Episode_04.21 決戦! 小滝村奪還作戦 狼煙


11月8日早朝 小滝村北部森林


 第十三部隊は、予想外の出来事 ――パスティナ救民使の少女二名の救出―― があったものの、概ね予定通りの時間で配置についた。小滝村はテバ河の川岸から東北方面へ緩やかに続く登りの傾斜地にある。その傾斜をそのまま東北へ進むと、オーク達の襲撃を最初に受けた集落へ続く登り坂の道に出る。そして、その坂道を進まずに、途中で左に折れると森林地帯へ入るのだが、その森林地帯を崖沿いに進むと小滝村を一望できる北の高台に出ることが出来る。


 ハンザは、兵達を二つに分けた。小滝村を見晴らす北の高台には猟師と弓兵を中心とした部隊四十を配置し、その場所へ続く崖伝いの森にに残りの兵士と騎士を配置したのだ。


 大まかな作戦は、弓兵による遠距離射撃で敵を高台へ引き付け、崖沿いを高台目指して登ってくる敵の側面を森に潜伏した兵士で叩く。そして、敵の後続部隊に対して一旦東北方面の斜面へ上り勢いを付けた騎士による突撃で打撃を与えるという物である。


 斥候に出たデイルらの情報では、やはり村の中心部に飼い慣らされた食人鬼テイムドオーガーが配置されておりもっとも注意すべき敵の戦力と思われた。また、幕屋の数や見張りの数、煙を上げる釜の数から


「敵は千百前後、千五百は居ないだろう」


 と言うのは、傭兵として実戦経験豊富なルーカの意見である。


 いずれにしても、第十三部隊で全てを相手にする必要は無い。開戦合図の狼煙を上げ、後は山の方へ退却しながら敵を引き付け自軍の正面戦力に集中しないようにすればそれで良い。退却経路は単純にこれまで通って来た道である。


 正確な時刻は知る術がないが、空の明るさからそろそろ日の出だと察すると、既に騎乗となったハンザが左手を上げる。その合図は幾人かの兵士を経由して高台に設置された狼煙用の焚火に到達すると、係りの弓兵が素早く点火作業を行う。程なくして、乾いた薪に火が燃え移ると枯れた杉の葉などが加えられ炎は一気に高くなる。そこへ湿った葉や枝を足して火が消えないように注意しながら煙を上げる。煙が充分になったところで、漏斗を逆さにしたような煙突を焚火の上に設置すると、もうもうたる煙は一気に空の高い所へ舞い上がる。


 足元のオーク兵達は未だ気付いていないようだ。歩哨だった三匹のオーク兵が戻らないことさえ、大して気に留めていないのだろう。


 やがて直線距離にして三キロ程のトデン村から応答の狼煙が上がる。それを確認した兵はずっと上げていた左手を下ろす。後は各部隊 ――東側の渡河部隊、南側の正騎士部隊、それに第十三部隊―― は夫々のタイミングで攻撃を始めるだろう。


 左手を下ろした兵士の合図は同じ経路をたどってハンザ隊長の下に届く。


(準備万端……マルス神よ、我らにご加護を……愛する人デイルを守りたまえ)


 心の中でそう呟くと、ハンザは静かに抜剣する。騎士隊、及び兵士達がそれに従う。一瞬間を溜める。そして――


「攻撃、開始―っ!!」


 一際凛と響くその号令は、伝達の兵を介さなくても高台に届き、そして朝の静けさの中で惰眠を貪るオーク兵の頭上にも響き渡った。


***************************************


 ユーリーは哨戒騎士隊の直ぐ後ろに待機しているが、彼等に付与術を掛け終わったら兵士達の後方に位置することになっている。先程「訳の分からない意識の交流」をしたリシアはエーヴィーと共に後方の弓兵部隊の場所に居るはずだ。


(そこに居てくれよ……)


 とユーリーは祈りに似た思いを持つ。と言うのも、ユーリーと引き離され後方に下げられる時のリシアは「人が違ったように」抵抗したからだった。綺麗な顔立ちを崩し、色白な肌を紅潮させ、爪を立てて抵抗するその姿は「聖女」と呼ばれるような清廉な印象とは程遠い必死の形相だった。


 結局ユーリーが「大丈夫、直ぐ終わるから」と優しく語りかけないと治まらなかったのである。しかし、ユーリーとて大事な任務がある。


(今は、任務に集中だ!)


