Episode_06.13 晩餐にて



「皆の者! 晩餐の支度だ!」


 一先ず機嫌を直したドガルダゴ王の声に謁見の間の右側の壁に在った幾つかの扉が開け放たれる。そしてまず初めに、攻城梯子のようにドワーフ達に担がれたテーブルが謁見の間へ飛び込んでくる。数十人掛けの長テーブルが四つ謁見を横切るように配されると、次に両手両肩に椅子を乗せたドワーフ達が謁見の間になだれ込む。据え付けられた長テーブルに次々と椅子を配していくのだ。そして純白のローブをまとった髭面……いや、白いテーブルクロスの端を持つドワーフが二人一組で長テーブルに清潔な布を敷く。謁見の間の端ではトロール程の大きさの杉樽が、ノソリノソリと二本のロープに引かれて部屋に侵入しているところだ。彼等の大好物のエール酒の樽なのだろう、謁見の間で働くドワーフ全員の視線が一瞬それに集中するのだった。


「余所見をするな! 肉が冷めて硬くなるぞ!」


 なんとも直接的な指示に、一同は改めて各自の作業に集中する。この時点で使節団は衛兵達に保護されるように謁見の間の左隅へ移動されているのだが、各人の眼は戦闘中に隊列を組み替えるが如きドワーフ達の動きに釘付けになっている。


 やがて晩餐のテーブルと椅子が整えられると、獣脂の焼ける良い匂いと共に料理が運び込まれる。この日の為に買い付けた仔牛は見事な姿焼きとなって、火の熾った炭のコンロの上、回転式の焼き串に刺さったまま夫々のテーブルの左端に置かれる。滴り落ちる脂が時折炎と煙を上げるが、その燻香は未だ吐き気を引き摺るユーリーにも食欲と空腹を思い出させる。それ以外にも猪や鹿、山鳥の類といった獣肉ジビエを中心とした焼き物、煮込み、塩蔵品の冷菜などが運び込まれ、テーブルに置かれていく。そしてその隙間を埋める様に白色や黒色のパンに様々な色合い形のチーズ、山菜とキノコ類のソテーなどが盛られた木皿が文字通り「所狭しと」並べられるのである。


 やがて料理の配膳が終わった所で「使節団」の一行は衛兵に案内されて席につく。玉座の直近のテーブルはドガルダゴ王とポンペイオ王子そして山の王国の重臣達、さらに使節団の首座ルーカルト王子と渉外担当官達に騎士隊長三人である。一方玉座から見て二列目は第一騎士団の残りの面々とアルヴァンを筆頭にしたウェスタ侯爵家の面々、それにポンペイオ王子と共に居た四人のドワーフ戦士達が席についている。更に作業着のような前掛けを付けたままのドワーフが数名加わっている。それ以降残りの二つのテーブルは皆ドワーフ達で占められている。


「あぁ……良い匂いだ……」


 切ない声で呟くヨシンの口角がキラリと光る……ヨダレを溜めているのだろう。そのヨシンの手が無意識に目の前の鹿のあばら肉の炙りに伸びるが、思い切りよくデイルに叩かれて阻止される。


「あう!」

「我慢しろ!」


 そんなやり取りの内にもテーブルには大きなジョッキになみなみ・・・・と注がれたエールが配られていく。今晩の晩餐に供される飲み物は、抗菌性のあるハーブ類を混ぜていないピュア・エールである。日持ちしないが、その分新鮮で穀物が持つ甘い味わいと舌先をチリチリと刺激する泡がドワーフをして「極上な絹のよう」と言わしめる逸品である。


 各テーブルにそんなエール酒が行き渡った頃合いを見計らってドガルダゴ王が立ち上がる。


「皆の者、本日は『西方同盟連絡使節団』をお迎えしての宴である。頭の痛い事件があるものの、解決に奮闘する我が息子の『命の恩人』も同席している、皆その事を忘れずに・・・・楽しむが良い」


 ドガルダゴ王の言葉は山の王国の面々に向けた者である。それを言い終わると左側のルーカルト王子を見る。本来なら同じく起立して何か言わなければならない場面だが、別の事を考えていたようなルーカルトは、遠慮気味に合図する渉外担当官の仕草に自分の立場を思い出す。慌てて立ち上がるが、直ぐに言葉が出ないのだ。


