Episode_05.12 魔窟「剥がれ月」亭
ダレス達「白銀党」とユーリーの一行が、路地に潜んだ「黒蝋」を売り捌く店を順に回っている頃、商業地区と港湾地区の間にある歓楽街の更に奥まった場所にある店では、二十代の若者達による密会が行われていた。その店は、路地裏にヒッソリと入口があり、入ると一階はカウンターを配しただけの寂れた飲み屋である。しかし、その二階は軒を連ねる隣の建物の二階との仕切りをぶち抜いた広い造りになっており、薄暗い明かりの下に豪華なクッションを伴った十人掛けの丸テーブルが五セット余裕を持って設置されている。
「剥がれ月」と言う名のこの店では、提供するのは主に酒類で、それを給仕するのは全裸に近い恰好をした若い女性達である。一応隠す所は隠す、申し訳程度の薄布の上からベールのような衣装を纏っているのがこの店の決まりになっている。時間が遅くなると独特の香を焚き店内はより怪し気な雰囲気になるのだが、店主に言わせると「中原地方の王宮を模した」とのことで真偽のほどは定かではない。
まだ本格的に客が集まる時間ではないが、今日はどのみち普段の商売にはならないと店主は溜息を吐いている。何故なら、客席の一番奥に陣取っている若者が「白銀党」の幹部達であるからだ。彼等が店を利用する時は貸切りにするのが約束であった。勿論店主側も彼等から利益を受けているのでお互い様なのである。
タンザ・ドダンはドダン伯爵家の二男、アーロン・レスタはレスタ伯爵家の三男である。
この二人を含めた数人の屋敷の倉庫から持ち出される「黒蝋」が「白銀党」の資金源のほとんどを占めている。そして、その首領は銀髪を長く垂らした一見して男前のヴァレスである。
ヴァレスは元冒険者と言う事で、確かに剣の腕は滅法強い上に知恵も回る。地回りのやくざ共も簡単には手出しが出来ない存在だったのだが、それが貴族の子息と徒党を組むことでこれから王都リムルベートの闇の世界に頭角を現そうと考えているのだ。
そうは言っても、現時点では「密輸品の横流し」という姑息な商売を行っているため、ノーバラプール盗賊ギルドにすら目を付けられていない程度の者達である。そんな彼等にとって、大切な商品の供給量が限られていることが頭の痛いところであった。もっと力の強い爵家の二男三男を取り込んで商売を広げたいと常々考えているのだが、今日はそっちの話では無い。
「タンザ、次にお前の屋敷から盗賊ギルドの連中に物が流れるのはいつだ?」
「多分、三日後の夜だと思います」
ヴァレスの問いに、タンザはそう答えるとアーロンを見る。その視線に応えてアーロンは
「うちの屋敷も三日後ということになっています」
と言う。そして、他の数名が「うちもそうです」と次々に言う。彼等が話しているのは、自分達の屋敷に保管された「黒蝋」がいつ盗賊ギルドに引き渡されるか? という事である。つまり、ドダン伯爵家とレスタ伯爵家を始めとしたこの青年達の実家は共に「黒蝋」の密輸に手を染めていることになる。自分の父や兄の悪事を利用して自らも私腹を肥やすというのはなんとも卑劣な話であるが、ここに集まる爵家の子息には良心の呵責はないようだ。
皆「どうせ冷や飯食いの二男三男なのだし、これ位は役得としても構わない」と思っているのだ。勿論、そのことで被害に遭う庶民の事など考えたことも無い。伯爵や子爵という地位を利用して、領地からの物資をほぼ素通りで王都へ運び込める利点を悪用して傾いた自家の財政を立て直そうと企む親なのだから、子がこの程度でも仕方無いのだろう。
ヴァレスはタンザとアーロンの言葉を聞くと、別の質問をする
「今の在庫は?」
「多分来週一杯持つかどうかです」
「じゃぁ次にお前達の屋敷に物が入るのは?」
「ちょっと、そこまでは……」
ヴァレスの入荷状況に対する質問に、タンザとアーロンは申し訳無いように答える。その様子に「はぁ」とため息をつくヴァレスは
「仕方ないな、二日後に商品を『仕入れ』に行くときは普段よりも人を増やそう」
そう言うヴァレスに二人は頷くのであった。二人からの同意を確認したヴァレスは奥に隠れている店主に声を掛ける。
「おい! 話は済んだぞ、酒と女だ!」
やがて酒瓶を盆に載せた全裸のような女性達が彼等のテーブルに行き酒の酌を始めるのだった。
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ムッとした強い芳香を放つ香が焚かれた店内は、素面の者の方が吐き気を催す程の酒精に満ちている。そんな店を照らすランプの照明は薄暗く、辛うじて二つほど先の椅子に座っている者の顔が判別できる程度の明かりしか投げかけてこない。そんな店内に居るユーリーは一人心の中で
(ここは、魔物の巣だ……)
と呟くのだった。
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集金と追加注文を終えた「白銀党」の一団はしばらく大通りを闊歩することを楽しむと、
店の中は殺風景なバーカウンターを配した冴えない飲み屋風であるが、ダレスを先頭にした一行は、そのカウンターには見向きもせずに奥にある二階へ続く階段を上る。ユーリーはツンとした脳髄に直接触るような独特の香りと、大人数のざわめくような話声を聞きつつ一行の後ろについて階段を上るのである。
そして階段を登りきったユーリーの目の前に広がっているのは「異世界」だった……そこには、半裸を通り越して殆ど全裸の上に薄いベールを纏っただけの若い女性達が酒瓶を載せた盆を片手にテーブル間を歩き回っている。更に奥の小高くなった舞台には全く全裸の女性五人並んで腰をくねらすような踊りを踊っている。部屋の中からは見えないが何処かから、中半音が特徴的な弦楽器を奏でる音が聞こえてくる。
薄暗い店内を階段の登り口付近で待機していた女性に誘導されて、ダレス達一行はテーブルに案内される。案内する女性も、店内で給仕している女性達も皆薄いベールを纏い薄暗い店内の照明でも、そのベールの下の素肌が透けて見える妖艶さを伴っていた。
(うわ! なんだこの子達……恥ずかしくないのか?)
