Episode_07.04 遭遇戦
そんな短い会話の間に、河の対岸では動きがあった。まず、先ほど攻撃術を放った魔術師が、残り四人になった戦士達の武器に「
突然、森の木々の切れ目から風切音と共に矢が射掛けられたのだ。その矢はユニコーンと対峙する戦士達では無く、荷馬車を護衛する側の集団の中から一人の魔術師だけを正確に射抜いていた。
「グアッ」
「くそ!
「ちくしょー!」
荷馬車の集団は、ユーリーとデイルがその声を聞きとれる距離まで近づいてきている。矢に射抜かれた魔術師は河の途中で転倒すると、そのまま急流に流されていくのだが、誰も気に留める余裕は無いようだ。集団は荷馬車の陰に隠れるように身を屈め矢から逃れようとしている。
そんな状況でアルヴァン率いる残りの正騎士と荷馬車隊がユーリーとデイルの所に到着した。
「アルヴァン様! ユニコーンの密猟集団のようです!」
「なんと……見捨てておけないな。よし、攻撃はデイルに任せる。荷馬車隊は街道を塞げ!輜重兵も戦闘準備だ、槍を構えて立っているだけで良い!」
アルヴァンは後方に待機する二台の荷馬車と自分の馬車で街道を塞がせると、十名の輜重兵に武装を命じる。野営地設営とは勝手の違う武装命令に兵達と僧侶マーヴ、渉外官チュアレを含めた十二人がアタフタする様子がユーリーの視界の端に映る。
「敵の数はさほどではないが、魔術師が居るようだ。ユーリー! 対抗術を頼むぞ!」
「はい!」
「じゃぁ準備が出来たら合図してくれ。それから、河原は足場が悪い。皆、最初から下馬して行くぞ!」
「応!」
デイルの指示に、騎士達は気合いの入った声で応じる。一方ユーリーは「
「準備完了です!」
自分の術が発動したことを確認したユーリーは声を上げる。それに一つ頷くと、鞘から大剣を抜き払ったデイルが大喝する。
「突撃だ! 掛かれ!」
その号令に弾かれるように飛び出す騎士達の数は六人だけだが、皆鍛え抜かれた猛者である。そこへ後ろからユーリーの「
「なんだ? お前達は!?」
「ウェスタ侯爵領正騎士団だ! ユニコーンの密猟は同盟国ドルドの法を犯している。大人しく武装解除し投降せよ!」
集団のリーダーらしい男からの問い掛けに、無駄だと思いつつも投降を呼びかけるデイルである。
「なんでウェスタの騎士が邪魔するんだよ! お前らの王子の依頼じゃないのか? チクショウ!」
リーダーらしき男が何か叫ぶが、河の水音にかき消されてデイルには良く聞こえない。とにかく投降する気は無いようだと見て取ると、戦闘となる覚悟を決めるデイル。そうする内にも、荷馬車の集団は河を渡り切り、
「警告したぞ! 構わん、斬って捨てろ!」
その号令とほぼ同時にヨシンを先頭とした騎士達が密猟者の集団と接敵した。
「うぉぉぉ!」
ヨシンの気合いがドルドの森に響き渡る。
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目の前の敵は冒険者風の恰好をした二十代中盤の男、自分と同じ
「うぉぉぉ!」
大きな気合いと共に叩きつけた愛剣は違う事無く相手の首元をザックリと断ち割った。致命傷を受けた敵は、籠った悲鳴を上げて崩れ落ちるが、ヨシンの目線は既に別の敵を追っている。左隣の騎士が他の敵と斬り合う隙を狙って、遠間合いから突き入れられる短槍の穂先を左手一本で握った愛剣で切り飛ばす。
「うわぁ!」
と間抜けな声を上げて槍と一緒に引っ張り出された敵は手甲をつけたヨシンの右手で強かに殴りつけられると、隣で騎士と斬り合っていた仲間を巻き込んで転倒する。目の前に転倒した敵が二人現れた騎士はチラとヨシンを見つつも、無駄の無い動きで倒れ込んだ二人の敵の急所に
南ドルド河の河原は一気に乱戦の様相を呈している。密猟者の集団十数人に突入した徒歩の騎士六名は重厚な防御力と日頃鍛え抜いた剣技をもって、数の違いを感じさせない活躍を見せている。正面から騎士達を突破しようとした密猟者の集団は勢いを完全に止められ既に三人が返り討ちに遭っている。
密猟者側は戦線に加わっていないリーダー格の男が「回り込め! 回り込め!」と指示を飛ばしており、数では劣る騎士達を取り囲もうと左右に分散する動きを見せる。騎士達の右翼側に二人の密猟者が回り込もうとするが、その目の前にはやや出遅れて戦線に参加したデイルが行く手を阻むように立ち塞がる。
