Episode_06.07 道中にて


 王都リムルベートを出発して四日後、一行はオールダム子爵領の中心地オールダムの街を目指していた。途中で立ち寄ったコンラーク伯爵領の町では、コンラーク伯爵の長子が出迎えてくれ、盛大な宴が催された。勿論主役はルーカルト王子だが、その王子は宴席で酒を痛飲し前後不覚になるという面白い光景を参加者に披露してくれていた。


 そんな醜態を晒す王子に対して、随行護衛する第一騎士団の十人隊長三名(皆ルーカルト王子の取り巻き伯爵の子息)は健気にその乱行を止めようとしたのだが、酒瓶で殴られた上に頭から酒を浴びせられ、そして足蹴にされたのだった。三人の隊長はさぞプライドを傷つけられたことだろうが、アルヴァンとしては


(こっちに来なくて良かった)


 と思うのである。そして、秘かに配下の正騎士に渉外担当官一名を同行させ、行く先にあるオールダム子爵家へ事情を説明させた。オールダム子爵家は当主の温和な性格の影響か家中一同が思慮深く、その乱行が著しく王家の尊名を傷つけると判断し計画していた酒宴を取り止めにする約束をしてくれたのだった。


 そんなアルヴァンは自分用の馬車の居住室コーチで渉外担当官が持ち込んだ書類に目を通している。なんでもルーカルト王子は「そんなもの見るのはお前達の仕事だろ!」と突き返したとのことで、こちらへ持って来たのだそうだ。


 因みにアルヴァンは馬車のコーチの中でも律儀に甲冑を着込んでいる。更に馬車を曳く用の馬以外に自分の愛馬も連れてきているのだった。本来このような恰好をする必要は無いのだが、今回は「これで通す」と決めている若殿である。親友二人が外でそれなり・・・・の恰好をしているのに自分一人が馬車の中でのんびりしている訳にはいかないと感じてのことだった。


 そんなアルヴァンが読んでいる書類は、山ドワーフ王国(呼び名は色々あるが正式には山の王国と言う)の成り立ちの史実概略とリムルベート王国と山の王国の歴史的関係について記されたものである。所謂いわゆる外交の基礎中の基礎である相手国の歴史とそれに対する自国の影響を簡潔にまとめた書類である。


(この書類すら見なくて、あのボンクラ・・・・はどうやってドガルダゴ王と会話をするつもりなのだろう?)


 そんな疑問が浮かぶが、要らぬお節介と思い自分はその内容に目を通すことに集中する。アルヴァンの乗る馬車は装飾こそ豪華ではないが、その分軽く、また造りがしっかりしているため揺れも少ない。聞けば車軸の周りは山の王国製だという。このように質の高い工芸品、工作品はかなりの割合で山の王国製品が使われているのが西方辺境地域なのだ。


 アルヴァンが集中して読む資料によれば、山の王国の成立はリムルベート王国の成立とほぼ同時期であった。リムルベート王国の成立はアーシラ帝国歴二百九十五年、今から約二百年昔の話だ。後継者争いで瓦解したアーシラ帝国の西方鎮守府であった現コルサス王家の更に出城であったオンハルト・ロージアン・ウェスタ・ウーブル・インバフィルの五つの勢力が、帝国というたがが外れて相争う恰好となり紆余曲折を経てオンハルト家が現リムルベート王国の勢力を牛耳り封建制による王国を打ち立てたのが丁度その時期であった。


 一方のアーシラ帝国の中心地、中原地方では戦乱と小康状態が繰り返される「戦国期」とよばれる時代に突入していた。その期間にエルフやドワーフといった亜人種の排斥運動が活発化し、その迫害を逃れて西に流れ着いたエルフやドワーフ達を保護したのが、今から溯ること九代前の建国王であった。


 出来たばかりのリムルベート王国内に滞在、居住することを認められたエルフとドワーフ達は、一定の安住の地を見つけた訳であった。やがてエルフ達の大部分は、広大な森が手付かずで残っている大陸最西端のドルド河流域に新天地を求めリムルベート王国を去って行った。そして元々住み暮らしていた先住民と後から来たエルフによって出来たのが森の国ドルドである。それ以降エルフ達は、森に引きこもる生活を始めるが、一方のドワーフ達は得意な製鉄・鍛冶・建築の分野で実力を発揮すると、人間の生活により密接に係わって行った。


 そして天山山脈の南端に、アーシラ帝国以前に栄えたローディルス帝国の時代に造られ、その後打ち捨てられていた「深淵の金床」という鍛冶場跡の遺跡を発見したドワーフ達はそこに自分達の郷を作ることを願い出て、リムルベート建国王に許された。これがドワーフの国、山の王国の始まりである。


(ふーん、「深淵の金床」っていうのは聞いたこと無かったな……)


 という感想のアルヴァンである。こういう資料はユーリー辺りが喜びそうだと思い今晩にでもそっと彼に渡してやろうと考えると、続きを読み進める。


 今の時期は、現王のドガルダゴ四世の長子ポンペイオ王子が成人の儀式で「深淵の金床」の試練に挑んでいるはずだと資料には書いてあった。


(深淵の金床の儀式……成人の通過儀礼のようなものかな?)


 ドワーフの成人が何歳からなのか知らないアルヴァンであるが、頭に思い浮かぶのは王城に駐在する「山の王国」の大使の顔である。立派な顎鬚を櫛で整えて日によって編み方を変えるような紳士? ぶりが印象に残っている。確か彼の年齢は百歳位だったと思いだすと、改めて亜人種は総じて人間よりも長寿なのだと納得するアルヴァンである。


(しかし、王族の長子ならば王子だな……その王子が成人の儀式をしている時にお邪魔しても大丈夫なのか?)


