Episode_04.24 飼い慣らされた魔獣
族長オロは動揺していた。眠りから叩き起こされたと思ったら、人間たちの襲撃が始まっていたのだ。広場の防衛はバルに命じたが、北の高台からは喧しく矢が飛んでくる。その上東北の森林地帯に突如現れた騎士達が高台の征伐に向かった兵を散々に蹴散らしていた。
流石に命の危機を感じたオロの精神力が、彼に掛けられていた魔術的な制約「扇動」の効果を上回る。そして、黒衣の大師と名乗った人間の魔術が束縛を弱める。不意にサッと晴れ渡った思考に変化した族長オロは戦場を見渡すと状況を判断する。
(西と南からの軍、数は千近い……東北の森伝いに逃げるしかないか!)
そう判断すると、部下にオーガーを解き放つように命じる。
願わくは、南か西の敵へ向かってくれと念じながら、その拘束鎖を解き放つオロ。自由を得たオーガーは地面を揺らす大きな咆哮を上げると、巨大な狼と人間が混ざったような顔面にある長く突き出た鼻をヒクつかせる。生まれてからずっと、人の肉だけを与えられその味を骨の髄まで覚え込んでいるオーガーはその食欲の命じるままに、もっとも近い人間の集団 ――東北の森で戦う第十三部隊―― の方へ巨体を揺すりながら駈け出して行った。
「……くそ! そっちじゃない!!」
思わず悪態がオロの口をつく。東北方面から牽制する騎士は多くて十人、森の中に潜む兵も百は居ないだろう。既に二百の兵を向かわせている上に、さらにオーガーを投入するのは戦力の無駄のようにも思えるが、
(退路を確保したと考えよう……)
と、前向きにとらえることにした。願った状況とは異なるが、ならばそれに対応するまでである。術の効果が切れたオロは元の優秀な一族の指導者に戻っている。
彼は、すぐさま周りの上級兵を集めると、自分を警護している兵も含めて全力で南西の広場の敵を押し返すように指示を飛ばし、自分もその戦線に向かって行った。周囲の上級兵は、久しぶりに
一方、解き放たれたオーガーは四メートルの巨体に見合わぬ俊敏さで、小滝村から東北へ続く道を進む。時に住居にぶつかり叩き壊し、時に住居を飛越しながら、アッと言う間に東北側へたどり着いた魔獣は、自分の背丈程の崖の上で集団を作り戦っているオーク兵の向こうに「大好物」の集団を発見すると、
ググゥォォォォォォ!
再び咆哮を上げると崖に取り付きよじ登り始めた。
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「八ぃ!」
剣先がオーク兵の胸板を突き抜けて反対に飛び出す。革鎧を貫通してこの切れ味である。既に絶命した敵の胸を足で蹴り飛ばし、「折れ丸」を引き抜くとヨシンは刀身にこびり付いた血と脂を振り飛ばすように軽く剣を振るう。枯れ果てた下草の上に血の玉がバババッと一直線上に飛び散る。
第十三部隊の兵士達は、高台を目指して不用意に森へ侵入した百匹のオークに対し優勢に戦いを繰り広げていた。数の上では二対一だが、間延びした隊列の脆弱な横腹を突かれたオーク兵の集団は組織的に反撃をできずにその数を減らしていた。それでも先頭が突出して何とか高台へ出ようとするが、そこにユーリーとヨシンが立ち塞がる。
高台へ向かう途中で、三匹のオークを仕留めたユーリーは考えを改め、兵士達の応援へ向かった。一方のヨシンは、敵が高台へ到達すると接近戦に弱い弓兵が危険に晒されると思い、何とか包囲を突破しようと躍起になるオーク兵の先頭集団を潰すためにここまで移動したのだ。
戦場で再び出会った親友同士は、お互いが考えていることが一緒だと察知すると、ニィを笑い合い、言葉も無く共闘を始めたのだった。ユーリーとヨシンに他の兵士五名が加わり立ち向かうオーク兵の先頭集団はその数十二匹、いや、さきほどヨシンが一匹倒したので今は十一匹である。
それでも、オーク兵の集団は自分達の方が多数である事を頼みに一斉に突っ込んでくる。その集団に対し、ユーリーが近距離から矢を連続で放つ。ルーカやフリタとは比べるまでも無いが、それでも近い距離から放たれた矢は突進するオーク兵三体の動きを止めるには充分だった。そしてヨシンを含む六名の兵士にも、それで充分だった。
