Episode_05.05 王立アカデミー高等部Ⅰ


学園生活一日目


「アカデミー正門前に正午には集合していること」


 そんなガルス中将の指示だったが、任務の性質上三人揃って仲良く登校とは行かないユーリーとヨシン、それにアルヴァンの三人は、夫々の姿をチラッと横目で確認しあうだけに留めて別々に正門から校舎へ向かう。


 リムルベート王立アカデミー。小児部・中等部・高等部に分かれたこの教育機関は専ら貴族の子息の教育を目的としているが、高等部からは一般市井で試験に合格した者の入学を認めている。そのため高等部は一学年の数が六百人となっている。内訳は貴族の子息二百人に平民身分の学生四百人である。授業は週四日間の午後からであるが、それ以外の時間も校内は解放されており、勉強熱心な学生に学びの場を提供している。


 付属機関として魔術アカデミーと士官学校が併設されているが、平民出身の学生は土木、建築、財政、法学、史学といった分野を専攻してそのまま城勤めの役人の道を目指す者が殆どである。


 一方貴族の子息はと言うと、高等部で二年間を過ごした後に、平民出身の学生よりも二年早く卒業する。その後は、二男以下の者は士官学校から第一騎士団の正騎士を目指すか、城勤めの上級役人になる。そして、長男は夫々の爵家の領地経営に参画するのが通例である。しかし、自家の勢力が弱く士官学校や役人への道を進んだとしても出世が望めない中小や没落し掛けた爵家の二男三男の中には、早々に将来に対する希望を無くし自堕落な生活を送るものもいる。そんな連中は似たような仲間同士で徒党を組み、学内で騒ぎを起こしたり、市街地へ繰り出して乱暴騒ぎを起こしたりする。


 「白銀党」はそんな貴族の二男三男が集まって出来たグループの一つである。首領はヴァレスという男だが、余り表に姿を現さない。銀髪長身で剣の腕が立つ人物ということで「白銀党」という名前も彼の銀髪が由来ということだ。最近は他の小さいグループを吸収して勢力を伸ばしているという。そして、この「白銀党」が今回の調査の対象として最優先に上がっているグループなのである。


 登校後、学園内の事務局で入学手続きとして、ねつ造された身分証明書類を提出し簡単な手続きと説明を受けたユーリーは、別の窓口で係員と少し揉めているヨシンを後目に先に外へと出た。事務局の前は広場になっており、その奥に各授業を行う講堂と図書館、さらに食堂と、教授達の部屋と自学スペースをまとめた指導館という建物が続いている。


 その広場に出たユーリーは目の前に人だかりが出来ているのに気付いた。その人だかりの中心では、三人の学生が一人の学生を囲んで因縁を付けているようだ。因縁を付けられている学生はその服装から平民出の学生と分かる。その足元には同じような恰好をしたもう一人の学生が鼻血を出して蹲っていた。一方三人組の方は恰好が今のユーリーと似ていることから恐らく貴族の子息なのだろう。


 三人組の一人が、相手の学生の胸倉をつかんで何か喚いている。


「平民の癖に生意気なんだよ! 誰のお蔭でアカデミーに通えているか分かってるのか?」


(少なくとも、お前のお蔭では無いな……)


 そう思うユーリーは、殆ど無意識に人だかりをすり抜けると前へ出る。目の前では胸倉を掴まれた学生がガタガタと震えている。調子に乗った三人組みの一人が拳を振り上げて殴りかかるが……


「え?」


 振り上げた拳を突然割って入ったユーリーに掴まれたその貴族の子息は、少し間抜けな声を上げる。一方のユーリーは構わずにその拳を逆手に捻った。手首の関節を極められて仰け反る相手の肘が浮き上がると、そこに反対の手を掛けて勢い良く掬い投げるユーリーである。素手での格闘訓練はそれ程積んでいないが、これ位は朝飯前なのだ。


