Episode_05.07 果し合い!


学園生活三日目


 午前中はサハンによる魔術講義と実践練習。午後はアカデミーで講義を受講。夜は魔術とアカデミーの授業についての自学か、又は剣を持って庭で自主訓練。そんな生活のサイクルが出来始めた学園生活であるが、この日のユーリーは授業終わりに呼び止められた。なにかと思い、名を呼ぶほうへ顔を向けるとそこには初日にトラブルになった「白銀党」の一人が立っていた。


「これ! 逃げるなよ!」


 と言い紙片を押し付けてきたその学生は、自分は逃げるように走り去っていった。手渡されたのは手紙のようだった。王立アカデミー女子部というのは存在しないから、同級生からの恋文ではない。中を開くと、少し汚い字で


 ――決闘を申し込む、本日夕方西の森―― 


 と書かれていた。それを読んだユーリーは


(やっと喰いついて来た……)


 と少し面倒そうに思うのだった。


***************************************


 初夏の夕方は、日が沈むまでの時間を長く感じさせる。日中でも、まだそれほど暑い訳では無いのだが、夕方に海沿いの森に吹き込む海風は爽やかに木々の緑を揺すっていく。


 第三城郭の西の通用門から外に出たユーリーは、三大侯爵の一角、ロージアン侯爵家の邸宅へ続く道を少し西に逸れて森の中へ入っていく。そんなユーリーのその少し先には、こちらの様子を伺いながら早足で歩く「白銀党」のメンバーがいた。西の通用門の近くでユーリーを待ち構えていて、無言で先導するように歩き出したからその後を付いて来ているのである。


 やがて、ユーリーは森の中の少し開けた場所に出た。何かの作業小屋があるこの場所は「白銀党」の隠れ家なのだろうか? そう思うユーリーは、既にここに来る途中に「加護」の術を自分に掛けている。果たし状を送り付けて決闘するからには待ち伏せや飛び道具は使ってこないだろうが、周囲の気配をより良く知るために「念のため」の対応である。


 開けた場所で静かに佇みながら、ユーリーは周囲の気配を探っていく。「加護」の効果で拡張された知覚は、周囲に鳥かウサギ位の気配を感じるが、それ以外には潜む者が居ないことを、そして一方で作業小屋の裏に五人ほどの気配がすることを知らせてくる。


(最悪五対一かな……)


 ユーリーはそう予想する。初日に叩きのめした程度の連中ならば五人だろうが十人だろうが余り怖いとは思わない。しかし、わざわざ呼び出してくるのだから相手はもっと手強いのだろう。最悪の場合は手提げ鞄の底に入っている「濃霧フォグフィールド」の魔術が込められた魔水晶を使って逃走すればいいと考えている。それは小滝村のオーク戦争の際に養父メオンから猟師ルーカ経由で届けられた魔術具であった。あの時は、結局使い処が無かったが折角なので持って来たのである。しかし、今回の最大の目的は相手をやっつけるのではなく、上手く仲間に入り込むことだ。


 ユーリーがそう考えている時、反対側の作業小屋の裏から大柄な青年が姿を現わした。


「俺の名前はダレスだ。逃げずによく来たな!」


 そう言うとダレスは、腰の剣を握り……地面に放り出した。拳で勝負しようというのだろう。ユーリーは静かに頷くと自分も片手剣を地面に置く。その様子を見てダレスは


「いいな、お前……話が通じそうだ!」


 と吠えながらユーリーに向かって駆け寄っていくと、素早く左、右と拳を突き出す。ユーリーは左の拳を外側へ払うと、続く右は半歩引いて躱す。そして躱しざまに左足で相手の腹を狙う。ユーリーの前蹴りはつま先が相手の鳩尾に届いたが、後ろへ下がりざまの攻撃は余り効かなかったようだ。


 二人は一度距離を取ると、再びほぼ同時に距離を詰める。いきなり右の拳を突き出してくるダレスに対し、ユーリーは上体を振ってそれを躱すと、すれ違いざまに相手の首筋に手刀を叩き込む。


 強い打撃を延髄に受けたダレスは足元をふらつかせる、少し脳震盪を起こしているようだった。


(簡単に勝つだけなら、今がチャンスだけど……)


 それでは意味がないと考えるユーリーは相手が立て直すのを待つ。待ちながら覚悟を決める。その覚悟とは、


(少しは相手にやられて・・・・見せないとダメだろうなぁ)


