Episode_06.08 登坂急行
険しい登り坂で「使節団」の隊列は伸びきっている。先頭が左に折れた時最後尾のユーリー達は未だ中腹と言った具合である。後方の進行を妨げているのは、隊列の中程に位置する第一騎士団に随行する荷馬車であった。重たい荷に坂を登れず立ち止まる場面が増えていた。
(あまり先頭と離れるのは良くないな……どうせルーカルト王子は周りを気にしていないだろうし、あの第一騎士団の隊長達も回りを見る余裕はなさそうだ……)
そう考えたデイルは、配下の正騎士団に全員下馬の指示を出し、自分も率先して下馬する。手綱を離されたデイルの愛馬は「心得タ」と言わんばかりに渋滞する列の先頭へ廻ると立ち往生した荷馬車の御者に
(俺ヲツナゲ)
とアピールをしているのだった。周りの騎士の馬たちも夫々荷が重くて登れない荷馬車へ繋がれると馬力を出し始める。十頭の馬が荷馬車隊に加わったお蔭で、渋滞の先頭はようやく速度を上げて進みだす。それに続くウェスタ正騎士団は今や全員が徒歩だが壮健な脚力を発揮してその後を追うのだった。
やがて一行の最後尾であるユーリー達が「丁字」の分帰路に差し掛かる。急な上り坂はここで終了するため、騎士の各自は第一騎士団の荷馬車に繋いだ自分の馬を回収し始める。因みに第一騎士団はルーカルト王子や渉外担当官達の馬車と共に、荷馬車隊を置き去りにして大分先まで行ってしまっており、十数名の従卒兵が荷馬車隊を待っていたのみだった。
「すみません……助かりました」
という荷馬車隊の中年兵に
「いやいや、困った時はお互い様」
と応じているデイルの姿が見受けられる。そうこうするうちに坂の上に留まった一団は再び進みだす準備を整え終える。山の王国は分岐路を左へ進んだ先であるため、何の疑問もなく皆その道を進むのだが……
「あれ?」
「……どうしたユーリー」
「うん……なんか人の声が聞こえたような……」
「アレなんじゃないか? 山彦とか?」
丁度道が交差するところで馬を止めたユーリーとヨシンの会話に、同じく馬上のアルヴァンが割って入る。アルヴァンは馬車に戻ってもいいのだが、折角だから気分転換に山道を馬に乗り行くつもりになっているようだ。
「どうしたんだ、二人とも?」
周りに正騎士達が居るため、アルヴァンの語り口は硬いものだがその目は好奇心に満ちている。
「あ、アーヴじゃなかったアルヴァン様。ユーリーが『人の声』が聞こえるって……」
返事をするヨシンの横でユーリーは「加護」の術を発動する。拡張された聴覚で音の正体を探ろうというのだが――
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「たすけてくれー!」
二度目の「人の声」はそんなユーリー以外にもハッキリと聞き取れるものだった。その声の主は目指す山の王国と反対側へ繋がる道を転がるように駆けてくる。
「ば、化け物が、化け物がでたー」
そう言って走ってくる男は白色のローブを身に着け丁度パスティナ救民使「白鷹団」の面々のような恰好をしている。
「どうした! なにが有った?」
アルヴァンが馬上から男に声を掛ける。
「う、上で巨大な喋る化け物に襲われたんだ! 俺は逃げて来たんだが、仲間が……お願いします! 助けてください」
どうやら男は冒険者の仲間のようだった。見たところミスラ神の聖印が縫い込まれたローブを着ているから、本物の聖職者なのだろう。この騒ぎに気付いたデイル達正騎士の面々も方向転換するとアルヴァンの周囲に集まって来る。
「襲われているとのことですが……救援に向かいたいと思います。宜しいでしょうか?」
「ここは同盟国の領地だけれども……見捨てる訳にはいかないな! よし! 俺も行こう」
なにもアルヴァンまで行かなくても良いのだが、そんな押し問答をする時間が無いと感じられる程、助けを求める声は切迫していた。
「よし! この場にはお前が残れ! この僧侶に水でもやって落ち着かせるんだ。 それ以外は俺に続け。行くぞ!」
デイルは素早く指示を飛ばして進行方向と反対の道を目指す。ユーリーとヨシン、それにアルヴァンが加わった騎馬十騎は山道を猛烈な勢いで走り去っていく。その後には、腰が抜けたように地面にへたり込むミスラ神の僧侶と、一人残れと言われた騎士が残された。その騎士はちょっと不満そうな表情ながら「御武運を!」という手合図を送って一行を見送るのだった。
デイルを先頭に進む騎馬の一団だが、どうしても乗馬の習熟度からユーリーとヨシンは遅れがちになる。剣や魔術ばかりでなく、こんな難敵が身近にいるとは、と歯軋りしたいユーリーである。そういう鬱憤が馬に伝わるのか、何故かユーリーの馬は道端へ道端へと注意が横にそれるようだった。
(もう……言う事きいてよー!)
