Episode_06.09 舌先三寸口八丁
一方包囲の手が弱まった五人のドワーフ達も槍や先端が斧のようになっているの
そして、ロックハウンドを一掃したデイルら正騎士と包囲を突破した五人のドワーフが合流を果たす。既に動いているロックハウンドは三、四匹のみで明らかに浮足立っておりこちらに向かってくるとは思えない状態だ。一方でそんな状況を見下すように見つめるマンティコアは一向に動こうとしない……。
ユーリーはその様子を不審に思い、マンティコアの動きを観察する。魔物の手駒だったと思われるロックハウンドがほぼ全滅しても眉一つ動かさないのはどういう訳か? マンティコアが何も行動しないために此方側はドワーフと合流を果たしている……
(合流を果たしている…… まさか!)
なんとも嫌なことを思い付いたユーリーは習得したばかりの「
(こいつ! 魔術を使うのか!?)
ユーリーは驚きと共に「
その瞬間、握り拳ほどの大きさの朱色に輝く火の玉が一つ、集団の前方に出現する。何人かの者がそれに気付き顔を上げると同時に、その火の玉は一気に収束、次いで一転大爆発を起こした。
ドォォン!
凄まじい衝撃、轟音、そして高熱の炎が周囲を舐め尽くす。それはあっという間に騎士やドワーフ達の集団を飲み込むが、しかし、寸前で発動し得たユーリーの「対魔力障壁」がその攻撃威力の大部分を占める炎と衝撃を大きく減衰させる。それでも、馬上に在った騎士の内、爆心に近い三名が衝撃波で馬ごと吹き飛ばされる。そして一拍遅れて、威力が減衰されても尚髪を焦がすような熱風が襲い掛かってくる。
「くぅ……」
ユーリーは何とか馬上に留まり、ヨシンはアルヴァンを庇うように前に出て衝撃と熱風に耐える。そして衝撃が過ぎ去り轟音が止んだ後は、耳がキーンと聞こえなくなる感覚と共に視界が元に戻る。
「くそ! 大丈夫か!?」
デイルは何とか無事だったが、周囲を見渡すと同じく無事と思えるものは七名。残り三名は馬ごと吹き飛ばされて身動きが取れないようだ。彼等の様子を見に行きたいデイルだが、薄く上がった砂煙の向こうにいる魔物を何とかするのが先だと感じる。
(しかし、何とかすると言っても……)
攻め方が思い付かないデイルである。
一方のユーリーは、この状況を打開する方法を必死で考えている。このままぶつかり合えば、こちらが不利なだけだった。何と言ってもマンティコアは空を飛べるのだ。最悪の場合上空から一方的な魔術による攻撃を受けるだけになってしまう。
(頭の良い魔物だ……それくらいやるだろう。どうすれば? とにかく逃げなければ)
そんな思考が目まぐるしく頭の中を巡り、一つの事を思いだす。
(財宝の番人、さっき自分の住処を「宝の間」と言ったな。それにドワーフ達が盗人と呼ぶのは……もしかして)
一つの思い付きを頼りに、ユーリーは馬を進めるとデイルの横に並ぶ。
「どうしたユーリー?」
「デイルさん、ちょっと僕に考えが」
「……たのむ」
短い会話の後で、ユーリーが一歩進み出る。
「若き人間 マナの輝き 汝魔術師か?」
「そんなことはどうでも良い! マンティコアよ、長居しすぎたな。お前の大事な宝はそろそろ我々が手にする頃だな」
「否!」
マンティコアはユーリーの言葉に激高したように、蝙蝠の翼をはばたかせる。強い風がユーリーらに襲い掛かるが、それを物ともせずにユーリーは続ける。
「ここに居る我々で全てと思っているのか? 目に見える物などほんの一部だぞ!」
「!」
「まぁ良い、どのみち我々の役目は『時間稼ぎ』だ……戻ってみてから後悔するがいい! 『深淵の金床』へ続く扉は開かれているぞ!」
ユーリーは、背後でドワーフ達がザワつくのを感じて自分の咄嗟の思い付きが「正鵠を得ている」かもしれないと自信を持つ。
「さぁ時間の猶予はないぞ。我らを殺し尽くして宝を失うか、それとも……」
グアアァァ!
