Episode_06.14 作戦会議
翌日「使節団」の公式行事は午後からの山の王国の各工房の視察や、幾つかの物資の買い付けに係わる商談であった。しかし(ドガルダゴ王の周辺は少し予想していたが)今朝早くにルーカルト王子側から、それらの予定を見合わせたいという申し出があった。
「商談は、あちらの役人の方々と行えば良い。度重なる非礼に
とすっかり見限ったドガルダゴ王の言葉だったと言う。それに対してポンペイオ王子は
「しかし折角段取りした工房の見学ですから、アルヴァン殿のご一行に見て貰いましょう」
ということで、そう言う事になっていた。
一方、午前の遅い時間に起き出してきたウェスタ侯爵領正騎士の面々、昨日重傷を負って、からくもユーリーの回復術とマーヴというミスラ神僧侶の神蹟術で回復していた三人の騎士は昨晩の宴会での飲酒が祟り、早朝から高熱を発し起き上がれなくなっていた。
「まったく……場合によっては置いて行かなければなりませんね……」
「うん、彼等には良い薬になっただろう。でもデイル、あんまり厳しいことを言っちゃ駄目だぞ。一番気に病んでいるのは本人達だろうから」
そんなアルヴァンとデイルの会話が有ったとか。そうして、寄宿舎で遅めの朝食をとっていた一行にポンペイオ王子からの呼び出しが掛かった。
呼び出しに応じて宮殿へ向かった一行は昨日の謁見の間ではなく、別の部屋へ通された。より王の私的住居に近い場所にある部屋は、中央に大きなテーブルが配されその上に山の王国の地図が広げられている。一行が部屋に到着した時には既にポンペイオ王子と数名の戦士風のドワーフが頭を突き合わせて何かを相談している様子だった。
「おはようございます。昨日は過分なおもてなし、ありがとうございます」
「ああ、アルヴァン殿。御一同、昨晩はゆっくり休めたかな?」
「はい、お蔭様の朝寝坊で……しかし配下の騎士が三名、昨日の怪我によって熱を発し寝込んでおります……場合によってはしばらく逗留させるかもしれませぬが宜しいですか?」
「ハハハッ、豪胆なウェスタの正騎士でも人の子だな。治るまで責任をもってお預かりしよう」
「ありがとうございます」
そんなアルヴァンとポンペイオ王子の会話である。一方ユーリーとヨシン、デイルはテーブルの上の地図が気になるようにそちらへ視線を向けている。その様子に気付いたポンペイオ王子が言う。
「ユーリー卿、昨日言っていた『作戦』と言うのをお聞きしたいのだが?」
「はい、でもその前にあの魔物、マンティコアと遭遇してからあの場所でロックハウンド達に包囲される迄の状況を説明頂けないでしょうか?」
「そうか、分かった……」
ポンペイオ王子が地図を指し示しつつ語る経緯はこうだった。
成人の儀式を迎えたドガルダゴ王子が最初にあの魔物と遭遇したのは一か月前の事だった。その時は王子の手勢が極少数だったため、戦闘状態にはならず無事引き返すことが出来たという。そして、魔物を追い払い無事に儀式を行うために冒険者を雇い入れ、再度「深淵の金床」を目指したのが今日から三日前の事だった。
冒険者達の助言により、目的地へ続く道を避けて獣道伝いに進んだ一行が入口前の広場に達したのが昨日早朝の事だった。その時には魔物の姿が見えなかったので、「ホッ」とした一行は何事も無く魔物が立ち去った事を喜んでいた。しかし、実際はその時既にロックハウンド四十匹位の大群を率いたマンティコアに包囲されていたのだった。異変に気付いた冒険者の警告で包囲されていることに気が付いた一行は、何とかその包囲を突破して道伝いに退却したが、すり鉢状の盆地まで逃れたところで進退窮まっていたのだった。
「あの盆地から『深淵の金床』への入口までの距離はどれくらいですか?」
「緩い登り坂で距離は八百メートル位だと思う」
「入口から盆地は見えますか?」
「いや、背の高い木々が邪魔で見えないだろう」
「そうですか……」
幾つか質問するユーリーに答えるポンペイオ王子である。ユーリーはその答えを持って考えを整理する。実は作戦自体はそれ程難しいものを考えている訳では無い。いざとなれば空中へ逃れる敵に対して「銛」や「投網」を使いそれを地面に繋ぎ止める。後は散開した味方が遠距離攻撃で弱らせて倒すのである。以前にヘドン村で行った「スキュラ」退治の時と戦法は似ている。
