Episode_06.18 決着! 盆地の戦い
攻撃術以外の何かの魔術を発動したマンティコア、それを目にするドワーフ達に、魔術の本質を悟るものは居なかった。だから、ポンペイオ王子も引き続き戦士団に弩による攻撃を命じる。銛は後一射分残っているため、バリスタは再度装填の準備に入っている。
ポンペイオ王子自身も梃子を使った器具を操作し弦を発射位置まで押し下げると腰からボルトを取り出しつがえる。そして狙いをつけて放つのだ。総勢百人のドワーフ戦士が放つボルトは空中を直線的に飛ぶと魔獣の躰に到達する……はずが、途中で急激に勢いを失うと皆標的手前で落下してしまう。
「なんだ!? 矢が届かないぞ!」
焦るポンペイオ王子の眼下で魔獣は苦痛に身悶えしながら次の魔術を発動する。そして、ゆっくりと冷静な動作で自分を絡め捕る投網の拘束を少しずつ外していくのだ。
(どうしてだ? なにがどうなってる?)
混乱する王子を後目に戦士たちは各自に新しい矢をつがえて放つことを繰り返している。しかし全ての矢は魔物の前で勢いを失い地に落ちるのである。
「王子! こうなったら肉迫攻撃しかありません!」
数名の戦士が駆け寄りそう進言する。その背後では既に
「うーん……仕方ない! 届かぬ攻撃に意味は無いな。全員接近戦に備えろ!」
少し躊躇いが残るが、こういう場合に中途半端な判断は反って良くないと思い決めると、指示を飛ばすポンペイオ王子である。バリスタ毎の班に分かれていた十個のドワーフ戦士部隊はその号令に応じて武器の持ち替えを完了させる。
盆地の稜線の外側に位置する各部隊は手持ちの斧槍や槍を振り準備が出来たことをポンペイオ王子に知らせてくる。全ての隊が素早く準備を整えたことに、皆の思いが「接近戦でかたを付ける」という物だったと知るポンペイオ王子は自信を持って次の命令を下すのだ。
「全員、突撃ぃっ!!」
盆地の奥で身動きが取れないマンティコアから見ると、斜面の上にドワーフの戦士が約百人が突如として現れ自分に向かって突撃してくる光景であった。しかし、その光景はこの賢い魔物の意図する所であった。
(我が躰を貫く銛三本と小さな矢多数。翼も打ち破られ空へ逃れることも出来ぬ……口惜しいがここが我の死に場所か……)
と覚悟を決めたのである。彼はこの世に生み出されて以来八百年、創造主たる魔術師と死別して七百余年、孤独に生きてきた。知能が有るが故に己の生きる意味に苦悩したこともあった。それが思いも掛けず死に場所を得たのである。
(思う儘に暴れて見せよう!)
と決心すると、「
斧槍を振り上げた勇敢な先頭集団が、投網の束縛を逃れた魔物と衝突する。
ドンッ、ドンッ
魔物の鋭い爪が付いた前足に薙ぎ払われてドワーフ戦士二人が吹き飛ばされる。しかし振り抜いた前足へ続く戦士達が武器を叩きつける。鋭い穂先は深く突き立ち、斧槍の刃が骨まで喰い込んだ状態にもかかわらず、魔物はそれに構わずにもう一度前足を振るう。
「ギャー!」
「うわぁ!」
更に数名の戦士達が吹き飛ばされる。
「側面に回り込め!」
戦士の誰かが叫び、二十人程のドワーフ達が魔物の右側面へ廻り込むと、右腹に突き立った銛を数人の戦士が掴み一気に押し込んだ。
グォォオッ!