ユーリーの言葉が終わるのを待たずに、マンティコアは咆哮を上げると蝙蝠の翼を羽ばたかせて北の方へ飛び去って行った。
「……助かった……」
ユーリーは呟きと共に馬上で脱力する。ユーリー以外の騎士達は「何がどうなって」あの魔物が去って行ったか分かっていないので混乱気味だ。そんな中、デイルがユーリーに声を掛けようと馬を進ませるが、その脇をドタドタと走り抜ける者達が居た。ドワーフ達である。
「おい人間! 貴様、何故我らの秘事を知っているのだ?」
ドワーフの中で一際若そうな者が、馬上のユーリーを詰問する。他の四人は槍や斧槍をユーリーに付きつけて取り囲むようになっている。
「お、おい! なんなんだ!」
「お前達! 命の恩人に武器を向けるのが山の王国の流儀か!?」
ヨシンの戸惑う声に、アルヴァンの毅然とした声が重なる。そんなアルヴァンの言葉にユーリーに武器を突きつける四人のドワーフは怯んだようだが、一人若いドワーフは決然として
「恩人かどうかは、この者の答え次第だ!」
と言い放つ。その言葉に再び力を得た四人のドワーフのうち、一人がユーリーに向かい
「山の王国の王子ポンペイオ様に向かって、いつまで馬上から見下ろすつもりだ! 頭が高い! 下馬せぬか!」
と捲し立てる。
「え? 王子なの?」
驚いたユーリーと正騎士達は、眼前の「ポンペイオ王子」を呆気にとられた表情で見つめるのだった。
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「全くもって、申し訳ない仕儀であった」
もともと背丈の低いドワーフが、全力で頭を下げて詫びている。頑固な上に誇り高いドワーフという種族は滅多なことでは、他人に謝罪したりしない。そんな種族の、一大勢力の長である山の王国の王子が一介の見習い騎士に頭を下げているのである。只ならぬ出来事と言える。しかし、ポンペイオの側近達も同様にしているので、周囲にはアルヴァンとデイル達ウェスタ侯爵領正騎士団以外にそれを止めさせる者は居ないのだった。
「ちょっと、そんな! 僕は何とも思っていませんから! ね、ね? ちょっと困ります。頭を上げてください!!」
謝罪を受けているユーリーは必死でポンペイオの下げた頭を押し上げようとするのだが、
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ユーリーを包囲して下馬させたポンペイオは、尋問するようにユーリーを問い詰める。聞きたいことは
「何故あの魔物が『深淵の金床』に続く洞窟の入り口に陣取っていることを知っているのか? そして『深淵の金床』に置かれた王家の秘宝の存在を何故知っているのか?」
という点である。勿論ユーリーは何も知らない。知っている情報はアルヴァンから渡された資料に書かれていたことと、書物で読んだマンティコアの性質のみだ。そしてマンティコアとドワーフ達のやり取りから洞察した内容を組み合わせて、あのマンティコアを棲家へ追い返すための「大嘘」を吐いただけなのだ。ただ、幸運なことにその大嘘が事実を捉えていたため、魔物は巣へと大急ぎで帰り、ユーリーは助けたはずのドワーフに包囲されているのだった。
「だから! 僕はそんな事は知りませんって。全部口から出まかせです」
「そんなはずは無い! ならばなぜ『深淵の金床』に我らドワーフの宝が有ることを知っているのだ?」
「……たまたま吐いた嘘が本当だっただけです!」
全くもって「無い」ことを証明するのは難しい。「咄嗟の嘘が『本当だった』」などという言葉は、疑いの目を向ける相手には詭弁にしか聞こえないだろう。ユーリーは困ってしまう。一方、他の正騎士とヨシンはユーリーが包囲された時は気色ばみ武器を構える者もいたが、目の前の若いドワーフがポンペイオ王子だと知り困惑気味で手を出せない。
「……ポンペイオ王子、ちょっとよろしいですか?」
その状況を打破するためにアルヴァンが声を掛ける。
「なんだ? お前達も仲間なのだから後で調べるぞ」
「まぁ、仲間なのは確かですが……その者は私の家臣、名はユーリーと言います。そして私はウェスタ侯爵ガーランドの孫アルヴァンと申します」
アルヴァンの言葉に少し驚いた表情を見せるポンペイオである。
「ウェスタ侯爵家の者か……証拠は?」
「こちらを、お改め下されば……」
そう言ってアルヴァンは腰の短剣を差しだす。見事な細工でウェスタ家の紋章を彫り込んだその短剣は握りの先が蝋封に用いる|印璽(いんじ)になっている逸品だ。しかも山の王国製である。
「……トート工師の作か……本物のようだな」
受け取った短剣を二度三度とひっくり返すだけでそう答えるポンペイオ王子は、少し態度を改めると、アルヴァンへ短剣を返しつつ言う。
「ガーランド殿のお話はよく父から聞いかされている。まだご健在のようで嬉しい限りだ。しかし、この者が我らの秘密を知っていることが解せない。納得行く説明をしてもらいたい」
「説明もなにも、このユーリーが言っていることが真実です。それ以上の証拠はありません。それでも証拠になる『何か』をご所望ならばこのアルヴァンの血判でもよろしいですか?」
そう言うと、アルヴァンは短剣の鞘から刀身を抜き取り、根本を左手の親指に押し当てる。その仕草に、正騎士達は血相を変えるがそれ以上にポンペイオ王子が慌てた様子で言う。
「あーいや、及ばん! それには及ばん。このポンペイオ、今の言葉で良く承知した……ユーリーとか言ったな。そなたは我らの命の恩人であるな。そうなのにもかかわらず疑いを掛けてしまい……」
――そして、冒頭の謝罪に繋がるのである。ようやく頭を上げたポンペイオ王子は口を開くと、
「しかし、なぜにガーランド殿のお孫君がこのような場所に?」
「あー、ちょっとスミマセン……お話も良いのですが、取り敢えず撤退しましょう。さっきの魔物が戻ってくるかもしれません。基本的に嘘で騙しただけですから」
ポンペイオの疑問をユーリーが遮る。その声でその場の全員がハッと我に返り自らの置かれている状況を思い出した。可哀そうなことに一瞬忘れられていた、吹き飛ばされた騎士三名を助け起こすと、死骸となってしまった者達の回収は諦めて大急ぎで来た道を引き返す準備に取り掛かる。
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