Episode_07.03 森の守護者
革製の胴鎧に同じく革製の肩当て、そして優美な形状の長弓を背負った女性が一人、午前の森を駆けている。霧が重く垂れこめ視界はそれ程良くないが、姿が見えないほど先行して走る彼女の「相棒」からの情報は直接頭の中にイメージとして流れ込んでくる。「相棒」も未だ追っている相手を見つけられないようだった。
深緑の葉を付ける針葉樹と、赤や黄色に色付いた葉を落とし掛けている広葉樹が混在する森を駆け抜ける女性は、森の中を行くとは思えないほどの速さで走っている。
(もう少しで河ね……渡られると厄介だわ!)
そんな彼女の思考は「相棒」にも伝わり、先を走っているだろう彼から同意の感情が返事のように流れ込んでくる。
やがて先行する「相棒」の捉えた光景が彼女の中にもイメージとして流れ込んでくる。その光景は、ドルド河の急流を背に浅瀬を渡ろうとする大型の荷馬車と、その荷馬車にしつらえた檻に捕えられた若い
「相棒」の怒りが後を追う彼女の頭に直接流れ込んでくる。もう慣れたその感覚はある程度は制御できるのだが、それでも強い感情の動きは彼女自身の感情にも影響を与える。彼女は肩に掛けた長弓を取り出すと外套を跳ね除けて背中の矢筒から二本の矢を取り出す。その場に辿り着いたと同時に、問答無用で射掛けるつもりなのである。
(人間の面汚しが……!)
激高した「相棒」の感情と同期した彼女の頭の中はやがて怒りに呑み込まれていくのだった。
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早朝に起き出したユーリーは昨日やり残していた猪の解体を始めると、二時間ほど掛けて何とか肉と毛皮に仕分けていた。その後は、肉の方は朝食を準備する輜重兵に後処理を任せて、引き続き毛皮の方に残った脂や肉片を綺麗にそぎ落とす作業を続けるユーリーである。専用の作業台も道具類も持っていないので短剣だけを使った作業はなかなか難しいものだった。
ユーリーがそんな難しい作業をやり終えたころ、朝食の準備が整ったと声が掛かり一同は昨晩と同じメニューの朝食を取るのだった。野営の経験が少ない正騎士達はブツブツと文句を言っているが、ユーリー、ヨシン、デイルの三人にしてみれば、野外で朝から「温かい物」が食べられるだけで結構な事だと思っている。
食事を手早く終わらせた一団は、馬に飼葉を与える者と撤収作業を行う者に分かれて作業を進める。設営同様に撤収にも時間が掛かる状態にデイルは、
(今後、この手の作業を正騎士達に訓練させる必要があるな……)
と課題を認識する。騎士達は誰もやりたがらないだろうが、いざとなったら若殿アルヴァンに一声頂こうと考えるのだった。そんな事を考えているデイルに声が掛かる
「デイル、この先どうする?」
声を掛けてきたのは渉外担当官のチュアレを従えたアルヴァンである。
「一度カナリッジまで南下して情報集めや補給を済ませてから北へ向かうか、それともそのまま街道を北へ進むか、どう思う?」
「そうですね、まだ物資に余裕が有りますので……多分地図で見た限りカナリッジまで行けば丸一日分の無駄になります。早く追いついた方が良いと思うのでこのまま北の森の国ドルドを目指しましょう」
アルヴァンの問いに答えるデイルであるが、その返事にチュアレも同意する。
「ルーカルト王子が予定を
皆「早く追いついた方が良い」と思うのは、あのルーカルト王子だけの「使節団」ならば先日の、山の王国でのドガルダゴ王との謁見の時のような失態を犯すかもしれないと思うからだ。同盟関係を維持促進する目的の使節団が、行く先々で不興を買うのは避けたい状況である。
チュアレとすれば、自分の同僚達に
(もうすこし頑張ってくれよ!)
