Episode_06.16 合成魔獣マンティコア
翌朝、まだ日が昇らない時間の山の王国は流石に高地なだけあって肌寒い。そんな冷たい空気の中、慌ただしく作業に追われる集団から一人離れて佇むユーリーは、うっすらと白み始める東の空の下、どこかにいるはずの愛する少女に思いを馳せる。
(今頃リリアはどの辺りいるのだろう?)
そんな事を考えるユーリーである。九月の終わりであるから、デルフィルを通過してインヴァフィル手前だろうか? それとも既にノーバラプールに到着したのだろうか? 盗賊ギルドのお頭との話は上手く行ったのだろうか? 東の方の地理に詳しくないユーリーには見当が付かない。
(本当は全て投げ出して、付いて行けば良かったのか?)
勿論そんなことをリリアが望んでいないのは百も承知である。しかし、もう二度と会えないかもしれないという理由の無い不安感は放っておくと胸を埋め尽くしてしまいそうになるのだ。そんな不吉な思いを払拭すべく、ユーリーは最後に会った夜の口付け、抱き締めた感覚、甘い髪の香り、そしてリリアの笑顔を思い浮かべるのだった。
「おーいユーリー! 何やってるんだ。もうすぐ出発だぞ!」
遠慮の無い親友ヨシンの声に意識を現実に引き戻されたユーリーは、そんな不安やリリアとの思い出を胸の奥に閉じ込めると、集団の方へ歩いて行くのだった。
程なくして、青年の感傷などには誰も気が付かないように集団の出発の準備は最終段階に入る。ドワーフの戦士達は背中に最新式の
(金属の輝きが美しい白銀色の甲冑は目には良いが戦場では目立って仕方が無い)
と、地味で質実剛健を善とする家訓の正しさを認識するアルヴァンである。
やがて
「よし! 進軍開始!」
と号令を発する。そして、号令を受けた総勢百三十人のドワーフ戦士と八騎の騎士達に追加報酬で釣られたミスラ神の僧侶を含めた一団は、まだ薄暗い山の王国の道を北へ向けて静かに進軍を開始するのであった。
***************************************
それからしばらく時間が経ち、朝日がゆっくりと南中を目指し空を昇る頃、馬上のユーリーはヨシンとデイルの馬と共に「深淵の金床」へ続く緩い登り坂を進んでいた。既に念のためとして三人は「加護」の術を掛けているが、強力な敵に対しては気休め程度だろうと思うユーリーは少し不安な気持ちになる。三人の後方、すり鉢状の盆地ではもうそろそろドワーフ戦士達が配置を済ませている頃だろう。
(もう後戻りできないし……やってやるさ)
そう心の中で何度も繰り返すと肚に力を籠めるようにフンッと息を強く吐くのである。
ここまで登ってくる途中には、野晒しにされたままのドワーフ戦士や人間の冒険者の死骸が点在していた。野生の獣かロックハウンドに荒らされた死骸はどれも見るも無残な状態であり、三人は一刻も早く犠牲者達を葬ってやりたいという気持ちになっていた。一方で気を抜けば今日中に自分もその死骸の仲間入りになってしまうと気を引き締めるのである。
そんな中、自分の立てた作戦で自分が最も危険な役割を受け持つというのは案外気が楽なのだ、とそんな事を考えるユーリーは、左右の二人に少し申し訳ない気持ちを感じる。ヨシンに対しては、どうせ何があっても付いてくるだろうから、とやかく考えることはしない。逆の立場ならば自分もそうするはずなので問題いないと親友を評するユーリーだが、デイルに対しては
(麓で全体の指揮を執った方が良いのでは?)
