【見習い騎士編】見習い騎士と予言の女王

Episode_07.01 林間の野営地



アーシラ帝国歴493年10月



 夕方というには未だ早い時刻からポツリポツリと降り出した雨は、やがて本降りになると野営の準備を始める者達の上に降り注ぐ。荷馬車から天幕用の支柱や天幕を取り出す者達は慌ただしく準備を急いでいるようだ。地味だが頑丈そうな深緑色の金属鎧を身に着けた騎士が八名に二台の荷馬車に取り付く兵が十名、さらに文官のような服装の者が一名と旅装束の神官が一人という一団である。しかし、テキパキと野営の準備を整えているものは十名の兵と、三名の騎士であり他の者達は「何をどうしていいか分からない」という風でオロオロとしている。


「ユーリー、そっちの端を押えてろ。ヨシン『せーの』で引き起こすぞ」

「了解」

「押えました」

「よし、せーの!」


 そんな掛け声と共に新しく一つの天幕が建つ。大きなキャンバス地を袋状に仕立ててある天幕は折り畳まれているが、その中に支柱となる棒を入れて袋の中で立てるようにして一つの幕屋が建ち上がる。この状態から四隅を地面に杭で固定すれば二人用の天幕の完成である。後は、周囲に溝を掘り上に外幕フライを掛ければ雨水が染み入ることも無い。


「お前達、ボーっと見てるんじゃなくて周りに溝を掘れ……」

「はい!」


 デイルが少しキツく言い掛けると、作業の様子を見守っていた他の騎士達の中から若い声が返事をする。アルヴァンであった。


「いや、アルヴァン様は馬車の中でお休みください。風邪でも引いたら……」


 デイルは慌てたようにそう言うのだが、アルヴァンは既に小型の円匙シャベルを持って建ったばかりの天幕の周りを掘っている。


「あー、もう! お前達も早くやらないか!」


 デイルの言葉に弾かれるように他の正騎士達も作業に取り掛かる。皆武芸は幼い頃から熱心に修練を積んできた立派な騎士だが、こういう「野営地設営」は従卒兵の仕事として自らやらないのが普通なのだ。慣れない作業に戸惑いつつも懸命に手を動かしている。


 一方、デイルを始めとする「哨戒騎士団」出身の三人は「野営地設営」「野宿」「野外調理」は任務の一部だったためお手の物である。そうやってテキパキと作業する三人を見て、特にユーリーとヨシンに対抗意識を持ったアルヴァンが


(俺だって!)


 と思い、作業を率先して行うのは彼の性格からするととても自然なことである。


 そんな騎士達を後目に残りの兵達は、十人総出でテキパキと作業を続けている。自分達の大型幕屋と残りの騎士用の天幕を立てる班と、炊事用の焜炉を据え付ける班に分かれた作業は滞りが無い物だった。それもそのはずで、今回同行している兵は輸送補給を主任務とする輜重兵達なのだ。通常の兵が戦闘訓練をするように、彼等は後方任務の訓練を積んでいる。


「ふう……大降りになる前に準備完了だな」


 崩れる様に見えた空模様は、一時雨足を強めたが今は小康状態である。しかし空一面をどんよりとした低い雲が覆っており、また直ぐに降り出しそうだと思うデイルであった。そうやって空を見上げるデイルの横に、旅装束の神官が歩み寄る。


「いやー隊長さんが一番天幕の設営が上手いなんて、変わった騎士団ですね」


 感心しているのか、嫌味を言っているのか分からない発言はミスラ神の僧侶マーヴのものだ。彼は仲間の冒険者の分も報酬を受け取るとそのままリムルベートに帰るのかと思いきや、


「私、神蹟術が使えますので役に立ちますよ。どうですか、金貨五枚で雇いませんか?」


 とアルヴァンに直接交渉を持ちかけたのだった。彼の性格はともかく、神蹟術の効果を魔獣マンティコアとの戦いで目の当たりにしたアルヴァンは全額後払い・・・・・という条件で彼を雇い入れたのだった。


 デイルはそんなマーヴの方へチラと視線を移すと、


「私は田舎者なのでね、単純に慣れているだけですよ」


 と素っ気なく答えるのだった。


****************************************


 昨日の昼過ぎに山の王国を出発した一行は、夜通し移動を続け山岳地帯を無事通過していた。三日分先行しているルーカルト王子の「使節団」本体に追いつきたい一行は、そのまま森林地帯へ入ると休むことなくドルド河沿いに走る街道を西へ進みオーバリオン王国側の国境の町カナリッジ近郊でようやく野営することになったのだ。


 この場所からしばらく進むと街道は南北を通る街道にぶつかり、そこから北へ行けば森の国、南に行けばカナリッジを経てオーバリオン王国という地理になっている。この二つの国を隔てる明確な国境線は無いが、滔々と流れる大河ドルドが一応国境の役割を果たしている。


 一旦馬車内に戻ったアルヴァンは、手元の資料に目を通す。それは、山の王国の時と同様に森の国ドルドの概略を綴った資料であった。


 森の国の建国経緯は山の王国ほど定かではない。東方から迫害を逃れてきドワーフの一団から分かれたエルフ達がこの地に住み付いたのは今から約二百年前のことだが、それ以前からこのドルド河流域に住み暮らす人々が居たことは記録に残っている。


 彼ら先住民はアーシラ帝国以前のローディルス帝国時代にその支配から逃れた人々で、独特の自然崇拝文化を持つ所謂「ドルイド」と呼ばれる人々だった。そんなドルイドが暮らす森林地帯へ元々森の民を自認するエルフ達が後から侵入した訳だが、自然崇拝を文化の主軸に置くドルイド達は彼等を排除することなく、共生するようになったという。


 その時点では未だ国と呼べる状態では無かったようだが、森林地帯の南側に広がる平原にオーバリオン王国が成立すると、それに対応するように森林に点在する集落や町が緩い連合を組む形で森の国ドルドは成立したのであった。


 現在森の国ドルドの中心地は、エルフ達が住むドリステッドという森林地帯の中央部にある湖の畔の街である。それ以外にスミ、クア、トラといった比較的大きな街とその周囲に点在する集落群を合わせて森の国ドルドと呼称している。


(ふーん、よく争いに成らなかったな……)


 とは、先住民と後から来たエルフ達に対するアルヴァンの感想である。エルフはともかく、ドルイドと呼ばれる生活様式を持った人々とは面識のないアルヴァンなのである。きっと穏やかな人々なのだろうと、想像を巡らす。そして引き続き資料を読もうとするのだが、その時、馬車の居住室コーチの扉を叩く音が聞こえた。


「どうした?」

「ユーリーです、ちょっといいですか?」

「あ、ユーリーか……入っていいよ!」


 そんな遣り取りを経てユーリーが中に入ってくる。


「どうしたの?」

「設営が一段落したから狩りでもしてみようと思って……」


 ユーリーはアルヴァンを誘って近くの森で狩りでもしようと考えたのだが、そう言い掛けて手元の資料に目を落とす。


「気になるなら読んでも良いよ」

「ありがとう!」


 アルヴァンとしては、親友ユーリーが「こういう資料」に興味が有るのを良く知っている。先日も山の王国の資料を貸したら、一晩で全部読んで返してきたくらいであった。それからしばらくの間、アルヴァンの馬車の中で資料を読む二人だった。


「森の国ドルドって、王様が居ないんだね」

「うん、エルフの街がドリステッドで、他のドルイドって言うんだっけ? そのドルイドの街の代表者達とエルフの代表者で物事を話し合いで決めているらしい」

「一応話し合いをする街がドリステッドって所で、そこが国の中心なんだね。しかし、王様が居ないのによく国がまとまるなぁ」

「……多分、王様がいる必要がないんだよ」

「必要が無い……代表者同士の話し合いで物事が決まるってことか……」


 ユーリーが資料を読みながら感想を述べると、その部分を既に読んだアルヴァンがそれに応じるという会話が続く。


「へー、この森って一角獣ユニコーンの森って言うんだ……」

一角獣ユニコーンかぁ、は見てみたいなぁ」

「でも、この森って結構貴重な物が取れるんだね。『古代樹』の実とか木材って結構高いんでしょ?」

「実は薬になるし、材木は武器とか防具とか家具にも使われるらしいね。父上が持っている盾は母材が『古代樹』だって言ってたよ。金貨百枚の値段だったって」

「うわっ……ヨシンが聞いたら『納得できない!』って騒ぎそうだね」


 そう言い合うと、今は外で、湿った薪に火を付けようと悪戦苦闘しているもう一人の親友ヨシンをダシ・・にひとしきり笑い合う二人である。しかし、アルヴァンは直ぐに表情を真剣に戻すと、


「でも貴重過ぎて密猟者が多いみたいだ……ドルドの人達が大切にしている一角獣の角なんて『万病に効く特効薬』って言われているらしい。削った粉がひと匙分で金貨千枚以上するって聞いたことがある。」

「せっ……千枚?」

「まぁ千枚は大げさだろうけど、大金を積んでも手に入らない程の希少価値が有るらしい」

「ふーん」


 金額の大きさに想像が付かないユーリーだが、アルヴァンはちょっと訳知り顔で説明を続ける。


「中原地方なんかから交易船に乗って冒険者が船で侵入してくるらしいけど、一角獣は強い魔獣だし、彼等を守るドルドの守護者も強いから力ずくで角を奪おうとしても大体は返り討ちに遭うって言う話だ。だから捕まえるには『乙女』に誘惑させるらしい」

「え? 乙女? 女の子に誘惑されちゃうの? 一角獣が?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る