Episode_05.08 老暗殺者
その夜、王都リムルベートの商業区と居住区の混ざり合った雑多な地域の路地裏に建つ、とある二階建ての長屋造りの一室では剣呑な会話が繰り広げられていた。
古びた長屋造りの部屋は中がガランとしていて生活感がない。それもそのはずで、この部屋で住み暮らす者は無くただ「ノーバラプール盗賊ギルド」の秘密の連絡所として使われている部屋なのだ。
しかし、そんな室内に今晩は珍しく六人の男達が集まっている。そして、その内の一人 ――六十を少し超えた年齢に見える白髪で小柄な老人―― が、四十がらみのでっぷりと太った男に詰め寄っている。
「ドルガ! 貴様どうして俺の娘を巻き込んだんだ!」
「やめろよジム。お頭の指図だ……あんたも随分働いてくれているが、そろそろ世代交代させろってな」
ドルガと呼ばれた太った男は、狡猾そうな印象の顔を顰めてジムと呼ばれた老人を引き離そうとする。側に控えていた四人の手下の男達がそれに手を貸すと、ジムをドルガから引き離す。
「嘘を言うな、お頭が……ギャロスがそんな指示をするわけがない!」
「うるさい爺さんだな……」
「約束が違うだろ! 俺は死ぬまで働くから娘は堅気のままそっとしておくって、それが約束だったじゃないか!」
ジムは両側を掴まれたままで、ドルガに向かいそう怒鳴る。脂汗を額に滲ませて、青白い顔を歪め、必死で声を絞り出しているようだ。
「そんな約束なんて、俺は知らねぇが、きっと反故になったんだろう。お前が大切に育てているあの小娘……リリアとか言ったか。中々の器量良しだが、お前の技を受け継いでいるんだろ。喜んで働かせるのがお頭に対する恩返しなんじゃないのか?」
「貴様!」
どうやらジムと呼ばれる老人と盗賊ギルドの棟梁ギャロスの間にあった約束が反故にされたようだ。その事を知ったジムは怒りの表情でドルがを睨みつけてくる。しかし、その様子は明らかに具合が悪そうであった。
(こんなに老いぼれたのだな……)
睨めつけるジムの顔を正面から見返すドルガは、少し切ない感傷に浸る。少なくとも五年前のジムの顔ならば、怖くてまともに見返すことなど出来なかった、しかし、どんなに残忍な暗殺者でも「老い」は必ずやってくるのだ。今は左右から押さえつける手下四人を振り払うことも出来ないただの老人である。
「いいか、ジム! 盗賊でも暗殺者でも裏の世界に一度足を踏み込んだら死ぬまで真っ当には戻れないんだよ! お前が大切に育てたリリアは、それでも自分が身代わりをするから、お前だけ働かせないでくれって。あっちから頼みに来たんだぞ!」
「な……なんだと……」
ドルガの話にジムは驚愕の表情を浮かべると、ガックリと脱力した。
「今だ!」
脱力したジムに突然、大きな麻袋がかけられた。身を捩って抵抗しようとするジムだが、その力は弱々しい。あっという間に麻袋の上から何十も荒縄を掛けられると。身動きが取れなくなってしまった。
「そんで中頭、どうするんで?」
「腐ってもギルドの功労者だ。しばらく何処かの隠れ家に閉じ込めておくしかないだろう」
「……へい!」
ドルガの指示によって四人の盗賊はジムが入った麻袋を軽々と担ぐと長屋を出て行こうとする。その後ろ姿に何か思いついたドルがは彼等を呼び止めると、
「おまえら、いくら弱った爺さんだからといって油断してるとあっと言う間に殺されるぞ。二人きりになったり、武器になる物は側に近付けたりしちゃ、ダメだぞ!」
「へい」
ドルガの忠告をどれだけ理解したか知らないが、そう返事を残して手下は連絡所を出て行った。その後三十分ほど時間をおいてから、ドルガも連絡所を後にする。
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連絡所から出てきたドルガは暗い路地を歩きながら、今更ながらに、背中に冷や汗が噴き出すのを感じていた。いくら年老いて病で弱ったからといって、ジムは元凄腕の隠密兼暗殺者だ。ノーバラプール盗賊ギルドの棟梁ギャロスが古都ベートの盗賊ギルドから独立する時に、大枚をはたいて引き抜いて来た凄腕の古参幹部である。一説には、あの伝説的な暗殺者集団ザクアの一員だったという噂もあるほどだ。もしもあの場で、ジムが手下達に両側から押え付けられる前に「その気」になっていたら、自分達は全員殺されていたかもしれない。そう思うと背筋が寒くなる。
しかし、同時に妙な興奮も覚えていた。それは、
(リリアと言ったあの少女、ジムの身柄を押えている限り俺の言いなりだろう)
という事だった。
暗殺者ジムには、喩え養女であっても似つかわしくないほど可憐で美しい少女がリリアだった。エルフの血が混じる整った顔を懇願に歪めて「ジムの身代わり」として働きたい、と申し出てきた彼女の様子、幼さの残る顔立ちと身体つきが忘れれられないドルガは、好色そうな表情で色々と想像を巡らせ始める。
(あの少女はきっと生娘だろうなぁ。どうやって俺の
すっかり冷や汗の引いたドルガは
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