Episode_06.10 ポンペイオの憂鬱


 魔物の魔術によって吹き飛ばされた正騎士三名は骨折や火傷を負っており、皆が重傷であった。また、同じく吹き飛ばされた彼等の馬も酷い火傷を負っており、その内一頭は後ろ脚を骨折していた。


 火傷も骨折もユーリーの「治癒ヒーリング」では即効性が欠けるため、どうにもならない。苦痛に呻く騎士は他の騎士の馬に乗せて運ぶことが出来るが、傷ついた馬達はどうしようもない。ダメで元々とユーリーは何度も「治癒」や「止血」を試みるがやはり上手く行かない。やがて何時もの「魔力欠乏症」の症状が出始める。ジッと集中しているはずなのに、船に乗っているように地面がユラリと波打つ感覚。胃の腑を掴まれるような嘔吐感と脈打つような頭痛である。「制御の魔石」のお蔭で昏睡状態に陥ることは無いが、明らかに展開した魔術陣への魔力マナの収束が弱くなる。


「くそ!」


 傍目にも顔色が悪いユーリーは、自分に対して悪態を吐く。そんな声を上げるユーリーに傷を負った騎士達が歩み寄る。


「ユーリー、もう良いよ。ありがとう……後は自分でやる」


 「何をやる気ですか?」と振り向き言い掛けて、ユーリーは言葉を失う。傷ついた三人の騎士は夫々に片手剣ロングソードを手にしているのだった。しかしその表情は、火傷と骨折以外の苦痛で歪み目には涙を溜めている。長年連れ添った相棒との別れを決意した瞳である。馬達も運命を受け入れたのか、先ほどまでの苦痛の嘶きを止め夫々の主人を見詰めている。


 その雰囲気に、止めさせる言葉が見つからないユーリーだが不意に別の馬の嘶きと走る蹄の音を聞く。


「何事ですか!! 凄い音がしました!」


 と言ってすり鉢状の盆地に姿を現したのは、先ほど置いてきぼりを食った一人の騎士である。しかも、鞍の前にミスラ神の聖職者を乗せている。咄嗟にユーリーは吐き気を堪えると。


「ちょっと! そこの人、馬を癒してください!」

…………

……


 ミスラ神の僧侶は最初それを渋った、仲間の冒険者達は既に全滅して彼にとってはこの集団は仲間の恩人でもなんでもないのだ。だから


「治癒は一回銀貨二枚です」


 と言ったものだ。今日の稼ぎが明日の生活に直結する冒険者ならではの発想であるが、デイルを始めとする正騎士の面々は面喰い、ヨシンなどは怒りを露わにしていた。しかし、元の雇い主であるポンペイオが


「お前は途中で逃げたな? しかし、お前の信じるミスラ神とは慈悲深い……お前を罪から遠ざける機会をお与えだ……どうする?」


 と威厳を籠めて問いかけた。流石に目の前のドワーフが一国の王子だということを思い出した冒険者は、人が違ったかのように素直に「治癒」の術を人馬問わず掛けて回ったのだった。結果的に火傷を負った騎士と馬は回復し、骨折も無理をしなければ移動が可能な程度には治癒していた。既に魔物を追い払ってから三十分が経過しようとする頃、ようやく移動可能となった一団は山の王国へ向かい出発するのであった。


****************************************


 分岐路まで無事戻った一行は、待機していた第一騎士団の従卒兵の一部と荷馬車隊、ウェスタ侯爵領正騎士団の荷馬車隊に合流する。ここでユーリーは我慢の限界となり、朝食べたものを道端に嘔吐してしまった。見兼ねたアルヴァンが、ポンペイオを案内した自分の馬車にユーリーも迎え入れると、一行は纏まって目的地を目指す行進を再開したのだった。既にルーカルト王子一行が分岐路を通過して三時間が経過した後の話である。


 ユーリーが馬車内に運ばれたので喋り相手が居なくなったヨシン、今はユーリーの馬の手綱も一緒に持ちながらアルヴァンの馬車の後ろをゆっくり進んでいる。そして、ふと隣を歩くドワーフの一行に目を止める。全員疲れたように、視線を落として歩いている。


「なぁ、あんた達の持っている、その斧みたいな槍みたいな武器はなんていうんだ?」


 ヨシンの問いにドワーフの一人が顔を上げる。馬上のヨシンと馬を見比べて少し厭そうな表情をしつつも、そのドワーフが答える。


「これはな、斧槍ハルバートという武器だ。突く、叩く、斬る、引っ掛けるが全てこれ一つで可能なんだぞ。そうだな、お前みたいに馬に乗っている奴を下から引っ掛けて落馬させ、ぶちのめす・・・・・のに丁度良い武器だよ」


 軽く挑発めいた事を言われたヨシンだが、彼の興味は専らその斧槍に向いている。確かに突く、叩く、斬る、引っ掛けるが全て出来そうだ。その上全長が三メートル近くあるので、このドワーフが自慢げに言うように歩兵が騎士に対抗するための武器になりそうだ、そう考えたヨシンは