 一方投げられた貴族の子息は、掴んでいた相手の襟を離すともんどり打って地面に倒れ込む。


「な、なんだお前!」

「俺達は『白銀党』だぞ!」


 投げ飛ばされた仲間を庇いながら、残りの二人がそう言って凄んでくるがユーリーの目には、子供がピーピー喚いている位にしか映らない。勿論同じ年頃だし背格好も同じ位であるが、何度も実戦経験を積んだ黒髪の青年には、そんな恫喝が効くわけも無い。ただ……


(あ……不味いかも……白銀党の人なんだね)


 と思い、少し後悔するのだった。もうちょっと様子を見ながら探りを入れたかったがこうなったら仕方が無い。なにせ、相手の二人は腰の剣に手を掛けているのだ。その動作で、人だかりが騒然となった。


 一方、ようやく事務局に書類を受理されて外に出てきたヨシン。揉めていたのは剣術などの武術を学びたいという無茶な要求をしていたからだ。彼は、目の前の人だかりに気付いたが、その中心にユーリーがいることに驚いた。ユーリーは二人の貴族風の学生と対峙しているが、ヨシンの目は相手の二人の右手が夫々の腰の片手剣に掛かる動きに反応する。全く自然に「親友のお手伝い」をしようと人だかりに飛び込み掛けるヨシンの背後、襟首を誰かがグゥッ掴む。振り返るとアルヴァンだった。その口が


「だ・い・じょ・う・ぶ」


 と動く。ヨシンも冷静に考えたら、あんなへっぴり腰の二人組にユーリーが負けるとも思わない。だから、ここは「非常に残念ながら」見守ることにする。一方、人だかりの方はどよめいた声を上げる。


 剣を抜き掛ける二人の貴族風学生だが、一瞬抜くことを躊躇する。当然である。如何に貴族の子息といえども、城郭内で正当な理由なしに抜剣すれば犯罪である。そして、その躊躇いにユーリーが付けこんだ。


 強化術などを掛けなくても、普段からヨシン相手に熾烈な稽古をしているユーリーの動きは非常に素早い。あっという間に正面の学生の剣に掛った右手を掴むと、その隣に立つもう一人の鳩尾に横蹴りを蹴り込む。蹴りを受けた学生はその場で蹲り悶絶するが、その様子を見届けることなく、ユーリーは正対する学生の顎を思い切り平手打ちする。


バンッ


 平手打ちにしては鈍い音を響かせて相手はその場でひっくり返ってしまった。骨こそ折れていないだろうが、脳震盪は起こしているだろう。


 最初にユーリーに投げ飛ばされた学生が起き上がると、他の二人を引っ張ってユーリーから遠ざかろうとする。別にユーリーはそれに追い打ちを掛けるつもりも無いので、その様子を見ているだけだ。


「覚えてろよっ!」


 と月並みなセリフを吐く相手をみて


(あーあ、喧嘩を売ってしまった……)


 と少し後悔するユーリーは、今後の調査に支障が出ることを心配するのである。


***************************************


「くそ! なんなんだよアイツ。あんな奴見たことあるか?」


 ユーリー相手に「散々にやられた」先ほどの三人は自学スペースとなっている指導館の一階角のスペースでたむろしている。その周囲には似たような雰囲気の学生が十人程度固まっているのだ。本来意欲のある学生に解放されたスペースにこんな不良がたむろしているのだから、王立アカデミー側ももう少し運営を考えた方が良いのだろう。しかし、相手が貴族の子息なだけに、アカデミー運営の現場に携わる大多数の平民出身の役人には手に負えないのだ。


 そんな一団の中で一番年上に見える大柄な青年が口を開く


「どんな奴か知らないが、一回きっちりと『落し前』を付けないとな……」

「ダレスさん……お願いします」

「やっつけてやってください!」

「ダレスさん、お願いします!」


 ダレスと呼ばれた青年の言葉に、ユーリーに叩きのめされた三人が口々に言う。その言葉を聞きながらダレスは悦に入ったような笑みを浮かべるのだった。


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