Episode_07.02 一角獣の森
幻獣
そんな盟約者を持つ一角獣の力の源は、彼等の盟約者たる「穢れを知らない女」の、更に詳しく言うと「どんな生命でも宿す可能性のある純白の母性」から得られる
だが、若い一角獣は「盟約」を結ぶに足りる
「『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』って聞いたことあるけど、ユニコーンにしたらその罠は堪ったものじゃないね……」
乙女に恋をして破滅的な結果を得るユニコーンに同情しつつ、純粋な気持ちを利用する密猟者に怒りを覚えるユーリーである。しかもこの話は「西方同盟国」が禁じている「隷属的な人身売買」に該当する話でもある。アルヴァンとしてはそっちの方が気になるようだ。
「大体、リムルベートの港を経てオーバリオンのスウェイステッド港も素通りしてこんな西の最果てまで、罠のために人身売買で得た少女を連れてくるなんて……港湾局の怠慢だよ!」
アルヴァンらしい憤りの矛先だが、それを聞くユーリーは「まぁ落ち着きなよ」と宥めるのである。親友の言葉に、今怒ってもしょうがないと思い直したアルヴァンは話題を変えようと少し沈黙した後に口を開く。
「そう言えば、ユーリーは
「はぁ?」
「ヨシンから聞いたよ。リリアちゃんとアニーちゃんだっけ?」
(あのバカ……)
とユーリーは内心毒づく。今度樫の木村のマーシャに「有る事無い事」書いた手紙でも送ってやろうかと本気で仕返しを考えるユーリーだが、一方で親友の誤解は解いておきたい。
「違うよ。アニーはこの間の事件で少し話をしただけで、偶然屋台街で再会しただけだから!」
「ふーん、じゃぁ本命はリリアちゃん?」
その言葉に自然と顔が赤くなるのを感じるユーリー。そしてあからさまな反応に納得するアルヴァンであった。
「リリアちゃんて、どんな子?」
「……か、かわいい……かな?」
「ほうほう、それで?」
「えっと……ってなんで僕がそんなこと説明しないといけないの!? そんな事よりアルヴァンはどうなのさ?」
アルヴァンの問いに、愛する少女の良い点を語り出しそうになっていたユーリーは、寸前の所で質問の不条理さに気付き反撃に転じる。一方、ニヤニヤとその話を拝聴しようとしていたアルヴァンは思わぬ反撃にたじろぐ。
「お、俺は関係ないだろ……大体恋とかしても無駄なんだよ。結局は会った事も無い何処かの爵家の令嬢と結婚することになるんだから」
「そうなんだ……なんかゴメン」
どうやらアルヴァンには彼なりの悩みがあるようだった。そんな彼の投げ槍な言葉にユーリーは次の言葉を継げなくなってしまう。貴族の事情は良く知らないが、当事者のアルヴァンが言うのだから、
「でもなー、俺もユーリーやヨシンみたいにそう言う青春を味わってみたいよー」
そう言って自分の体を両手で抱き締めると左右に振る
「なぁユーリー! 狩りはどうしたんだ?」
野営の準備が一段落したヨシンであった……
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結局、無駄話で時間を費やしてしまったユーリーは、アルヴァンを連れて狩りに出ることは諦めると、
「今度は
と言うアルヴァンと、馬車を出るなりユーリーにゲンコツで小突かれた困惑気味のヨシンを野営地に残して単身で森に入り込むのだった。そして幸運な事に、暗くなる前に猪を一頭射止める事に成功していた。
(なんか、獣の気配が濃いな……この森は良い狩場だ)
と思うユーリーは射止めた猪を引き摺りながら野営地へ戻るのだった。
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折角ユーリーが仕留めた猪も、今晩の夕食には間に合わなかった。大体にして仕留めたばかりの野生動物をそのまま肉にして食べると言うのは手間の掛かる作業である。それに、元々樫の木村の狩人の弟子だったユーリーであるが、大型な獣を短時間で捌く特殊な技術は持ち合わせていない。ユーリーに仕留められた猪は、今木の枝に吊るされて血抜きの最中である。明日朝には枝肉になるとそのまま一行が食べた塩漬け肉の樽に入れられて新しい塩漬けになることだろう。一方、獲れた毛皮は処理をする時間も準備も無いので、生皮として荷馬車に積み込まれる。天幕が破損した時の応急修繕に使われる可能性はあったが、いずれにしても少し後の話である。
そして、一行は晩秋の冷え込みを感じる森の中で大きな焚火を囲む野営地に身を寄せ合っている。塩漬け肉と野菜のピクルスに乾燥豆を合わせて煮込んだスープに硬い種無しパンという夕食を手早く済ませた一行であるが、こんな時話題になるのは、騎士デイルと見習い騎士のユーリーとヨシンが所属していた第十三哨戒部隊の「最後の戦い」の話である。
「しかし、オーガーとはそんなに強力な魔獣なのですか?」
と一行の若い騎士がデイルに訊ねる。
「ああ、攻撃力も凄いぞ。俺は鎧の胸甲を切り裂かれて肺に達する重症をうけた……しかもユーリーの強化術を受けた上でだ、あの時は本当に死ぬと思ったよ」
そう答えるのはデイルである。確かにあの時瀕死の重傷を負っていた彼は生死の境に立っていた。
「……そんな魔獣を倒したのが……ユーリーなんですか?」
というのは他の騎士だ。噂にはなっていたけれども、直接当事者から話を聞く機会に興奮気味だ。
「そうだよ! あの何だっけ、炎の矢を
というのはヨシンである。多少の脚色が入っているが、親友の功績に鼻高々と言ったところだ。しかしその一方で、その本当の所は事実を伏せている。如何にオーガーを叩きのめしたとしても、その最後の反撃でユーリーは即死級の傷を負い、それが「聖女」の奇跡の所業で「無かったかの様に」治癒したと同時に、オーガーは灰になって四散してしまった。こんな話は口止めされなくても、誰も信じてくれるはずがないので言う気にならないヨシンなのである。
「でも、凄いと言えばアルヴァン様だよ。初陣で従卒兵を率いて敵陣深くを制圧なんて……ちょっと前例が無いんじゃない?」
自分を中心とする話に居心地の悪さを感じたユーリーはそうやって話題の矛先をアルヴァンに振る。温めたワインをチビリとやっていたアルヴァンは自分に話のお鉢が回ってきたことに少し驚きつつも、
「ああ、だって正騎士の皆があんまり早くオークをやっつけるもんだから、考える余裕が出来てね。そうしたら、目の前の戦場が良く見えるようになったんだ。従卒兵が主の騎士を追うか、どうするか迷っている風だったからそのまま率いて広場に突入したんだよ。別に特別なことは無い……」
初陣でその余裕自体がすでに「特別な事」だと思う一同は、しかし変に
分厚い雲の切れ目から時折顔を覗かせる下弦の月がそんな一行の様子を伺うように夜の空を渡って行くのだった。
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