「……」

「……それでは、両国の繁栄を祈願して乾杯!」


「かんぱーい!」


 呆れ気味のドガルダゴ王の乾杯の号令が響き、晩餐の間に早変わりした謁見の間には乾杯を唱和する声が響く。そして、宴が始まるのだった。


 ドワーフ料理の味付けは、一言でいえば「実直」である。肉の美味さを引き出すために能く塩気を利かせるのだ。勿論山地ならではのハーブ類が織りなす芳しい香りも生かされているのだが、全ての料理が「エールを美味く楽しむ」ための味付けになっている。ウェスタ侯爵領の正騎士の面々も料理を口に運びエールを飲むと何とも言えない「良い顔」になっている。


 そんな中、余り酒に興味の無いユーリーとヨシンはパンを片手に肉を頬張る。エールばかりに注目が行くが、木の実を練り込んだパンは柔らかい中に木の実の歯ごたえがあり風味も良く若い二人には絶品の「肉の友」だった。「手当たり次第」という言葉は今の二人の為の言葉だろう、食欲を我慢し続けていたヨシンと吐き気から回復したユーリーは「オーガーもかくや」と言わんばかりの食欲を発揮する。その様子は、二人の対面で務めて「行儀良く」食事を口に運んでいたアルヴァンを馬鹿馬鹿しい気持ちにさせる。あまりに美味そうに肉とパンに夢中になる親友を見ると、行儀に拘る自分がバカバカしく感じる。


 結局、ホークを置いたアルヴァンは親友二人に倣うと片手にパン、片手に肉と言った形で同じように食べているのだった。


(美味い料理は、それに合った美味い食べ方が存在する)


 と半分自分に対する言い訳を心に浮かべるアルヴァンなのだが、周りを見渡せばドワーフ達も同じような食べ方をしているのだった。


 一方、ドガルダゴ王らのテーブルは今一つ盛り上がりに欠けている。折角のエールを一口二口と口を付けた後に遠ざけてしまったルーカルト王子は、やたらと塩辛く感じる肉と「堅い」パンをモソモソと口に運ぶだけで一言も発しない。周囲を固める渉外担当官は何とか話題を作ろうと奮闘し、ドガルダゴ王もその意を汲んでやって話を合わせるのだが、どうしてもルーカルト王子の所で会話は途切れてしまうのだ。


(……なんとも……難しい御仁だな)


 というのが、ドガルダゴ王とポンペイオ王子の共通の認識である。ポンペイオ王子とすれば、


(こんな晩餐に時間を費やす位ならば、アルヴァン殿とユーリー卿に魔物退治の知恵を拝借したい)


 と言う風に思うのである。


 そんな、盛り上がらない上座のテーブルを後目に二番目のテーブルからは時折歓声が上がる。ポンペイオ王子と共に生き残った四人のドワーフ戦士が口々にウェスタ侯爵の正騎士達の戦い振りを褒めるのである。それを聞く第一騎士団の面々はやっかみ・・・・の気持ちも少し有るものの、実戦を終えてきた正騎士達にやはり色々と訊くのだ。


「ロックハウンドとはそれほど『他愛の無い』相手ですか?」

「いやいや、数が多いと中々に厄介だぞ」

「我々に向かってきた時は既に大分数が減っておりましたから楽に倒せたのでしょうね」


 とは、若い第一騎士団の騎士と、ドワーフ戦士、それにデイルの会話である。デイルの言葉に他の第一騎士団の面々が感嘆の声を上げる。一人前の騎士が苦戦する魔獣とまでは言えないロックハウンドであるが、実際の戦闘を経験したことの無い彼等には目の前のウェスタの騎士達が「格が違う」ように映るのだろう。


「いや、しかしあの魔物は面喰ったな!」

「ああ、もっと北に点在する昔の遺跡にはあんな変わった魔物がいるとは聞いていたが、まさかお山・・の近くで目にするとは……」

「なんでも喋るとか?」

「そうさ、それをウチの若いの・・・が舌先三寸で追い払ったんだ」


 とは、別の騎士達とドワーフ戦士の会話である。魔物を口先だけで追い払うという稀有な事例に、第一騎士の面々は困惑の表情を浮かべる。「ウチの若いの」とはユーリーの事であるが、当の本人は仔牛の炙り肉に夢中で自分を話題にした会話に気付かない。しかし、ヨシンはその遣り取りを聞いていたらしく、口を挟む。


「ユーリーは頭も切れるけど、コッチだって相当なんだぜ! 俺もだけど!」


 少しエールに口を付けているヨシンは機嫌良さそうに右腕をパンと叩いて見せる。


「まぁ、お前もユーリーも……腕は確かだな」


 と苦笑いの正騎士である。実際先日の邸宅内の「修練の間」で二人とデイルとの立ち合いを目撃した騎士達から「ちょっとマトモじゃない見習い騎士二人」の話は噂になって伝わっているのだ。その言葉に相手の騎士とドワーフ戦士は感心したようになる。


