Episode_05.11 白銀党の仕事


学園生活四日目


 リリアと出会った後、屋敷に戻ったユーリーは午前中ずっと部屋に籠っていたが、流石に気持ちを入れ替えるとアカデミーへ向かう。約束通りならば、今日はダレスが「白銀党」の中枢メンバーに引き合わせてくれるはずなのである。気合いを入れてユードース男爵の屋敷を後にするユーリーは、まだ午前の機嫌の良さを引き摺っているようで、足取りも軽くアカデミーへ向かって行った。


 校門前には、やはりアルヴァンとヨシンが何気ない様子で別々の場所にいて「チラッ」と三人で視線だけ合わせると夫々のタイミングで校舎内へ入っていく。ユーリーも親友達に倣って校門を潜るが……


「おはようございます! 兄貴!」


 と突然思ってもみない方向から大声で挨拶された。流石に大勢が行き来する校門付近での待ち伏せだったのでユーリーは気配を察することが出来ず(リリアの事を考えていたせいも充分に有るのだが)


「うわぁ!」


 と本気で驚いた声を上げてしまった。そして、挨拶の出処へ向き合うと……当然のように「白銀党」の学生八人程が一列に並んでいたのだった。


(どうしよう……恥ずかしいぞ、これは)


 行き交う学生達の白い視線が背中に突き刺さる思いがするユーリーである。少し先を歩アルヴァンはユーリーの方を向いて極力無表情を装っているが、右頬がピクピク痙攣している。さらにそのアルヴァンの近くを歩いていたヨシンは、校門の方に振り返ってあからさま・・・・・に笑っているのがユーリーの視界の端に見えた。悔しいが今はどうにもできないユーリーは


(覚えてろよ、ヨシン)


 と復讐を誓いつつ「白銀党」の方へ向き直ると。


「お前ら……何の真似だ?」


 と自然と怒気を孕んだ、務めて低い声で言う。


「ダ、ダレスさんから、『ユーリーは俺の舎弟だから、気合いいれて挨拶しろ』と言われました!」


 いつの間にかダレスの『舎弟』にされていたユーリーである。そして、ユーリーは心の中で、今度機会があれば遠慮なくダレスをやっつけようと、そう誓うのであった。


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 周囲の普通の学生からの疎外感は一層強いものの、講義が始まってしまえば如何に「白銀党」といえども、講堂に入ってくることは無い。講義中が一番心落ち着くという、模範的な学園生活を送ったユーリーは、しかし、講義が終わるのを待ち構えていた「白銀党」の学生に捕まり、指導館の一階へ連れてこられた。ダレスが待っているということだった。


 夕方近くの指導館は本来、真面目な学生達の為の自学スペースであるが、それを占拠した「白銀党」のメンバーは凡そ十二人位だろうか。その中心いるダレスはユーリーが来たのを見ると


「おぉ、兄弟! ……あれ、顔の傷全然残ってないな。流石俺の舎弟!」


 と一人で機嫌が良さそうだ。確かにダレスの顔は青痣だらけである。昨日のユーリーは手を抜いているつもりだったが、案外途中から本気だったのかもしれない。


「じゃぁ約束通りな、今晩タンザさんとヴァレスさんを紹介してやるぜ。でもあの人たちは夜に成らないと出てこないから、それまでは街で仕事だ!」

「仕事……?」

「そうさ、まぁついて来れば分かるってもんさ、兄弟!」


 そう言ってダレスは懐から皮袋を取り出してユーリーに中を見せた。


(ざっと、二十枚位入ってるな……)


 そう見て取ったユーリーは、問いかけるような視線をダレスに送る。


「これは、タンザさんからの報酬さ」

「報酬?」

「まぁ、それも付いて来たら分かるから。行こうぜ!」


 そうしてダレス達「白銀党」はユーリーの手を引くように指導館から出て行ったのであった。


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 その日の正午、丁度ユーリーがアカデミーの校門で「白銀党」の面々から気合いの入った挨拶を受けているとき、リリアはギルドの連絡所で待たされていた。


 リリアが目指した連絡所は他の物と比べると少し大きな造りで、常に複数の連絡役の盗賊ギルドメンバーが待機している。そこへ午前中に飛び込んで来たリリアは、父親のジムの行方を知らないか? と他の盗賊へ訊いて回った。