今回の事件では、銛や投網、遠距離攻撃用の武器の調達も問題と言えるが最も大きな問題点は、知能の高い敵に対してこちらの作戦を「悟られない」ようにする方法であった。如何に相手に悟られずに作戦を行うか?それを考えた時、やはり好都合なのは「すり鉢状の盆地」であった。盆地の外周に弓や投網を持った兵を潜ませ、どうにかして魔物をおびき寄せる。そして外周からの不意打ちで動きを制してしまえば後は何とかなるだろう、というのがユーリーの作戦である。
その作戦を伝えるユーリーに対してポンペイオ王子から提案がある。
「投網に銛か、ならば我らの攻城兵器工房と相談してみよう。小型の
さすがモノ作りの天才ドワーフの王国だけあって、作戦に必要な機材は直ぐに準備が整いそうだ。一方でアルヴァンは感じた疑問をユーリーにぶつける。
「……盆地での待ち伏せは大丈夫そうだが、ユーリー、どうやって魔物をおびき出すつもりなんだ?」
「うーん、実はそこが一番難しいと思ってる……『深淵の金床』の入口に少数で行ったとしても、あのマンティコアは追い払うだけだと思う。かといって大勢で行けば転進退却に時間が掛かり、犠牲が出てしまう。丁度良く相手を挑発し、排除を決断させる位の威力を少人数で実現したいんだ」
ユーリーの注文は難しいものだった。しかしポンペイオ王子は果敢に提案する
「我らドワーフ戦士団で攻め上がれば、敵も反撃せざるを得ないだろう。その上で兵を後退させて盆地におびき寄せれば……」
「お言葉ですが、ポンペイオ王子。ドワーフの戦士は皆歩兵、機動力に劣ります。我ら騎士にお任せくだされば――」
「ならん! それは出来ないぞデイル卿。これは我ら山の王国の問題、如何にウェスタ侯爵殿の手勢といえども、他国の騎士に頼むことなど出来ないのだ!」
デイルの申し出は存外に強い反発を持ってポンペイオ王子に否定されてしまう。部屋には少し重い沈黙が流れる。アルヴァンとしては、なるべく犠牲の少ない方策が良いと思うし、デイルの申し出は尤もだと思う。しかし、一方でポンペイオ王子の言う事も理解できるのである。同じ状況なら父ブラハリーも祖父ガーランドも同じように言うだろうと思うのだ。
室内の面々が一様に考え込む雰囲気になる。作戦の骨子は固まっていて上手く行きそうなのに、その切っ掛けを上手く作れないのだ。もどかしい気持ちは各人同じであろう。そんな沈黙の室内に、ヨシンの声が響いた。
「でも、ユーリーはあの魔物に恨まれてるよな。なんたって『嘘ついて騙した』んだからな……」
「あ!」
「そうだ!」
そんなヨシンの声に、アルヴァンとユーリーが不意に大きな声を上げた。何か思いついたという素振りの二人は
「そうだ、僕が行けば良いんだった……」
「ユーリーが一番適任じゃないか?」
と同時に言うのだった。
その後、頑強に反対するポンペイオ王子を説得するために少し時間が掛かったが、一同の作戦は固まっていた。ユーリーと護衛の為のデイル、ヨシンの三騎が「深淵の金床」の入口に赴き魔物を挑発し引き寄せる。その後、盆地まで後退した三人に釣られた魔物を投網と銛で拘束し、遠距離からドワーフのクロスボウで仕留めるという作戦が練り上がったのだった。
決まってしまえば後は準備あるのみ、部屋を飛び出していくドワーフ達は各工房や戦士団への連絡に向かう。そして、ウェスタ侯爵領の一団はポンペイオ王子に誘われて、当初はルーカルト王子のために準備されていた山の王国の視察に向かうのだった。
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武器防具工房では、昨晩の晩餐で同席したトート工師が一行を待ち構えていた。工房の作業場は整然と整えられていて何人かの職人が夫々の仕事に打ち込んでいる。ドワーフだけでは無く、人間の姿もチラホラと見かけるのだった。
「デイル卿にヨシンと言ったな? 一日ばかり剣を預かるが宜しいかな?」
というトート工師の言葉に嫌も応もない二人は揃って腰に下げた大剣と長剣を差し出す。昨晩の晩餐の席では遠慮がちに刀身を覗き見ただけだったトート工師だが、今は遠慮不要と、先ずデイルの大剣の鞘を払う。
「うむ、やはり兄弟子の仕事だ……調べたところ四十年前にラールス家に納めた大剣です。『|鋼打ち(はがねうち)』の技術を駆使して、ひたすらしなやかに折れず曲がらずの丈夫な刀身を目指したと兄弟子の手記に記してありました……当時の兄弟子の自信作だったようです」
「……そのような話を聞けるとは……使う者としては身が引き締まる思いです」
トート工師の言葉にデイルの率直な感想である。そして、トート工師は次にヨシンの「折れ丸」を手に取る。
「うーん……こういうのは見たことが無いな。鋳造品の数打ち物を溶かし込んで鍛え直したのか? 地肌を見るに熱の入れ方はしっかりしているようだ……」
ブツブツと言うトート工師はおもむろに、ヨシンの「折れ丸」の切っ先を地面に着けると膝で体重を掛けるように刀身を押し込む。
「ちょっと!」
刀身が折れるかと思い驚くヨシンの制止の言葉であるが、「折れ丸」の刀身はトート工師の体重を受けて能く
「ふむ……芯金造りか……バスタードソードでは珍しいな……」
そう言いながら次は片手で「折れ丸」を持ち上げて上下左右に振ってみる
「重心は……ヨシンとやら、この剣で突くのは難しいだろう?」
「え?ま、まぁ突けないことは無いけど、切っ先が振れる時があるかな? 多分剣先が重いからだと……おもいます」
「そうか……多分手元の重みが貧弱過ぎるのだろう。お前は力が有りそうだから鍔元の重さを重くする方向で調整してみたいが、良いかな?」
「あ、ありがとうございまっす!」
そんなやり取りでデイルの大剣とヨシンの「折れ丸」はトート工師に一日預けられると手を加えられ、翌日には生き返ったようになるのだった。
その後一行は山の王国が最近改良を加えたという|弩(クロスボウ)の威力と連射性を見学する。試に、一行の中で一番弓を能く使うユーリーの
一方威力の方は、矢の装填性を重視したために弱くなっているようで、薄い鉄板を張り付けた標準的な盾に対しては鏃の先端を少し貫通させる程度だった。専門の弩兵が運用する大弩は金属鎧を貫通して相手を死傷させる威力があるから、それに比べると見劣りする威力である。しかし、専門でない一般歩兵に持たせるという点では充分効果的な武器だと思われた。実際|弩弓(クロスボウ)に触ったことの無いアルヴァンやデイル、ヨシンを始めとした騎士達も操作を体験してみると、皆「これはやり易い」という感想だった。
「ポンペイオ王子、例えばこの『弩弓』を百丁同時に買うと幾らになるのですか?」
というアルヴァンの問いに、
「最初の年に一度の補修と点検を含めて、そうだな……金貨千と言いたいところだが、金貨五百にしよう。我々も纏まった数を納入して運用についての実績が欲しいからな」
と商売人の息子然とした王子の答えであった。兼ねてより、歩兵戦力に遠距離攻撃力を持たせたいと思っていたアルヴァンは前向きに考える事を約束するのだった。そんな商談も挟みつつウェスタ侯爵家一行の視察は続いて行くのである。
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一方、割り当てられた寄宿舎に引きこもるルーカルト王子は、癇癪を爆発させている。
「なんでこの俺が、ドワーフ如き亜人に|遜(へりくだ)らなければならんのだ! 俺は王の息子だぞ!!」
誰も居ない部屋で一人、凄い剣幕で捲し立てるのだ。
「しかも、あの小賢しいブラハリーの息子め! 訳知り顔で弁解なぞしおって……ええい! 腹立たしい!」
そう叫ぶように言うと腰の短剣で枕をズタズタに突き刺すのである。上質な羽毛が部屋に舞い散り、紅潮したルーカルト王子の頬に張り付く。それを鬱陶しそうに短剣を持った手で振り払うのだが、その刀身が左頬に細い切傷を付ける。そして、その痛みにいっそう大きく感情を爆発させる。
騒ぎに気付き騎士隊長が部屋へ入ってくるまでの短い時間でルーカルトは割り当てられた部屋内を散々な状態に荒らしていたのだった。騎士隊長達に取り押さえられたルーカルト王子は肩で息をしつつも喚くように言う
「渉外担当を呼んで来い! もうこんな国は嫌だ、次へ向かうのだ!」
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