【見習い騎士編】見習い騎士と暗殺者の娘

Episode_05.01 若殿様と見習い騎士


アーシラ帝国歴493年 6月


 綺麗に道を舗装する石畳は、リムルベート湾を一望できる高台から伸びる坂道を白っぽい照り返し・・・・で彩っている。見上げる空は初夏にしては珍しい大きさの入道雲を南のリムル海の水平線上に浮かべていた。道の左右に茂る木立を揺らし、坂を進む青年の頬を撫でる風は、懐かしいテバ河の川風とは異なり、色々な「匂い」を伴った海風であるが


(これはこれで良い!)


 と午前の爽やかさを持った海風に青年は心を弾ませるのであった。そして青年は石畳の坂道を駆け下り、先を行く親友達に追いつこうとする。


 王都リムルベートに居するウェスタ侯爵邸宅から市街地へ伸びる坂道を駆け下るユーリーは、その先を歩くヨシンとアルヴァンに追いつくと、その二人を急かすよう下り坂の終点まで競争をけしかける。それに応じた若者たちは三人で団子になって坂を駆け下って行くのだ。その光景を目にする者は、海から吹きあがる風に翼を任せ空の高い所で弧を描く白鷹二羽だけだっただろう。


 石畳の坂道を駆け下りつつ、ユーリーはどうして自分とヨシンが王都でアルヴァンと足の速さを競っているのかを思い出している。


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 デイルとハンザの結婚式があった前後から、ユーリーとヨシンを含む総勢二十二名の新任見習い騎士は、訓練を開始していた。通常の倍以上の数が一度に見習い騎士に昇格したのだが、そのメンバーの内「元第十三哨戒部隊」出身者が八名もおり、一番人数が多かった。


 その中で異彩を放っていたのが、やはりユーリーとヨシンであった。他の見習い騎士が二十歳そこそこの年齢なのに対して、この二人はまだ十七歳になったばかりである。しかし、見習い騎士まで昇格するような人物には、そのことをとやかく言う者はいなかった。各自新しい訓練に必死であるから、尚更である。


 見習い騎士の身に着ける鎧は、兵士の革鎧と違い金属製の胸甲が採用されている。そしてそれ以外の箇所は、上等な分厚い革製の防具で保護されている。したがって見習い騎士の装備重量は兵士の比では無く重いのである。この装備に慣れるには少し時間を必要とするのが一般的だが、これまでよりも重い装備に悪戦苦闘しながら、剣や盾、馬上槍の訓練を行う周囲を後目に、ユーリーとヨシンは装備が変わったことを感じさせないように動き回っていた。


 次に、見習い騎士達の関門となるのは乗馬である。正騎士達は自分の所領地で馬を飼育しているものが殆どで、したがって幼い頃から乗馬を学ぶ機会がある。一方の哨戒騎士たちは、ほぼ全員が市井の出身である。馬に触れるのは見習い騎士になって初めてという者が殆どなのだ。このことはユーリーとヨシンにも当てはまり、流石に二人とも苦労した。


 ユーリーに割り当てられた馬は少し「くたびれた感」が漂う老年の馬で、大人しいのだが何をするにも「のっそり」という風であり、相棒のユーリーをイライラさせた。同じような苦労をするヨシンとユーリーの悪戦苦闘は続いたが、こればかりは時間を掛けて学ぶしかないのだった。


 因みに、騎士の騎乗する馬は「軍馬」として仔馬のころから調教されている。中には素晴らしい馬、名馬と称されるものがあり、そう言った馬は乗り手の考えを汲み取り、戦場に置いては手綱を操らなくても自在に走るという。そう言う名馬に乗るのならば、乗り手の技量は余り関係ないかもしれないが、そんな馬は滅多に居ない。したがって哨戒騎士に割り当てられる馬は普通の軍馬である。


 とにかく、若殿アルヴァンをして「訓練馬鹿」と言わしめたユーリーとヨシンは、騎士になることを夢見て樫の木村を後にして約三年を経て、夢に大きく近づいた事を大いに喜びいつも以上に熱心に訓練に取り組んでいた。


 そんな明け暮れの五月が終わる或る日、突然ウェスタ城第一城郭に呼び出されたユーリーとヨシンは家宰ドラウドから思いも掛けない辞令を受けた。それは、


 ――至急、王都リムルベートに向かい以後は王都邸宅詰めの筆頭騎士ガルス・ラールスに従うこと―― 


 突然の内容に戸惑う二人に対して家宰ドラウドは


「私もよく分からないのだが、とにかく『見習い騎士』の身分は留保されるのでそこは心配いらん。急いで王都へ向かってくれ、これは当座の手当だ」


 と言って夫々に金貨三枚を手渡した。額に驚いたユーリーと、以前ほど「カネカネ」言わなくなった ――それでも相当嬉しそうな―― ヨシンは、慌てて荷物を纏めると、南へ向かった。家宰ドラウドからは


