Episode_06.12 凍り付く謁見
遠慮するようなアルヴァンの物言いに不服そうなドガルダゴ王であるが、そこへポンペイオ王子が言葉を重ねる。
「父上、我らの礼儀が恩人を困らせてしまうのは本意ではありません。今回の使節団はリムルベート王国第二王子が首座と聞きます。彼等はその家臣、『分をわきまえる』ことを美徳とするのは人間の常ではございませんか……」
「そうか……お前が言うのなら仕方ないな。しかし、アルヴァン公子にユーリー卿。この礼はいずれ必ず……」
ドガルダゴ王がそう言い掛けた時に、謁見の間の取り次ぎから声が掛かる。
「王様、『使節団』の面々が謁見はまだかと催促をしておるようですが……」
その報告に、アルヴァンは苦い顔をする。
(余所の国の王に謁見の催促など……どうせあのボンクラが言い出したことだろう……)
アルヴァンの想像通りなのだが、ドガルダゴ王は不愉快そうな様子は見せずに取り次ぎの報告に答える。
「おお、そうであったな。晩餐の準備は整っておるか?」
「はい、厨房では準備完了とのことです」
「良い、それではご案内せよ……アルヴァン公子にはガーランド殿の近況もお聞きしたいので、晩餐の後……いや、明日また時間を取って頂けるかな?」
「はい、喜んで」
「それでは、皆の者準備だ!」
その一言で、謁見の間は慌ただしくなる。扉が開くと銀色に輝く甲冑と斧槍を持った衛兵達が謁見の間に入ってきて扉から玉座に続く絨毯敷きの通路の左右に整列を始める。また、謁見の間の隣に続く扉の向こうでも慌ただしく行き交う気配が感じられるのだ。そして、ようやくルーカルト王子率いる「西方同盟連絡使節団」の謁見が始まるのであった。
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ルーカルト王子が渉外担当官と第一騎士団の面々を引き連れて謁見の間へ足を踏み入れる。ザッというブーツを踏み鳴らす音共に左右二列に並んだドワーフの衛兵たちが斧槍を持ち上げ、視界が開けた。ルーカルト王子は、謁見の間の奥で石の玉座に座るドガルダゴ王と隣に立つポンペイオ王子に値踏みをするような視線を送ると、形だけの礼をして歩を進める。そして視界の先にウェスタ侯爵公子アルヴァンを含む一行が既に控えていることを見て取ると眉を吊り上げた表情になるのだった。
(なぜ待たされた俺よりも先にアルヴァンがここに居るのだ?)
と怒りの感情が沸くが、流石にこの場で声を荒げるほどの短慮ではない。グッと怒りを押し殺すと、歩を進め、玉座に向かいやや左側に避けて控えるウェスタ侯爵家の一団よりも二歩三歩と前に出て立ち止まる。
「この度は快くお迎え頂き、感謝の言葉もない。今後とも我らの同盟を維持し発展させることが、我が父ローデウス国王の御意志である」
と、ルーカルト王子は唐突に喋り出し、決められた口上の途中をすっ飛ばしてアッと言う間に終わってしまった。しかも尊大すぎる言葉遣いと態度である。斜め後ろに控える渉外担当官達や、アルヴァンの顔がサッと蒼ざめる。その挨拶とも口上とも取れないものを聴かされたドガルダゴ王もポンペイオ王子も眉の辺りがピクリと動くが、流石に直ちに無礼な態度を咎めたりはしない。そしてドガルダゴ王が返答する。
「ルーカルト第二王子、遠路遥々のお越しを歓迎いたす。お父上は長らくご病気と聞くがこのドガルダゴ、心よりお見舞い申し上げると伝えて頂きたい」
その言葉に
「……近年ノーバラプールを取り巻く貴国の状況は膠着しているようであるが、我らに手伝えることが有れば喜んで力を貸そう。我ら西方同盟の……」
「いや、ノーバラプールの問題は我らの国内問題。他国の力などは必要ない」
「そ、そうか。それならば良いのだが……」
謁見の間は重い沈黙に包まれる。後ろに控える渉外担当官五名は全員、目に見えるほど目まぐるしく顔色を蒼くしたり赤くしたりしているが、今は一応に土気色になってしまい、大量の汗が頬から顎へと伝っている。その様子を横目で盗み見るユーリーは
(役人さん達、気の毒だな)
と思うのである。そんなユーリーを含むウェスタ侯爵領の正騎士団とアルヴァンの一行で、騎士デイルもまた
