Episode_05.06 王立アカデミー高等部Ⅱ


学園生活二日目


 ユーリー、ヨシン、アルヴァンの三人はこの日もお互いにチラッと視線を合わせるだけの一日を送った。昨日ユーリーは、行きがかり上「白銀党」の学生達に絡まれていた平民出の学生を助けていたが、実はその後に一つ小芝居をしていた。


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「ありがとうございます!」


 危うく難を逃れた学生はもう一人の殴り倒されていた学生を助け起こすと、ユーリーにお礼を言ってきた。対するユーリーは「いいよ! 別に」とニッコリ笑って返すのが普段の彼なのだが、そんな普通の調子を押し殺して険しい表情を作ると、


「タダってわけには行かない……」


 と低い声を出しながら右手を差し出したのだった。内心では殴り倒され鼻血を出している学生に「治癒」の術でも掛けてやりたい気持ちだが、それをすると話がオカシイ方向へ行ってしまうためグッと堪えて、無言で出した右手を一度揺する。


「え、えぇ……」


 自分を助けてくれた人物はきっと良い人に違いないと思っていたその学生は、動揺しつつも、銀貨一枚を差し出すのだった。さっきの「白銀党」も怖かったが、それをあっと言う間に追い払った目の前の、サラリとした黒髪に黒目、整った品のある顔を無表情にして無言で右手を出している青年の方がもっと怖かったのだ。背丈も自分と変わらず、体つきも何処か線が細い印象なのだが、ゾッとするほどの威圧感を放っている。


「一枚?」


 そう聞いてくるユーリーに、激しく首を縦に振る。これ以上の持ち合わせは無い……


(神様お助けを……)


 と心の中でフリギア神にすがる気持ちの学生に対して、ユーリーはチッと舌打ちして見せると、サッサと講堂の方へ歩き去って行くのだった……


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 そんな小芝居をしていたのだ。これを遠巻きに見ていたヨシンとアルヴァンは流石に驚いた。ヨシンは長い付き合いのユーリーが見せた意外な行動に唖然としているが、アルヴァンは直ぐにその真意がわかった気がした。


(相変わらず、頭が良いなぁ……)


 と感心する。おそらく何処かで見ているだろう「白銀党」の仲間に、ユーリー自身もワルなんだと見せつけているのだろう。普段の穏やかで優しい彼を知っているため、その努力と「ワル」になった後のユーリーを想像して吹き出すのを我慢するのが精一杯なアルヴァンであった。


 一方釈然としないヨシンは、帰宅後さっそくユーリーに短い手紙を書くと様子を聞きに来た密偵に託した。その手紙曰く


 ――困った人から金を取るのは良くない。親友だから一回は見逃すが、今度やったら絶交だからな―― 


 と書いてあったという。それを受け取ったユーリーは慌てて自分の「考え」つまりアルヴァンが想像した通りの内容を返事として書くと、密偵に渡したのだった。調査初日から夜中に二つの屋敷を往復させられた密偵には気の毒だが、お蔭でヨシンの誤解は解消されていた。


 親友のヨシンを欺いたほどのユーリーの小芝居は当然「白銀党」にも伝わっている。授業中にも拘わらず「指導館」の自学スペースにたむろしている面々は、昨日のユーリーのその後の所業を聞き、