痛覚を鈍らせても尚走る激痛に魔物は咆哮を上げると、蠍の尾を右腹へ殺到する一団に向けて振るう。毒針を先端に持つ致命的な尾であるが今は鞭のようにしなる全体が一つの武器である。
バチンッ、バチンッ
と数人の戦士を跳ね飛ばした蠍の尾は、腹に突き刺さる銛に取り付いたドワーフを背中から襲い、一人を毒針の餌食にする。鋭い
接敵からほんの少しの間で、ドワーフの戦士達は二十人程が戦闘不能に陥っていた。ポンペイオ王子は集団の中程でその様子を歯噛みしながら見ている。
「一か所に固まるな、散開して攻撃をつづけよ!」
その号令に浮足立ちかけたドワーフ戦士団は奮起して左右を広く包囲する陣形を取る。そこへ、
「どけっ、とけぇー」
と馬の蹄を響かせて突入してくるのは、ウェスタ侯爵領正騎士団の四騎の騎士を率いるアルヴァンである。当初盆地の入口に身を隠していたアルヴァン達正騎士は戦況の変化を察知すると、銛のバリスタに指示を出してから行動開始したため、今頃の突撃となったのだ。
「右へ回り込め!」
という短い指示を理解した四騎の騎士は夫々の武器を片手に魔物の右側へ飛び込むと、振り回される蠍の尾を先頭の騎士が
魔物の動きは目に見えて鈍くなるがそれでも、迂闊に近づくドワーフ戦士を叩き払ったり、鋭い爪に引っ掛けて放り投げたりと抵抗を止めない。
ユーリー達三人が盆地に戻った時は、そんな魔物を後ろから見る状態だった。
「ヨシン! 奴の左へ回り込むぞ」
デイルは味方の騎士達が右側面を攻撃したのを見て咄嗟に逆方向への攻撃を思い付く。そしてヨシンと共に馬を走らせると、魔物が全く注意を払っていない左後ろ足の付け根を尻の辺りから斬り付ける。
最初にデイルの大剣が骨まで達する一撃を加え、続くヨシンがその傷口に狙い澄ました一撃を突き入れ腱を断ち斬る。二騎の連携攻撃に魔物はのっそりとした動作と共に後ろを向く。そして、その顔面へユーリーの「火炎矢」が次々と炸裂するのだ。
いつの間にか習熟度が進み五本の火炎矢を一度に放てるようになったユーリーは、いつかのオーガーとの一戦のように立て続けに「火炎矢」を放って行く。十数本の炎の矢が顔面から首に掛けて突き立ち、獅子のたてがみを焼き、酷い焼け焦げをつくりだすと、魔獣は仰け反るように顔を背ける。そして再び前を向いた魔物の目の前には肉迫した銛を搭載したバリスタ五機が発射態勢を整えていた。
「放て!」
アルヴァンの号令で捻じりの力を溜め込んだ腕木が一気に力を放出し巨大な銛を真っ直ぐに打ち出す。自分に迫る五本の銛を視界に納めた魔物はふと、大昔の記憶を呼び起こすのだった……
――「貴方の顔を夫に似せて作ったつもりなんだけど、あんまり似てないわね」――
そう言って笑うのは、自分を造り出した「主」である年老いた女魔術師だった。彼はそれからずっと「主」の側に仕えていた。造り出されてから数十年は静かな女魔術師の余生に付き合う生活だったが、あの頃が一番満ち足りていたと思う。
記憶の場面は急に変わると、あの忌々しい「大崩壊」の場になる。何かの実験が失敗し、突然この世に現れた存在を魔術師達は「異神」と呼んでいた。その異神は大気中に豊富にあった
彼は「主」の亡骸を戦いの場から運びだし、遠く離れた天山山脈まで運んできた。亡骸を整えて丁寧に埋葬したかったが、獅子の手足では出来ない事だった。だから彼は山々の奥深くに在る「主」の住まいに亡骸を運ぶと寝台の上にそれを横たえた。そしてひたすらに朽ちて行く主を見守ったのだ。肉が朽ちて骨になり、やがてその骨も風化して崩れた頃に彼はその住まいを後にした。マンティコアの本能は「守るべき宝」を消失した彼に、新な守るべき宝を求めることを命じたのだ。そして今に至る――
(やっと我が宝、主アイリーンの元へ行ける……)
自らの頭部、首、胸に食い込んでくる銛の先端を感じ、それが自分の心臓に達した瞬間――
「アイリーンッ!」
と獅子の声ではなく、人の声で断末魔を上げ、彼 ――マンティコア―― は絶命したのだった。そのもの悲しい絶叫は盆地に響くと、やがて大気に溶け込んでいった。
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