようやく空中に陣取る魔術師に気付く。その騎士 ――ユーリー―― の視線の先、地上数十メートルの浮遊している魔術師達は、何故か明らかに焦った表情で、ユーリーの隣に倒れ込むアルヴァンを凝視しいている。術を放った方と逆の魔術師が非難めいた調子で何かを言っているが河の水音に紛れて聞き取れない。


 やがて魔術達は言い争いを止めたようで、アルヴァンとユーリーに向けた視線を外すと河原全体を見渡す。そして次の瞬間、新しい術の発動を知らせる身振りと共に一瞬で姿を消していた。


 その光景を茫然と見つめる守護者の耳には「アルヴァン!」とか「しっかりしろ!」とか「マーヴ! 早く!」とか言う怒鳴り声が聞こえてくる。応援してくれた騎士の一団にとって、倒れた青年は大切な人物だったのだろう。


(……ルカン、彼を助けられないかしら?)

(ノヴァ……男ヲ助ケルノハ厭ダ……)


「ハァ……助けて・・・頂戴!」


 ノヴァと呼ばれた少女は、相棒の一角獣ユニコーンルカンの普段通りの調子に溜息を吐くと、少し強く言う。ルカンはそれでも少し厭そうな風に鼻を鳴らすのだが、ノヴァの表情をチラと見ると、渋々と言った様子で河を渡り始める。勿論その後ろをノヴァも付いて行くのだ。


****************************************


「アーヴ!」

「アルヴァン様!」

「若ぁー」


 ウェスタ侯爵領正騎士の面々は倒れたアルヴァンに駆け寄ると大声を上げるのだが、苦悶の表情を浮かべたアルヴァンは河原に倒れ込んで動かない。そこへミスラ神の僧侶マーヴが駆け寄ると直ぐに癒しの神蹟術を試みる。


「偉大なるこの世のことわりあるじミスラよ、この者の躰を有るべきようにお戻し下さい……」


 神蹟術の癒しは効果を発揮し、アルヴァンの顔に浮かぶ苦悶の表情はほんの少し和らぐがそれも少しの事で、直ぐに元に戻るのだ。その様子に首を傾げるマーヴだが、周囲からの無言の圧力を感じ何度も癒しを試みる。


 一方のユーリーは混乱する頭で必死に考える。


(外傷をもたらす攻撃術じゃ無かった……呪い? いやそんなものは聞いたことがない……しかしこの纏わり付く魔力は一体?)


 「魔力検知ディテクトマナ」の術で横たわるアルヴァンを見ると、その全身に薄く赤い燐光がまとわりついている。これだけ効果が持続するということは……


「くそ! 負の付与術か!?」

「なんだ! ユーリー分かったのか?」

「デイルさん、多分『負の効果を持つ』付与術です。魔術の治癒と逆効果の物だと……」

「どうにかならないのかっ!?」


 ユーリーの見立てに、他の騎士が詰め寄るように言う。どうにかしたいのはユーリーも同じである。だが――


「すみません『|解呪(デ・スペル)』は未だ……使えないんです」

「なんだよ! この役立たずが!」

「……なんだと、てめぇ! もう一遍言ってみろ!」


 ユーリーの言葉に詰め寄った騎士が悪態を吐く。そして、その言葉に反応したヨシンがその騎士を突き飛ばす。睨み合う二人に剣呑な雰囲気が漂うが――


「二人ともいい加減にしろっ!」


 デイルの一喝で舌打ちと共に騎士の方が引き下がる。憤りの治まらないヨシンだが、仲間内で争ってもアルヴァンの容態は良くならない事くらいは理解している。だから、目の前の騎士を睨みつける視線を何とか引き剥がすとそれを横たわるアルヴァンに移すのだった。


 そんな揉め事にも騎士の言葉にも動じることも無く、ユーリーは懸命に魔術の「治癒」を掛けている。逆行する効果同士がアルヴァンの体内でせめぎ合うが、掛けられた魔術の効果を打ち消すことは出来ないようだ。アルヴァンの苦悶の表情に変化は見られない、そこへ――


「ここはユニコーンの森の入口、心配しなくても恩人の命は私達・・が保障します」


 凛とした声と共に若い女性と白い優美な馬体に一本の角を生やした魔獣が近付いてくる。その雰囲気は何処か神々しく騎士達の目に映り、アルヴァンを取り囲んでいた人垣が自然に割れる。


「さぁルカン、はやく」


 倒れたアルヴァンを挟んでユーリーの向かいに屈みこんだノヴァは左手をそっとアルヴァンの胸に置くと、右手をユニコーンへ差出して促すように言う。その声に促されるユニコーンは頭を下ろすと、自らの角を差し出されたノヴァの右手に握らせる。すると、白く象牙質な角の先端にポッと白い光が灯り、一瞬だけ強く輝き直ぐに消える。そして――


「うっ……うう」


 呻き声と共に固く閉じられていたアルヴァンの目が開いた。後にアルヴァンが親友二人に語ったところによると、


「あの時な、ぼやけた視界が丁度ノヴァの所で焦点が合ったんだ……びっくりしたよ。てっきりもう死んでしまっていて、あの世で女神様に起こされたんだと思ったものさ」


 と恥ずかし気も無く言ったそうである。現に今も


「あ……女神様? 俺、死んじゃったのか……」


 ノヴァを見て、そう一言呟き再び気絶したのだった。しかしその顔は苦悶に歪むものでは無くどことなく安らかな寝顔のような雰囲気だったという。


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