Episode_05.22 男の意地


 細い廊下は大柄なヨシンが立つと左右にユーリーが入り込む空間が無い。後ろに控えるユーリーはヨシンを下がらせたいが、その目の前で傷を負ったヨシンがふら付く。その光景に意を決したユーリーは、


「リリア、目を瞑って後ろ向いてっ!」

「!?」


 咄嗟に斜め後ろに居るリリアに注意を促すと、覚えたてのもう一つの魔術「閃光フラッシュ」を発動する。放射系魔術では簡単な部類となるこの術は、それでも今の所ユーリーが使える術の中で「静寂場」や「対魔術障壁」と並んで難しいものだ。そんな「閃光」がヨシンの後頭部の直ぐ上で発動すると、文字通り太陽のような眩いまばゆい閃光を一瞬だけ辺りにまき散らされる。


 ふら付いたヨシンに止めを刺そうと剣を腰だめに構えた剣士二人は、一瞬の閃光で視界を奪われ狼狽える。一方目を瞑って顔まで背けていたユーリーとリリアはヨシンに駆け寄ると彼を後ろに引き倒すように引っ張り下げて、代りに前へ出る。


「っ!」


 無音の気合いと共に鋭く突き出されるユーリーの片手剣ショートソードの剣先は右側の戦士の喉へ、気合いすら発しないリリアの右手剣は左側の戦士の小札鎧スケールメイルの隙間を縫って心臓へ、ほぼ同時の攻撃によって二人の戦士は倒された。


「ヨシン!! 大丈夫か!?」

「あー、しくじった。すまない」


 慌てたユーリーだが、ヨシンの傷はそれ程深くは無いようだ。安心すると「止血術」と「治癒」を重ね掛ける。止血術は二度三度と重ね掛けが必要だったが、ようやく出血の止まったヨシンは少し辛そうにしながら起き上がると、


「も、もう大丈夫……」


と笑って見せる。その様子に安心したユーリーは窓の外を見る。未だ騎士隊は遠距離攻撃を警戒しているようだった。


「リリア、風の精霊……『遠話』は使える?」

「えっ……使えるわよ!」


****************************************


 物陰のデイルは、倉庫の二階からの遠距離攻撃が少し止まったのを感じる。


(今だ!)


 と決心して物陰を飛び出そうとした瞬間――


(……デイルさん! 二階の魔術師は片付けました。もう大丈夫です!)


 というユーリーの声が出し抜けに耳元で響いた。驚いたデイルだが、四年前にも同じような状況で「声」を聴いた事があったので、それが自分の周りで不自然に動く風がもたらす魔術(正確には精霊術)によるものだと分かる。「助かる!」と聞こえているのか分からない返事を返して、


「お前達、いつまで隠れているつもりだ! 突撃するぞぉ!」


 そう大声で号令を掛ける。その声に弾かれるように物陰から騎士達が飛び出すと、気勢を上げながら建物へ突進していく。勿論デイルは彼等の先頭を行く、結局勇気が出なかったと言うよりも、突進する切っ掛けが無かっただけのような騎士隊は倉庫の正面扉に殺到すると、海へ下る勾配へ舟を推し進めていた盗賊ギルドの面々と乱戦を繰り広げる。


 乱戦の混乱の中、デイルは倉庫の奥を右往左往する太った男 ――ドルガ―― を目に留めてその前へ進み出る。


「あ、あ……あ……」


 と声に成らない何事かを呟くドルガに対して、デイルは無言で剣の柄頭を強かにその肥えた腹に叩き込む。


「ぐぇっ……」


 蛙がつぶれたような音を出して悶絶するドルガを他の騎士に蹴り渡したデイルは


「縛っておけ、恐らく首謀者だ!」


 と命じる。そして、デイルは周囲を見渡す。状況は乱戦であったが、盗賊と騎士では戦いにならない。いたるところで盗賊は殴り倒され、斬り倒されしながら数を減らしていく。あっと言う間に倉庫は制圧されていった。


「逃げる者は容赦するな、投降するものは捕えよ!」


 そう周囲の騎士へ命じると、デイルの視線は二階へ続く長い階段へ吸い寄せられる。


(二階にはユーリーがいるのか?)