 ノーバラプールの本拠地から離れた王都リムルベートの盗賊ギルドは「黒蝋」の取引が主な収入源であり、それを取り仕切る中頭ドルガの思うが儘・・・・という状態である。そのため「黒蝋」の取引に係わっていない盗賊達も、全員がドルガの顔色を気にして暮らしているのである。そのドルガから何か「指示」が出ているのか、リリアの問いにしっかりと返事をする者はいなかった。


 そんな状況にジリジリしているリリアの所へ、中頭ドルガが会いに来るからここでしばらく待て。という連絡が届いた。正直ドルガの姿形はリリアには生理的に受け入れられないものであるが、この王都リムルベートの責任者である。ジムのことについて何か知っているかもしれない、そう期待するリリアなのである。


 そして、正午を少し回った頃にリリアの待つ連絡所にでっぷりと太った身体を揺すりながら、護衛の盗賊を四人従えてドルガがやって来た。


「ドルガさん、父が何処に行ったか知りませんか?」

「あー、知っているとも。ジムは私と会って話をしている最中に具合が悪くなってね、今別の隠れ家で静養してもらっているんだよ。」

「え!? 父は大丈夫なんですか? 何処にいるんですか?」

「何処って、隠れ家だから教えられないが、リリアちゃんが一生懸命仕事をしていると聞いたらとても喜んでいたよ」


 そう言うと、ドルガはリリアの手を取る。ネトッとした感触にリリアは、ゾッと背筋に寒気を感じて振り払いたい衝動に駆られるが、その手はガッチリとドルガに掴まれたままだ。そして、その上からもう一方の手を被せてリリアの手の甲を撫でるドルガは、ズズっと顔をリリアの左の耳元に寄せるとその匂いを嗅ぐ仕草をする。その気配で、左半身に鳥肌が立つのを覚えるリリアは、


「ち、父に会わせてください」


 と少し上擦った声で言う。その声が懇願しているように聞こえたのだろうドルガは満足そうに頷きながら姿勢を元に戻すと、


「もうしばらくの辛抱だよ」


 と猫撫で声で言うのだった。実際は「会わせて欲しければ、言う事を聞け!」と内心ではそう言いたいドルガであるが、変な所に繊細さが有るこの男は、そんな一言が言えないのだ。世の中、根っこから指の先、頭のてっぺんまで全て「ワル」という人間はそうそういないのである。


 一方のリリアは「何かがオカシイ」と勘付く。実際具合が悪いならば、わざわざ隠れ家に匿わなくてもサッサと自宅に帰せばいいのである。その点に気付くと、ドルガの気色悪さで硬直していた頭の中が高速で思考を始める。危ない状況下でも最適の選択をするように、暗殺者である父親に鍛えられたリリアなればこそである。


(とにかく父が何処に居るか? それが分かれば……)


 そういう考えが一つのアイデアに結びつくのは一瞬のことだった。


 リリアは突然、自分の左手を握ったままのドルガの両手にもう一方の右手を添えると強く握りながら、泣きそうな声色で、


「じゃぁ、これを……父の着替えです。これを届けてくれませんか?出来たら今着ている服は洗濯したいのでこの連絡所に届けて欲しいです」


 と言う。思い掛けない反応を受けたドルガはやや面喰いながらも、


「あ、ああいいとも。しっかり届けるし、着替えも持ってくるよ」


 と言うと名残惜しそうにリリアの手をもう一度撫でつけてから、手を離したのだった。


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 初夏独特の長い薄暮の中で、王都リムルベートは昼間とは違う賑わいを見せ始める。昼間は商業区域が中心だった人出は、やがて徐々に東の港の方へ移って行くと、それに呼応するかのように飲食店や飲み屋が軒を連ねる地区に明かりが灯り出す。歓楽街と呼ばれる商業地区と港湾地区の境目に広がる地区では、食べ物を扱う屋台がギッシリと大通りの脇を埋め、その奥にある沢山の路地には怪しげな店もチラホラ見える。


 行き交う人々は己の欲求 ――大半の者は食欲だろう―― を満たす屋台や店を見つけてはそこへ飛び込んでいく。もう少し時間が遅くなれば、腹を満たされた人々は、更に次の欲求を満たすべく動き始めるだろう。西方辺境地域で最も治安の安定した港を備える王都リムルベートであっても、人々の多様な欲求を満たす手段には事欠かないのである。


 そんな賑やかしい夜の大通りを行く「白銀党」の面々は、屋台を冷やかし露店に言い掛かりを付けながら、ゆっくりと通りを「練り歩いている」ようだ。普通ならば、これほど傍若無人に大通を歩く集団が居れば即座に地回りのやくざ者か駆け付けて「処理」するはずなのだが、やはり貴族の子息には手出しを躊躇うのだろう。路地の入口辺りから鋭い視線を向けてくるのが精一杯のようだ。


