Episode_06.11 謁見の間は気苦労の間


 石の床をコツコツと叩く神経質な靴音が聞こえる。早歩きのようなペースで鳴る靴音は十回もせずに、一度止まると同じようにまた十回ほど鳴る。先程から延々と繰り返されるこの靴音が、立派な剣・斧・盾や甲冑などが飾られた石造りの応接室に反響している。そして部屋の中には誰一人として声を発する者が居ないのにもかかわらず、忙しなく歩き回る人物のせいで落ち着かない空気が流れている。


「ええい、ドワーフどもはいつまで俺を待たせるつもりだ!」


 堪りかねたように上げる大声を側に控える第一騎士団の隊長三人に叩きつけるのは、今ので四回目のルーカルト王子である。急な上り坂で遅れた後続部隊をそのまま置き去りにし、先行した一行は山の王国に到着後直ぐに宮殿に続く「使節団」にあてがわれた寄宿舎に案内されていた。従卒兵達は近くの別の兵舎に滞在することになるが、「使節団」の主だった面子はこの寄宿舎に滞在すると言う準備になっていたのだ。


 人間の来賓用に造られている宿舎は丁度よい居心地の良さで、各人は大いに満足していた。しかし、一人ルーカルト王子だけ機嫌が悪いようで、部屋に通されて以来ずっとこんな調子だった。案内したドワーフが無愛想だったとか、喉を潤す飲み物や軽食の類が準備されていないとか、石造りの部屋の圧迫感が気に入らないとか色々な理由があるのだが、一番の原因は滞在予定だろう。ホーマ村を出発する時に渉外担当官から聞かされた、


「山の王国には三日間の滞在になります」


 という言葉が余程嫌だったのか今日は馬車内からずっと機嫌が悪かったのだ。


(何故この俺が、こんな山の中に三日も居なければならないのだ?)


 という、思いが強すぎるのである。そもそも「使節団」は送る側も迎える側も其れなりの儀礼という約束事に従って行動するものである。更に今回はドワーフ側からすると、同盟先の大国リムルベートの王子が来るのである。自国の「あれを見て貰おう、これも紹介したい」と準備に力が入り、自ずと滞在日程は長くなるのだ。


 通常は、申し出られた滞在期間の長さは、それだけ敬意を持って歓迎されていることの表れであるから誇るべきところなのだが、この王子には「面倒事」と映るようである。


 そこへ、部屋をノックする音が聞こえる。


「なんだ!?」

「はい、今ほど先方から連絡があり謁見の準備が整ったとの事であります」


 誰何する騎士の声に、ドアの外から渉外担当官のうちの誰かが答える。その言葉を聞きルーカルト王子は、椅子に掛けてあった上着を引っ掴むと


「わかった」


 と横柄な態度で言うと、騎士隊長を伴い部屋を後にするのであった。


****************************************


 ルーカルト王子の待つ部屋に謁見の準備が整ったという報せが届いた約一時間前に、ユーリーを含むウェスタ侯爵領正騎士の一行は山の王国に到着していた。一行は初めて目にする街の景観に物珍し気に周囲を見渡すが、行き交う人々には意外にも人間の姿が多く混じっていることに気付く。


「山の王国と言う位だからドワーフばかりなのかと思っていたけど、結構人間も住んでいるんだね」

「あ、言われてみればそうだな。商人かな……ちょっと違うような」

「実際、山の王国の人口の半分程はリムルベートやオーバリオンから来た人間だと思うよ」


 軽い魔力欠乏症から立ち直ったユーリーとヨシンの会話にミスラ神の僧侶が割って入る。彼の名はマーヴといって歳は二十四歳、やはり冒険者ということだ。先程の神蹟術の行使に対価を求めた発言が示すとおり、かなり俗物的な性格で、冒険者生活は信仰を求める修行の旅というよりもリムルベートのミスラ神殿に居場所が無くなり仕方なくやっているという風である。そんなマーヴが続けて言う


「ドワーフ達の数は多分二万人も居ないだろうな、皆鍛冶や工作、鉱山で働いている。そんな彼等に食糧や日用品を売ったりするのは人間の商人達なのさ」

「へー、そうなのですか……」

「ふーん」

「ドワーフの王ドガルダゴ四世は、余所の人々の国への出入りには寛容だな。人々の動きが富をもたらすと思っているらしい……アレ・・は、国王というより商人の発想だな」


 そう言って、勝手に知識を披露してくれるマーヴである。マーヴが一行に同行して山の王国へ戻った理由は、ポンペイオ王子から


「仕事は失敗したものの、後払い分は支払う」


 と言われたためだ。五人の仲間を失い意気消沈していたマーヴであるが、考えてみれば山分けの報酬を自分が一人占めできる事に気付き今は上機嫌である。死んでしまった仲間の顔を一人ずつ心に浮かべては(すまん、ありがとう!)と礼を言っているのだから、この男が神殿に居場所が無くなったのも無理はないだろう。


 そんな俗物僧侶を含む一行が進む山の王国は、岩肌を切り出し掘って作ったような独特の景観を持っている。丁度谷の底を通るような一本の大通に対して階段状になった街が左右から迫り、幾つもの小道が大通りと交差している。街道はそのまま西に抜けるとオーバリオンとドルドの境界付近に到達するということだが、今の目的地は王の居る宮殿である。宮殿は北側の斜面の奥に造られており、一行はポンペイオ王子の案内で、大通りを右へ曲がるとそちらの方へ向かうのだった。


 やがて一行は同行していた荷馬車隊と分かれると、更にポンペイオ王子の案内で宮殿の中へ入って行く。岩山をそのまま削り出した宮殿の入口はドワーフの石工の手による見事な彫刻が彫り込まれており、訪れる者に荘厳な印象を与える。しかし、中に入ってしまうと宮殿と言うよりも坑道と言う雰囲気である。元々は坑道だったものを改修して造られたのだから一行の印象は正解だ。苦手な者には圧迫感を与える天井はドワーフ基準のため、人間である一行には少し低く感じられる。左右の壁や床は綺麗に整えられ、坑道を支える木製の柱の間は白い漆喰で塗り固められているが、外の風景が見える窓などは勿論ない。


 宮殿内をかなり歩き、何度も廊下を折れ曲がると一行はようやく大きな扉の前に案内された。ドガルダゴ四世の待つ謁見の間ということらしい。左右には衛兵のように武装したドワーフが数名待機している。それらの一人がポンペイオ王子に気付くと声を掛けてくる。


「殿下! 今お戻りですか?」

「ああ、散々な目に遭った……父上は?」

「中にいらっしゃいます、しかしそちらの者どもは?」

「こちらはウェスタ侯爵ガーランド殿の孫君一行だ……俺の『命の恩人』だよ」

「なんと!」


 そう言うと衛兵のドワーフは、ポンペイオの後ろに続いてるアルヴァン達一行を目を丸くして見るのである。


「とにかく、中へ入るぞ」


 ポンペイオはそう言うと大きな扉を押し開けて、謁見の間へ入って行く。一行も後ろを続くが、先頭のポンペイオに早くも奥の玉座から声が掛かった。


「おお! 息子よ首尾はどうであったか?」

「父上、散々にやられました。我らの兵も四名が討死、雇った冒険者も一人を残して全滅です……」

「なんと! それは……お前はよく無事だったな」


 玉座と言っても同じ高さの床に置かれた少し豪華な石製の椅子であるが、そこから立ち上がって王子を出迎える少し歳を取った雰囲気のドワーフがドガルダゴ四世である。膝まで届きそうな顎髭を見事な三つ編みに編み込んでいるのが印象的である。


(うーん、親子なのだから似ているのかもしれないが……)


 ドワーフの風貌は区別しにくいと感じるユーリーである。そんな事を考えて注意が他へ逸れていたユーリーは突然名前を呼ばれて驚きと共に注意を戻す。


「ほう、そなたらが息子の『命の恩人』アルヴァン公子とユーリー卿・・・・・か。人間の見た目と歳は分かりにくいが、それでもまだお若いようだ。とにかく、改めて礼を」


 そう言うとドガルダゴ王は頭を下げる。軽くでは無くしっかりと頭を下げるものだから、ユーリーを含めた一行はどうしていいか分からず、その場に跪くのである。


「ドガルダゴ陛下、お止め下さい。過分な礼は我らの立場をおかしくします」

「うむ……しかし『恩人』に対する礼は身分を問わないのがドワーフの流儀だ……」


 諌めるアルヴァンの言葉に少し不服そうな表情を浮かべるドガルダゴ王である。


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