Episode_06.17 死闘! 盆地の戦い


 すり鉢状の盆地でポンペイオ王子が率いるドワーフ戦士団がマンティコア相手に有利に戦いを進めている頃、坂道の降り口をその魔物の巨体でふさがれたユーリー、ヨシン、デイルの三人は魔獣に取り囲まれていた。


「くそ! 数が多いな!」

「ヨシン! 冷静に」


 ヨシンの言葉通り、包囲の輪を狭めつつも、こちらの様子を油断なく伺う二十匹のロックハウンドの包囲網は二重になっている。そして、その後ろには梟頭熊オウルベア三体が此方を威嚇しているのだ。


防御増強エンディフェンスを掛けるけど、強化系はそのまま加護で我慢して!」


 そう言うとユーリーは素早く術を発動させる。その間にも包囲を狭めきったロックハウンドが数匹ひと塊になって騎乗のデイルとヨシンへ襲い掛かる。


「うりゃぁ!」


 と奇声を発しながらヨシンは「折れ丸」を下から掬い上げるように振り上げる。その刃は飛び掛かる一匹のロックハウンドの首筋を撫で斬りに切払い血飛沫を飛び散らせる。だが、もう一匹が馬上のヨシンに体当たりすると、彼の躰を地面に叩きつける。


「ぐあっ!」

「ヨシン!」


 親友の危機にユーリーはすかさず矢を放つ。ヨシンの上に伸し掛かる恰好だったロックハウンドは首筋にまともに矢を受けると、飛び退くようにヨシンの上から離れ二三度その場でのたうつと絶命した。


「助かったぜ!ユーリー」


 軽い感じで礼を言うヨシンは落馬の衝撃をものともしないように身軽に立ち上がると再び「折れ丸」を構える。


 デイルの方は、飛びかかってきた三匹を愛馬が上手く躱したお蔭で無理なく三匹屠っていた。一振りするごとにロックハウンドの首や前足が血飛沫と共に宙を舞う。ドワーフの工師に砥ぎ直された大剣は恐ろしい程の切れ味を発揮するのだ。


 結局、攻撃に移ったロックハウンド五匹を瞬時に倒していた三人、ヨシンが下馬し、馬上のユーリーが弓で牽制する息の合った二人一組と、人馬一体の騎士デイルという具合に分かれて立ち回る事になる。


「デイルさん、左側に来ないで!」

「応!」


 ユーリーの一言でその意図を察したデイルは、坂道を中心に右側を自分の受け持ち範囲と決めると、わざと余所見をするように「隙」を作って見せる。見え透いた「仕掛け」だが、獣相手ではそれで充分だったようだ。如何に集団での狩りを得意とするからと言って所詮獣の域を出ないロックハウンドは、そのデイルの仕草に釣られるようにまたも最前列の数匹が飛び掛かる。


「!!」


 その攻撃の気配に、瞬時に隙を打ち消したデイルは自分目掛けて跳躍するロックハウンド二匹を空中にある状態で叩き斬る。首を割り切られた一匹と胴体を一文字に切り裂かれた一匹は地面に落下する前に絶命したことだろう。


 一方、ユーリーとヨシンの組は息の合った連係をするかと思いきや、いきなりユーリーのゴリ押しが始まる。丁度デイルが二匹のロックハウンドを葬った直後――


「ヨシン、頭下げてて!」

「了解!」


 ユーリーの一言に、後ろを振り向くことなく意図を汲み取るヨシンは前かがみに身を低くする。その様子を好機と受け取ったロックハウンドが数匹駆け寄るが直ぐに後悔することになった。


 グゥッと肚に力を籠めて集中するユーリーは今回初めて実戦で使用する攻撃術「火爆矢ファイヤボルト」の魔術陣を起想し、展開発動へと転じる。初めてながら、展開で少し躓いたものの何とか発動した術は、以前「魔水晶」として養父メオンからユーリーに渡され、オーガーの腹を抉った強力な攻撃術である。


 ブゥゥンと低い音を響かせて目の前に浮かび上がるのは投げ槍のサイズの炎の塊だ。それは、ユーリーが勢いよく指し示す場所 ――ロックハウンドの包囲網の中心―― へ目掛け勢い良く宙を飛ぶと――


ドォォンッ!


