Episode_06.20 「深淵の金床」の儀式


 それから丸半日、「深淵の金床」の儀式という名の鍛冶仕事が続いた。


 全く火の気のない作業場の一角、龍の開いた口の中、舌の上にミスリルの塊が置かれると、塊はみるみる赤みを帯びて直ぐに白熱した状態になる。恐らく室内に充満する魔力を利用した通常と異なる原理の炉なのだろう。


 そして、白熱化したミスリルをトート工師がハサミで掴みあげ金床の上に置き、ポンペイオ王子が槌を振るう。金属を叩く音と火花、それに魔力が飛び散り室内がパッと明るくなる。そして、向かい合ったトート工師が小さい手槌で調子を取りつつ形を整えていくのだ。温度が下がれば、また龍炉に投入し加熱する。そして叩く。その繰り返しを経て徐々にミスリルの塊は長細い剣の形状に整えられていく。


 やがて通常の剣の倍以上の幅に薄く整えられた時点で、それをタガネで二つに折り曲げると、先ほどポンペイオ王子が力説していた紅金ロソディリルのルーン文字がその間に挟み込まれる。


(なるほど、ああやって刀身の中に打ち込んでいくんだ)


 とはアルヴァンの感想である。基本見ているだけの退屈な時間のはずだが、目の前で刻々と形を変えていく金属の塊に時間を忘れて食い入るように見入ってしまうのだ。


 一方、ユーリーは部屋に充満していた魔力が徐々に薄くなっていくのを感じている。部屋から、槌を通じてミスリルの刀身とその中のソロディリルのルーンに魔力が注ぎ込まれているのだろうと考える。実際、槌を打つ時間が長くなるほど、刀身は熱されにくく、形を変えにくくなっているようだ。ポンペイオ王子の額に汗が滲み出ている。


「王子! 今一息ですぞ!」


 とトート工師の激励が飛ぶ。それに無言で応えるポンペイオ王子は無心の境地で槌を叩き続けるのだった。

…………

……


 儀式を終えた一団が外に出た時、周囲はすっかり暗くなっていた。時刻的には真夜中を過ぎた位で、月は西の空へ傾き始めているころだ。儀式で造られた片刃のやや湾曲したロングソードの刀身はまだ「粗造り」の段階ということで、これから山の王国の工房へ持ち帰り長い時間を掛けて仕上げの工程を行うということだった。


「そうだな、完成までは一年以上は掛かるだろうな」


 というのがポンペイオ王子の言葉だった。しかし、その刀身に宿る魔力は大きなものでユーリーが試しに「魔力検知」を発動してその刀身を見たところ


「うわっ! 青色の炎が噴き出してるみたいだ!」


 と思わず叫んでしまうほどだった。当然、その言葉を聞いたポンペイオ王子は上機嫌になるのだった。


****************************************


 結局、当初「使節団」として滞在する期間を三日超過した一行は、「深淵の金床」の儀式の翌日昼過ぎに山の王国の宮殿を後にしたのだった。宮殿の外に出てまで見送ってくれるポンペイオ王子とドワーフ戦士団の面々に手を振り返しながら、ユーリーは出発までの色々な出来事を思い出している。


 儀式を終えて宮殿に帰ったユーリーとアルヴァンは少しの休息の後にすぐドガルダゴ王に呼び出されていた。眠い目を擦りつつ謁見の間へ入った二人を待ち構えていたドガルダゴ王は、玉座から立ち上がると二人へ歩み寄り、


「この度の一件、二度も我が子ポンペイオを助けて頂き誠に礼のしようも無い。ありがとう」


 と言い、またまた頭を下げるのだ。


「一度目は偶然、二度目は同盟国に協力するリムルベート王国の貴族としての責務です。どうか、そのようにご理解ください」


 と言うアルヴァンだったが、感激しているドワーフの王にはそんな言葉は通用しないのだった。


「礼のしようも無いのだが、私の気持ちとしてこれを受け取って欲しい」


 といいドガルダゴ王が差し出すのは羊皮紙に書かれた契約書だった。思わず中身を確かめるアルヴァン、その中身とはざっくりと言うと


 ――山の王国は、ウェスタ侯爵領正騎士団に対して最新式の|弩(クロスボウ)を二百丁無償で提供し、且つ向こう三年間の保守点検を行う。ウェスタ侯爵領正騎士団はその使用実績や問題点の報告を定期的に山の王国へ行うものとする――


 という内容である。そして、既にドガルダゴ王のサインがされているのだ。アルヴァンとしては願っても無い内容の契約である。元々百丁を金貨五百で買うつもりだったのに、その倍の数を無償提供とは……


「ドガルダゴ王、これは……宜しいのですか?」

「アルヴァン殿、これは『宣伝』の一種だ。精強なウェスタ侯爵領正騎士団が使っているとなれば、他の騎士団も欲しがるだろう。そうであるから、良く運用して活躍させてやって欲しい。よろしく頼むぞ!」

「分かりました、お約束しましょう」


 そう答えるアルヴァンの手元には既にドワーフの衛兵が準備した筆記用具と蝋印用の蝋燭が置かれているのだった。そして、契約書にサインするアルヴァンを横目に見つつ、ドガルダゴ王はユーリーに向き合う。


「ユーリー卿、そなたへは色々と考えたのだが、これを使って頂きたい」


 ドガルダゴ王の言葉にドワーフの職人が台に載せられた燻し銀色の籠手ガントレットをユーリーの目の前に置いた。


「ミスリル製の籠手だ……私が十数年前に造った品なのだが、量産しようにも構造が特殊で……その、お蔵入りになっていた品なのだ、身に着けてみて欲しい」


 ユーリーは促されるままにその籠手の右手側を身に着ける。丈が長く肘まで保護する装甲を持つ籠手は、五本指が独立して自由に動くタイプで指の先まで防御されている。そして掌側は滑りにくい鹿革が当てられていて剣を持つにも、魔術を使うにも不自由が無さそうだった。滑らかに動く上にとても軽く、今まで身に着けていた革製のグローブの方が余程重く感じるくらいだ。


 右手に着けた籠手の感覚に満足したユーリーは反対の左手側を手に取り、違和感に気付く。左手側のデザインは右手と違い、腕を守る装甲が無く革製のベルトを通すだけの本体は、肘から手の甲に向けて細くなる扇型の長さ三十センチの板が十数枚重なって取り付けられているのだ。その扇型の板の根本は丁度、手の甲に張り出した円形部分に刺さるように取り付いている。


(なんだろう?)


 そう思いつつも取り敢えず左手を通すユーリーである。身に着けた感覚では右よりも若干先端に重さを感じるが、手首と腕の内側を留める金具と革ベルトの締め付けが丁度良く感じる。真っ直ぐ手を下ろした状態で「気をつけ」の姿勢をしても左右どちらの籠手もずり下がる感覚はしない。


「陛下、この左手の造りは何ですか?」


 そのユーリーの問いに、ドガルダゴ王は歩み寄ると自分の左手を指し示す。


「手首の下側にボタンがあるだろう。それを強く押してみろ」


 ユーリーは言われるままに釦を押す。すると軽い反動と共に扇形の金属板が手の甲の部分を中心に回転し、ガチッという金属音と共に固定され直径六十センチの円形盾を形成したのだった。


「うわっ!」

「どうだ、驚いたか? 私の自信作なのだが……工房に反対されてそれを一つ作ったキリなのだ」


 ユーリーはドガルダゴ王の言葉もそっちのけで左手に現れた盾を観察する。厚みはこれまで使っていた木製の円形盾の半分ほどしか無いが、しなやかな弾性を持つ中型の円形盾で中心部アンブーが手の甲の位置あるため、普段使う盾と使い勝手は変わらない感じだ。試しに構えてみて、上部下部を右手で押し引きしてみるが、籠手と一体化した盾は捻じれ方向にも強いように感じる


「戻す時は、中心部の裏にある釦を押し込んでから右手で折り畳めば良い」


 ユーリーは言われた通りにやってみると、すんなりと盾を元の扇型の装甲に戻すことが出来た。


「それをユーリー卿に差し上げるから、是非使って欲しい。それが活躍すれば私の設計に反対した工房の連中に一泡吹かせることが出来るのだ」


 そう言うと愉快そうに笑うドガルダゴ王であった。幾ら不幸な出来事があったとしても、生来の愉快でざっくばらんな性格は変わらないのだろう。ユーリーはそう思いつつ


「有り難く使わせて頂きます」


 と答えるのだった。


 その後、謁見の間に現れたポンペイオ王子に更に感謝された二人は、「ウェスタ侯爵家の者はいつ訪れても、その時の最上のエール酒でもてなす」という言質まで無理矢理与えられて、「きっと近い内にまた来ます」という約束をさせられた上でようやく解放されたのだった。


 そんな一連の出来事を経て、ミスリル製の仕掛け籠手を身に着けたユーリーは、今馬上で手綱を取っている。若干の寸法違いを感じたのだが、武器工房の職人にあっと言う間に調整された籠手は、最初謁見の間で試に装備した時よりも数段着け心地が良くなっている。


 親友のヨシンも「折れ丸」を改良してもらったことだし、自分も良い防具を手に入れる事が出来たと満足気なユーリーは、相変わらず言う事を聞かない「余所見好き」な馬にも腹を立てることなく、次に訪れる「森の国ドルド」に思いを馳せるのだった。


 正午を少し回った秋の空は青く、そして高い。しかし、山道を下る一行の先にはどんよりと重く暗い雨雲が空を覆い始めていた。


(一雨来そうだな)


 そう思うユーリーであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る