Episode_06.21 企みの序章
ロ・アーシラ王国の首都アルシリア、その中心地に一際目を惹く建造物が建設されている。王城を凌ぐ威容を誇るその建物は「アフラ教会アルシリア大聖堂」という名が付けられている。建造が始まって既に十年経過しているが未だに完成の気配はない。天に向かって聳え立つ幾つもの尖塔はまるで天を掴もうと突き上げた掌のようである。
その大聖堂で完成済みの奥まった場所、教会の者が「至聖所」と呼んでいる場所には沢山の教会の聖職者が黒い縁取りを持った白いガウンを纏った揃いの姿で祈りをささげている。
「いと聖なるかな、アフラ神。我らの元へ来たりて聖蹟を示したまえ。いと聖なるかな……」
延々と続く祈りの言葉を聞きながら、人目につかない至聖所の更に奥の廊下を歩む者はその場の名前にそぐわない漆黒のローブを身に着けフードを目深にかぶっている。小柄な後ろ姿は少し丸みを帯びて、その人物が女性であることを示している。しかしその手には何とも異様な雰囲気をまき散らす「血のように紅い魔石」を頂いた金属製の杖が握られているのだった。
その人物は奥の廊下を進むと突き当りの壁の手前で、宙に手をかざしそれを小さく動かす。その動作に応じるように突き当りと思われていた壁の左隅に黒い空間がポッカリと口を開くように出現するのだった。
突拍子のない出来事だが、その人物は動じることも無く当然のようにその穴の中へ姿を消したのだった。
穴の先は、先ほどまでいた大聖堂ではないだろう。それどころか首都アルシリアですら無いかもしれない。その人物はそう思考するが、それ以上の詮索は止めにするのだった。何処であろうと、自分には関係の無い事だったからだ。そんな瞬間の思考の後に、開けた場所に踏み出していた。
そこはとても広い円形の建物の内部である。薄暗く光源も定かでは無いが、決して先を見通せない訳では無い。その証拠に、その人物の視線は円形の大広間の中心に胡坐座で座るもう一人の人物を捉えている。
とても消せない存在感を持つその人物は剃り上げた頭から赤いローブの先に覗く手足の先まで真っ白な偉丈夫である。名前は知らない、皆は「元師」と呼んでいる。この空間には今その「元師」と黒いローブの人物の二人だけであった。
「死霊の導師アンナよ、早い戻りだったな」
石造りの壁を揺らすほどの音量で「元師」はアンナに語り掛けてくる。死霊の導師アンナ、つまり四年前に古代の死霊術師ラスドールスに憑依され樫の木村を襲い、半覚醒したユーリーの光の翼で打ち破られたあの女魔術師、アンナ・ユードースである。そのアンナは「元師」の問い掛けに答えて言う。
「黒衣の導師ドレンドは、
「そう言うな、アンナ。奴はお前とは比較にならぬ程の古株なのだ。突然頭角を現したお前に快い感情は持てるはずがないだろう……」
そんな「元師」の言葉を鼻で笑うアンナは、続けて言う
「我ら『エグメル』に新参も古参も無いと思っていたけど……案外俗な集団なのね」
アンナの挑発するような言葉に「元師」は無言である。憤っていると言うよりも「早く言いたいことを言え」と促しているようだ。
「……私はこれからカルアニスに飛ぶわ。あのドレンドの策が成功するとは思えないから善後策を打っておくつもりよ……良いかしら?」
「構わんよ……エグメルでは序列は実力次第だ……ドレンドの奴もいずれ分かるだろう」
因みに彼等「エグメル」という集団は、その意図は不明ながら今、西方辺境諸国に不和の種を捲く工作を行っている。ドレンドという人物はリムルベート王国の実力者ウェスタ侯爵とウーブル侯爵の二者による内戦を計画したが、尽く失敗していた。それどころか、名も知らぬ魔術師から反撃を受け、アルシリアの北にあったアフラ教会が壊滅してしまう事態になっていたのだ。
それだから、ドレンドの工作の「テコ入れ」として新参だが力のある「死霊の導師アンナ」が送り込まれたのだ。しかし、どうも喧嘩別れをしてきたらしい。アンナに言わせれば、「リムルベート王国の第二王子を暗殺して、その罪をウェスタ侯爵に被せる」や「それを利用して最西方国オーバリオンと森の国ドルドを戦争状態にする」という計画は、壮大過ぎてドレンドの器には余る物のように感じるのだ。
(あの男は人を操ることに快楽を覚えている。己の欲求と使命を混同しているのでは?)
とアルビノの風貌を持つドレンドをそう評価するのである。
(……しかし、そんなことはどうでも良いわ)
そう思うと、アンナは
「じゃぁ行ってくるわね」
と一言残して「相移転」の術と共に姿を消したのであった。
一人広間に残された白色の偉丈夫は、何も言わず再び瞑目するだけであった……
Episode_06 見習い騎士と山の王子 (完)
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