静かに大剣を構えるデイルの気迫に安易に突っ込む機会を逸した密猟者の二人は目配せしあうと連携攻撃をしかける。まず大剣を持った方が
振り下ろされる大剣を、素早く一歩踏み込む事で避けたデイルは、自分目掛けて慌てた様子で突き入れられる長剣を業物の大剣で払い除け、その動作のまま勢い余って突進する敵の喉に大剣を突き入れる。深く突き刺す必要の無い一撃は、しかし確実に無防備な相手の喉笛を割り切ると、血飛沫の中で刀身を返し驚く表情を見せるもう一人へ襲い掛かる。
一合打ち合わせることが精一杯だった敵は、デイルの繰り出す二度目の攻撃をフェイントと見抜けず、防御の為に剣を下げてしまった。それだけの隙で充分なデイルは簡単に相手の首筋に致命傷となる一撃を見舞ったのだった。
「くそ! なんでこいつらが邪魔するんだ!? 反対へ回れ!こっちだ!」
焦って喚く密猟者のリーダー格の男は、デイルと反対側の左翼へ回り込むとそのままカナリッジの街へ続く道を目指す。彼の目の前には余り強そうに見えない線の細い青年が二人とその奥にはへっぴり腰で槍を構える兵士達が見える。こちらのほうが遥かにやり易いと感じたのだ。
正面から騎士とぶつかってしまった仲間達には申し訳ないが、こうなったら自分が助かることが先決である。大金を積まれて引き受けた「密猟」の仕事は成功報酬こそ魅力だが、命が無ければ金の使い道など無いのである。
既に夫々抜剣しているユーリーとアルヴァンは、向かってくる敵に応戦する構えを整える。そんな二人に対して、密猟者のリーダー格の男は突進する速度を一旦緩めると彼の後ろにいた大柄な戦士に道を譲る。後ろから飛び出してきた大柄な戦士はユーリーとアルヴァンに肉迫すると、その勢いのままに両手持ちの斧を振り回す。剣とは違う広い間合いに二人は同時に飛び退く。
重たい武器は一度振り抜かれると、次に振り戻すまでに隙が生じる。その隙に乗じた左側に立つユーリーが素早いステップで両手斧の間合いに飛び込むと、敵の武器の柄の根本付近を|片手剣(ショートソード)の鍔元で受け止める。
ガシィ
両手斧の頑丈な木製の柄と剣が噛み合う音が響き、大振りな一撃はそこで止められてしまう。そして、がら空きになった敵の右手側にアルヴァンの
「グォ……」
大柄な戦士は思わず仰け反ると、その拍子で剣が抜け傷口から血が噴き出す。アルヴァンの剣は確実に相手の動脈を切断していたのだ。
「くそ! 三人掛かりでやるぞ!」
その号令で一度に残りの三人が飛び掛かって来る、リーダー格の男がアルヴァンへ向かい残りの二人の男がユーリーへ向かってくる。敵は必死な形相である。
(早くアルヴァンを援護しないと!)
そう思うユーリーは、積極的に仕掛ける事に決めると
シャン!
と小気味良い金属音を立てて扇形のミスリル板が手の甲を中心に回転すると一瞬で中型の
ガキィッ
鋭く突き入れられる敵の剣先を自分の剣で外に逸らし、そのまま相手と鍔迫り合いの態勢になるユーリーである。相手はユーリーよりも体格が良く上背もある。力比べならば分が有ると挑んできたことは明白だが、常にヨシンの突進力を受け止めているユーリーは相手の意に反して力が強い。
グググッと上から押し込んでくる力を、正面から受け止めて逆に押し返す。そして一際力を籠めたその一拍後に――
シャンッ!
一気に力を抜いて半歩下がったユーリーの動きに「虚」を突かれた相手は剣を滑らせると押し返そうとした力のままに前のめりで倒れ込む。姿勢を崩した敵の剥き出しとなった後頭部をユーリーの
どうにか二人を片付けたユーリーがアルヴァンへ視線を向けると、ほぼ同時にアルヴァンはリーダー格の男を仕留めたところだった。
(最近訓練に顔出さないけど、やっぱりアーヴも強いな)
と感心するユーリー、そしてそれを見返すアルヴァンも少し得意気な表情を作っている。そこに隙が無かったか? と問われれば「隙が有った」と答えるしかないだろう。
何の前触れも無く突然、
「アルヴァン!」
ユーリーの悲鳴にも似た叫びが河原に響き渡る。
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