Episode_04.23 決戦! 小滝村奪還作戦 正騎士団突撃



11月8日 早朝 ウーブル領小滝村対岸


 朝霧の中、極力音を立てずに進む七百の軍勢は、先頭が百騎の騎士、その後続に槍を携えた歩兵が付き従う隊列である。騎士達の甲冑は重装備の深緑色、つまり一団はウェスタ侯爵領正騎士団である。その勇壮な隊列は、少し線の細い未だ少年と言える年齢の騎士と、それに付き従う老齢の騎士が先導している。ウェスタ侯爵領当主ブラハリーの子アルヴァンと、ガルス中将である。


 白み始める周囲は、一層朝霧が濃く立ち込めているが


(これならば、ウーブルの連中に気付かれることも無いだろう……)


 そう思うアルヴァンはふとこれまでの経緯を思い返す。


****************************************


 「乱心」した振りをして、二十の騎士を引き連れ王都を飛び出したアルヴァンはそのまま無言で一行を北上させ、ほぼ丸一日を掛けてウェスタ領の南端に到達していた。ホーマ村の付近の集落に到着して、ようやく馬を止めたアルヴァンは文字通り「げっそり」した表情で馬を下りるなり、その場に大の字になって寝転んでしまった。


 「こんな所で寝てはいけません」と申し出る騎士達は、邸宅での激昂したアルヴァンの様子に恐る恐ると言う風だったが、その様子が可笑しくて遂にアルヴァンは吹き出してしまい、そのまましばらく大笑いを続けたのだった。


 結局全てお芝居・・・だったことを知らされた騎士達は、すこし不満気な顔をしたものの全体的にホッとした表情で、後続のガルスが引き連れる一団の到着を待った。


 そしてガルス中将が到着してから、全員は一旦夫々の所領地に戻り兵を集めウェスタ城に集合することになり、そこで解散した。一方のアルヴァンとガルスは夜通し走り続けた疲れと尻の痛みで難儀しつつも、ホーマ村とウェスタ城の丁度中間にある、ラールス家所領ラールス郷で充分な休息を取った後に、ウェスタ城へ向かったのだった。


 そして、再集合期日の前日にウェスタ城に入城したアルヴァンとガルスはウェスタ侯爵ガーランドと面会した。ウェスタ侯爵は、最初兵を率いてきたのがアルヴァンだと知り驚いたが、「何故そうなったか?」の経緯を聞いた時は、少し嬉しそうな、感心した面持ちで


「そんな方法は思い付いても、普通は実行しないと思うがのう……」


 と言ったものだった。それから、アルヴァンとガルスは今回の作戦の全容を聞かされた。既に哨戒騎士各部隊はヨルク団長の指揮で城を出発しており、北の桐の木村で待機中だと聞かされるが、それより何よりアルヴァンを複雑な気持ちにさせたのが、第十三部隊の用兵についてである。その任務を聞かされた時は


「なぜですか?」


 と思わず声を上げてしまった。第十三部隊には、ユーリーとヨシンがいる。それに婚姻間近のデイルとハンザもいる。何故その部隊にそんな危険な任務を与えるのか? アルヴァンの声は咄嗟の、しかし素直な反発であった。


 しかしウェスタ侯爵ガーランドは、そんなアルヴァンを見詰め返すだけだった。反論する訳でも、叱る訳でもない。只々、わかっておくれよ、という思いを込めた視線である。その様子を横で見ているガルスも心中は穏やかでは無い。しかし攻略目標、彼我の戦力差、地形等を考慮すれば、最も成功が確実な作戦である。たとえ背後から急襲を掛けた部隊が全滅しても勝ちの公算が高い。だから


「若君、戦の常道です」


 とだけ言うのだった。アルヴァンは自分よりも余程に文句を言いたいであろうガルス中将の言葉に黙るしかなかった。ただ一言、


「わかりました。ならば自分が兵を率います!」


 と固い決意で言うのみだった。


 そして各所領地から集合した五十の騎士と従卒兵に、王都から進出した五十の騎士と従卒兵を加えた総勢七百の軍勢は昨晩の夜陰に紛れて、ウェスタ城の船着き場から対岸のウーブル領スデン村北部に上陸して現在に至る。