 先程の「遠話」で二階の魔術師を制圧したと伝えてきたユーリーには、ヨシンと共に倉庫の外で包囲を逃れた敵の討伐を命じていたはずだが? と訝しく思うデイルは二階へ続く階段を単身で駆け上がる。二階に辿り着いたデイルはじっと気配に意識を集中するが、盗賊が潜んでいるような気配は感じられない。


 それでも用心深く二階の廊下を進むデイルは、廊下が折れ曲がり広い場所に出たところで、見知った顔 ――ユーリーとヨシン―― と更に見知らぬ少女、それにヨシンの肩にもたれ掛る老人を目にした。


「お前達、そこで何をしている!」


****************************************


 廊下に陣取った六人の冒険者を打ち倒した三人は、そのまま廊下を折れ曲がり広い空間へ出た。左右に扉があるが、左側、つまり海側の部屋に続く扉は施錠されておらず、用心して開けてみたものの、中はもぬけの空であった。そして反対側、つまり崖側の扉は施錠されていた。


「私に任せて」


 そう言うリリアは、腰のポーチから細い針金のような道具を二本取り出すと扉のカギ穴へ突っ込み中を探るようにする。少しの間があった後に扉はガチャリと音をたてて開錠される。


 しっかり開錠出来たことに満足気なリリアは注意深く扉を開ける。その隙間を、剣を構えたユーリーが警戒しつつ覗き込む。すると、そこには牢屋のような鉄格子とその奥のベッドに横たわる老人の姿が見えた。


「お父さん!」


 リリアはそう言って鉄格子に駆け寄る。当然のように施錠された鉄格子の向こうで具合の悪そうな老人が少し身じろぎするのが見えた。慌ててその鉄格子の開錠に取り掛かるリリアは少し手が震えているのか、先ほどよりも長い時間が掛かったが無事に開錠すると中に飛び込む。


「お父さん! 大丈夫!」

「あ、ああ……」


 薄暗い室内でも分かるほど老人 ――リリアの父ジム―― の顔色は悪い。青白い顔で眉間に皺を寄せて苦しそうにゼェゼェと呼吸をしているのだ。


「とにかく、運び出そう」


 ユーリーの言葉にヨシンが進み出るとジムを担ぎあげる。さっきまで酷い怪我をしていたとは思えない馬力であるが、今は助かる。ジムは小柄と言えるがそれでも力の入らない大人一人を運ぶのはかなり大変なのだ。


「……あ、あんたたちは?」


 細く絞り出すような声で訊いてくるジムにリリアが答える


「ユーリーと……」

「ヨシン!」

「そう、ユーリーとヨシンの二人がお父さんを助けるのを手伝ってくれたのよ……」

「ば、馬鹿な……」


 ジムは何か言いたそうだが、その後が続かない


「早く行こう、騎士隊が来たら色々厄介だ」


 ユーリーの冷静な一言で動き出す四人、部屋を後にすると一階の厨房へ続く階段へ戻ろうとしたときに突然後ろから良く聞覚えのある声が掛けられた。


「お前達、そこで何をしている!」


 あまり聞かないデイルの厳しく問い詰める声に、ユーリーは振り返る。目の前には業物の大剣を手にした騎士デイルがたっていた。ユーリーは背後でリリアとヨシンが動揺するのを感じた。そのユーリーもまた右手に片手剣ショートソードを持った状態だ。


