Episode_05.20 実戦
静寂に包まれた中で顔を見合すユーリーとリリア、お互いに音が無いことを忘れて何か口に出そうとするが……果たせずにただ見詰め合う。そんな二人を掴んで無理矢理少し離れた物陰に引っ張り込んだのは、事情が良く分からないヨシンであった。既に戦闘が始まった場所でボーと突っ立っている二人を「何やってるんだ」と毒づきながら、物陰に押し込んだのだ。
引っ張り込まれた物陰はユーリーの「静寂場」の効果外だったようで、少し離れたところから剣を打ち合う音や指示を飛ばす号令が聞こえてくる。その音に我に返ったのはユーリーが先だった。
「リリア……こんな所で何を?」
「ユーリーこそ、その恰好は?」
色々話さないといけないことが有るのだが、生憎時間がないと感じるユーリー。リリアも同じように考えている。
(早くお父さんを助けないと!)
その思いに突き動かされるように、リリアが喋り出す。
「ゴメンなさい、嘘を付いていた訳じゃないの。でも理由は聞かないでほしい。私のお父さんがあの倉庫の中に捕まっているの……早く助けに行かなくては!」
「それなら大丈夫だと思う、いま攻撃を仕掛けているのはウェスタ侯爵領の正騎士団だ。きっとリリアのお父さんも無事に――」
「違うの! 私のお父さんも捕まっちゃうかもしれないのよ! ねぇユーリー、助けてとは言わないわ……お願い、見逃してっ!」
辛そうに眉を顰めてそう叫ぶように言うと、リリアは倉庫へ向かって駈け出して行った。
「まって!」
ユーリーにはリリアの言う事が全て理解できなかった。咄嗟に感じたのはリリアもその父親も「黒蝋」密売の一味ではないか? という疑念だ。しかし、そんなことは|どうでも(・・・・)良い。ごちゃごちゃと回る鬱陶しい思考を全て止めてユーリーはリリアの後を追う。
「おい! 待てよユーリー! 俺たちはここで逃げてくる奴らを食い止めるんだろ?」
「すまない、ヨシン! 後は頼んだ!」
「……はぁ?」
抗議の声を上げるヨシンだが、早速包囲網を突破しようと此方を目指して走ってくる戦士風の男が見える。その男はヨシンを認めると剣を抜き放ち斬りかかってくる。ヨシンを突破すれば逃げられると思ったのだろう。
(くっそ! どうなっても知らないぞ!)
内心、|親友(ユーリー)に恨み節をぶちまけながら、ヨシンは「折れ丸」を構えると二合打ち合い、戦士風の男を斬り倒した。そして「くそ!」と一言毒づきユーリーの後を追うのであった。
****************************************
デイルが指揮する中央の騎士部隊は思わぬ頑強な抵抗に前進を阻まれていた。物陰を上手く利用して遠くから弓矢や投げナイフで応戦してくる敵に注意が散漫となった所を傭兵風の集団に突かれたのだった。敵も逃げるために必死である。デイル率いる正騎士三十人を突破すれば逃げられると思い極めての突撃であった。
「怯むな! 戦列を整えろ」
そう言うデイルは指揮する位置から前へ進み出て、囲いを押し退けて突進する傭兵の先頭に斬りかかる。勢いの付いた相手方は、デイルの一撃を横へ動いて躱し、斬り返してくる。
(チッ手強い)
デイルはその反撃を大剣の腹で受けると、相手の勢いを利用して受け流す。剣を持つ手が泳いだ相手のがら空きの胴にデイルの金属製のブーツが蹴り込まれる。悶絶して倒れ込むその傭兵には構わずに次の相手に斬りかかるデイルは、今度こそ一太刀で相手を切り捨てた。
首筋から血を吹き出す傭兵の向こうには更に十数人の抜剣した男達が見える。しかし、デイルに蹴り倒された先頭の男がこの傭兵達のリーダーだったようで、残りの傭兵達がその様子に浮足立っていることを察知したデイルは、
「今だ! 押し包め!」
と号令を掛ける。その号令に従い左右を夫々十人の騎士に取り囲まれた傭兵の集団はあっという間に無力化されていた。物陰からの飛び道具は相変わらずだが、重装備の正騎士には余り効果が無い。デイル自身も何度か矢を受けているが、全て頑丈な
「歩兵隊! 包囲を狭めよ!」
デイルは一瞬だけ後続の歩兵を向くと、そう指示を飛ばして更に前進する。やがて積み上げられた障害物を突破すると目の前には大きく開かれた倉庫の正面扉が見えてきた。奥からワラワラと盗賊風の者や傭兵風の者達が飛び出してくる。
扉までの距離は約二十メートル、全員に突入の号令を掛けようとするデイル目掛けて、倉庫の二階の窓から閃光が走る。
「ぐぁっ」
デイルは咄嗟に右手で大剣を持ち上げ、飛び込んでくる光の矢を防ごうとするが全身に強い衝撃を受けて二歩三歩と後退するとその場に膝を付く。
(くっ、魔術師か?)
デイルの読み通り、それは倉庫の二階に陣取った冒険者の一団の中の魔術師が放った「
「魔術師が居るぞ、全員注意しろ!」
何処かでそんな同僚の騎士の声が聞こえる。「魔力矢」による衝撃のため動けないデイルも誰かに引っ張られると物陰に押し込められた。そして戦況は一転して膠着してしまった。
(いかんな……)
この状況で膠着すると敵に逃げる暇を与えるだけである。不味い事に港湾局の監視船は未だ到着していない。夜の暗闇の中で連中に海に出られると探し出すのは非常に困難なのだ。
****************************************
正騎士団の襲撃に混乱する倉庫、その勝手口を目指して崖の付近をリリアは走り抜ける。そんなリリアを見咎めるものはいなかった。皆、傭兵集団が正騎士部隊と激突する方向を注視しているのだ。そして殆どの者の意識が倉庫の正面扉の方向に集中している。リリアは、
(これなら抜けられるかも!)
と淡い期待を抱くが、残念なことに二人の用心棒風の男が目指す勝手口から外へ出てきた。男達は自分達を目指して迫りくる少女の姿を目にして、その前に立ちふさがる。夫々手には既に片手持ちのロングソードが握られていた。リリアはその厳つい風貌に一瞬怯んだが、意を決すると自分も片手剣と短剣を抜き放ち応戦する構えをとる。
用心棒風の一人が、そのリリアに向かって斬りかかる。それは厳つい外見とは裏腹に、鋭さを欠いた斬撃だとリリアの目に映ったのだった。だから、訓練通りに左手の短剣でその攻撃を受け止め、鍔のギザギザに噛みこませて思い切り捻った。
パキンッ
安物のロングソードは乾いた音を立てて折れる。そしてそれを茫然と見る用心棒風の男はリリアの右手に持ったショートソードの腹で強かに殴りつけられ昏倒してしまった。
もう一方の男はその様子に驚きつつも、尚リリアを少女と見くびり乱暴な太刀筋で斬りかかってきた。リリアの目には、
(受け止める程のものでもない)
と映ったその斬撃は、実際彼女に掠りもせずに地面を強く打ち据えただけだった。素早いステップで男の左に回り込んだリリアは既に絶好の攻撃位置 ――喉、脇、胸のどこでも狙える位置―― を取っているが……
(……えっ?)
何処を狙っても急所という状況で右手の剣を突き出すことが出来ない自分に戸惑う。本能的に人を殺めることに抵抗があるのだろう。戸惑うリリアが見せた隙に、体勢を立て直した男は再度大振りでロングソードを振り回してくる。ただ単純に力まかせの強振である。しかし動揺していたリリアはその斬撃を右手の剣で不用意に受け止め、
「きゃぁ!」
という声と共に転倒してしまう。にやけた笑いの男が剣を大きく振りかぶり自分に叩きつけようとするのが見えるリリア、風の精霊に
(私……殺されるの?)
その瞬間、再び目の前に影が飛び込んでくる。リリアの後を追ったユーリーである。ユーリーは距離を詰めながらもリリアの「不味い戦い方」を舌打ちするように見ていた。
(立ち止まって攻撃術か弓で射るか? いや確実に仕留めよう!)
走りながら次の行動を決めたユーリーは、リリアと用心棒風の男の間に滑り込むとそのまま片手剣を突き出しその男の喉を串刺しにする。
「うご?」
と変な声を上げる相手から、ユーリーは手首を捻りつつ剣を引き抜く。ドバっと吹き出る返り血が少し自分に掛かるがしょうがない。そして転倒したままのリリアを助け起こしながら耳元で言う
「殺せないなら剣を持つべきじゃない。お父さんは僕が助けるから」
「ユ、ユーリー?」
驚いたリリアの声に頷き返すユーリーである。戦場でもなければニコリと笑っていただろう。
「だから、離れたところで身を隠すんだ」
「だ、大丈夫よ! 私だって出来る!」
慌ただしく状況が動く戦場である、そんなに時間は掛けられない。リリアのハシバミ色の目は決意の意思を滲ませている。ここで「帰れ」「いやだ」の問答をしても危険なだけと判断したユーリーは、
「分かったリリア、僕の後ろに付いて来て」
そう言うと勝手口の方へ再び走り出す、そしてリリアはその後に続くのだ。その二人が勝手口へたどり着いたところで、後ろからヨシンも追いついてきた。ここに辿り着くまでに、三人の敵を倒しているヨシンは少し息を切らしながら
「はぁはぁ、ユーリー! なんだよ! どうして?」
「この中にリリアのお父さんが居る。助けたい!」
まだ状況をよく呑み込めないヨシンだが、ユーリーがリリアと呼ぶ少女とユーリーの両方を見ると、
(二人とも、真剣な顔だな……)
と感じる。親友が真剣に言うのだ、それを手助けするのは当然の話であるとヨシンはごく短時間で結論づける。
「わかったユーリー、俺も手伝う。だから強化術を掛け直してくれ」
「……ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます