Episode_06.19 王と王子の責務


 その日、盆地での決戦は午前には勝負が付いていた。物悲しい魔物の断末魔によって終止符が打たれた戦いは、山の王国のドワーフ戦士団に大きな犠牲の爪痕を残す結末となっていた。


 戦いに赴いた百数十人のドワーフの内、即死に近い状態で落命した者が十五名、重傷で治癒が間に合わずに落命した者が十名だった。生き残った者達でも負傷した者はみな一様に重傷であったことから、魔物マンティコアの攻撃がいかに凄まじい物であったかが窺えるのだ。そして、幸運にも生き残った者達にはやるべき事が残された。


 数日前の戦いで命を落とし無惨な死骸となっていた者を含む四十体近くの亡骸は生き残った戦士達の手により山の王国へ運ばれると、彼等の流儀に従って埋葬された。中に含まれていた冒険者については、ミスラ神の僧侶マーヴが発する祈りの言葉とともにドワーフと人間の隔てなく、冥福を祈りつつの埋葬となった。そんな決戦の当日はそれ以上の事が出来ず、そのまま過ぎて行ったのだった。


 仲間の死を悼むドワーフ達の様子を身につまされる思いで見つめていたユーリーとヨシン、それにアルヴァンとデイルら正騎士達。彼等の胸中は伺い知ることが出来ないが、今回の作戦を立てたユーリーとしては辛いものがあった。


「どのような優れた作戦でも、犠牲の出ない戦いなどない。我らの犠牲者を悼んでくれるならば、尚の事『勝利した』という事実を誇って欲しい」


 と言うのは、ユーリーの心情を察したドガルダゴ王の言葉だった。ドガルダゴ王としても、事の発端が自分の「管理不行き届き」であるため、心中は想像を絶する後悔と懺悔の嵐であった。しかし、王としてこの損害を乗り越えて国を導く責任があるため、決して人前では取り乱したりしないのだ。そしてその気持ちはポンペイオ王子にも通じるものがあった。


 自らの成人の儀式である「深淵の金床」の儀式、本来は祝い事であるので今の雰囲気からは延期したいという気持ちが湧き上がるが、


(ここで延期してしまえば、死んだ者達に顔向けできない)


 と思い直し、戦いの翌日に儀式を敢行したのだった。その儀式は本来、王家王族と儀式を補助する各工師以外には秘匿された秘密の儀式であったが、


「どうしても立ち合って貰いたい」


 というポンペイオ王子の強い願いにより、ユーリーとアルヴァンは彼の「恩人」としてその儀式に立ち合うことになった。


****************************************


 始めに秘密を守るという誓約から開始された儀式は、全てあの魔物が守っていた「深淵の金床」の内部で行われる。


 複雑な入口の錠と罠を解除した一団はポンペイオ王子を先頭として内部に入って行く。内部は広い一本の廊下が真っ直ぐに下って行く構造になっていた。途中で階段の踊り場のような四角い空間に出ると、下り坂は直角に向きを変え更に続いていく。そうして何度も何度も折れ曲がりながら角ばった螺旋を描き続く下り坂を進む行程は二時間以上経過したところで不意に大きな扉の前で終了した。


 見事な彫刻細工で対峙する龍と巨人を描いた大きな扉には九つの鍵穴がある。ポンペイオ王子は首から下げたミスリル製の鍵を取り出すと決められた順序でその鍵穴に鍵を差し込んでいく。かなり複雑な順序で何度も鍵穴を行き来しながら全ての行程を終えたとき、彫刻と思っていた龍と巨人が突然動き出した。そして巨人の拳が有った場所と龍のあぎとがあった場所に新しい鍵穴が出現するのだった。


 ドワーフからすると手の届かない場所にあるその鍵穴には専用の別の鍵が有った。それは二つの金属製の箱に厳重に納められていたが、今はユーリーとアルヴァンの手に持たれている。


「『恩人』を使って申し訳ないが、これをやって貰いたくて呼んだというのもある。是非お願いしたい」


 というのはポンペイオ王子の言葉である。遠慮しても仕方が無いと思うユーリーとアルヴァンは、石を磨いて造られたような質感の材質が良く分からない鍵を穴に差し込むと同時にそれらを回す。


ゴンッ……ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……


 と足元から何か重い物が動く振動が伝わる。そして目の前の扉がゆっくりと奥に向かって開いて行く。


(うわぁ……)


 扉の向こうの光景にユーリーは声に成らない感嘆を上げる。その空間は魔力の光源で照らされた四角い部屋であった。左奥にはあぎとを開いた龍の頭部を模した物があり、右奥には巨人をかたどった石像が置かれている。その巨人の石像は両手で槌を捧げ持っている。そして、その龍と巨人の間、部屋の中央には最後の鍵穴に入れられた鍵と似た材質の金床が設置されていた。