(……これほど酷い御仁とは……義父が言っていた通り、いやそれ以上か……)
という感想を持つ。宮中での儀礼、行儀、言葉遣いには疎いデイルであるが、ルーカルト王子の言葉は分不相応に尊大だと感じる。リムルベートは山の王国と比較すると大国であるが、方や王子、もう片方は国王である。国の規模と本人の身分による格式を混同したルーカルトの態度だと言える。
「……リムルベート王国には有能な青年が揃っているようだし、ノーバラプールの問題などは大したものでは無いか。ハッハッハッ、要らぬお世話を焼いたようだったな」
ドガルダゴ王の「大人の対応」とも言える返事に、渉外担当官らはホッとしたようだった。一方のルーカルトはその言葉を「自分の事」を差したものだと解釈する。しかし、目の前のドガルダゴ王は自分の左横に視線を向けているのだ。その視線の先には……憎きブラハリーのウェスタ侯爵家一団が居る。
「ドガルダゴ王、何故我らの随伴者が先に謁見の間に居たのでしょうか?」
ルーカルト王子の言葉は一段音程が上がり問い詰めるような調子になっている。ドガルダゴ王の言葉が自分を差していないことに気付いたのだろう。
「あぁ、ルーカルト王子の同行者であるウェスタ侯爵家の面々が先ほど我が息子ポンペイオの危急を救ってくれたのだよ。貴国にはこのような有能な若者が多いのであろう、全く羨ましい限り」
「いかにも、そちらのアルヴァン公子殿とユーリー卿は私の
そんな山の王国のトップ二人の発言に、意味が分からないルーカルト王子は次の言葉を継げない。しかし、その後ろで控える渉外担当官らは、またも顔色を変える。もはや面に出てくる新しい色など無いと思われた顔色は今一層血の気の引いた灰色に達している。
それもそのはずで、まずドワーフは恩義に篤い。恩人に対しては出来得る限りの最大限の協力をするのが彼等の正しい生き方なのである。そして、山の王国の王族に『恩人』と評されたのはこれまでリムルベート建国王ただ一人なのである。公式記録に残る「使節団」の謁見での発言であることも大きい意味を持つ。
「これらの者共が恩人ですか……まぁお気の迷いと受け取ります……」
「ほう……今の言葉は流石に捨て置けぬな! 王子は我ら親子が『気が迷っている』と申されるのか?」
突然雰囲気を変える玉座のドガルダゴ王、隣のポンペイオ王子も同様である。これは、ドワーフに対して最も失礼な対応の一つ、つまり恩を受けた相手を侮辱する行為であった。事前の書類に目を通していないから(または、目を通していてもこの王子なら或いは)文化風俗が違う相手のタブーに触れてしまうのである。
後ろで控える渉外担当官の顔色は変わらない。皆一様に「このまま無職透明、消えてしまいたい」と思っていることだろう。一方の玉座の二人はやがて表情を「怒り」へ転じつつある。
(不味いよ……アルヴァン何とかしてよ!)
ユーリーの心の叫びが通じたのかアルヴァンが声を上げる。
「僭越ながら、この若輩に発言を!」
「ん、あぁ、アルヴァン殿か……どうした?」
「恐れながらドガルダゴ王、ポンペイオ王子。我らが主ルーカルトは長旅の疲れが出ており体調が思わしくない様子。心身が疲れ切れば選ぶ言葉もまた『倦んだ言葉』になるのは必定でございます」
「ふむ……道理だな」
「左様、そして『気の迷い』というのは判断評価に迷うという意味でございます。思慮深き我が主なればこそ、我らへの過分の配慮について良く考えて対応したい、という意思の表れでございます。何卒そうご理解頂きたく」
アルヴァンが精一杯肚に力を籠めて言う言葉に、ドガルダゴもポンペイオも一応の納得を示す。
「しかし……このあと直ぐに晩餐を準備しておるのだが? そこまで疲れていては反って迷惑かもしれぬな……」
「それは願っても無いご配慮。山の王国の晩餐は『楽しきひと時』と我が王国にも伝わっております故、我が主も『良い
勝手に進んでいくアルヴァンとドガルダゴ王の会話に付いて行けないルーカルトは自分へ向く視線に思わず
「ご配慮痛み入る」
と答えるのだった。
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