Episode_04.20 決戦! 小滝村奪還作戦 邂逅


ゴクリ――


 自分が生唾を飲み込む音がやけに大きく頭の中に響く。自然と肩に掛けた弓を掴む左手に力がこもる。ユーリーの後ろを歩くデイルがその雰囲気を察して小声で声を掛けてきた。


「どうしたユーリー? 何かあるのか?」


 その声に先頭を歩いていたルーカも歩みを止め振り返る。「どうした?」と問い掛けるような視線だ。


「あ、あの……いや勘違いかもしれないですが、リシアがこの先に居るような気がして……」


 少し上擦った声で答えるユーリーだが、あいにくデイルもルーカも「リシア」という名前には心当たりが無い。デイルはパスティナ救民使白鷹団からの捜索依頼を領兵団に引き継いでいるが、「聖女」という呼び名こそ憶えているが、その人物の名前が「リシア」だということまでは記憶していないのだった。


「何を言ってるんだ……ユーリー、大丈夫か?」


 そう言うデイルはユーリーの肩に手を掛けようとするが、その瞬間ルーカがサッと進行方向に振り返る。


「ん――」


 何か言い掛けるデイルを振り向きもせず右手で制するルーカは前方に意識を集中している。


(何か……居る!)


 その仕草にユーリーのみならず、デイルも緊張感を高めると大剣をゆっくりと抜き放つ。デイルもまた、確かに何者か、それも複数の気配を薄く感じたのだった。そして、しばしの無音――


ゴンッ


 微かに、何かを殴打する音が聞こえた。それは、本来この森の中では聞こえない筈の音である。それを契機に三人は前方へ走り出していた。


****************************************


 ユーリーが内心予想したとおり、三人は少し走った所で森が開けて見晴しの良い場所に出た。そして、その三人の目の前には頭から血を流して倒れた男と立ちすくむ二人の女性、そして崖沿いに彼女らを追い詰めるオーク兵三匹の姿があった。


(まずい!)


 デイルは瞬間的にそう思う。今ここで騒げば、ここまでの行軍はおろか奪還作戦全体が水泡に帰す。


(どうすれば……)


 と考えを巡らす瞬間、周囲の音が消えた・・・・・・・・


(!?)


 正確には消えたのではなく、音がとても小さくなったのだ。デイルが反射的にユーリーを見ると、空中に右手の人差し指を突き出した状態の姿が見えた。ユーリーは咄嗟に、初めて使う「静寂場サイレンスフィールド」の術を放っていたのだ。これまでどうしても上手く使えなかった力場型の術は、あっけないほど簡単に本番一発で成功していた。


(魔術か!)


 デイルはそう見て取ると、視線を前方に移す。その先では、オーク兵も崖に追い詰められた女二人も突然の変化に驚いているようだ。


(今の内だ!)


 デイルはそう決めると大剣を腰だめに構え、一瞬の呼吸で中央のオーク兵の背後に肉迫する。流石に気配を察したのか、その内の一匹が振り返り――その動作が終わる前に醜悪な頭部は胴体から切り離されていた。


 首を無くしたオーク兵越しの目の前、背の低い方の少女が口を悲鳴の形にするが、微かな音しか響かせない。


(あと二匹!)


 デイルは、次の斬撃に備えるため素早く大剣を引き戻す。その瞬間、音は聞こえないがデイルの左右を矢が空気を切り裂き飛ぶ気配を感じる。


 ルーカとユーリーが夫々左右のオーク兵に矢を放ったのである。ルーカの持つ「アマサギの弓」から放たれた矢は急所を違えず、オーク兵の首を正面から射抜き、その鏃がうなじ側に飛び出す。一方ユーリーの放った矢は相手の体の中央を通る正中線の急所を微かに外して、オークの左肩に突き立つ。


 ユーリーが狙った方のオーク兵は何事か叫ぶように口を動かすが、先ほどの少女の悲鳴と同様に微かな音しか出すことができない。そして、疾風の如く飛び込んで来たデイルに脳天を断ち割られ絶命したのだった。


****************************************


 崖上の見晴しが良い高台は、見回してみると惨憺たる状況であった。頭部を打ち割られた人間の死体は衣服からみてパスティナ救民使白鷹団のリーダーイザムだろう。その他にはオーク兵の死体が三体散乱している。


(このオーク兵は歩哨だろうか?)