と泣きそうな気持ちになるユーリーと、同じように苦労している雰囲気のヨシンの間にアルヴァンが割って入ると大声を掛けてくる。
「ユーリー、ヨシン! 乗っている馬はウチの軍馬だ。優秀なんだぞ! 走らせようとするから言う事を聞かないんだ! もっと馬の好きにやらせろ。『乗せてくれてありがとうございます』くらい言っても
そんなアルヴァンの助言(?)の意味が分かるのか、ユーリーの馬は同意するように一度鼻を鳴らすのだ。
(そんなこと言ったって……)
と思うユーリーだが、アルヴァンを挟んで反対側を行くヨシンは
「お馬様、乗せて頂きありがとうございます!!」
と真面目に言っているのだった。その様子にユーリーもヤケクソ気味で
「お馬様、乗せて頂きありがとうございます!!」
とヨシンの真似をするのである。気持ちが通じたのかは定かではないが、二人の馬は少しだけペースを速め真っ直ぐ走ってくれるようになった。その様子にアルヴァンは満足気に頷くのだった。
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最後尾での奇妙なやり取りなど知らぬ先頭のデイルは、折れ曲がる山道を駆ける。そして、それほど距離を進まない内に少し開けた場所に出た。距離的に、先ほどの分岐点からほど近いこの場所は、ゴツゴツとした岩肌が剥き出しのすり鉢状の盆地になっている。デイルの視界の向こう側には、盆地を抜けて更に奥へ行く道が見える。しかし、それよりも手前の切迫した光景に視線を奪われるのだ。そこには、巨大な獅子のような魔獣、大型犬のような魔獣、そして、それらに取り囲まれているドワーフの一団が居た。ドワーフの周囲には、同じドワーフや冒険者風の人間の死体が散乱している。
デイルは瞬時に状況を見て取る。大型犬のような魔獣は「
しかし何よりも目を引くのは、ロックハウンドの群れの中心に居座る獅子のよう姿の巨大な魔獣である。デイルからは後ろ姿しか見えないが、その背には巨大な蝙蝠の翼が生えていて、尾に当たる部分はサソリの尾のようになっている。そして、その魔獣の周囲には血まみれになった死体が何体か倒れているが、魔獣はその内の一つに頭を近づけている。どうやら死体を喰っているようだ。
思わず目を背けたくなる光景にデイルは怒りを覚えるが、目の前の魔獣は盆地へ侵入してきた騎士達の気配に気付いたのか、ゆっくりと振り返る。その顔は、何とも異様なことに、皺くちゃの老人そのものだった。
「今日は客人が多い」
口の周りを血で赤く染めたその魔獣は、顔の見た目そのままのしわがれた声でそう
固まっているデイルや他の正騎士達の元にユーリーとヨシン、それにアルヴァンも到着するが、やはり全員同じく目の前の魔物とも言うべき存在に硬直してしまうのだ。しかし、そんな硬直の中にあってもユーリーの頭は直ぐにその正体に目星を付けていた。知能が高く人語を操り、不自然な身体の構成を持つこの魔獣は「マンティコア」という
勿論本による知識であるが、ユーリーは「マンティコアは専ら遺跡や宝物庫の番人である。獰猛で狡猾な性格だが攻撃性以上に財宝などの保護対象への執着心が強い」という本の一節を記憶している。しかし、その知識を今この場で生かせそうにないと感じるユーリー、役に立ちそうな情報は目の前の
一方のデイルは、硬直状態から立ち直ると、勇気を振り絞り大声を上げる。
「魔物よ、人の言葉が分かるようだから一応警告する。今すぐこの場を立ち去れいっ!」
デイルの大喝だが、老人の顔の魔獣はニヤリと笑うと返事になっていない言葉を返してくる。
「我が住まい 押し入りきたる そなたらが なにゆえ我に 命じ得るのか?」
「ならば、そちらのドワーフ達を解放せよ。そうすれば我々は立ち去るが」
「盗人の 分もわきまえぬ 傲慢よ」
その言葉に五人で固まっていたドワーフの中の一人が声を上げる。
「人の領域に勝手に立ち入ったのはお前の方だろう! 盗人に盗人呼ばわりされたくないわ!」
「住まいとは 我が定めし宝の間 汝らの問い あずかり知らぬ!」
マンティコアはそう言うと、獅子の声で吠える。その吠え声が合図となってドワーフを取り囲んでいたロックハウンドの半分がデイルら正騎士団に向かって突進してきた。
「くそっ! とにかくあの魔物からは距離をとれ! その上で迂回しつつ向こう側のドワーフ達と合流するぞ!」
デイルの指示に正騎士達が「応!」と声を上げる。
「ユーリーとヨシンはアルヴァン様をお守りしろ!」
「了解!」
そこまで指示を出すと、デイルら正騎士達は突っ込んでくるロックハウンドを迎え討つ。七騎が等間隔に散開して各個に敵を撃破する構え取る彼等へ、後方からユーリーによる「加護」の強化術が騎士と騎馬の両方に掛けられる。幸いにして向かってくる敵の数は多くないが念のためのユーリーの処置である。大量の魔力を放出したことによる軽い眩暈は、昔ほど辛い症状では無くなっている。そんなユーリーは迫ってくるロックハウンドに目を凝らす。
迫ってくるロックハウンドは近付くと小馬程の大きな躰である。それが素早く走りあっという間に騎士達へ到達すると、馬上の騎士目掛けて飛び跳ねて攻撃を仕掛けてくるが――
ギャン!
という鳴き声と共に次々に斬り捨てられていく。後ろからその光景を見るユーリーとヨシンは
(流石正騎士!)
という素直な感想になるのだった。
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