 この疑問は後ほど渉外担当官に聞いてみようと思うアルヴァンであった。


****************************************


 「使節団」はオールダム領を無事・・通過し、今は山の王国のかなり近くまで進んでいる。


 延々と馬に乗って揺られる行程は、乗馬の練習には良い機会だがそれにしても「尻が痛い」と思うユーリーである。隣を行くヨシンの様子を見ると、ヨシンもユーリーの視線に頷き返し、


(尻が痛い!)


 という仕草をする。その仕草に何となく笑ってしまうユーリーである。既に王都を出発して六日目である。昨日滞在したホーマ村では、久しぶりに日中に自由時間があったのだが、生憎とホーマ村がかなりの田舎村で目にする光景はヘドン村や、健在だった頃の小滝村を彷彿とさせる規模だった。それでも王家直轄地である故に歓迎はそれなりに盛大だった。


 特に通り過ぎる村々の娘達が第一騎士団に黄色い声援を送る光景はこれまで何度も目にしているが、何故か見る目のあるホーマ村の娘達は、続いて到着したウェスタ侯爵領正騎士団十名にも同様の声援を送る。第一騎士団の面々がルーカルト王子の我儘に疲れて精彩を欠いていたという理由が大きいのだが、その声援の中を進む二人は当惑気味だった。


「困っちゃうよな……」


 と言うヨシンに、


「全くだね、恥ずかしいよ」


 と答えるユーリーである。妻一筋のデイルと夫々想いの女性が居るユーリー、ヨシンの三人以外の正騎士達は声援に手を振ったりして答えている。更に、日が落ちた頃には、何人かが村の若い娘と連れ立って野営地から近くの森に消えて行ったので、


(後で面倒事に成らなければいいけどね)


 というのがユーリーの感想だった。実際にはユーリーにもヨシンにも誘い掛ける村娘は居たのだが、


「お断りします!」


 ときっぱりと断る二人だった。それに比べて、「普通」の女性慣れしていないデイルは奥手だった独身時代を引き摺っているのか、中々きっぱりと村娘を遠ざける事が出来ない。結果的に周囲に二三人の村娘が集まって、取り合いをするという事態に陥りユーリーとヨシンの助けを借りる羽目になっていた。ようやく村娘達を追い払うことが出来た後は、ウンザリとゲッソリが混ざった表情で「ウチに帰りたい……」と呟いていたとか、いないとか……


 そんな昨晩も過去の事、使節団は今、ホーマ村を出発して九十九折つづらおりの登り坂に直面している。急峻な登り坂は騎乗の者は良いが徒歩の従卒兵や荷馬車には厳しいものである。ユーリーとヨシンは馬を下りると夫々の馬を荷馬車に繋ぎ引き上げる助けとする。自分達は徒歩に成るのだが、いい加減に尻の痛みに辟易としていたところである。良い機会と思い自分の足で坂を上ることにしたのだ。同じ頃にアルヴァンも馬車から降りて歩き出している。考えることは同じなのだろう。


 周りの眼があるから、親し気には接せられないがそれでも目配せと共に腰の辺りをガチャガチャと甲冑越しに叩くアルヴァン、さしずめ「座りつかれて腰が痛い」というところだろう。それに対してユーリーとヨシンも自分の尻を擦る仕草をする「鞍が固くて尻が痛い」というポーズだ。それを見たアルヴァンは声を上げずに笑い顔だけ作るのだった。


 使節団が差し掛かっているのは、天山山脈の西端から南に延びる尾根である。この坂の上に山の王国があるのだが、一方でこの辺りは魔獣の出没も多い。尾根伝いに北へ山を分け入っていくと古代ローディルス帝国時代の遺跡後が数多くあるため、自然の魔獣以外にも古代の魔術師によって造られた人造魔獣も多い危険地帯である。


 人造魔獣 ――マンティコアやキメラ、バシリスク等―― は数は少ないが非常に強力な存在である。一方自然に生まれる魔獣 ――オウルベアやロックハウンド―― は数こそ多いが騎士団のような大人数の集団に襲い掛かることは無い。因みに幻獣ともいえる「グリフォン」や「ドラゴン」も居るには居るらしいが、それらはもっと山の奥の方に出没するということだ。


 そんな安全とは言えない地域だから、先頭を行く第一騎士団は慎重である。そして、後続の荷馬車隊の遅れが重なり使節団の進行はますます遅くなる。そこへ


「お前達! 何をノロノロ進んでいるのだ! さっさと前に進まないか!」


 と響くのはヒステリックなルーカルト王子の声である。王都を出発以降、ローデウス王が期待したような気易い交流は全く無く、日中は馬車に引きこもり酒でも飲んでいるらしい。さらにホーマ村では気に入った村の女を馬車内に招き入れていた、というから恐れ入ったものである。(因みにそんな情報は渉外担当官から逐一アルヴァンの耳に入るのだった)


 ルーカルト王子個人の為人ひととなりはともかく、王家に対して忠誠の篤い忠実な第一騎士団の面々は馬に拍車をかけると先を急ごうとする。ルーカルトの馬車を曳く馬や、渉外担当官らの乗る馬車、それに荷馬車を曳く馬が悲鳴のような嘶きを上げる。かなり後方に位置するデイルとその愛馬にも、そんな嘶きが聞こえてくる。その音を感じたデイルの愛馬が耳だけを左右へ逸らして「聞きたくない」という素振りを見せる。デイルはそんな愛馬の首筋を擦ってやりながら、そっと溜息を漏らすのだった。


 そうするうちに「使節団」の先頭は坂を登り切り丁字型に交差する道へ出た。左に行けば山の王国、右は何が有るか判然としないが目的は左である。使節団の先頭集団は左へ道を折れ曲がると山道を更に進んでいくのだった。


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