 その疑問に自分で、多分そうだろうと結論を付けるデイルである。


 空間を支配する「静寂場」の術はまだ効果が持続しているが、ユーリー達三人が間一髪の所で救出した少女二人は放心状態のようであった。


 小柄な少女エーヴィーは、恐々とした表情でユーリー達三人を見ると、一瞬後に安堵したのか泣き顔になった。勿論まだ泣き声は聞こえてこないが、早々に泣き止んでもらわないといけない。デイルはそう思い、なるべく優しく少女の肩に手を掛け歩くように促す。


 一方、聖女リシアは焦点の合っていない視線を虚空に彷徨わせている。


(可哀そうに……よっぽど怖かったかな)


 自分に似た少女のその様子に、胸を痛めるユーリーはリシアに手を差し伸べるが……リシアは突然その手に縋り付くと、両手で手繰るようにユーリーの手を抱き寄せる。抱き寄せると言うより、しがみ付くと言った方が正しいその動きに、一瞬ユーリーはリシアの体を引き離そうとしたが……


(震えて……いるのか)


 ユーリーにしがみ付くリシアの躰は、厚手のローブの下の温もりと小刻みな震えを伝えて来た。ようやく「音」が戻り始めたのか、ユーリーの耳元では恐怖で歯の根が合わないリシアのカチカチカチと歯を鳴らす音が聞こえる。


「大丈夫だよ、もう大丈夫だ……」


 ユーリーの口からは自然と優しい言葉が出る。そして、しがみ付くリシアをそっと抱き締めると、後ろ頭をしばらく撫でてやる。そうして怯える少女を宥めようとするユーリーは、不意に胸の辺りにチリチリとした刺激を感じる。心情の話では無く、実際に刺激を感じるのだ。


(何かな?)


 と思い、確かめようと身を捩った瞬間 ――意識が跳んだ。


****************************************


 目の前の視界に今見ている物とは違う光景が飛び込んでくる。そして視界を奪い取った光景は実感を伴った幻影のように脳内に展開していく。


 そこは何処かの建物の二階だろうか? 部屋は小奇麗で瀟洒な造りをしている。ユーリーはその部屋の隅に置かれたベッドの上から大きく開かれたバルコニーに続く窓を見ている。朝日が眩しく入り込むその窓辺には、女性が立っている。寝間着のようなローブのような衣装をまとった長い黒髪の女性だと分かる。


(誰だろう?)


 起き上がって確かめようとするが、そこでユーリーは自分の身体が動かないことを知った。まるで赤ん坊を包み込む産着のようなもので全身が巻かれているのだ。そんなユーリーは体をよじり苦労して顔を横に向けた。すると、


(え?)


 そこには、彼そっくりの「赤ん坊」がもう一人、産着に包まれて寝かされていた。その赤ん坊は、ユーリーと同じように首だけ動かして、ユーリーの方を見詰めている。生まれたばかりのようだが、その瞳は何か伝えたい意思を持っていた。


(赤ん坊って皆、小猿みたいな顔だな……)


 不意にユーリーの意識がそう感じた時、窓辺の方に動きがあった。もう一度苦労して窓辺を見ると、カーテン越しに大きな鳥のような何かがベランダへ舞い降りてきたところだった。その鳥は翼を消すと背の高い男性のシルエットになる。そして女性と何事か言い交わした後に、二人で部屋の中へ入って来た。


 ユーリーには、自分に近づく二つのシルエットが逆光になって、表情が読み取れない。しかし、二人が優しく、幸せそうに笑っていることだけは、何故か分かった。そして、女のシルエットが自分達に手を伸ばしてくる――


「ユーリー? ユーリー!」

「おい、しっかりしろ!」


 ユーリーは、デイルとルーカが呼びかける声で現実へ引き戻された。幻影は始まりと同じように突然終わりを迎えて、ユーリーの頭は一拍混乱する。


(な……なんだ今の?)


 そう思い目を擦ろうとして、初めてユーリーはリシアを抱き締めたままだという事に気付いた。ギョッとして、自分の肩辺りにあるリシアの顔を覗き込むが、リシアは澄んだ黒い瞳でユーリーを見つめていた。いつの間にか震えが治まったリシアの、何か言いたげなその瞳は幻影の中で見た赤ん坊から感じた印象と重なるものだった。


 二人は、間にエーヴィーが割り込んで二人を引き離すまで、しばらくそのままで固まっていたのだった。


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