Episode_05.21 突入


 ユーリーは自分を含めた三人に改めて「加護」や「身体機能強化」「防御増強」の術を掛ける。リリアが若干驚きの声を上げるが、初めて強化術を体験したからだろう。そうして準備を整えたユーリーは勝手口の扉に手を掛けるが


「待ってユーリー!」

「どうした?」

「入った所は多分厨房だけど、そこに五人の気配を感じるわ」


 リリアは扉を開けようとするユーリーを制止すると、中の状況を伝える。ごく近く、扉の先で慌ただしく動く五人の気配が風の精霊によってリリアに伝えられる。ユーリーは怪訝そうな表情でリリアを見つめるが、その表情を一変させて


「……精霊術?」


 と訊き返す。ユーリーもまた不自然に頬を撫でる風に気が付いたのだ。それはもう四年も前に樫の木村でフリタが使った「遠話」の精霊術を彷彿とさせる風の感触だった。そんなユーリーの洞察に少し驚きながらもリリアは頷く。ユーリーは瞬間考えを巡らすが、五人の敵を一気に制圧する術は持ち合わせていない。


「何人いるか分かっただけでも充分有り難い!」


 後ろからヨシンの声が掛かる。確かにその通りだと思ったユーリーは


「よし! 一気に中に入る、ヨシンは右、僕は左、リリアは援護、良いね!……三、二、一」


バンッ


 勢い良く開いた扉の向こうはリリアの言う通り厨房だった。調理台やかまどが並び戸棚が据え付けられた壁の向こう、丁度勝手口の反対側には倉庫の方へ続く扉が、そして右手側には二階へ上る階段が見える。因みに部屋の種類までは風の精霊でも分からない。単純に勝手口が有るのは厨房という常識的な判断でリリアは言ったのだ。


 突然開けられた勝手口から三人の若者が飛び込んでくる。厨房に居た盗賊ギルドの面々は驚愕しつつも短剣やカトラスを抜こうとするが、先行するヨシンは最も近くに居た盗賊の手首を斬り落とし、その隣の盗賊の膝を断ち斬る。刀身が関節に食い込み腱や筋を断つ感覚がヨシンの手に伝わってくる。


 一方のユーリーは、室内の右へ廻ったヨシンに対して自分は左側へ回り込む。厨房から次の部屋へ抜ける扉を閉めてしまうためだ。そんなユーリーに二人の盗賊が斬りかかる。既にその手には大振りの短剣が握られているが、ユーリーは冷静に進む方向を塞ぐ一人の繰り出す短剣を片手剣ショートソードで受け流して、浅くその持ち手を斬り付ける。


「ぎゃぁ」


 と悲鳴が上がるが、それを無視してもう一人へ「魔力衝マナインパクト」を振り向きざまに放とうとして、そこで止まる。目の前には、リリアが右手の剣をユーリーに斬りかかろうとしていた盗賊の左胸に突き立てている光景が飛び込んで来たからだ。


 リリアには、判断も何も無かった。部屋に飛び込んだユーリーともう一人ヨシン、先に飛び込んだヨシンは優位に敵を制圧したが、次に続いたユーリーは応戦態勢を取った二人に斬りかかられた。それでもユーリーは慌てずにその内の一人を無力化したが、その後ろへ斬りかかるもう一人への対応が間に合わないとリリアには見えた。


(危ない!)


 咄嗟の事だが、自分に背を向けてユーリーに斬りかかる敵の急所 ――心臓の位置―― が分かってしまう・・・・・・・リリアは、右手の剣をスッと突き出す。背骨の脇から肋骨の隙間を通り確実に心臓を捉えた剣先はそのまま左胸に飛び出して止まる。糸が切れたように崩れ落ちる敵の体重を支えきれずに右手が下がり、勝手に剣が抜ける。


(私、今……)


 人を殺してしまった。そう思ったリリアだが、震えが彼女を襲う前に、


「ありがとうリリア、助かったよ!」


 と言う場違いなユーリーの優しい声が聞こえてきた。手元から前へ視線を移すリリアの視界にユーリーの笑顔が飛び込んで来た。恐れや後悔、言い訳などは一気に吹き飛び、


(はぁ、無事で良かった)


 とだけ思うリリアであった。そのリリアの視界の先では、扉を抜けて逃げようとした最後の一人をヨシンが仕留めている。


 一旦勝手側と奥の倉庫に繋がる扉を両方とも閉めた三人は中と外の様子を伺う。ヨシンは意識が有る盗賊三人の手足を縛りつけて倉庫に繋がる方の扉の所へ動かす。内側に向かって開く扉はこの三人と後二人分の死体が邪魔して、開けることが出来ないだろう。


 屋外の戦闘の音はまだ倉庫には達していないようだが、大勢の人が倉庫へ向かっているようだ。


(デイルさん達の騎士部隊が倉庫に取り付く頃か?)