 そんな状況を「白銀党」のメンバーは楽しんでいるようだが、一番後ろを歩くユーリーは一種拷問に似た苦痛を味わっている。周囲が薄暗く、直ぐに暗くなる時刻であるから顔色は良く分からないが、ユーリー本人は顔から火を噴くほどに恥ずかしい気持ちである。


(早く終わってくれ)


 と祈る気持ちが何処かの神に通じたのか、先頭を歩くダレスは立ち止まると一本の路地を指し示す。


「ここだぜ、ユーリー」


 ダレスはそう言うと少し真面目な顔付きになりながら、路地に入っていく。他の者達も後に続くので、仕方なくユーリーもその路地へ飛び込んで行ったのだった。


 ツンとすえた臭い・・・・・が鼻を突く路地をしばらく進むと入口にランプの明かりが灯されだけの何の店かも分からない所で立ち止まる。


「ユーリー、付いてきな。他の奴らはここで待っていろ」


 ダレスはドスの利いた声でユーリーを呼ぶと、ドアを開けて中に入っていく。少し警戒感はあるが、しかたなくその後に続くユーリーである。何の店か分からないと評したが、中に入っても同じだった。狭い店内は三人並んで歩けないほどの通路に張り付くようにカウンターと椅子が置かれていて、奥には二階に続く階段が見える。これでカウンターの中に酒瓶でも置いてあれば「飲み屋」だと分かるが、店内はガランとしているのだった。


「おい! 集金に来たぞ!」


 階段の上に向かって怒鳴るダレスに、上から


「はーい」


 と、しわがれた女性の声が返ってくる。そして直ぐにドシ、ドシっと音を立てて余り見栄えの良くない中年女性が降りてきた。手には金の入った袋を持っている。


 その中年女性は、少しだけユーリーの方に視線を向けた後に無関心そうにカウンターへ袋を置く。ダレスは何も言わずに袋を取り上げると中身の勘定をはじめる。やがて納得したのか軽く頷くと


「おい、在庫は?」

「ちゃんと二欠片残ってるよ!」


 中年女性は少し声を荒げるが、ダレスが変わらずに睨みつけるものだから、チッと舌打ちして服の懐から油紙の包装をとりだす。


「ほら! 言ったとおりだろ」


 そう言って中年女性が渡してきた包みをダレスが開けると、後ろのユーリーからも綺麗に角を整えた立方形の茶褐色の物体が見えた。蝋燭に似た質感だが蝋燭よりはやや柔らかそうなこの物体こそが、今王都リムルベートを悩ませる「黒蝋」の正体だった。


 ダレスはその「黒蝋」を確認すると、包み直して持ち主に渡しつつ


「補充は?」


 と短く訊く。女はそれに答えて


「あと三つ、お願いするわ」


 その言葉に頷くとダレスはユーリーを促して店の外に出た。そして、外で待っていた一人に向かって


「ここのババアは三つだ」


 と告げるのだった。


 ユーリーは最初このやり取りの意味が良く分からなかった。集金して在庫を確認してから追加注文を訊く流れは分かったが、なぜ注文を書き留めないのだろうと思う。しかし次の店、その次の店と進む内にその疑問も解消した。「あと四つ」とか「あと六つ」とかいう追加注文を、店を出る度に白銀党の違うメンバーに伝えているのだ。店ごとに担当が決まっていて、一軒ないしは数軒の注文を覚えるだけならば書く必要な無いのだろう。そして


(そうか、証拠を残さないためか……)


 と納得するのだった。用心深いやり方だがダレスが考えた訳ではないだろう。これから会わせてくれるという中心メンバーの誰かが考え付いた方法だと目星をつけるユーリーであった。


 そして「白銀党」の一行は意外と真面目なことに、途中休憩などを挟まずにあちこちに点在する店十数軒を回り集金を終えたのだった。そして、金貨と銀貨が混じった集金袋は夕方にダレスがユーリーに見せた金貨二十枚入りの袋の三倍程度に膨らんでいるのだった。


 その袋を一度だけジャラと鳴らして、大事そうに懐に仕舞ったダレスは一行を振り返って言う


「よし、今晩はこれ位だな、じゃぁ『剥がれ月』へ行くか!」


 という。それを聞いたユーリー意外のメンバーは一様に


「やったぁー」


 と歓声を上げるのだった。


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