「なぁ、その斧槍ってやつは買うと幾らするんだ?」

「そうさな……金貨十五枚ほどじゃないか? 俺達のは支給品だから良く分からんが」

「金貨十五枚か……流石『山の王国』製だな」

「なんだ、只の若造かと思ったら案外話の分かるやつだな!」


 ヨシンの言葉 ――流石『山の王国』―― と言う所が気に入ったようで、そのドワーフ達は一気に機嫌良さそうになるのだった。それからしばらくアルヴァンの馬車の後ろではヨシンとドワーフ達が武器談義で盛り上がる。中でもヨシンの愛剣「折れ丸」を手に取ったドワーフ達は「これはドワーフの鍛冶の仕事か?」とか「折れたと言っているが、繋いだ跡が無いぞ」だとか言い合っていた。あのウェスタ城下の中古品を取り扱う鍛冶屋は隠れた名工なのかもしれない。


 一方、アルヴァンの馬車の中ではポンペイオ王子とアルヴァン公子、そして青白い顔の見習い騎士ユーリーの三人の会話が始まる。


「ロクな礼も出来ずに済まない。まずは改めて、アルヴァン殿、ユーリー卿、我らを救って頂き感謝いたす」

「いえ、我らも同様に危機でありましたので、お気になさらずに……」


 ぐったりと馬車内の長椅子にもたれ掛るユーリーだが、ポンペイオの礼に上体を起こすと礼に答える。ユーリーとしては自分の名前に付けられた「卿」という呼称も気になるし、他にも聞きたいことがあるのだが、きっとアルヴァンが代弁してくれるだろうと望みをつなぐのである。実際は何をするにも億劫な状態のユーリーであった。


「しかしなにゆえに、ウェスタ侯爵領の騎士達がこのような大人数の陣立てで我が国に?」


 という問いはポンペイオからアルヴァンへのものである。


「はい、『西方同盟連絡使節団』としてまかり越しました」

「なんと! もう、そのような時期になっていたか……」


 そう言うとポンペイオ王子の顔色が曇る。それを訝しく思うアルヴァンは問いかけを発する


「なにか、不都合でもありましたか?」

「うむ……まぁ『命の恩人』であるお二人には聞いて貰ってもよいか……」


 ポンペイオ王子が語るには、現山の王国国王ドガルダゴ四世は今回の「使節団」の来訪に合わせてポンペイオを正式に次の王としてお披露目するつもりであったという。それに先立ち、歴代の王太子が行っている『深淵の金床の儀式』を行うようにポンペイオに命じたのだ。そしてポンペイオはその儀式の準備に取り掛かる。最後の仕上げとして『深淵金床』に赴いたのが先月の事だった。しかし結果は『深淵の金床』の入口にも辿り着けず先ほどの魔物に追い払われてしまったのだ。


 そこでポンペイオ王子は、魔物に対抗して「冒険者」を雇い入れることに決めた。そして一番近い大都市のリムルベートや、山を西へ下ったところにあるカナリッジの街で冒険者を雇い入れると、昨晩山の王国を出発し再び「深淵の金床」に挑んだのだと言う。そして結果は皆の知る通りであった。苦虫を噛み潰したような表情のポンペイオにアルヴァンが素直な疑問を投げかける。


「しかし、何故王家の大切な場所に魔物が居座る事になったのですか?」

「それは……ここだけの話だが、わが父の管理不行き届きのせいだ……」


 ポンペイオ王子の父親ドガルダゴ四世は優秀な王である。優れた武器防具や工芸品、工作品を求める各国対して「山の王国直営店」という直販体制を作ったのは彼の手腕である。優れた自国の製品を世に広める取り組みは大成功となり、収入、財政面で山の王国を多いに潤わせている。また、自らも優れた鍛冶職人で多くの逸品、良作を世に送り出してきた。生粋の商売人であり職人であるのだが、欠点が無いわけではない。


 少し「ざっくばらん」が行き過ぎて、国の内政や軍事面を疎かにする傾向があったのだ。周囲はすべて友好的な同盟国という山の王国において軍事は余り必要ではないが、領内の治安は考えなければならない事項である。


 しかし、ドガルダゴ四世はその点を疎かにしていた。


「魔物なぞ、そうそう現れるものでは無い!」


 と言い切った彼の政策は、結果的に自分達王家の最も大切な「深淵の金床」を魔物に奪われるという事態を招いていた。そんな父からポンペイオが受けた命令は


「『使節団』が来るまでに『深淵の金床』に居座る魔物を退治し、見事王家の儀式を遂行せよ!」


 という物だったのだ。自然とポンペイオの口から溜息が漏れる。


「残念だが『使節団』の来訪には間に合わなかったようだな。まぁそれはそれとして、由々しき事態であることは変わらない……しかしあのような魔物をどうすればよいものか……」


 そう言って腕を組み、首を傾げるポンペイオである。何となくその動作に釣られてアルヴァンも同じようにしている。そんな様子を薄目で見ていたユーリーは掠れ気味の声で力無く


「ポンペイオ王子、何とか出来そうな案があるのですが……」

「なんと! 是非教えてくれ」

「はぁ、今は未だ仔細を考えの途中ですので、山の王国に到着した後にでもお伝えに上がります」

「わかった! 心待ちにしているぞ!」


 そんな二人のやり取りを見るアルヴァンは心底


(ユーリーってすごいなぁ……)


 と感心するのであった。


 やがて、ドワーフの王子を加えた「使節団」の一行は、切立った断崖を階段状に削り取った特徴的な石と岩の街並みを誇る「山の王国」へ到着したのだった。


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