と言いたいのだが、自分も含めて役人というのは王族や貴族には頭が上がらないのである。出来る事と言えば、聡明なウェスタ侯爵の公子アルヴァンを一刻も早く使節団本体に合流させることである。
「そうだな、俺も同意見だ。では出発しようか!」
勿論同じ事を危惧しているアルヴァンも同意したため、一行は直接森の国ドルドへ向かうこととなった。
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ようやく撤収を終えた一行は森の国ドルドを目指し進みだす。予定通りならば、日が暮れる前にはドルド最初のスミの街に到着するのであるが、なんと言っても慣れない異国の旅路である。なるべく速やかに出発したいのはデイルもアルヴァンも同じ気持ちのようで、デイルが考えていた「野営設営と撤収の訓練」はデイルが言い出す前にアルヴァンが正騎士達に伝えていた。
「みんな、手順を良く覚えておけよ! 王都に帰ったら全員で天幕の張り方や火の熾し方の訓練をやるからな、その時は皆の手本になって貰うぞ!」
もたもたと作業する騎士達に声を掛けるアルヴァンの言葉に
(上手い言い方もあるもんだなぁ)
と感心するデイルであった。
そうやって撤収を終えた一行は、日が昇りきる前には分岐路に差し掛かかると針路を北に転じる。空模様は相変わらず、鉛色の曇り空で今日は霧も濃く出ている。街道の両側に迫ってくる森は針葉樹と広葉樹が混ざった雑木林であるが、時期的に葉を落としつつある広葉樹のお蔭で何処か寒々しい印象を一行に与えるのだった。
そんな街道を馬に乗り先頭を進むのはユーリーとヨシンである。追剥や野盗の類は武装した一行に挑みかかってくるとは思えないが、一応ユーリーは「加護」の術で知覚を強化すると前方の様子に注意しながら一行を先導している。やがて一行の耳にはドルド河の急流が立てる水音が聞こえてきた。
ユーリーはここ数日の内に自分の乗る馬と折り合いをつけることが出来たようで、馬は反抗的な態度を取る事が少なくなっていた。そうであるから、落馬の心配無く前方に注意を向けることが出来るのだ。そして、急流の音に混じり別の物音 ――馬車の車軸、馬の嘶き、怒鳴り声―― を察知することが出来た。
ユーリーがパッと、ミスリル製の仕掛け盾が付いた左手を上げる。そして、少しのザワつきと共に一行は歩みを止める。
「どうした?」
少し後ろから馬を寄せるアルヴァンとデイルである。そんな二人にユーリーが答える。
「前方で人が争っている音がする、かなりの人数みたいだ」
「そうか……よし、俺とユーリーで様子を見てくる。アルヴァン様は全体を率いて追って来てください。ヨシン! アルヴァン様から離れるなよ」
「了解!」
ユーリーの言葉にテキパキと指示を送るデイル。そうしつつもアルヴァンが「俺も行く」と言い難い状況を作っておくことも忘れない。そんなデイルの指示に何か言いたそうなアルヴァンだが、結局言葉を飲み込んだようだった。
「ユーリー! 行くぞ!」
「はい」
ユーリーとデイルは声を掛け合うと、前方の状況を確認するため一行を離れる。その二人の背後では、アルヴァンが発する隊列を整える号令を発していた。
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北に続く街道を馬で駆けてほんの少しの距離を進むと視界が開ける。ユーリーとデイルの二人は南ドルド河の河原に到達していた。水量が豊富な上に落差の大きい南ドルド河は幾つかの滝を経て海岸近くで北ドルド河と合流し海へと流れ込むのだが、街道はそんな急流の中流域に広がる川幅が広く浅瀬になった所を徒歩や馬で渡ることを前提としているのだ。
「デイルさん! あれ!」
「なんだ?」
「ユニコーンの密猟じゃないですか?」
そう言い合う二人の目に、二十人前後の冒険者風の護衛を引き連れた大型の荷馬車の一行が焦った様子で河を渡ろうとしている光景が飛び込んでくる。そして、その大型の荷馬車の荷台にしつらえられた檻の中には純白の馬体に象牙質の角を生やした
大型の荷馬車は川底の砂利に車輪を取られつつも四頭引きという馬力に物を言わせて流れの速い浅瀬を渡っている。荷馬車の護衛たちはその様子を見守りつつも仕切りに後ろを気にしているようだった。
(追手が掛かっているのか?)
ユーリーがそんな疑問を頭に浮かべた直後、ユーリー達のいる側と反対の森から白い獣 ――もう一匹の
その様子をユーリーとデイルは固唾を飲んで見守る。恐らく立ち向かった戦士達は牽制して追い払うつもりだったのかもしれない。しかし、ユニコーンは臆することなく五人の戦士達に飛び掛かるとその特徴的な角や強力な後ろ脚の蹄を使い戦士達を次々蹴散らしていく。
一方で、戦士達の持つ槍や剣は何度かユニコーンの躰を捉えているのだが、その刃が突き立つことも、血飛沫が飛ぶことも無かった。自分達の攻撃が全く歯が立たないことに明らかに怯んだ様子の戦士達は一旦距離を取ろうとする。一瞬だけ、戦士達とユニコーンが睨み合う瞬間が出来る。そこへ戦士達の隙間を縫うように突然雷光の線が走るとユニコーンを打ち据える。
ドォン!
一瞬遅れて空気を切り裂くような轟音が河の反対側にも響き渡る。
その攻撃術は、ユーリーの目には雷属性の投射型攻撃術である「
一方、荷馬車は河の中央を過ぎてユーリーとデイルの居る岸へ達しようとしている。攻撃術を放った魔術師はそんな荷馬車に取り付いて移動する残りの十名の護衛の中に混じっていて、更によく観察すると他にもう一人魔術師風の者が居ることが分かった。
「どうします!? デイルさん」
「アルヴァン様達を待とう。何れにしても、一角獣はドルドの象徴だ。密猟現場を放置できない」
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