 そうユーリーが思った時、不意に外で大きな音が鳴る


バンッ、バンッ、ドォン!


 立て続けに光が爆ぜて、炎が上がる音が外から聞こえてきた。


「なんだ?」

「魔術か?」

「ちょっと待ってね……」


 ユーリーとヨシンの疑問をリリアが制する。そして意識を集中して周囲の状況を知らせる風の精霊と地の精霊の声に耳を傾ける。


「二階から魔術で外の騎士を攻撃している一団がいるわね……騎士達は足止めされているわ」


 その言葉にユーリーは、


「二階か……ところでリリア、お父さんは何処に居ると思う?」

「それも多分二階だと思う」

「じゃぁ二階へ行くしかないな」


 そう言うと三人は目の前の二階へ続く細い階段を睨みつけるのだった。


****************************************


 倉庫の二階から魔術による攻撃を受けた騎士デイルは、動けなくなったところを周りの騎士達に助けられて物陰に引っ張り込まれていた。積み上げられた木箱や樽、太いロープの向こう側では、炎の爆ぜる音も響いている。


 強い衝撃を受けた身体は痺れるような感覚であるが、徐々に回復しつつある。そんなデイルは、この状況を|忸怩(じくじ)たる思いで見ている。


「と、とまるな! 一気に距離を詰めるんだ!」


 やっと声が出るまで回復したデイルの号令だが、馴染みの無い魔術師からの攻撃を恐れて物陰に隠れる騎士や兵士の反応は薄い。こちら側には応戦する弓兵が殆ど居ないことが悔やまれる。


(盗賊だと思い見くびったか……誰も動かないなら、もう一度俺が!)


 そう言い聞かせ、縺れる足で何とか上体を起こすデイルは物陰から倉庫を観察する。開け放たれた正面扉から、盗賊達が小舟を海へ出そうとしているようだった。


****************************************


 盗賊ギルドが拠点としている倉庫は、古い造りだが大きいものだ。立方体の形状で、海に向けて開く正面扉は倉庫への荷物の出し入れを念頭に置いた大きいものになっている。そして一階は床面積の三分の二が倉庫として使える空間となっていて、残りが厨房や部屋等の生活空間になっている。一方二階は通常の建物の四階に当たる程高いところにあり、倉庫の床面積と同じ程の大きな空間になっている。それを生活場所や物置として小部屋に仕切ってあるのだ。


 倉庫スペースでは、ドルガが大声で配下の盗賊達を急かしたてている。


「早く船を出せ! この際『黒蝋』は置いて行く! 早くしろ!」


 倉庫内には、緊急時の脱出用に十人乗りの小型の舟が三つ準備されている。全員が乗ることは出来ないが、自分を含めた「黒蝋」取引網の重要人物は乗せて逃げることが出来るだろう。大枚を叩いて雇った魔術師を含む冒険者の一団が二階から相手の騎士や兵士たちを牽制している今が脱出のチャンスなのである。


「はやくしろ!!」


 そう怒鳴りつつ、自分も船を押している配下の者達に加わるドルガであった。


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 一方倉庫内への侵入を果たした、ユーリーとリリア、それにヨシンの三人は厨房から二階へ続く細い階段を一列で進む。リリアが風の精霊から聞き取った情報では、二階に魔術師を含む集団がいて、騎士部隊の前進を足止めしているという。さらに、リリアの勘では父親の居場所も二階だろうという事だった。


 細い階段は何度か踊り場を経て折れ曲がり先へ続いているが、もう終点に近いようだ。登った先は突き当りになって右の通路へ続いているようだ。


「ユーリー、どうする?」

「うーん、『対魔力障壁マジックシールド』を張って、突っ込もうか?」

「ちょっと待って……私が『突風ブロー』を使うわ、あれだと細い廊下では避けようがないから」


 ヨシンの問いにユーリーとリリアが意見を言う。終始小声の相談である。ユーリーはリリアの使う精霊術の知識が無い。しかしリリアの自信有り気な表情を見ると決心する。


「よし、先ず、リリアが突風で相手の態勢を崩す、そこに僕が弓で攻撃した後、ヨシンが突撃、後から『対魔力障壁』を張る……いいね?」


 ユーリーの言葉にリリアとヨシンが頷く。作戦は決まった、後は実行するだけの三人である。


 細い階段を登りきる所まで進むとリリアはそっと通路の先を窺う。二人並べば隙間の無い細い廊下に六人の冒険者風の男達が陣取っている。そしてその内の二人は魔術師風のローブに仰々しい杖を持っているのが見える。他の四人は軽装備の戦士風だ。そこまで見て取るとリリアは階段の方を振り返り合図を送る。それにユーリーとヨシンが頷き返す。


 リリアは少し目を瞑り、意識を集中させる。自分の周りを漂う風の精霊に語り掛けるのだ、ふと精霊の一つがリリアに興味を向ける。


『おねがい、この廊下を突風となって吹き抜けて!』


 心の中で念じたことに、風の精霊は頷いたようにリリアには感じられた。次の瞬間、


ゴォォオ!


 耳がキーンとなる気圧の変化と共に突風が廊下を吹き抜ける。


「なんだ!?」

「うあぁ!」


 突風と同時に廊下に飛び出したユーリーは、既に矢をつがえている。目の前には転倒した戦士二人とその奥にはローブをまとった魔術師二人、その奥のもう二人の戦士はしかし何とか転倒を免れている。魔術師二人を先に仕留めたいが手前の戦士が邪魔で狙えないユーリーは軽装備の戦士へ立て続けに矢を放つ、距離十メートルも無い至近距離で矢の連射を受けた戦士は、首筋や胸、わき腹に合計三本の矢を叩き込まれて倒れ込む。


「うらぁぁ!」


 矢を放ち終えたユーリーの横をヨシンが「折れ丸」を構えて突進する。何とか起き上がろうとする手前の戦士は、ヨシンが勢いよく突き出す剣先を何とか躱すが、続くもう一撃を首筋に受けて起き上がり掛けた身体が廊下に崩れ落ちる。


 突然、予想していない場所から突風を受けて床に倒れ込んだ魔術師二人は、慌てて起き上がると廊下の奥、階段の方を見る。そこでは長剣バスタードソードを構えた騎士風の青年が仲間の戦士を斬り倒しているところだった。もう一人の戦士は既に矢を体にうけて倒れている。


「くそ!」


 そう毒吐きつつ、魔術師は素早く術陣を起想して「魔力矢エナジーアロー」を発動する。目の前に浮かび上がった二本の光る魔力の矢は、そのまま自分に向かってくる騎士風の青年に向かって飛ぶ―― が、その青年に直撃する寸前に急速に光を失って霧散してしまった。


 ユーリーによる「対魔術障壁マジックシールド」の術が先に発動したのである。空間に魔力を減衰する力場を形成するユーリーの魔術は細い廊下を覆うには充分で、それほど熟練と言えない敵の魔術師の術の効力を無害化するのにも充分だった。


 ヨシンは、光る魔力の矢が自分に向かってくる瞬間、身を硬くして備えたが、それは軽く小突く程度の威力しか無くなっていた。咄嗟にユーリーの術が効果を発揮したと悟ったヨシンは勢いそのままで、慌てる魔術師二人に斬りかかる……が、瞬間で急停止する。


(ユーリーは良くこのタイミングでマナインパクトだっけ? あれで攻撃するもんな!)


 カウンターで襲い掛かる強力な近距離魔術を警戒したヨシンは突進を一旦止める。訓練に魔術も織り交ぜてくるユーリーにいつも手こずるヨシンは対魔術師の戦い方を身に着けた剣士になりつつあった。対する魔術師の内「魔力矢」を放ったのと別の魔術師は正にヨシンの読み通り、その「魔力衝マナインパクト」を放とうとしていたのだが、急に止まったヨシンにタイミングが合わず痛恨の空振りになってしまう。


 魔力を減衰する空間の中に在って尚濃密な近距離魔術の魔力が空間を揺らすが、それだけだった。一旦溜めた・・・ヨシンは、再び突進し魔術師二人に肉迫すると、


「せぃっ、やぁっ!」


 気合いの声と共に振られるヨシンの「折れ丸」はあっという間に魔術師二人を斬り倒していた。その直後、呻き声を上げて床に倒れ込む魔術師二人の向こう側から、二人残った戦士がヨシンに殺到する。


 狭い廊下はヨシンの立ち位置で終わり、広めの空間に出る所だ。そこでヨシンは二人の戦士が突き出す片手剣ロングソードの突き主体の攻撃に苦戦する。未だ狭い廊下に位置するヨシンに対して、開けた空間から二人並んで攻撃を加えてくる敵の戦士の方が有利な位置取りだ。しかも、この戦士二人は中々熟練した腕の持ち主で、室内の限られた空間を考慮した巧みな連係攻撃で畳み掛けてくる。


ヒュッ、ヒュッ


 と剣先が立てる風切音、ヨシンは「折れ丸」を左右に操り突きを受けるが、連続する攻撃を受け切れず腕と腿に次々と刺し傷を負う。そして、大柄なヨシンの身体がぐらり、と揺れた。


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