 着弾と同時に轟音を上げて爆発する。先日マンティコアが使って見せた放射系範囲攻撃術の「炎爆波エクスプロージョン」とは異なり、極狭い範囲に高温の爆発を発生させるユーリーの術は、しかし狭い坂道に固まって包囲網を作っていたロックハウンドの殆どをなぎ倒していた。


「……すげぇ」


 そう呟くヨシンは爆発で手元に飛ばされてきた二匹のロックハウンドに止めを刺しながらそう呟く。デイルもほぼ同様の感想だった。実に残り十数匹のロックハウンドを実質一撃で屠ったのだから、魔術というのは使い様によっては恐ろしい物だと実感する。やや至近距離で炸裂したユーリーの攻撃術は砂埃と熱の余波を三人に送ってくるが、それが気にならない程に戦況は好転していた。


(残りのオウルベアは野生の本能が強い魔獣だ、炎を察知すれば逃げるだろう)


 というユーリーの読みは、或る意味本質的に動物の本能を持つ魔獣の行動を的確にとらえたものだった。自然の中で遭遇した魔獣は他の獣とそう変わりない挙動を示すものが多いのだ。あくまで自然の状態ならば……


ウォオオン!


 霞む砂埃の向こうから、鳥とも熊ともつかない独特と雄叫びを上げてオウルベア三匹が突っ込んでくる。マンティコアの魔術により意識を支配された魔獣達は自然の摂理を逸脱した行動に出たのだ。流石にこの事態を予想していなかった三人は驚きと共に対応が遅れてしまう。特に、開拓村出身のヨシンはユーリーの読みと同じように「自然の魔獣とはこんなもの」という先入観があったため油断していた。そんなヨシンめがけて、巨体の割に敏捷な動きのオウルベアの一匹が突進すると、鉤爪のついた腕を振るう。


「うゎぁ!」


 咄嗟に振り上げた「折れ丸」でその一撃を受け止めるヨシンだが、熊の膂力をまともに受けて、態勢を崩す。そこへ逆の手に付いた鉤爪が襲い掛かる。


「ヨシン!」


 ユーリーは咄嗟に出来る事を考えるが魔力衝は射程範囲外、弓は構えている暇すらない。


(間に合わない!)


 と思った瞬間――


ドンッ!


 なんと、嘶きと共にヨシンが乗っていた馬が前足でオウルベアを蹴り飛ばしたのだった。


「助かった!」


 その一言を残して、態勢を立て直したヨシンは軍馬の体当たりで仰け反るオウルベアの左胸目掛けて鋭い突きを放っていた。


グゥェェェー!


 ヨシンの刺突は狙い違わず魔獣の心臓を捉えると一撃のもとに巨体を倒していた。ユーリーはこの時、


(もっと真面目に「お馬様ありがとうございます」って言おう)


 と真剣に心に決めるのだった。


 一方、オウルベア二匹を相手に受け持つデイルは何とか攻防の均衡を保っているように見えるが、実は確実に相手を押していた。素早く繰り出される鉤爪や嘴の攻撃を躱しつつ、時に剣の腹で受け流し確実に敵に手傷を与えていく。愛馬の巧みな位置取りにも助けられ、際どいながら無傷の立ち回りである。対するオウルベア二匹は手傷の痛みに耐えて攻撃を続けること自体が不自然極まりない状態だが、デイルにはそんな疑問に構っている暇は無かった。弱りつつあっても、尚鋭い爪の攻撃は一撃で致命傷と成り得る脅威だ。


 丁寧にその攻撃を見切り、大振りになった所で


「ていっ!」


 一気に間合いを詰めると、一匹の喉元を正面から左上へ抜けるような突きで断ち切る。


 ひゅー、と喉笛から息の抜ける音を響かせて崩れ落ちるオウルベアには構わず残りの一匹に意識を集中する。その一匹は、大きな攻撃動作を取ったデイルの隙を狙い右横から背中目掛けて腕を振り下ろすが、


「!!」


 その攻撃を読んでいたデイルは裂ぱくの気合いと共に大剣を振り払う。


ガツンッ


 と固い物を断ち斬る手応えと共にオウルベアの鉤爪のついた腕が宙を舞う。反射的に痛みで腕を庇おうとする魔獣の首筋にデイルは振り戻した刀身を叩きつける。


 ドサッ


 と重い物が地面に落ちる音と共に首を失った魔獣がドウッとその場に崩れ落ちた。途中から手出しも出来ずにその立ち回りを見ていたユーリーとヨシンは夫々に同じ感想


(……デイルさんには敵うわけがない、もっと修行しなくては……)


 を抱くのだった。


「はぁはぁ、何とか片付けたな!」


 流石に息が切れるデイルであるが、結局三人とも無事で良かったと思う。ユーリーもヨシンも(何故かヨシンの馬も)その言葉に頷き返すのだった。


「下はどうなっているんだろう?」


 そのユーリーの言葉に一同が坂の降り口を見ると……そこには先ほどまで降り口を塞いでいた魔物の巨体は無かった。その事に三人が気付いた時、下の盆地から悲鳴や怒号が響いて来たのだった。


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