「出費を惜しんで徒歩で行こうなどと考えず、乗り合い馬車や貸し馬を使い極力速やかに王都の邸宅へ出頭するんだぞ」


 と、まるで二人の行動を見透かしたような助言とも忠告とも付かない言葉を受けていた。しかし、そこは考えのあるユーリーだ。街道ではなく船着き場を目指すと、以前短期労働で世話になった荷役作業者の組頭に、何とかリムルベート行きの運搬船に乗せてもらえるよう交渉した。一年で見違えるように成長したユーリーとヨシンの姿に相好を崩した彼は、銀貨二十枚でそれを引き受けると、丁度出港準備中の運搬船の船長と交渉したのだった。そして、その日の午後にはユーリーとヨシンは河を下る運搬船の甲板に立っていた。


 そして、翌日の午前には無事王都リムルベートの港に降り立った二人だが、最初からその規模の大きさに圧倒されていた。ウェスタ城下の船着き場とは規模の異なる港である。乗ってきた運搬船が小舟に見えるほど大きな外洋を行く交易船が幾つも停泊している。そして、人を轢き殺さんとする勢いで多くの荷物が行き来している。その光景にしばし立ち尽くす二人であるが、やがて気をとりなおして目的地 ――ウェスタ侯爵邸宅―― を目指す。


 散々迷ったが、道を尋ねるための通行人には事欠かないほど賑やかな街である。なるべく「人が良さそうな中年の女性」を探しては道を訊きつつ進み(何故かこの二人に話しかけられると、若い男女よりも少し歳のいった女性の方が親切に応じてくれるのだった)、その日の夕方前には何とか目的地に辿り着いていた。


 邸宅を見た二人の感想は


「あれ、ここお城なんじゃない?」


 というものだった。間違えてリムルベート王城に着いたと思ったのだ。城と言えばウェスタ城しか知らない二人には、邸宅の周囲を取り囲む壁の規模に、ここが「お城」見えたとしても無理は無い。


 あまり近づくと不審者として捕まってしまうかもしれない、しかしさっき道を教えてくれたおばちゃんの言う通りに来たのだ、


「どうしようか?」

「一回戻るか?」


 などと小声で言い合う二人であるが、邸宅の門番をしていた兵士に見つかってしまった。


「おい! お前達そこで何をしているんだ!」

「あ、あのーすみませんが、ここはウェスタ侯爵の邸宅でしょうか?」

「ああ、そうだが? なんだお前達?」


 門番をしていた若い兵士の言葉に胸を撫で下ろす二人だった。


****************************************


「ハハハ、分かるよその気持ち。俺もヘドン村の田舎者だからな、初めて来たときはビックリしたよ」


 二人の感想を聞いた若い兵士は、きさくに笑いながらユーリーとヨシンを邸宅の中へ案内した。やがて二人は邸宅敷地の中の屋敷へ入ると、一つの部屋に通される。程々に装飾された十人入れば一杯になる広さの部屋で、長椅子に座り待たされること十分ほど。部屋に入ってきたのは老齢の騎士 ――ガルス中将―― とアルヴァンだった。


「正騎士団のガルスだ。まずは長旅ご苦労、意外と早い到着だったな」


 先に口を開いたのはガルスの方だった。アルヴァンは親友二人を前にして挨拶もせずにそれを横で聞いている。というのも、三人だけの時は親友として接するのだが流石に他の人物が居る前でそれをやると「アルヴァンの迷惑になるし自分達も遣りにくい」と思ったユーリーの意見で、他人が居る時はあくまで、若殿アルヴァンと兵士(今は見習い騎士だが)に徹することにしたためだ。これには相当不満を言ったアルヴァンだが、最終的には「仕方ない」ということになっている。室内では、そんな三人の事情を知らないガルスの説明が続く。


「到着には後三日ほど掛かると思っていたのだが……まぁいい。お前達にはアルヴァン様の『お手伝い』をしてもらいたい……」


 その後、ひと通りの説明を終えて部屋を後にするガルスと同じように一旦部屋を出たアルヴァンだが、直ぐに戻ってきて扉を閉めると鍵を掛ける。ガルス中将の言う内容は分かるのだが理由が呑み込めないユーリーはそのアルヴァンに話しかける。


「ねぇアーヴ、『お手伝い』ってどういうこと?」

「もしかして、また狙われているのか?」


 因みにアーヴはアルヴァンの愛称だ。問いかけるユーリーとその隣のヨシンを順に見るとアルヴァンは少し申し訳なさそうに話し出した。


「ごめん、見習い騎士になったばかりで大切な時期なのに……でもどうしても手を貸して欲しかったんだ。実は……」


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