ユーリーとヨシンや、デイルとハンザにばかり注目しているが、元から第十三哨戒部隊の錬度は高い。隊長の性格から「ちょっと厳し過ぎる」と他の隊から批判されるほどの訓練を日々行っているので当然だろう。そして真面目なデイル副長がそれを監督する。さらに最近では、新人で入ってきた ――「訓練馬鹿」と若君アルヴァンに評される―― ユーリーとヨシンの二人が元気よく下から突き上げて来るから、日頃は「勘弁してくれ」とうんざりしている兵士達である。しかし、今は「真面目に訓練していて良かった」と思っていることだろう。
とにかく、突っ込んでくる八匹の敵に対してヨシンを先頭に迎え撃つ兵達はアッと言う間にそれらを打ち倒す。そして、その六人の強敵を右に迂回してやり過ごそうとしたオーク兵二匹にはユーリーから矢の洗礼が浴びせられる。
「九か……十だな、はぁはぁ、なんとか先頭は潰したな!」
矢傷を負って倒れたオーク兵に皆で止めを刺しながら、少し息の上がったヨシンが言う。その言葉にユーリーが
「そうだね、下の方へ応援に戻ろう!」
と応じる。他の兵士達もそれに頷くと七人は下の方 ――つまり森の入口近く―― でオーク兵の集団を相手にしているであろう味方の応援へ向かうのだった。
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森の中で第十三哨戒部隊の兵士達がオーク兵に対して有利に戦いを進めていられるのは、別働隊となった哨戒騎士十騎が、後続のオーク兵百匹を足止めしたからである。地形の高低差と魔術による強化を得た最初の突撃で約半数の五十匹を蹴散らしたハンザとデイル率いる哨戒騎士は残る五十匹に追い立てられる
やがて充分森から離れたところ、坂の勾配がやや緩くなったところで、最後尾付近を走るハンザが号令を掛ける。
「車輪陣を組め! 反撃するぞ」
その号令に従い先頭を走っていた哨戒騎士が針路を左に取る。そして後続の騎士達がそれに続くと、騎士達の隊列は反時計回りに回転する車輪のような形となる。常に外側に武器を持つ右手を置き、その場に留まりながら騎馬の突進力を生かす陣形である。そして、その陣に追いすがるオーク兵五十匹が殺到する。
オーク兵の目にはたった十騎の騎士にしか見えない。見たことのない陣形ではあるが、その場で輪になって遊んでいるようにも見える、その様子に油断して近づいたのだ。そして、近づく者から順に手足を切り飛ばされ頭部を断ち割られて行く。その恐ろしさに、ようやく気付いた残りのオーク兵達三十匹は、浮足立ち小滝村の陣地へ逃げ戻ろうと坂道を転がるように下り逃げ出す。
「陣形解け! 追撃するぞ! 討ち漏らすな!」
そこへハンザの非情な号令がかかる。騎乗の騎士相手に徒歩の敵が背中を見せるということは……つまり「勝負有り」である。背を見せて逃げる敵の背後から哨戒騎士が襲い掛かる。正騎士ならば、又は騎士同士の戦いならば、逃げる敵兵を追ってまで執拗に攻撃することは無いかもしれない。
(しかし、こいつらはオークだ!)
オーク兵のもたらす災厄は女のハンザには身につまされるものがある。乱暴され、望まぬ忌々しい子を胎に宿した女達は、たとえ助け出されたとしても絶望と嫌悪から自ら命を絶つ者が多いという。昔のハンザなら「戦場ならばしかたない」程度の感想だっただろうが、今の彼女には、それは「どうしても許せない仕儀」なのである。
その感情は馬にも乗り移る。乗り手が目の前を遁走する醜い生き物を全て殺したがっているのだ。だから、一匹でも多く殺せるように速度と位置を調整する。
やがて、東北の坂道には騎乗の騎士以外に動く者は残っていなかった。
「森へ入るぞ!そろそろ潮時だ!!」
ハンザの号令が凛と響いた。
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