と思うユーリー、女性の素肌など物凄く昔に樫の木村の河で水浴びしていた時のマーシャ位しか覚えていない(それも六歳位の記憶である)。頭の中が沸騰しそうになる感覚を覚えて、なるべく周囲の光景を視界に入れないように足元を見つめる。
そんなユーリーの気持ちを知ってか知らずか、ダレスが声を掛けてくる
「ユーリー、ちょっと付いて来てくれ」
その言葉に促されたユーリーは集金した金の入った袋を持つダレスの後ろをついて店内を歩く。店内は既に何組かのグループがテーブルに陣取っており、喧しく騒ぎ立てている。良く見れば、全て自分と同じか少し年上の若者達である。
(これって、もしかして皆「白銀党」なのか……?)
ざっと店内には三十人程の若者が居て、給仕する女性に引っ切り無しに「ちょっかい」を掛けているのだから店内はそれ相応に喧しい。そんな喧しい店内の奥に、少しだけ静か一角があった。そこにはソファーに腰掛けて如何にも寛いだ様子のヴァレスとタンザ、それにアーロンや他の若者達が夫々お気に入りの女性を隣に侍らせている。
「お、お疲れ様です。今週の上がりです!」
そう言って緊張気味に金の入った袋を差し出すダレス。彼から袋を受け取ったタンザは中を確認し始める。その様子を、息を詰めて見守るダレスの横でユーリーは
(真ん中の銀髪の男が首領のヴァレスだな……)
と目星をつけた。亜麻色の髪を巻き髪に仕立てた娘を左手に抱いて、右手で酒の入った杯を持つ銀髪の青年、ヴァレスは金を勘定するタンザの手元をそれとなく注視している。やがて勘定の終わったタンザが小声でヴァレスとアーロンに耳打ちすると、それを受けたヴァレスは鷹揚に頷いてみせるのだ。
「いつもご苦労さん、ほら分け前だ。それと二日後の『仕入れ』だが普段よりも増やして三百でやってくれ」
そう言ってアーロンが金の入った小さい袋渡してくる。ダレスは
「え、二日後ですか?」
と訊き返す。なにか普段と違うのだろうと察したユーリーはその会話の内容に集中する。
「ああ、三日後には品物が出荷されてしまうからな、だからその一日前に『仕入れ』をするんだよ」
ダレスの問いにアーロンの代りに、タンザが答える。ダレスはその説明に「分かりました」と返事をしているが、その様子を見ていたユーリーに突然声がかかった。
「お前……見かけない
「あ、ヴァレスさん。こいつはユーリー、俺の舎弟です」
「よ、よろしく……」
「ふーん、何処の家だ?」
「ユードース男爵家……」
少し警戒した視線で質問するヴァレスに、無愛想風で答えるユーリーなのだが、
「チッ、男爵家か、使えないな……」
舌打ち混じりにそう言うヴァレスはユーリーを
「おまえ、さっきからこっちをチラチラ見てたが、何だ?」
「あ、あんたを見てたんじゃない。そっちの女を見てたんだよ」
ヴァレスの言葉にドキッとしたユーリーだが咄嗟にうそぶく。
「キャー、嬉しいわ。あなたも良く見るとイイ男ね、でも残念、私はヴァレスの物なのよ」
ヴァレスにしな垂れかかっていた女はユーリーの言葉に嬌声を上げると、そのままヴァレスの左頬に唇を押し付ける。少し顔を顰めたヴァレスは「うるさい」と小声で女を黙らせてから、鬱陶しそうに右手を払った。「あっちへ行け」という意味なんだろうと解釈したダレスとユーリーは自分達の仲間が居るテーブルへ戻るのだった。
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