「ここが『深淵の金床』だ。ローディルス帝国最初期に造られ、我ら一族の始祖が仕事をした神聖な作業所。ローディルス帝国の末期には打ち捨てられ、東の地で流浪した我ら一族の心の故郷……同じような『金床』は幾つもあったようだが、われらの持つ鍵に合う扉はこの場所だったのだ」


 というのは、ポンペイオ王子の説明である。しかしユーリーはその説明よりも、この部屋に充満した濃密な「魔力マナ」に圧倒される。もしもこの時「魔力検知」の術を使っていたら、ユーリーは二、三日は視力を失っていただろう。それほど強烈な魔力がこの部屋に充満しているのだった。


「そして、この槌が我らの秘宝……名前などは無い。ユーリーは分かるかもしれないが、この部屋に充満する魔力は全てこの槌を目掛けて集まっている。いわばこの槌が周囲の魔力を吸い取っているのだ」


 そう言いながらポンペイオ王子は巨人の像に向かうと、恭しく一礼してその手から槌を受け取る。


「この槌に凝集した魔力と、あちらの龍炉の火力が無ければ……真の意味で魔力を持った武器は作れない。リムルベート王国の建国王に贈られた魔剣転換者コンバーターはこの金床が再発見されてから造られた最初の一振りなんだ」


 世の中には数多くの魔術具と呼ばれる武器や防具、道具類がある。それらはローディルス帝国期に造られた物が殆どで、今の時代には製法が伝わっていない、というのが常識である。しかし、この場には「失われた」はずの技術が残っているのだった。


「一振りの剣を造るのに、約五十年間魔力を溜め続けなければならない。大昔はその魔力の補充がもっと早かったらしいが、今の世にそれを再現する術は伝わっていない。だから、我ら山の王国の王族が成人する儀式として生涯に一度この場で本物の魔剣を鍛えるのだ」

「私のような工師は、未熟な王子の技術を補佐するために研鑽を積んでいるようなものです」


 ポンペイオ王子の言葉に、トート工師が付け加える。ハッキリと未熟と言われて、ポンペイオ王子は苦笑いを浮かべる。


「それでは、始めようか」


 ポンペイオ王子の言葉で、粛々と準備が始まる。他の工師が持っていた木箱が開かれ、白銀色に輝くミスリルの塊が取り出される。またトート工師の持つ箱には槌以外の鍛冶道具一式が入っており、ポンペイオ王子の持つ小箱には赤身を帯びた極細の金の細工が納められていた。その細工の形に興味を惹かれたユーリーが質問する。


「王子、その細工は?」

「ハハハッ、流石に気付くな。これは俺が造る剣に宿る力の根源だ。俺が造るのは『鋭利』と『軽量』の効果を持つ魔剣、その力に相当する魔術で言うところの魔術陣をルーンで再現した物がこの細工だ。もっとも、細工自体は形こそ伝わっているが、その理屈は失伝しているんだ……それよりも材質は聞いて驚けよ、紅金ロソディリルだぞ」


 良い所を質問されて饒舌に語るポンペイオ王子だが一番力を入れたところに対して二人の聴衆はポカンとした表情である。


「なんだ? 紅金を知らないのか……これは簡単に説明すると、大気中の魔力を集めて蓄積・放出する生き物の性質を持った金属だ。ミスリルの千倍は貴重なものなんだぞ」

「なんか、これに似ている」


 ポンペイオ王子の説明に思い付いたように胸からペンダントを取り出すユーリー。その手にある半月状のペンダントにポンペイオ王子が目を丸くする。


「な! これは……母材はミスリルだが縁取りの金は……間違いない、紅金だ。ユーリーどうしてこんな物を持っているんだ?」

「俺も初めて見たよ……」

「あ、そっか。誰にも見せたこと無かったな……これ、お爺ちゃん曰く僕が貰われてきた時に産着の中に入っていたんだって。なんか魔力は有るみたいだけど、何か分からないって言ってたな」


 そう言いながらペンダントを仕舞い込むユーリーに対して、ポンペイオ王子が意味深に言う。


「紅金は本当に貴重な材質なんだぞ……それを赤子の時から身に着けているというのは……ユーリーの本当の親って何処かの王族か貴族なんじゃないか?」

「えー、まさか!」

「うーん」


 ナイナイと言って手を振るユーリーだが、アルヴァンもポンペイオ王子も少し考え込んだ様子になるのだった。そんな三人にトート工師から声が掛かる。


「今はお話をする時間では無いと思いますが、王子」

「あ……そ、そうだったな。よし始めようか……」


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