 という覚悟である。先程からのダレスの攻撃は、ユーリーにしてみると踊りを踊っているような感じである。「加護」の術で強化されているというのもあるが、それを差し引いてもウェスタ侯爵領兵団で訓練兵をしていた頃の同僚達の方が遥かに強いと思うのである。所詮徒党を組んで弱い者いじめをしている連中などこの程度ということだ。


 そんなユーリーの胸中を知らずに、ダレスは再び飛び掛かってくる。殴り合いでは難しいと判断した彼は体格差を生かしてユーリーを組み伏せる作戦に変えたのだった。直線的に距離を詰めてくるダレスのガラ空きの顔面に拳を叩き込みたくなる衝動を押えつつ、ユーリーは掴み合いに応じる。


 ダレスは両腕でユーリーの腕を押えると左右に振って何とか地面に投げ飛ばそうとする。ユーリーは少し抵抗して見せた後に左の方へ投げ飛ばされる。背中が地面に付く衝撃の後、ダレスの巨体が乗りかかってきた。上から抑え込んだダレスはユーリーの顔面を殴る。


ゴンッ


 ユーリーは別に超人ではない、殴られれば痛いのは皆と同じだ。右頬を殴られたユーリーは下からダレスの顎を殴り返す。


ゴンッ


 一発殴られれば一発返す。ダレスは心の中で「これこそが男同士の勝負」と思っているが、下になっているユーリーからすると、鬱陶しいだけである。しかも拳が痛い。手甲も付けずに相手の頭蓋骨を殴れば、悪くすれば此方の拳が骨折してしまう。剣も握れなければ魔術陣を起想する補助動作も不便になるので、それは避けたいユーリーである。


 ダレスの渾身の一撃と、ユーリーの加減した一撃。お互いに打ち合いつつ……遂にダレスがスタミナ切れとなった。最後の一発をユーリーの左顎に


パチンッ


 と当てると、勝手にユーリーの上からどいて隣に大の字になって寝転がる。そして、ハァハァ荒い息を付きながら


「お前、やるな」


 と声を掛けて来るので、全く不本意ながら


「お前こそ、やるじゃないか」


 と返すユーリーである。


「なぁ、お前ユーリーって言うんだろ。俺達の仲間に成らないか?」

「……仲間? 面白そうだな」


 ということで、無事? 目標を達成したユーリーであった。


****************************************


 あの後、ダレスは改めて自己紹介をした。ザリア子爵という小さい子爵家の二男だというダレスの言葉にユーリーはユードース家の養子だと名乗る。家なんてどうでもいいんだぜ! と気勢を上げるダレスに「お前の服は、食い物は、一体誰が賄っているんだ?」と問い詰めたくなる自分を押えつつ


「そうさ、家なんてどうでも良い!」


 と同調してみせるユーリーは、少し自己嫌悪を感じるのだった。そんなユーリーを早くも信頼できる仲間と認めたのか、ダレスは


「お前酒飲めるんだろ、一緒に行こうぜ」


と誘いを掛けた。酒は勿論飲んだことの無いユーリーだが、慌てず冷静に返事をする。


「ダレス、お前自分の顔を良く見てみろよ。俺もだけど結構腫れているじゃないか。今酒を飲むと明日になっても腫れが引かないぞ……それに俺はこの顔で店の女に笑われるのは嫌だね」

「そうか……それもそうだな! じゃぁ明日行くぞ!ついでにタンザさんとヴァレスさんにも紹介してやるからな!」


 とのことだ。タンザという名は初めて聞いたが、ヴァレスは「白銀党」の首領だ、案外すんなりと中心人物に辿り付けそうだと、ホッとして、しかしユーリーは冷静に言う。


「だれか知らないが、ダレスの友達か?」

「ああ、友達というか先輩だな」

「まぁ、ダレスが言うんだ、良い奴なんだろうな」

「へへっ、俺が保証するよ」


 単純な思考のダレスは、ユーリーの言葉に喜ぶと意気揚々と引き揚げて行った。残ったユーリーはそっと治癒の術を自分に掛けるとしばらく時間を置いてから家に帰るために歩き出したのだった。


****************************************


 この夕方の出来事は、誰にも見られていないはずだった。ユーリーの強化された感覚でも自分達意外の存在は感じ取れなかったのだ。しかし、そんな出来事の一部始終を木の上から見ていた者が居た。その者のハシバミ色の視線は今、ユーリーの姿に注がれているのだが、この時のユーリーは知る由が無かった。


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