 気を良くしたヨシンが更に何か言い掛けるが、流石に隣で自分の名前を連呼されたユーリーが気付いてそれを止めさせる。


「イタタタタタ……」

「そんな、僕達ただの見習い騎士ですから、そんな大した者じゃありませよ!」


 左手でヨシンの鼻をつまみつつ、そう言って謙遜するユーリーなのだ。しかし、その謙遜が反って逆効果となった。


「なんと、未だ『見習い騎士』なのか? いや……ウェスタ侯爵様の騎士団は精強と聞くが、さもありなん」


 となってしまった。そこへデイルも会話に加わると


「見習いであることは確かだが、今日のように我らに出来ないことが出来るのだ。自信過剰は困るが、過少もまた困るぞ」

「え? ええ、はい……」


 思わぬ形で説教めいたことを言われてしまうユーリーである。


「そう言えば、そちらのデイル卿でしたか? 卿は見事な剣をお持ちですなぁ」


 話題はデイルの持つ業物の大剣に移る。同席していた前掛けを付けたドワーフが会話に加わったのだ。彼は山の王国の「工師」という肩書だった。「工師」とは、各分野を纏める技術者の長ということで、錠前技術の長、大型装置の長、攻城兵器の長、武器鍛冶の長などが居るということだ。声を掛けてきたのはそんなドワーフ工師の中の一人、武器鍛冶の長だった。


「その大剣はどちらで手に入れたもので?」

「ああ、これは義父から譲られた剣です。我が家に伝わる業物で義父の父ですから、私の義理の祖父にあたる人物が所有していたとのことですが……」

「少し拝見してもよろしいですか?」


 その問いにデイルはチラとアルヴァンを見る。その視線にアルヴァンは軽く頷き返す。


(この場で剣を取り出しても構いませんか?)


 というデイルの問いに


 (良いだろう)


 というアルヴァンの目配せであった。


 デイルは剣帯に吊るした鞘を取り外すと、ドワーフに渡す。それを受け取ったドワーフは鞘から剣を少し抜くと刀身を確かめる様子になる。近くに座るドワーフ戦士達もそれを覗き込む。


「やはり、これは我が兄弟子ガートの作に違いない……私の名はトートと申します。この大剣を鍛えたのは間違いなく私の兄弟子ガート、久しぶりに兄弟子の作品を見る事ができました。しかし……」


 トートと名乗るドワーフの工師は、もう少し刀身を鞘から引っ張り出すと、


「これは一度『砥ぎ直し』した方が良いですな、明日にでも工房へ持ってきて頂ければ直ぐにやりますよ」

「なんと……これは願っても無い、有り難く明日お伺いします」


 トート工師に礼を述べるデイルである。その横からヨシンが


「あの! 俺のも砥いで貰って良いですか?」


 と割って入る。ユーリーが横から制止するが、それを右手で押し返しての発言である。その言葉に驚いたトート工師だが、ドワーフ戦士が何やらヨシンの味方をするように「この者の剣は面白い造りをしている」と言うものだから、


「じゃぁ、明日二人揃って工房へお出で下さい」


 と言う事になった。ヨシンの喜ぶ声が一段と大きく響く。こうやって晩餐の宴は第二テーブルを中心に盛り上がっていく。勿論「身内ばかり」の集まる、続くテーブルはご馳走とエールによって「賑やか」を通り越して「大騒ぎ」のようになっている。全体として騒々しいが、こうやって豪華な食事はワイワイと皆で楽しむという山の王国の流儀は、王都リムルベートのウェスタ侯爵邸宅の食堂の雰囲気と通じるものがあるのだ。


 一方上座のテーブルではいつの間にかルーカルト王子の一行が退席してしまっていた。なんでも「やはり体調が思わしくなく、休息したい」と渉外担当官経由で申し出てきたためだった。


 ドガルダゴ王もポンペイオ王子も、一向に弾まない会話に嫌気が差して余程に続くテーブルへ参加したいと考えていたので、


「ゆっくり休息されますよう。不足があれば何でも申し出て頂きたい」


 と特に引き留めることも無かった。ただ自らの家臣達にも気付かれずに立ち去って行くルーカルト王子の後ろ姿を見て


「父上、アレは流石に酷いですね」

「うむ、次の王で無いことがせめてもの救いだな……」


 と小声で囁き合うのであった。


 晩餐の宴は、そのまま崩れるように宴会へと変貌する。ドガルダゴ王とポンペイオ王子が第二テーブルやその下のテーブルを巡りつつ、家臣や来客達と会話を交わし、杯を重ねる。そうやって賑やかな山の夜が更けていくのであった。


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