****************************************


 軍勢の先頭を行くアルヴァンとガルスが馬を止める。それに従い軍勢全体も動きを止めた。空は大分に明るくなり、もうそろそろ朝日が昇るころだ。今は朝霧に遮られて視界が効かないが、もう百メートルも進めばテバ河に注ぎ込む小滝村南部を流れる支流に差し掛かるだろう。


 川幅三十メートルに満たない支流はテバ河との合流地点で急激に川幅を広くし瀬を形成するが、一方で堆積する土砂や石の為に深さは精々膝下である。その為、騎馬や徒歩での渡河が可能である点が今回の作戦の肝なのだ。


 軍勢はガルス中将の手の動きで隊形を変える。移動の為の縦隊から、突撃の為の横隊へ切り替わっていく。攻撃の主役たる正騎士が一列三十騎の三列隊形をとる。付き従う従卒兵は夫々の家毎で班を形成する。主が突撃した後を追い、討ち漏らした敵を掃討し、戦場で主を援護するのが彼等の役割だ。装備の統一性は無いが皆精強な面構えをしている。


 作戦の概要は全員に伝わっている。騎士達は、密に「オヤジ」と呼び慕うガルス中将の実の娘と、先日の親善試合で爽やかに強さを見せつけたその婚約者デイルがいる隊が危険な任務に就いていることを承知済みだ。「何とかしてやりたい」という気持ちは皆が持っている。そしてその方法は一つである。


 更に今回は若君アルヴァンの初陣である。皆が敬愛するこの若者の初陣は必ず「勝ち戦」で飾らなければならない。否が応でも部隊の士気は高まり――


 やがて、朝日が東北の山の稜線から金色の光を投げかける。そして一陣の風が朝霧を拭き散らす。


 開けた視界に飛び込む光景は、無惨に破壊された小滝村。その更に奥の高台からは空高くへと上がる狼煙が見える。左手側のテバ河川岸では早くもヨルク団長率いる哨戒騎士部隊がオーク兵と戦端を開いていた。


(舞台は整ったな……)


 そう確信したアルヴァンは、大きく息を吸い込むと肚に力を入れ大声で発する


「役者は揃った、全騎突撃!」


 若君アルヴァンの号令に百の騎士が地鳴りを伴う突進で応える。目指すは河の対岸、今は敵の手に落ちた小滝村だ。


 正面には粗末な木製の柵が設置されているがその左右には切れ目があり、彼等を迎え撃たんとオーク兵が姿を現す。そして柵の裏側から矢が射掛けられる。何騎かの騎士がその矢を受けて転倒落馬するが、後続の従卒兵に助けられるだろう。全体として哨戒騎士よりも重装備の正騎士に対して、曲射で放たれる矢は突進を止める効果を発揮しない。


「左右に分かれよ! 柵の裏を一気に蹴散らす!」


 突進を続ける集団の中程からガルス中将の命令が発せられると騎士の集団は左右に分かれる。東の山側にある柵の切れ目をガルス、西の河岸にある切れ目をアルヴァンが指揮する形で二手に分かれた軍勢は、その勢いに浮足立ったオーク兵の集団に突っ込んでいく。


 あちらこちらで悲鳴や怒号が上がる。武器を打ち合わせる音や馬の嘶きが大きく響く。アルヴァンは初めての戦場に少し恐怖を感じるが、周囲の騎士達の勇敢な戦い振りに奮起される。そして何より、目と鼻の先の距離で戦っているだろう第十三部隊のユーリーとヨシンを思うと


(負けていられない!)