「その二人は何者だ?」


 そう問いかけるデイルの言葉は語調が厳しい。しかしユーリーは肚に力を入れると


「一般人です」


 と言い切る。しかし、言い逃れは難しいようで、デイルは続けて厳しく詰問してきた。


「何故一般人がこんなところに居るのだ?」

「こちらの老人がここに捕えられたと聞き、救出しただけです!」

「……にわかに信じられないな……騎士団で取り調べる。その二人を此方へ」


 わずかな問答の後、デイルが此方へ歩み寄るが、ユーリーは後ろを庇うように一歩下がる。


「ユーリー! その二人を引き渡せ!」

「デイルさん……それは出来ない……断るっ!」


 デイルは自分の言葉に強い力を籠めて恫喝するようにユーリーに投げ掛けたつもりだったが、返事として思いも掛けない強い否定が返ってきて逆に驚いていた。


「リリア、早く行け!」

「言う事を聞け! ユーリー!」


 その二人のやり取りに戸惑うヨシン、ヨシンがジムを担いでいるからこの場を動けないリリア。そして睨み合うように視線を外さず対峙するユーリーとデイル。その場の空気が一気に緊張感を増す。


 ユーリーは正直、目の前のデイルが怖いと感じる。どんなに魔術と剣を駆使しても今の自分には敵わない相手である事は充分承知している。しかし、ここは意地でも引けない。リリアからは彼女の父親が何者か聞いていない。聞いていないが、この状況に飛び込んででも助けたいと言うことは、正騎士団に渡せば必ず何かの罪に問われるのだろう。その結果リリアが悲しむならば……命がけでも・・・・・ここは引けないのがユーリーの意地なのだ。


 デイルは目の前のユーリーを観察する。ユーリーの目は本気で刃向うつもりだという決意を伝えて来る。きっと賢いユーリーのことだ、自分の思い付かない手を使ってでも後ろの二人を逃がすだろう。更に、もしもヨシンと二人で刃向われたら、デイルにはそれを間違いなく制圧する自信までは無い。それほど、目の前の若者達は「強い」のだ。


 しかし何故そこまでして刃向うのか? と自問するデイルの目に、ユーリーの後ろで、彼とヨシンに担がれた老人とに交互に心配そうな視線を送る美しい少女が映る。絶世の、とまでは言わないが中々の容姿の少女が心配気に覗き込む老人はデイルの見立てでは「死期が近い」と見える。フッとデイルの脳裏に母親の死に顔がよぎる、そしてユーリーとヨシンの二人にはそれなり・・・・の「恩」が有ったことを思い出した。


 ほんの数十秒程度のユーリーとデイルの対峙は、不意にデイルが緊張を解き大剣を鞘に納めることで終わりを告げた。ユーリーら四人を視線から外したデイルは横を向きつつ、


「ならば早く行け。その老人の具合が良くなったら取り調べはするが、今は安静に出来るところに移してやることが先決だ……しかし外の他の兵士に見咎められたらどうなるか知らないぞ。あくまで、俺は見逃すというだけだ……」


「……ありがとうございます……デイルさん」


 ユーリーの言葉が二階の細い廊下に小さく響いた。


****************************************


 倉庫から脱出したユーリーとリリア、そしてヨシンとジムの四人は味方の兵士の包囲網を避けつつある程度進むが、これ以上は進めない所まで来てしまった。騒ぎを聞きつけた衛兵隊までが港に到着しつつあった。


「ここを突破しないと……」


 ユーリーはそう言う自分の言葉に対して方策が無い事を歯噛みする。


「お……俺はもういい……リリア、俺を置いて……」

「ダメよ父さん!」


 そんなやり取りが心に突き刺さるようだ。ジリジリしながら望み薄の期待 ――包囲が緩む事―― と待つユーリーに、ヨシンが声を掛ける。


「なぁユーリー。あのあれ、なんて言ったっけ……硝子の棒みたいな・・・・の持ってただろう?」

「あっ!」


 ヨシンの思い付きにユーリーはハッとする思いだった。そしてヨシンを見返すと大きく一度頷いていた。


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