と考えてしまうのである。だが、一方のデイルも内心は同じように考えている。
(まだ見習いの若い二人にだけ任せる訳には行かない)
というプライドめいたものが有るのは確かである。そういう気持ちもありつつ同時に、いつの間にか難しい作戦を中心になって立案し協力者を得て実行に移す力を持ち始めたユーリーに不思議な感覚を覚える。主であるアルヴァンは早くから「そうなるように」教育を受けており、更に血筋のなせる業なのか、自然と周囲をその気にさせる天賦の才が有ると思っている。一方ユーリーは、そんな教育を受ける機会も無ければ大勢を率いるような血筋でもない。それなのに、気が付けば自分の命を託すような戦いで重要な役割を担っているのである。
(末恐ろしいとは思ったが……大した奴だ)
というのが、デイルの素直な感想なのである。十歳も歳の離れた弟のような見習い騎士であるが、デイルはその存在を対等な者と認めつつあった。
そんな三人は極力音を立てずに先へ進む。乗る馬もその辺は察しているようで、大人しく歩を進めているのだった。
やがて、三人は同時に歩を止める。ほぼ同時に大きな魔物の気配を感じ取っていたからだ。既に登り坂は最後の十数メートルに達していて坂の向こうには石組にされた坑道の入口のような構造物が視界に入っている。
(あれが「深淵の金床」への入口か……)
そう思うユーリーである。そして、この段階で魔物の気配を感じると言うことは恐らくマンティコアは入口の前に陣取っているのだろう、と目星を付ける。
三人はお互いに目配せし合うと意を決したように慎重に馬を進める。そして馬上のユーリーの視線は坂を登りきる手前で、三人を待ち構えるようにこちらへ視線を向ける醜悪な老人の顔をした魔物 ――マンティコア―― を捉えていた。
改めて見るその魔物は体高が二メートル強、人間の顔の造りをしているが遥かに大きい頭部は獅子のたてがみに覆われ、また四つの足には鋭い爪が光っている。全長は五メートル程であるが、蠍の尾を含めるともっと長くなるだろう。そして、折り畳まれた背中の蝙蝠の翼は広げれば十数メートルに達し自らの巨体を宙へ浮かせることが出来る。マンティコアと称される
目の前、十メートル先に立つ魔物の威容に再度恐ろしさを感じるユーリーだが、前回のようにただ逃げる訳ではない。今回はこれを倒すための策を準備しての対峙である。そんな思いは三人とも同じで、三者三様に対決の意志を固める。その三人に魔物が語り掛けてきた。
「か弱き人の 若き魔術師 なにゆえ再び 現れたるか?」
「間抜けなお前の顔を拝みに来たんだ」
「……」
ユーリーの挑発にマンティコアは無言でユーリー達を睨みつける。
「しかし、宝の間とはよく言ったものだ。宝が何かも知らずに、それもこんな野晒しの所を指して大げさに言うものだな!」
「宝の間ではなく、間抜けの間、の間違いだろ。お前は自分が頭が良いと勘違いしてるんじゃないか?」
そう言うのはデイルとヨシンである。普段悪口や他人を罵倒することに慣れていない二人、考えて準備して来たセリフだが少しギクシャクしているのはしょうがない。
(こういう時こそ、あのルーカルト王子が適任なのに)
と、緊張の中でふと変な発想を思い付くユーリーであった。
「矮小なる人 これ以上 吾を愚弄 せぬが良い」
「え? なんだって? お前自分の喋り方が恰好良いとか思っていないか? 分かりにくいだけだぞ」
魔物の発する警告に、すかさず茶々を入れるユーリー。そしてその言葉に嘲ったような笑いを上乗せするヨシンとデイルである。対するマンティコアはその目に怒りの色を宿している。
「もしかして、お前を造った『ご主人様』はお前みたいな変な喋り方だったのか?」
「ゆるさんぞ! 後悔は 地獄でせよ! 人の子よ」
ヨシンの言葉が魔物の琴線に触れたのだろう、マンティコアはそう叫ぶと獅子の声で咆哮を上げる。その咆哮に応じて周囲の森から魔獣が姿を現す。ロックハンドは数を増やし二十、そして三体の
「よし! 逃げるぞ!」
というデイルの掛け声で三人の乗った夫々の馬は頭を巡らし一目散に坂を駆け下る。
「オウルベアまで出てくるって聞いてない!」
と叫ぶヨシンに
「出てこないとは言ってない!」
と応じるユーリーは、後ろを振り返りざまに矢を放つ。ユーリーの矢は最も接近していたロックハンドの一匹を射止める。集団で走っていたロックハウンドはその一頭が転倒したことにより、団子になって次々と転倒していく。しかし、ユーリーにはその様子を見届ける余裕が無い。前を向くとそのまま頭上を気にするのだ。もしもマンティコアに空を飛ばれて先回りされれば袋の鼠だからである。
そしてユーリーの悪い予感が的中する。坂を駆け下る三頭の馬の上を黒い影がサッと走ったのだ。
「くそ! 先回りされる!」
ヨシンの言葉にユーリーは咄嗟に「
グォオオオ!