「なんだ、悪い奴だなー」


 と自分達を棚に上げて、何故かホッとすると同時に勝手に共感している。そして、ユーリーについて会話しているのだった。


「あいつの名前はユーリー・ユードースだって。ユードース男爵の養子なんだとさ」

「ユードース男爵って誰?」

「たしか、前の魔術アカデミーの方のマスターだったと思う」

「じゃぁ、あいつ魔術師なのか?」

「バカかお前、魔術師だったら魔術アカデミーの方に通ってるだろ」

「ははは、そういえばそうだな」


 そんな会話の中で一人、昨日「落し前を付ける」と言っていたダレスだけは、そのことに拘っていた。


「悪い奴だとか、男爵の息子だとか、そんなのは関係無い。お前達は舐められたまま・・・・・・・でいいのか?」


 と仲間に凄む。この中では一番腕っぷしが強いダレスには誰も刃向えないので、みな口を噤んでしまう。その様子を見てダレスは舌打ちすると、


「おい、お前。アイツを西の森へ呼び出すんだ」


 と昨日ユーリーに投げ飛ばされた学生に命令するように言う。えっ? という顔をしたその学生を睨みつけると


「なんだよ、怖いのか? いいから、明日の夕方に城郭外の西の森まで連れて来ればいいんだよ!」


 と怒鳴り付けるダレスだった。


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 そんな事になっているとは露知らず、ユーリーはご機嫌な様子で史学の講義を聞いている。


 小規模な教室で、正面に立つ教授は熱心に独立都市デルフィルとその双子の姉妹都市ダルフィルの成立過程を語っていた。約二百年前に溯るリムルベート王国建国と同時に東の大国コルサス王国から独立した二つの都市は、その後長らくリムルベートとコルサスの緩衝地帯として独立を維持し、一方では両国の中間に位置する立地を生かして交易で富を得てきたという事だった。


 今日の史学の授業は、この二つの独立都市についてだが、明日は西方同盟と呼ばれるリムルベート王国・オーバリオン王国・山の王国・ドルドの四国同盟についてである。史学という名目の授業だが、その内容は多分に地政学を含んでいる。地政学という学問は一般に公開されていないため、それに通じる内容を学ぶには史学が良い、というのは親友アルヴァンの助言だった。


 小さい頃のユーリーは、養父であるメオン老師の言う勉強が大嫌いだった。しかし今にして思うと、こうやってじっくりと講義を聞きながら自分の考えを纏める時間は有り難い・・・・ものだと思うのだ。見習い騎士としての訓練が出来ないことは悔しいが、こうやって学ぶことも必要だろうと納得している。


 一方アルヴァンは別の講堂で法学の講義を聞いているが、家庭教師を付けている彼にとって既に知っている内容を話す講義はつまらない。では、何故アカデミーに通っているかというと、「将来の爵家当主達」と顔見知りになっておくためだ。アルヴァンのウェスタ侯爵家ほど大きな爵家になると、自然と周りに取り巻きが出来る。しかし、その取り巻きの中しか知らないようでは将来爵位を継いだ時に色々と不都合が有るため、当主ブラハリーと侯爵ガーランドの方針で敢えて通わせているのだ。


 中等部の時に親友だった没落子爵の子息を、自分を狙った謀略の犠牲にしてしまってから、アルヴァンはアカデミー内では昔ほど「きさくな少年」では無くなっている。深く親友付き合いするのではなく「付かず離れず」の関係を心掛けている。それはまだ十七歳の青年の心には少し負担が大きいのだが、ユーリーとヨシンという二人の親友を得ているので、その負担を何とか克服しているのだった。


 そうやって親友二人が勉学にいそしむころ、ヨシンは……食堂でご飯を食べていた。これでも、授業を受けずにアカデミー内をフラフラと歩いている落ちこぼれ学生の振りをしているのだ。ヨシンなりに考えた作戦であるが、今の所数人のサボリ組と知り合いになっただけだ。しかも彼等は「白銀党」とは関係の無い、只の不真面目な学生だった。


(今の所、成果無しか……いや、ここの飯は美味い……ということが分かった)


 などと考えながら、何処かで食べたことのあるようなマッシュポテトを白パンと共に口に放り込んでいる。そんなヨシンを厨房の奥から見るのは、いつかウェスタ城で一時期だけ料理人として働いていた黒髪の巨漢である。彼は料理人にしては鋭過ぎる目つきでヨシンを一瞥すると、すこし溜息を洩らす。今回の「仕事」はあまり自分の出番が無さそうだと予感したのだった。


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