 という気持ちが湧き上がってくるのだ。勇気と言うよりも、もはや意地である。親友だと思うからこそ、意地でもあの二人には負けられない・・・・・・のだ。


 アルヴァンが奮起し、その様子に士気を高める騎士隊により、西側の柵の切れ目から出てきたオーク兵は早くも蹴散らされつつある。


 そんな戦闘の最中に、アルヴァンはふと、昔ユーリーとヨシンと三人で訓練兵時代の食卓を制した時の記憶を思い出す。あの時のように、自分に出来る最善の選択は? 最良の役割は?


(最前線に立つのではない、後ろから全体を指揮するんだ!)


 そう自分に言い聞かせるアルヴァンは、剣こそ抜いているが、その目は斬りかかる相手ではなく、戦場の状況を探るため忙しく動き回る。


 柵の切れ目付近、丁度見張り櫓のような建物の下がアルヴァンの現在地だ。柵の東側に回ったガルス率いる一団は既に柵の裏に到達したようで、押されたオークの弓兵の一部が目の前のもう一つの柵の切れ目から此方へ飛び出してくる。


(挟み撃ちの好機だな)


 そう判断すると、アルヴァンは周囲の騎士に命じる。


「柵から飛び出してくる敵は弓兵だ!全て討ち取れ!」

「応!」


 その命令に、そこかしこから応じる声が上がる。騎士達は自発的に列を整えると、柵の切れ目から飛び出してきたオーク兵を順に屠っていく。そこへ更に後続の従卒兵が到着し始める。


 アルヴァンの目は既に手前の状況を見ていない。視線の先は、同じ川岸の北部でオーク兵三百程と戦いを繰り広げている哨戒騎士部隊に向けられている。


「騎士隊、隊列を整え川岸を北上、敵の背後を討て!従卒兵は柵の切れ目から中へ突入せよ!」


 次々に指示を飛ばし、それに応じる騎士が、従卒兵が動き出す。手近に居た騎士三十騎は河岸を北上し、命令通り三百のオーク兵の背後を突くだろう。ならば――


「従卒兵は俺が指揮する。全員続け!!」


 独自に判断して戦闘が出来る騎士よりも、率いる者が必要な兵こそ「自分を必要としている」という直感に従い、アルヴァンは兵を率いて柵の切れ目に飛び込んで行った。そして目の前に広がるのは、元広場だった所にひしめき合い敵味方入り乱れた乱戦の様相を呈する戦場である。


「十人横隊の陣形を組め!」


 アルヴァンは一瞬、抜剣させて乱戦に加わるか? とも考えたが


(それでは、統率のとれた兵を率いる意味がない)


 と思い直し、従卒兵を十人一列の横隊に組ませる。流石に各所領地からの寄せ集めだけに、隊列を組むのには少し時間が掛かったが、何とか十人横隊の列が組み上がる。その後ろにはまだ隊列についていない従卒兵が大勢いることが分かっているアルヴァンは、


「十人横隊、槍構え! 進め!」


 広場の角から中央に向けて乱戦の戦場を進ませる。空いた空間には新しい十列横隊を送り込む。そして隊列が進むごとに空く空間にまた新しい隊を……と繰り返す内に、アルヴァン率いる従卒兵三百は広場の南西一角を制圧していた。


 そこに、先に東から侵入し乱戦を繰り広げていたガルス中将率いる騎士隊の一端が接すると、広場には東西に繋がる戦線が形成される。こうなれば後はこれを押し上げるだけだ。真っ直ぐに形成された槍衾の陣形は正面に対して非常に強力なのだ。もうじき、北東の角から哨戒騎士団と応援に向かった正騎士も姿を現すだろう。


(そうなれば、広場の制圧は終わったようなものだ)


 アルヴァンがそう考え始めた瞬間、


ググォォォォォォッ!!


 耳をつんざくような獣の咆哮が小滝村に響き渡る。広場で戦いを繰り広げていた敵味方問わず、一瞬その咆哮の発せられた場所 ――広場から東北の方角、村の中央―― へ視線が移る。そこには、立ち並ぶ住居よりも頭一つ大きな獣、いや食人鬼オーガーの姿があった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る