マンティコアは苦痛の声と共に五メートル程落下し地面に墜落する。しかし直ぐに立ち上がると、自らに「
「放て!」
盆地の外周に待機していたポンペイオ王子率いるドワーフ戦士団が、投網をバリスタから打ち出す。打ち合わせとは少し違う状況だが、ユーリー達よりも先に上空から盆地に現れた魔物の姿に、三人が先回りされたことを悟ったポンペイオ王子の判断による攻撃である。
広く盆地全体を射程に入れていたバリスタは向きと仰角を修正すると、直ちに投網を発射する。麻縄を何重にも重ねて編まれた丈夫な網は四隅に錘の鉄球が取り付けられており、打ち出された軌道が頂点に達する所でそれらの鉄球が周囲に散り広がると、マンティコアの上に網を広げて落下する。
!?
今まさに攻撃術を発動しようとしていたマンティコアは、突然上空から降ってきた幾重もの網に動揺すると魔術陣を霧散させてしまう。
「銛を! 急げ」
盆地の外周では、撃ち終えたばかりのバリスタの再装填作業と並行して銛を装填した五台のバリスタの攻撃準備が整う。各発射台の荷車が一斉に盆地を取り囲む稜線の上に押し上げられると、夫々のタイミングで狙いを付けて銛を打ち出す。
短射程用に威力を弱めた投網用のバリスタと違い、城壁やその内側の構造物を破壊出来る重量物を投射する本来の威力のバリスタは特大の銛を次々と打ち出していく。銛は取り付けられたロープを曳きながら宙を走るとやや安定しない弾道を描きながら幾つかがマンティコアの直近の地面に突き刺さる。そしてその内の一本が手前で落下しつつもその勢いで地上を走り、投網を振り解こうと体を揺すっているマンティコア右腹へ突き刺さった。
グォオオン!
再びマンティコアの苦痛の叫びが木霊する。魔物は、自らの腹に突き刺さる大きな銛を見ると怒りに燃えた目で斜面の上に顔を出しているドワーフ達を睨みつけて、再び攻撃術の発動を開始する。
「暇を与えるな! 弩を撃ちこめ!」
対するポンペイオ王子は、戦士達にそう号令を掛けると自らも
ヒュンヒュンと風切音を上げながら飛ぶボルトは弓矢の弾道よりも低く直線的に飛ぶと網の下でもがく魔物の躰に突き刺さる。一方でマンティコアが発動した「火炎矢」も行き違いとなりドワーフ戦士の一部を打ち払う。
「ぐぁっ!」
と悲鳴を上げて数人のドワーフが火だるまになり斜面を転がり落ちるが、そこへミスラ神の僧侶マーヴが駆け寄ると神蹟術の「治癒」を施していく。その様子は盆地の中のマンティコアからは見えない光景だった。
マンティコアは次々と「火炎矢」や「
そこへ、第二射の準備が整った銛のバリスタが姿を現すと再び巨大な銛を魔物に撃ち込んでいく。マンティコアから見れば、身動き取れない状態で遠くから矢を射掛けられ、極め付けは特大の銛が唸りを上げて飛んでくるのだ。堪ったものでは無いが、しかし避けることも逃げることも出来ない。そして、二本の銛が蝙蝠の翼を突き破るとそのまま肩と背に突き立つ。
「おのれ人間 ゆるすまじ」
怨嗟の言葉を発する魔物は再び何かの魔術を発動するのだが、それはこれまでの攻撃術とは違う物のようだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます