Episode_05.18 港の倉庫
そういう経緯を知る由もないリリアは、夜市の人ごみを縫いつつ追跡対象を尾行し続ける。人ごみをかき分けて進む尾行は神経を使うものだ。いつ追跡対象が振り返るか分からない状況な上に、周囲を人に囲まれているため咄嗟に身を隠すことが出来ないのだから尚更である。約十メートル先を行く追跡対象を見失わないよう後を付ける時間が三十分ほど続いた後で、夜市を通り抜けた追跡対象はそのまま針路を南東の港湾地区へ向けて足を進める。
(港の方なら好都合だわ……)
と思うリリアである。何故なら港湾地区は、船に積み下ろしする荷物であふれかえっており、身を隠す場所が多い。その上この時間帯では既に大部分の荷役作業は終了しているため人気が少なく気配を追いやすいのだ。リリアは周囲の人気が無くなったことを確認すると大きな手提げ鞄から一揃えの片手剣と短剣を取り出しそれを腰のベルトに取り付ける。その武器は先日ユーリーがリリアの自宅で見かけた、燃え上がる炎の形の鍔を持った片手剣と短剣である。
片手剣の刀身は普通の物よりもやや細くそして拳一つ分ほど短い。これは室内などで振るうことを想定した拵えになっているためだ。そして短剣の方は両刃の刀身の長さに比べて鍔が大きく見える。これはマンゴーシュという防御用の短剣で、燃え上がる炎形はその谷間に相手の剣を喰い込ませ折るための設計である。これらを左右両手に持ち防御主体で戦う剣術が父親ジムから教え込まれたリリアの剣術である。因みに弓も能く扱うのだが、流石に戦闘目的で来ている訳では無いため嵩張る弓矢は自宅に置いて来ている。
武器を装備したリリアは尚も音も無く先を行く追跡対象を追って行く。一方、追跡者が背後に張り付いているとも知らないドルガの手下は、いつも通りの順序で「商工ギルド」の倉庫群へ向かって歩みを進める。そして、倉庫の間を通り抜けると港の最南端にポツンと建っている古ぼけた倉庫の中へ消えて行った。それを物陰から見つめるリリアは、その倉庫が目的地だと察するが、同時に周囲の警戒が厳しいことに驚く。
風の精霊と地の精霊が伝えて来る倉庫周辺の人の気配は合計で五十を超している。それが、見たところ全く姿を見せずに物陰に潜んでいるのだ。倉庫を護ると言うよりも、倉庫に近付く者や周囲を探ろうとする者を探し出して排除する構えのように思える。
(取引に備えて警戒しているのね……)
そう考えると合点が行くリリアである。しかしこの状況では、救出はおろか様子を見る事もままならない。古びた倉庫を中心に点在する気配は物陰に潜むだけでなく、巡回するように周囲を歩きまわっていることも感じられるのだ。いかに隠密術に長けていても、自分の姿までは消すことが出来ない。巡回する者達の目に留まることを避けるように場所を移しつつ、拠点である倉庫の様子を伺い続けるリリアはしかし、それ以上のことが出来ずに歯噛みするのだった。
(冷静に、冷静に)
と逸る気持ちを抑えるように言い聞かせるリリアは、何度目かの場所移動を終えたところだ。時間はどうだろうか? まだ午前ではないが、そろそろ夜市も店じまいになる頃だろうと思う。
そんな時ふと静寂を切り裂いて重い荷物を運ぶ荷車の車輪の音が聞こえてきた。その音は引っ切り無しに続くとリリアの耳の感覚では二十台程度が通って行ったと感じるのだった。そしてそれらは順番に倉庫の中に入って行くのだった。
それから待つこと更に二時間ほど、周囲の警戒は強まるばかりである。変化と言えば、盗賊というよりも「やくざ風」な男達が十数名、ギルドの盗賊に案内されて倉庫に入って行った位だ。リリアは夜空を見上げる。月はもう大分西へ傾いたのか、港からは王城のある崖が邪魔してみることが出来なくなっている
(あと、三時間ほどで日の出かしら……)
そう思うリリアは今、倉庫の右側の崖付近で物が雑然と積んである所に潜んでいる。長時間観察してようやくわかったのが、この右側の崖沿いに進むと倉庫の海側に開いた大きな引き戸とは別の勝手口が有るということだった。そこから侵入を試みるか? と考えてみるが、流石に一晩中精霊術を行使しているため疲労が蓄積しているのが分かる。日の出前には引き上げて、明日もう一度出直した方がよさそうだと考え始めたその瞬間、
(ッ!!)
倉庫を取り囲み周囲を警戒している気配を更に取り囲むように別の気配が近付いてくることを感じた。
(何かしら……数は……三十……いや六十位ね)
元々倉庫の周囲を警戒していた気配は最初よりも増えて八十近くになっている。その数に対して新しい気配は少数だが、統制のとれた動きからこの区域を封鎖しようとする意図が汲み取れる。しかも動きが素早い。
(衛兵隊かしら……)
そう不安を感じた瞬間――
「おい、お前! 何をしている?」
突然掛けられた声にビックリするリリア、遠くの気配に集中しすぎて近くが疎かになっていたことを悔やむがもう遅い。声の方を見ると、冒険者のような身なりをした三人が警戒しつつ此方に近付いてくるところだ。倉庫を包囲しようとする集団ではなく元から周囲を警戒していた集団の方だろうと見極めを付けるが、リリアにはどちらも余り変わりは無い。
「ちょっと、道に迷ってしまって……」
咄嗟の嘘で誤魔化そうとするが、冒険者風の三人はその言葉を無視すると注意深くリリアを包囲する。ちょうどリリアは壁のようにせり立った崖を背負って三人と対峙する格好となり、逃げ道が無い。そして、その中の一人が声を掛けてきた
「良く見たらいい女じゃないか……なぁお嬢ちゃん、俺達に
その言葉に残り二人が笑い声を上げる。しかし笑いつつも目はしっかりとリリアの様子を観察しているのだった。その様子にゾクッとした寒気を感じるリリアは、これまで剣を人に対して振るった事が無い。緊張から酷く口の中が乾くのを覚える。
リリアの怯えた様子を面白がったのか、他の一人が一歩進み出るとリリアに手を掛けんばかりに近付き、
「なぁ、そっちの物陰で――――」
その言葉が途中から無音になる。突然の変化にリリアは自分の耳がオカシクなったのかと思うが、目の前の三人も同じ様子だ。そして動揺している三人の冒険者の前に二つの影が飛び込んで来た。
一つ目の影は、大振りの長剣を振り上げると三人の中央に立つ冒険者の側頭部を、その剣の腹で殴り倒す。
そして二つ目の影は、サッとリリアと、彼女に近付いていた冒険者の間に滑り込むと右手を一閃させた。すると冒険者は目に見えない何かに殴り飛ばされたように地面に倒れると、口から泡を吹いて気絶してしまった。
突然の無音化と闖入者の登場に驚く最後の一人が片手剣を振り上げて闖入者の一人、小柄な人影の方に斬りかかる。しかし、その攻撃を、余裕を持ったステップで躱した人影は、続く斬撃に対して、片手剣を鞘から引き抜きざまにそれを受け止める。そして、そのまま柄頭をその冒険者の顔面に叩き込んだ。無音ながら、強烈な打撃を受けたと分かる冒険者は鼻血を吹き出しながらその場に崩れ落ちた。
突然目の前で起こった光景に唖然とするリリア、そんな彼女の前に立つ人影もまた、驚いた表情をしている。瞬間見詰め合った二人は……喩え
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