 「フン!」と腹から気合いの声を出すと、丁度ハンザの号令が響き渡る。相変わらず良く通る声だと感心するが、その号令はユーリーの仕事の開始の合図でもある。左手で魔石の入った袋を握ると、身体機能強化フィジカルリインフォースの魔術陣を起想し、展開発動する。

目の前の騎士数人が「おぉ」と感嘆の声を上げるが、今回の術はその馬も含めて対象二十に掛けた。それで終わりではない、ユーリーは続けて防御増強エンディフェンスを発動する。これも騎士とその馬を含めた二十を対象としていている。ユーリーはこの時点で領兵団から貰った魔石の魔力が全て尽きると考えていたが、意外なことに未だ大丈夫なようだった。


(しかし……兵士のみんなには掛けられないだろうな)


 いかに「制御の魔石」を身に着けているからといって、魔力が空になる事態は避けたい。そういう思いから、兵士達の集団をすり抜けるユーリーであるが、一瞬戦列の中にヨシンの姿を認めると衝動的に身体機能強化と防御増強をヨシンにも掛けていた。それでもまだ魔石の魔力は残っていた。


 一方ハンザの号令を受けた弓隊は攻撃に取り掛かる。ルーカを始めとした熟練の猟師と哨戒部隊の弓兵らは夫々狙いを定めると矢を放つ。


ヒュンヒュンヒュンヒュン――


 一回の射撃で四十の矢がオーク兵の野営地と化した小滝村に襲い掛かる。或る矢は見張りを射倒し、或る矢は幕屋の天蓋を突き破って中に飛び込む。眼下の野営地では悲鳴や混乱の怒号が響き渡った。その混乱の中に冷酷な第二の矢が射込まれていく。


 オークの野営地と化した小滝村に混乱が広がりつつあった。


****************************************


 バルは混乱した部下達の怒鳴り声で目を覚ました。先日ベレが行ったトデン村の襲撃は残念な結果に終わっていたが、幸いなことにバルへのお咎めは無しだった。ただ、族長のオロはより一層頑なにこの地に留まることを宣言すると、歩哨や偵察に出す兵士まで制限した。バルとしては


「もう、すきにやってくれ」


 という気持ちで連日ヤケ酒を喰らっては酔いつぶれて寝るという日々を過ごしていた。そんな早朝、未だ酒精の残る頭に部下の悲鳴や怒号が響く。


「なんだ!どうしたんだ?」


 そう叫びながら幕屋を飛び出すが、間一髪、彼の足元に矢が突き刺さる。


(襲撃を受けているのか!?)


 酒でぼやけた思考にアドレナリンが作用して無理矢理スッキリとした思考に変わる。そしてバルは周囲の兵に号令を発する。


「襲撃だ! 敵は北から来るぞ!」


 そして、近くを通りかかった上級兵に兵を二百程集めて北の高台を掃討するように命じる。全軍で掃討する訳にはいかない、直感だが、これは陽動作戦だと思うバルなのであった。


「東の河岸の守りを固めろ!!」


 やはりこのオークは、先日戦死したベレ同様に優秀な指揮官のようだった。その号令を受けて、幕屋や人家の残骸に寝泊まりしていたオーク達は飛び出すと装備もそこそこに配置につき始めるのだった。


****************************************


 小滝村を見下ろせる高台に陣取ったルーカ達の弓隊は、眼下の敵に矢の雨を降らせる。敵陣から撃ち返してくる矢もあるが、殆どが高台の手前で勢いを無くし落下する。それほど、この場所は有利だったのだ。だが、惜しむべきは味方の弓兵が足りないことだ。


(絶好の立地なのに……射手が足りない!)


 弓隊の中で一際早い回転で弓を打ち出すルーカは、愛妻フリタから借り受けた「アマサギの弓」の特性を最大限活用する。要は、いつも隣で戦っていたフリタの真似なのだが、狙いを定めると、一気に仰角を取って高い弾道で矢を撃ち出すのだ。そうすると魔弓に籠められた魔力により矢は勝手に狙った相手に飛び込んでいく、しかも高い弾道でほぼ真上から襲い掛かるのだ。弓の性能としてはかつて扱ったことが無いほど具合の良い弓・・・・・・だが、所詮大軍の敵を前に、弓一つでは出来ることはたかが知れている。


 眼下のオーク達は住居の戸板を矢避けにしながら集合すると、二百程が北上し此方を目指してくる。


(頼むぞ、デイルさんよ!)


 一心不乱に矢を放ちつつルーカは内心でそう呟くのであった。

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